第30話 思わぬラブ進展と引き籠り
その『
確かに紗月先生の話では昔ショックなことがあって引き籠るようになり、何年も留年しているとは聞いている。
けど、まさか26歳で10年近くもそんな状態だとは思わなかった。
逆によく退学にならず在籍扱いになっていると思う。
「……
「紗月先生とは同級生だと言ってましたよね? その人とは友達だったんですか?」
「ええ、今も友達よ。それに幼馴染でもあるのよ」
出たぞ、幼馴染。
ラブコメでは胸キュンワードだけど、今の俺にとっては野咲さんと恋路の最大障壁である「渡瀬」を連想させる大嫌いなワードだ。
「先生から説得は?」
「勿論、何度もしているわよ。けど年を重ねるごとに、より距離が遠くなるというか……益々塞ぎ込んでしまうの。正直、私じゃ限界だと思っているわ」
気持ちはわからなくもない。
紗月先生は今じゃ立派な教師で社会人だ。
一方の岩堀って人は、ずっと16歳で時を止めたまま……。
大人の女性として成長し綺麗になっていく幼馴染の姿を見て、劣等感を抱いても可笑しくないだろう。
ならば精神的に同じ年代の男子から登校するよう呼び掛けてみるのも一つか。
しかし見知らぬ俺が訪れて、彼の心が動くのかは微妙だけどな。
けど紗月先生には、俺の防具『
「わかりました、やるだけやっています。今日の放課後からでも、俺とヤッスでその岩堀って人の家に行くので案内してもらっていいですか?」
「ありがとう、マオトくん。助かるわ……ヤッスくんもね」
「いえ、クィーン。問題ありません」
こうして、放課後から行動を開始することが決まった。
放課後となり、俺はヤッスと共に教室を出ようとした時だ。
「――幸城くん」
不意に女子に声を掛けられ、俺は振り向いてみる。
なんと、あの『野咲 杏奈』さんだった。
まさか彼女の方から声を掛けてくるなんて……。
「の、野咲さん?」
「少しだけお話いい?」
控え目な口調で言ってくる、野咲さん。
恥じらいながら上目遣いのお願いする姿は何とも意地らしくて可愛らしい。
チラっと隣に立つ友達に視線を向ける。
「……ヤッス、悪いけど先に行っててくれないか?」
俺のお願いに、ヤッスはフッと笑みを零した。
無言で親指を立ててナイスガイぶりを見せてくれるも、何故かもう片方の手で野咲さんのバストサイズと形を表現している。
その不謹慎な片手だけ、へし折ってやりたいが親友なので必死で堪えた。
誰もいなくなった教室内にて。
俺は野咲さんと二人きりになる。
まるで予想してなかった思わぬ展開に、つい胸の鼓動が早くなり高鳴ってしまう。
野咲さんは俺に何の用事があるのだろう……。
あれ? でも確か放課後は、渡瀬と図書館に行くような話をしてなかったか?
どうでもいい筈なのに緊張からか、余計な雑念が過ってしまう。
「……ごめんね、呼び止めて。忙しいでしょ?」
「いや別にいいよ。野咲さんこそ、図書館に行くとか聞いたけど?」
「うん、友達とね。先に行ってもらっているから大丈夫」
そっか、渡瀬には先に行くよう伝えた上ってわけか。
けど友達って……奴は「彼氏」じゃないの?
だとしたら、俺を呼び止めた理由って……。
まさか、告――。
そう過った瞬間、野咲さんの桜色の唇が動いた。
「――幸城くんって、あの時の幸城くんなんでしょ?」
「あの時って?」
「夏休みに、わたしを助けてくれた『彼』……幸城 真乙くん」
「う、うん……そうだよ」
俺は頷くと、野咲さんは微笑を浮かべる。
しかしすぐに瞳を反らし、悲しそうな表情へと変わった。
「……ごめんなさい、全然気づけなくて。名前が同じだから、きっとそうなんだろうって思ったけど……わたし自信が持てなかったの」
いや、それは仕方がないと思う。
あの頃から既に規格外に近いパワーアップを果たしていたけど、まだ体重100キロ代のデブちんだったし、今のような痩せマチョではなかった。
別の中学だっただけに、野咲さんとはあの一回きりしか会ってなかったからな。
確証を得られなくて当然だ。
寧ろ俺的にはずっと気にかけてくれて、こうして声を掛けてくれたことが凄く嬉しい。
「謝る必要なんてないよ。あの時と違って随分と痩せたからね……家族にも言われているんだ。それに気づいてくれて嬉しいよ」
「うん。ずっと感謝していたから……だからちゃんとお礼がしたいと思っていたの」
「お礼だなんて……だったら野咲さん――俺と友達になってくれる?」
俺の問いに、野咲さんは「え?」と瞳を見開き表情を強張らせる
一瞬やっちまったかと思ったが、彼女はフッと優しい微笑へと変わった。
野咲さんが俺に手を差し延べる。
「うん、勿論。わたしのこと、杏奈でいいよ」
「じゃあ、俺も真乙でいいから」
俺は緊張しながらゆっくりと、彼女の手を握った。
初めて触れる柔らかくて繊細な感触と温かい温もり。
これまでにないくらい、ぎゅっと胸が絞られていく。
「真乙くん……あの時は本当にありがとう」
「俺の方こそ……杏奈さん、覚えていてくれて嬉しいよ」
思わぬ形の進展だった。
持久戦を覚悟していたけど、まさかこんなに早く友達になれるなんて……。
おまけに、お互い名前で呼び合うほどの仲になれるとは……。
これから少しずつ距離を詰めて、いずれ「杏奈」と呼べる仲に進展すればいい。
とりあえず心の声ではそう呼ぼうじゃないか。
俺が必ず天使のような杏奈の笑顔を護ってみせる。
改めて強く心に誓った。
こうして素敵な余韻を残したまま杏奈と別れて、ヤッスと合流した。
にやにやが止まらない俺を見て、ヤッスは再び親指を立てて見せる。
「ユッキ、すっかり男の顔になったな! 今夜はお母さんに赤飯を炊くようお願いしろよ!」
「一応ありがとうって言っておくよ……うん」
少し複雑な心境もあるけど、一緒に喜んでくれているのでいい奴なんだと理解した。
教師用の駐車場に行き、紗月先生と合流する。
「マオトくんにヤッスくん、待ってたわよ。さぁ先生の車に乗ってね」
先生はそう言いながら、ごっつい高級そうなSUV車のドアを開ける。
ワインレッドで数千万はしそうな外国車だ。
流石、超一流の
俺は助手席でヤッスは後部座席に乗車し、快適な乗り心地で目的地へと向かった。
どこにでもありそうな、ごく平凡な一軒家へと辿り着く。
紗月先生は車を駐車させると、エンジンを切って運転席から降りる。
「――ここが岩堀くんのお家よ」
サングラスを外しながら、カッコ良くそう言った。
同じく車から降りた俺は念のため、《索敵》スキルで岩堀邸を眺めてみる。
特に怪しいところはない、普通の住宅だ。
紗月先生はインターフォンを鳴らすと、ドアフォンから女性の声で『あら、紗月ちゃん……今日も来てくれたの?』と応答が聞こえる。
「うん、おばさん……今日はウチの生徒も連れてきたの。
『そぉ……上がって頂戴』
玄関のドアが開かれ、如何にも専業主婦っぽい熟年の女性が笑顔で出迎えてくれる。
彼女は岩堀って人のお母さんだそうだ。
「……ほう。あのお母さん、バスト88のEカップ。熟された割には垂れてなく良いと思わんかね、ユッキ?」
出会い頭で同級生(実年齢26歳)である母親のバストをサーチし始める、『おっぱいソムリエ』のヤッス。
もう色んな意味で、こいつはやばいと思う。
てか、そんなシリアスな表情で俺に賛同を求めようとするのはやめてくれ。
母親の許可を貰い二階に上がると、紗月先生は部屋の前で立ち止まった。
このドアの向こうに、引き籠っている『彼』がいるのだろう。
ドア越しから、どこか禍々しいオーラが漂っている気もしなくもない。
しかし意外に施錠はされてないようで、紗月先生はノックしドアを開けた。
蒸しっとした熱気が部屋から溢れ出る。
「……王聡くん、入るわよ」
声を掛ける紗月先生の背後で、俺は顔だけ出して部屋を覗いた。
カーテンが閉め切られた真っ暗で空間。
ありふれた室内のようだが、特に飾り気がなくシングルベッドに勉強机らしき物しか置かれていない。
ベッドの上には、三角座りで蹲る大男らしき姿があった。
男は頭から全身を覆い隠すように毛布を被っており、その隙間から鋭い眼光で俺達を睨んでいる。
まるで洞窟で幽閉されているような雰囲気だ。
「うおっ……」
その不気味なシルエットに、俺は思わず喉を鳴らしてしまう。
「――帰れぇ!」
突如、男は地響きのような低い声で言い放ってきた。
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