第31話 引き籠り男の正体

 俺とヤッスは、岩堀という引き籠り男の異様な姿を目の当たりにして動揺を隠せないでいた。


 そんな中、紗月先生だけは「もう!」と頬を膨らませ、ずけずけと部屋の中に入って行く。

 勢いよくカーテンを開けると、岩堀の羽織っている毛布を掴み引き剝がそうとした。


「せっかく来てあげたのに何よ、その言い方! いい加減に学校に来なさいよ!」


「やぁ、やめてくれ、サッちゃん! 悪かったよ! キミも教師なんだから、もう少し相手の心情に合わせて接してくれよぉ! 無理強いはやめてぇぇぇ!」


 強引な紗月先生に、岩堀は先程と打って変わり弱腰で訴え始めた。

 同い年の幼馴染とはいえ、言動からして力関係がはっきりしている。


「今日は友達を連れて来たんだからね! 話だけでも聞いてもらうわよ!」


「友達?」


 紗月先生は毛布を剥がされると、『岩堀 王聡』はその姿を露わにした。

 タンクトップに短パンを履いた、まるで無人島で何年も漂流しているような恰好。

 一方で、戦士のように逞しく筋肉隆々の大男でもあった。

 背中まで伸びた癖のある長髪を垂らし、精悍な顔つきに無性髭が生えている。

 その容貌から、明らかに俺達より年上でいい大人だと思った。


 岩堀はじっと俺達の姿を凝視している。


「……誰だい、キミ達は?」


 厳つい顔つきの割には優しそうな口調で訊いてきた。


「お、俺は黄昏高の一年、幸城 真乙です」


「同じく、安永 司です。以後お見知りおきを」


「二人共、王聡くんと同じクラスよ。キミと友達になってくれるから、わざわざ連れて来たのよ」


「……そうか。大方、サッちゃんが無理に頼んで来てくれたんだね? 俺なんかのために来てくれてありがとう」


 いきなりお礼を言われてしまった。

 見た目の割には物腰が柔らかく温厚そうな人だ。

 こういうタイプなら、きちんと話せばなんとかなりそうな気もしてくる。


「あのぅ、岩堀さん。明日から一緒に学校に行きませんか?」


「……すまないがそれはできない」


「でも今年で単位を落としてしまうと退学になってしまうんですよね?」


「俺はそれでもいいと思っている。だから放っておいてくれ」


 なるほど伊達に9年間も引き籠ってはいないか。

 頑固な部分もあるようだ。

 あまり頑なだと正攻法じゃ無理っぽいな。


「岩堀さんでしたね。貴方ねぇ、あまりクィーンを困らせるものではないよ」


 俺が考察している中、ヤッスは厨二病っぽい口調で言ってきた。

 岩堀は顔を顰め「ん?」と首を傾げている。


「クィーンって誰のことだい?」


「天堂先生のことですよ。見たまえ、この見事なまでのお乳様を……僕は美桜様に絶対的な忠誠を誓っているが、同時にクィーンも心から尊敬している。キミも幼馴染ならわかるだろ? 学校に来れば無条件で毎日拝むことができるのだよ。さぁ僕と一緒に参拝しに行こうじゃないか?」


 どうやらヤッスは『おっぱいソムリエ』として、岩堀を学校に行くよう誘っているようだ。

 俺が岩堀なら「そんな理由で学校に行くか、ボケェ!」と怒鳴ってやりたい。


「……ごめんよ、安永くん。俺はそういう目でサッちゃんを見ているわけじゃないんだ」


 怒鳴るどころか親身に受け止め謝罪までする、大人の岩堀さん。

 引き籠っているけど、心優しい人だってことだけは理解した。

 だから紗月先生も見放すことができないのだろう。


 そういや彼が引き籠った理由ってなんだっけ?

 確か昔、ショックなことがあったって言っていたよな。


 俺は何かヒントはないか《鑑定眼》で調べることにした。


 すると、



【岩堀 王聡】

職業:蛮族戦士バーバリアン

レベル:30

称号:勇者殺しの狂戦士ブレイヴキラー・バーサーカー



 やっぱり紗月先生と同様に“帰還者”だったのか……。

 《偽装》スキルで隠しているのかわからないけど、レベル30なら中級クラスだ。

 しかし称号がやばすぎる……『勇者殺しの狂戦士ブレイヴキラー・バーサーカー』って何よ?

 一体何すればそんな称号が得られるんだ?

 まさか本当に勇者を殺したわけじゃないよな……。


「――幸城くん。キミは《鑑定眼》を使っているね? やはり“帰還者”なのかい?」


 岩堀は俺に探られたことに気づいたようだ。


「すみません……ですが俺は違います。そのぅ、姉がそっち系でして……俺は眷属として鍛えられたと言うか」


「眷属? キミのお姉さんは、どこかの災厄周期シーズンで活躍した勇者なのかい? なるほど……レベル20の盾役タンク。面白い称号を持っているようだ」


 どうやら彼も《鑑定眼》で俺のステータスを閲覧したようだ。

 ちなみに俺も《隠蔽Lv.7》を持っているので、レベルの偽装はできないが以前と違い能力値アビリティや習得スキルなどは、そう容易く閲覧することはできない。


「――マオトくんのお姉さん、『刻の勇者タイム・ブレイヴミオ』。『魔王戦争』で活躍した英雄よ……っと説明しても、王聡くんって情報に疎いのよね。パソコンもなければ、自分のスマホさえ持ってないからね」


 マジで? 今時いるの、そんな人?


 けど言われてみれば、この部屋……机とベッド以外何もない。

 テレビどころかゲーム機すら置いてない殺風景な部屋だ。

 

 いや、そう称した監獄のようだ。

 こんな何もないところで9年間も引き籠っていたってのか?

 まるで自分を戒めるため、あえてそうしているような気もしてくる。

 

「……なぁ、ユッキ。昼休みも美桜様と香帆様からも似たようなワードを聞いたが、みんな何を言っているんだ? いや、僕の知識範囲ではよくわかっている言語なんだ……しかし絶対に言わなそうな人達の口から聞くと違和感しかないんだが?」


 ずっと傍で聞いていたヤッスも顔を顰め、俺に疑問を投げかけている。

 まぁ、どうせ後で説明して巻き込むつもりだったし、ここは正直に説明しても良いだろう。


 俺はヤッスに15年前の世界からタイムリープしてきた以外の内容を正直に説明した。


 最初は「何言ってんの?」とヤッスの癖に信じられない表情を浮かべていたが、所々で尊敬する紗月先生が補足してくれたこともあり、次第に「なるほど……」と理解を見せるようになる。


「――それが異世界からの“帰還者”か。僕が言うのもアレだが、まさか現実だったとは……ということはだよ、ユッキ。『魔法士ソーサラー』として才のある僕も、いずれは女神に選ばれるのだろうか?」


「いや、それはないと思う」


「何故、そう言える?」


 だってお前も高校卒業してから、30歳まで岩堀と同様の引きニート生活だからな。

 とは言えないか……。

 仕方ないから、それっぽい嘘をつくことにした。


「だって、ヤッスは『おっぱいソムリエ』だからな。いくら才能があっても、女神アイリスの選別で変態は除外されるんだ」


「マオトくんの言う通りかもね。異世界むこうで犯罪者になられたらシャレにならないし」


「大抵、負の感情を抱く転生者と転移者は暗黒神側に導かれると聞く。安永くんは人柄が良さそうだから、その類にも該当しなさそうだね」


 紗月先生と岩堀がさらりと話を合わせてくれる。

 否、どうやら俺の嘘も的が得ている事柄のようだ。


 ヤッスは素直に首肯した。


「まさか僕のアイデンティティが足枷となっていたとは……こればっかりは仕方ない。ここはユッキのように美桜様の下僕としてお傍に付き、『魔法士ソーサラー』として腕を磨こうじゃないか」


 思惑通り乗り気になる、ヤッス。

 だけど、俺は下僕じゃないからな。

 

「わかった、俺から姉ちゃんに頼んでおくよ。それと岩堀さん、良かったら冒険者として俺達とパーティ組みません?」


「なんだって!? 幸城くん、キミはいきなり何を……」


「せっかくの“帰還者”なのに引き籠ってばかりじゃ勿体ないじゃないですか? それにダンジョンや部屋も薄暗い空間だから、そんなに変わらないでしょ?」


「いや意味わからないし。大体、俺の部屋とダンジョンを一緒にされても困るよ……」


「いいんじゃない、王聡くん。どうせ学校に行く気ないなら、いっそ冒険者になりなさいよ。このまま引き籠っていたって、おばさんとおじさんを悲しませるだけでしょ? もういい歳なんだから、そろそろ働きなさい! 働いたら負けなんて、現実世界じゃ通じないわよ!」


 紗月先生が厳しい口調で諭してきた。

 岩堀も言動や部屋の雰囲気だと、精神的な病状とかで引き籠っているわけじゃなく、自分への罰的な何かであえてそうしているような気がする。


「……俺だってサッちゃんの言いたいことはわかっているよ。それと幸城くん、キミは盾役タンクだよね? 防御力VIT能力数値アビリティは? それに防御系の技能スキルは何を習得しているんだい?」


 少し間を置き、岩堀が訊いてきた。


防御力VITは750、《鉄壁》スキルはカンストしています。あと《無双盾イージス》というユニークスキルも持っています」


 他にも称号の効果で防御力が+50補正されていることを告げる。


「な、なんだって!? 称号の『鋼鉄の無盾持ちフルメタル・ノーエスクワイア』の補正で事実上は800ゥ!? さらにカンストした《鉄壁》効果で防御力VITが8000ゥゥゥ!? しかもユニークスキル持ちって……ええっ!? キミは何者なんだ!!!?」


「何者と言われましても……すみません」


 双眸を見開くほど驚愕されたので、つい謝ってしまった。

 しかし岩堀は妙に納得して見せ、「キミが傍にいてくれるなら大丈夫かもしれない……」と呟いている。


 そして、とても真剣な眼差しで俺を見据えてきた。


「――わかった、幸城くん。俺はキミのパーティに加わろう!」

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