第124話 眷属達の誘惑

 間もなくして、俺の嫌な予感が的中する事態となる。


 旅館内は外観と同様、和風の内装であった。

 寧ろ典型的な冒険者の装いをした、俺達の方が浮いて見える。


 俺はガンさんの強い要望でヤッスと三人で同じ部屋に泊まることになった。

 なんでも二学期のすぐ初め頃にある『林間学校』の予行練習をしたいらしい。

 本来であれば一学期末の行事だが、「暑さ云々で親御からクレーム入った」などの理由で今年度だけその時期になったと聞いている。


「俺は枕が変わったら、基本眠れないんだ。それに周囲の環境が違っても同じだ。異世界で旅をしていた時も野宿する際は、決まって火の番を率先して引き受けていたよ」


 いやガンさん。以前、俺の家に泊まった時、いびきかいて寝てたじゃん。

 あとそんな赤ちゃん並みの神経質でよく冒険していたよな?


 それから身形と整え三人でくつろいでりうと、誰かが扉をノックしてきた。

 扉越しで例の三バカ兄さん達が立っていた。


「どうしたんっすか?」


「マオたん達、今すぐ俺らと一緒に温泉に行かね? 同じ盾役タンク同士として背中流し合わない?」


 ギロデウスが誘ってきた。

 ちなみに三人とも異世界の姿のままで浴衣を羽織っている。

 安全階層セーフポイントとはいえ、あくまでダンジョン内という配慮か。


「ええ、俺達は別にいいですよ」


「んじゃ話早いわ。ほな行こっか?」


「善は急げですね、はい」


 やたらせかしてくる、ジェイクとストライザ。

 そういや執事の徳永さんがいないや。


「団長の徳永、いや『タイガ』さんて言ったほうがいいっすか? あの人はいないの?」


「え? 団長? 嫌だよ、あんな堅物マッチョ。シャレ通じねーもん。まだ副団長の方が鬼だけど殴られ蹴られても別の意味で気持ちいいというか、新たな快感に目覚めるっていうか……まぁ男として、まだ納得できるって感じかな」


 俺にはギロデウス先輩が何を言っているのかわからない。

 目覚めるってSとM的な話だろうか?

 あまり触れない方がよさそうだ。


 そんな感じで、俺とヤッスとガンさんは半ば強制的に浴場へと連れて行かれた。


「おお~っ、凄い!」


 とても大きな四角い浴槽の檜風呂で解放感溢れる浴室だ。

 香りといい、見ているだけで癒しの風情がある。

 ここが本当にダンジョン内なのか疑ってしまう。


 既に20名ほど男達がタオル一枚で浴槽前に整列して立っている。

 見覚えある顔ぶれからして、【氷帝の国】の配下達だとわかった。


「マオたんと皆様、よくお越しくださいました!」


「マオたんがおられれば、最早この戦い勝ったも当然!」


「マオたんのおかげで我らの悲願も叶うことでしょう!」


 相変わらず、マオたんを連呼されうるせぇ。

 てかなんなの?


「これ、どういうことですか?」


「まずは耳を澄ませて聞いてほしい」


 ギロデウスに促され、俺達は言われた通り沈黙する。

 すると壁の向こう側から、キャッキャッと弾ける声が聞こえてきた。

 女子達の声だ。

 フレイア達、【氷帝の国】の女子だと思われる。

 声の中には姉の美桜、香帆、アゼイリアも含まれていた。

 どうやら彼女達も一緒に温泉を楽しんでいるみたいだ。


「今、壁の向こう側は秘密の花園、いやパラダイスに繋がる至高なる秘境に繋がっている。マオたん、男ならやるべきことは一つだろ? 違うか?」


「いや、ギロデウス先輩、意味がわからないです」


「ええか、冒険者として秘境を目指すのは男のロマンやと言うてんねん。ワイらで困難な頂きを昇ってみいへんか?」


「……つまり覗きの誘いですか?」


 俺が一緒に居れば、万一見つかってもフレイアからお咎めを受けないための盾役タンクとするつもりなのか?

 酷ぇ……てか、発想がせこい。


「直線的に言えばそうなります。しかし、壁一枚の向こう側にはフレイア様だけでなく、ミオさんやリエンさんが生まれた姿でいらっしゃいます。つまり通常なら一生拝めない美の祭典が繰り広げられているのです……ちなみに、副団長とアゼイリアさんも期待大ではないでしょうか? メルは……僕としては嫌いではありませんが、犯罪ギリギリなのでコメントはあえて控えましょう」


 爽やかな優男のような顔して言動は最低だと思う。

 命の恩人でなければ今頃全員この場でブッ叩いているぞ。


「俺、一応は美桜の弟なんで言わせてもらいますけど、こういうのは良くないと思います」


「硬てぇ……流石、『エリュシオン』屈指の盾役タンクだわ。マオたんだってフレイア様の裸見たいだろ? ぶっちゃけめちゃ綺麗だぞ」


「……先輩、見たことあるんっすか?」


「まぁ、全てじゃないけど異世界でチラっと覗いてな……んで、団長に見つかりタコ殴りにあった挙句、副団長に三日くらい吊るされちまった……危なく両目を抉られそうにもなったっけ。ありゃ死にかけたね」


 何、さらりと言ってんだよ!

 めちゃくちゃリスキーじゃねぇか!?

 嫌だわ! 余計無理だわ!


「ヤッスくんやガルシュルドはんかて見たいよなぁ? なぁ?」


「特にヤッス君はこっち側の人間として期待していますよ」


「いや普通に駄目だろ? 未だ高校生の俺と違いキミらは立派な社会人だ。けど年上として言わせてもらうよ、そういうのって女子達に対して無礼じゃないか? それに俺はサッちゃんに嫌われるような真似はしたくないんだ」


 正しい心を持つ蛮族戦士バーバリアンのガンさんはきっぱりと言い切る。

 普段はビビリで気が弱いが、こういう面でバッサリと言い切るところが大人の男だ。


 ガンさんの主張に、三バカ兄さん達は「え~っ、ノリ悪りぃ! そういうマッチョキャラ、団長だけでお腹いっぱいだしぃ!」とボヤいている。

 こいつら『隠しダンジョン』の件で散々な目に遭ったこと忘れているんじゃないか?


「ヤッスくんはどうや? 女子達のパイ乙拝みたいよな? ソムリエとして興味あるわな? あんさんは断然こっち側の筈や、な!?」


 ジェイクに問われまくる、ヤッス。

 奴はタオルを腰に巻いた状態で腕を組み、一言も発せず目を閉じたまま沈黙している。

 その様はまさに不動であり、山のようにどっしりと構えていた。


 が、


「――黙れぇぇぇい、コンチクショウゥゥゥゥゥゥ!!!」


「「「ええ――っ!!!?」」」


 くわっとヤッスの双眸が見開き、そして吼えた。

 その怒涛の迫力に、高レベルの屈強揃いで有名である【氷帝の国】の眷属三人と配下達は揃って大口を開け驚愕した。


「我が親愛なるマスター、いや可憐なる乙女達の艶肌を無理矢理に覗こうなど不届き千万! 同じ男として断固あるまじき愚行なり! 恥を知りなされぇぇぇい!」


「いや、ヤッスくんだって普段からおっぱい連呼しているじゃん。実際、メルはドン引いているぞ? キミなら俺達の志を共感できる仲間の筈だ、違うかい?」


「そうや、バレなきゃええんやで。そうやろ?」


「バレずにこっそり覗く、それこそ僕達の聖戦でありロマンがあるのです!」


 ギロデウス、ジェイク、ストライザの三バカ兄さんは最低の持論を熱弁している。

 俺を引き入れるため、意地でもヤッスを仲間に加えたいらしい。


 ――だがこの人達は知らない。


 決してヤッスは同類ではない。

 寧ろ節度を守り、気高き黄金の精神を持つ男である。


「笑止なり! 覗きにロマンなどない! 浴場の窃視なんぞは、ただの迷惑行為であり普通に犯罪ですぞ! それに誤解しないで頂きたい! 『おっぱいソムリエ』とは、乙女達が魅せる衣類の膨らみから、あらゆる妄想を抱きリスペクトしてテイスティングする孤高の生業を重んじる矜持職なのです! たとえ塀の向こうに堪らぬ美の果実が幾つも実ろうと戯言に惑わされるほど、この安永 司は腐り堕ちておらん! 見くびらないで頂こう!」


 そう、こいつは真の変態紳士なのだ。

 一歩間違えれば立派な視姦職だけどな。

 

 ヤッスの迫力に飲み込まれたのか、次第に男達のテンションは下がっていく。

 最もエロくちょろそうだと思っていた奴に完全否定され、「ひょっとして俺って最低なんじゃないだろうか?」と疑念を持ち正気に戻りつつある様子だ。


「――流石、【聖刻の盾】の殿方。聡明なご意思をお持ちでございます」


 いつの間にか、団長の徳永さんが背後に立っていた。

 超隆起した肉体美を晒し大切な部分だけタオル一枚で隠されている。

 しかし何故か右腕に鋼鉄手甲ガントレットが装着されていた。


「げぇ団長!? やっべぇ!」


「あかん、みんな逃げるでぇ!!」


「ひぃぃぃい、殺されるゥゥゥ!!!」


 三バカ兄さんと配下達は「わーっ!」と悲鳴を上げながら、一斉に散らばって逃走する。


「馬鹿者どもめが。逃がさん――《重力の欲望グラビティデザイア》」


「「「うぐぇ!?」」」


 徳永さんは石タイルの床を拳で軽く叩くと、眷属と配下達の体に超重力がのしかかり全員がその場に倒れ込んだ。

 確か重力を自在に操れるんだよな? しかも連動性もあるとか。

 全員が指先一つ動かせず、床に張り付いている。

 改めて見ると恐ろしいスキルだ……。


「この愚か者共は私が厳正に処分いたします。真乙様方はどうかごゆっくり温泉を楽しんでくださいませ」


 いえ、ちっとも楽しめないんですけど。

 やっぱ【氷帝の国】って、色々な意味でおっかない集団クランだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る