第29話 先生との約束

 またヤッスとも友達なれたし、この勢いで野咲さんに声を掛けてみようかと思う。

 つい先日まで「マオト親衛隊」という恥ずかしいネーミングのファンクラブもどきを結成され、ギャル達に慕われていた俺だ。

 さらに卒業式では学校の女神と称えられた久住さんに告白され、そこそこ自信もついている。

 

 太っていた頃と違う――俺は変わったんだ!


 そう自分に言い聞かせ、早まる鼓動を抑えながら彼女に近づく。


「あ、あのぅ、野咲さん……」


「――杏奈。放課後、図書館に付き合ってくれないか?」


 渡瀬が無自覚で邪魔してくる。

 ちなみにこいつも俺の正体に気づいていない。


 野咲さんは「うん、いいよぉ」と一言告げて、不思議そうに俺の方をチラ見してくる。

 やばい。完全にタイミングを逃してしまった……渡瀬め。


 それからリア充グループの『秋月 音羽』が近づき、二人と仲良く会話を弾ませている。

 秋月は野咲さんと同じ中学で、この時までは割と仲が良かった。

 一学期の末頃から関係が悪化し、虐めへと発展していったんだ。

 

 だからまだ時間はある……そう焦る必要もないだろう。


 俺は呼吸を整え、友達となったヤッスのところに向かった。


「――野咲 杏奈、バスト86のDカップ。またまだ発展途上であり伸びしろは十分にある。しかもあの色白といい、彼女は美乳であることは間違いない。流石、我が友ユッキ。お目が高い男よ……フフフ」


 近づくなり『おっぱいソムリエ』ぶりを発揮する、ヤッス。

 

「……ごめん、ヤッス。俺、別におっぱい目的で彼女に話かけようとしたわけじゃないから」


 正直こいつに恋愛相談は不可能だ。

 こればっかりは自分でなんとかしなければならない。



 昼休み。

 一学年の渡り廊下から「おおっ!」と、どよめく声が響き渡る。

 その声は次第に大きくなり、ガラッと教室の扉が開けられた途端、今度はクラス内が激しくざわついた。


「――真乙、いる?」


 姉の美桜だ。

 その隣には親友であり、俺のパーティ仲間の香帆もいる。


 そりゃ一年生が騒がしくもなるよ。

 黄昏高の最強マドンナと謳われる優等生風の美桜と、超イケている金髪ギャル風の香帆という二極女神の登場だからな。

 その見た目のアンバランスさも相俟って、より二人の先輩が神々しく見えることだろう。


「姉ちゃんに香帆さん……どうしたの?」


「天堂先生が呼んでいるわ。前に約束したでしょ? 理科室まで一緒に来て頂戴」


「マオッチも色々と大変だね~。けどしょうがないねぇ」


 天堂 紗月先生か……。

 異世界では『アゼイリア』という転生者で優秀な鍛冶師スミスだ。

 ある条件を下に、俺の装備を安くしてもらった経緯がある。


「わかったよ……ヤッスも連れて行っていい?」


「ん? ああ、その子ね。真乙の友達ならいいんじゃない」


 美桜もヤッスのことは知っている。

 俺の人生において唯一親友と呼べる奴だからだ。


 紗月先生の依頼内容だと、同級生の仲間は多いほうがいいだろう。


 クラスメイト達が呆然と見守る中、俺はヤッスの腕を引っ張り美桜達と共に廊下を出た。

 

「ほ、本当に僕もいいのかい……ユッキ?」


「当たり前だろ? 友達なんだし……もうお前を引きニートにはさせないからな」


「引きニート? 僕が?」


「い、いやなんでもない。今のは忘れてくれ」


 危ない……それは15年後の未来での話だ。

 今のヤッスは厨二病で変態だけど、引き籠ってはいない。


「美桜よ。よろしくね、ヤッス君。そう呼んでいい?」


 移動中、美桜は珍しく優しい口調で自己紹介している。

 ヤッスは急に立ち止まると、背筋を伸ばし直立してみせた。


「はぁ、ハッ! 我が女神よ! わたくしのことはどうか好きにお呼びください!」


 出会ってから10秒以内で忠誠を誓う、親友のヤッス。


「水越 香帆だよ、よろ――ん? ヤッスゥ、MPとINTやばくない?」


 香帆が《鑑定眼》を発動したらしく、ヤッスのステータスを見て何か驚いている。

 俺も同様のスキルでヤッスの姿を捉えて見た。



【安永 司】

職業:なし

レベル2

HP(体力):8/8

MP(魔力):45/45


ATK(攻撃力):1

VIT(防御力):2

AGI(敏捷力):3

DEX(命中力):4

INT(知力):20

CHA(魅力):8


スキル

《看破Lv.2》……何事にも惑わされることなく本質を見極める。トラップを見破ることも可能。INT+10補正

《速唱Lv.3》……初級魔法の詠唱を短縮できる。INT+10補正


称号:おっぱい狩りバストハント



 確かに香帆の言う通りだ。

 レベル2なのに、魔力MP知力INT能力数値アビリティが群を抜いて高い。

 特に技能スキル補正で知力INTは、Lv上昇と共に+10アップすることになる筈だ。

 この数値が高ければ高いほど、攻撃力や効果に影響し、高度な魔法をより多く習得できる。

 他の能力数値アビリティもマイナスはないし、タイムリープ当初の俺よりもステータスが良すぎて、ヤッスの癖にムカつくんだけど……。


「……ヤッス君は『魔法士ソーサラー』向きってわけね……きっと日頃の行いが良いから、能力数値アビリティが高いのね」


「姉ちゃん、日頃の行いって? ヤッスが?」


 嘘だろ?

 こいつ二言目には、おっぱいの話しかしないよ。

 現に称号も『おっぱい狩りバストハント』じゃん。


「マオッチ、オタ系の子って異世界との波長に適応しやすいんだよ。だから転生者や転移者も日本人、しかも伊能市の人間が大半なわけぇ」


 香帆が捕捉の説明をしてくれる。


 なるほど、オタクは日本の文化だからな……特にヤッスはバリバリの厨二病。

 きっと災厄周期シーズンが到来した際の予備軍的なポジなのだろう。

 結局、選ばれることなく30歳まで引きニート人生だったけどな。


「あ、あのぅ、皆様……なんの話をしているのでしょうか? ハイ」


「姉ちゃんも香帆さんも、ヤッスは才能あるって褒めてんだよ。あとで全て話すよ」


「う、うむ。我が友、ユッキを信じよう。ちなみに香帆様のバスト80のCカップ。些か小ぶりではありますが、形と張り具合は『美バスト』条件に沿っておりますね。それに僕は『おっぱいソムリエ』として大小問わず女子の胸部には敬意を表しておりますぞ」


「ははは。ヤッスゥ、超ウケるぅ――って喧嘩売ってんの?」


 ヤンキー系ギャルでもある香帆さんに真顔で凄まれ、ヤッスは「……失礼」と俺の背後に隠れた。

 この男も余計なこと言わなきゃいいのに、これも《看破》というスキルを持つさがという奴か?



 そして理科室に到着した。

 美桜は扉を軽くノックし、それから室内へと入る。


 俺を呼び出した、美桜の担任である『天堂 紗月』先生が待っていた。

『アゼイリア』だった時は赤髪の美女だったが、今は軽くウェーブが入った茶髪でより大人っぽく見える。

 理科の教師らしく白衣を羽織った姿であるが、大きくたわわに実った両乳は変わっていない。


「紗月先生。弟、連れてきたわよ」


「ありがと、ミオちゃん。水越さんもね」


「いいよぉ。あたしのことは香帆でいいからね~」


 以前、香帆さんは紗月先生のこと「いけ好かない」と言っていたが、同じ異世界からの“帰還者”だと知ってから仲良くなったようだ。


「マオトくんも呼び出してごめんね。来てくれてありがとう」


「いえ、約束ですから。それと同じクラスの友達連れてきたんだけど……」


「……こ、このお方が天堂先生!? 黄昏高校、最強の爆乳を誇るパイレツ・オブ・クィーン! バスト100越えのJカップ! イッツ・ミラクル・ザ・パーフェクト! なんて神々しい破壊力!」


 俺が紹介しようとすると、ヤッスは興奮して暴走し始める。

 またもや『おっぱいソムリエ』ぶりを発揮した。


 紗月先生がドン引く中、俺より「こいつ『安永 司』って言います。怪しいけど無害です。どうかヤッスと呼んでください」と紹介した。


「……そ、そぉ。よろしくね、ヤッスくん」


「はいクィーン。どうかなんなりと、ご命じください」


 ヤッスは中世時代の騎士のように、その場で跪き平伏している。

 出会って即5秒で忠義を見せた。

 

 相変わらずの変態ぶりだが、こいつに構っていたら話が進まなそうなので、俺は早速本題に入ることにする。


「――アゼイリ……いや天堂先生、確か『ずっと家で引き籠っている、とある男子生徒』と友達になってほしいっていう依頼でしたよね?」


「紗月でいいわ。そうよ、『彼』、幸いマオトくんと同じクラスのようだったから、色々と接しやすいと思うの」


 同じクラスだと?

 そういや、俺の後ろの席、ずっと空いてたな。

 まさか同じクラスだったとは……。


「それで、『彼』ってどんな生徒なの? 名前は?」


「とても繊細で気の優しい男子よ。名前は『岩堀いわほり 王聡きみとし』くん、私とは元同級生の間柄よ」


 同級生? 紗月先生と?

 ってことは……。


「失礼ですけど、その岩堀って人、歳いくつ?」


「26歳よ。10年間不登校で今年の1学期中に登校しないと強制退学させられちゃうの……」


 にぃ、26歳!?


 もう男子じゃなくね……俺より一回り上のガチ大人じゃん。

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