第129話 疑似カップルとその気になる盾役《タンク》

 いきなり声をかけてきたオネェ兄さんの名は、「キャサリン斉藤」さんという。

 ちなみに純日本人で、当然ながらキャサリンは芸名だ。


 キャサリンさんはその筋では超有名な若手カメラマンで、噂通りファッション誌の撮影でショッピングモールに訪れていたが、肝心であるモデルの男女が行方をくらませてしまい困っていたらしい。


 そこでたまたま見かけた、俺と杏奈に代役を依頼して来たのだが……。



「いいわぁぁぁん! そうそう、二人ともいい感じよぉぉぉん! 杏奈ちゃん、最高ねぇぇぇん! 真乙くん、もうちょっと艶っぽくセクシーに! ゾーンに入るのよぉぉぉん! ああん、二人共いいわぁぁぁぁぁん!!!


 気がつけば、俺と杏奈はモデルをやらされている。

 最初は当然ながら断っていたが、キャサリンさんのエネルギッシュの懇願ぶりに負けて、あれよあれよとこの有様だ。


 スタッフに用意された服に着替え、こうしてカップルに扮して撮影されている。

 だけどいっそ本物のカップルになりたいわ。

 

 まぁ、そんなこと考えている余裕もないんだけど……。


「真乙くん! もっと密着するのよぉぉぉん! そう、ナイス! ナイスですねぇぇぇん! アナタ達最高よぉぉぉん!! アタシの目に狂いはなかったわぁぁぁぁん!!!」


 キャサリンは歓喜しハイテンションでカメラのシャッターを切る。

 その鬼気迫る勢いに押され、俺と杏奈は従うしか術を持たない。


 しかし……杏奈との密着。

 カップル設定なので腕を組んだり、寄り添ったり、キス寸前まで顔を近づけたり。

 やべぇ……素敵すぎてガチで勘違いしそうだ。


 緊張する俺と違い、杏奈はノリノリだった。

 キャサリンさんの注文に応えて、躊躇なく俺に密着して顔を近づけ、その小さく艶やかな唇を俺の頬に寄せてくる。

 自然体の笑顔といい、すげぇ演技力だ……この子、まさか素質あるのか?


「いったん休憩に入るわん! 凄―い! 凄いの撮れているわよぉぉぉ!」


 ふう……ようやく休憩かよ。

 緊張しすぎて疲れてくる……てかなんで俺達がこんな目に?


 そう愚痴と不満を過らせ、俺達は用意された椅子に腰を降ろした。


「……杏奈、大丈夫?」


「うん、楽しい!」


「た、楽しい? ガチで?」


「そうだよ。だって、真乙くんと一緒だから」


「え? 俺と一緒だから?」


 聞き返す俺に、杏奈は頬を染めて頷いて見せる。


「真乙くんが傍にいてくれるから……なんか安心して自分を出せるというか、初めての体験でも楽しめるというか。真乙くん以外の人や一人じゃ絶対にこんな気持ちにならないと思うから……」


 え? つまりそれって……。

 俺とだから撮影や、カップル設定のモデルを楽しんでいるってこと?


 うおっ、嬉しい!

 超嬉しんだけど!

 

「ありがとう、杏奈……そう言ってくれて嬉しいよ。俺ぇ……人の目とか、他人にどうこう思われるとか苦手で……けど、杏奈とだったら楽しんでもいいのかな? いや、楽しみたいな」


「真乙くん……わたしの方こそ嬉しいよ」


「あらら~、お二人さん。やっぱりカップルじゃないのよん」


 キャサリンさんが両手に紙コップに入ったコーヒーを持って、俺達に差し出してくれる。

 後でスタッフから聞いた話だが、彼がモデルの子にここまですることはあり得ないそうだ。


 コーヒーを受け取ると、キャサリンさんは俺の隣に簡易用の椅子を置いて座った。


「真乙くんに杏奈ちゃん、二人がいて本当に助かったわん。お礼はしっかりするかね~ん!」


「あっ、はい……こっちこそ、俺なんかがモデルでいいのかなぁって、今でも思っているくらいで」


「それだけのイケメンで何言ってんのよん! まぁ確かに表情にぎこちなさはあるけど、そこはアタシの腕でカバーできる範囲よん。杏奈ちゃんに関してはパーフェクトね! 本当、自然体で良いい素材だわぁ! 実はどっかの事務所に所属してたりする?」


「いえ、わたしも初めてで……普段は引っ込み思案なんですけど。そ、そのぅ……彼と一緒だから、つい……」


 杏奈は言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに上目遣いで俺の方をチラ見する。

 さっきの話といい……俺のこと異性として意識してくれているのかな?


「そう、お二人はピュアラブ中ってことね? いいわねん、アタシもそういう次期があったわん!」


 乙女のように頬に両手を添えて腰をくねらせている、キャサリンさん。

 なんか蛇のような動きだ。

 ダンジョンでも攻撃回避とかに使えるかもしれない。


 そして休憩が終わり、撮影が再開された。


 俺と杏奈は着替えを繰り返し、様々なシチュエーションでカップルを演じる。

 今度は俺も楽しむことにした。

 

 まるで本当に付き合っているかのように、杏奈の髪に触れ肩を寄せる。

 彼女は決して嫌がらず、頬を染めて瞳を潤ませながら柔軟に受け入れてくれた。


「うっひょーっ、シャッターチャンスよぉぉぉぉ! 真乙くぅぅぅん! 凄く良くなったわぁぁぁん! まるで生まれ変わったみたいよぉぉぉん!!!」


 いえ、俺はタイムリープしてきただけです。


 こうして気づけば無事に撮影は終わっていた。



「助かったわ、二人ともん! これはお礼よぉぉぉん!」


 満足気なキャサリンさんが指を鳴らすと、スタッフが俺と杏奈に紙袋を手渡してきた。

 中身は男女用の浴衣と、他にブランド物の服やバックなどが数点ほど入っている。


「キャサリンさん、これは?」


「さっきスタッフから、お二人が浴衣を買いに来たって聞いてね。アタシのポケットマネーでも良かったんだけど、こっちの方がいいかなって。時間を取らせちゃったお詫びよ。ちゃんと、真乙くんと杏奈ちゃんに似合うようプロデュースしてあるから受け取ってね」


「「ありがとうございます!」」


 思わぬご褒美に、俺と杏奈は声を揃えてお礼を伝えお辞儀する。

 その様子に、キャサリンは優しい笑みを浮かべた。


「本当、爽やかなくらい仲が良いわねん。ねぇ、いっそ本格的にモデルの仕事してみない?」


 え? 何これ? ひょっとして勧誘?

 いやいやいや……流石にそれは。


「すみません。俺、他にやりたいことがありまして、はい」


 仕事じゃなく、ダンジョン探索なんだけどね。

 まずは【聖刻の盾】のみんなと、奈落アビスダンジョン攻略を目指していきたい。

 ようやく「下界層」に到達したばかりだからな。


「わたしも家庭の事情があって……それに真乙くんと一緒だから楽しんだだけですし、仕事となるとこんな気持ちになれないと思っています」


 杏奈も複雑な家庭の事情に加え、本来なら好んで人前に出る感じの子じゃないからな。

 当然、その気にはならないだろう。


 即答で断る俺達に、キャサリンさんは残念そうに頷く。


「そう、凄く残念だけど仕方ないわねん。確かに二人一緒だからこそ、良い絵が撮れたんでしょうねん。けど気が向いたら――」


「――ちぃす、すんませーん。腹壊して、トイレに籠っていたら遅れちゃいましたーっ」


 キャサリンさんが言いかけた直後、水を差したように間延びした男の声が聞こえた。

 

陽翔はるとだ、キャッ♡」


 見学しているギャラリーのギャル達がざわつき始める。


 どうやら本来撮影する筈の男性モデルのようだ。


 名前は「木下 陽翔」というらしい。

 年齢は俺より一つか二つ年上くらいだろうか?

 モデルだけあり、高身長でかなりのイケメンだ。

 金髪のロン毛に耳にはピアスや、センスの良いアクセサリーを身に着けている。

 如何にもリア充でチャラそうだな……てか俺、こんな奴の代役だったの?


「ちょっと、何よ今更!? とっくの前に撮影は終わったわよ!」


 キャサリンは酷く激昂している。


 一方の陽翔は詫びる様子なく、ズボンのポケットに片手を突っ込んだまま、ぽりぽりと頭を掻いていた。

 

「だから腹壊してトイレに籠っていたって言ったじゃないっすかぁ? 昨日、食べた生モノにやられちゃったみたいでぇ、マジしゃれになってねーわ。さっき若葉には言ったんっすけどね……あれ、若葉は?」


「知らないわよ! アンタを探しに行ったきりよ! トイレに行ってたんなら、どうしてマネージャーに連絡しないのよぉ!?」


「すんませーん。短期戦で済むと思ったけど、なんか長期戦になっちゃったみたいでぇ……人間だもん、そういう場面ってねぇっすか?」


 言いたい事はわかる。

 仕方ない状況も理解できるわ。


 だけど元社畜の俺からすれば説明の仕方が雑すぎるぞ。

 ちゃんとした理由があるわけだし、言い訳にも誠意を込めるべきだと思う。

 特にモデルなんだから、人間関係は大切にした方がいいんじゃね?


 すると事務所マネージャーが来て「陽翔君、今日の仕事は無しだ。一緒に若葉ちゃんを探そう」と伝えつつ、俺と杏奈が二人の代役を務めたことを説明した。


 だが突如、


「ああん!? 俺と若葉の代わりに素人を使っただとぉぉぉ!? 嘘だろぉ、オイッ!」


 陽翔は納得せず大声を張り上げてきた。


 ……なんだか面倒くさいことになってきたぞ。



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