第121話 幼馴染というトラウマ

「――《漆黒の魂斬殺ジェットブラック・ソウルキル》!」


 香帆は真向斬りで湾曲の刃を一閃する。

死神大鎌デスサイズ』から放たれた魔力の波動エネルギーが、分厚い氷柱に覆われたガンさんごと縦一文字に貫いた。

 刹那、氷柱が真っ二つに割れて分離する。

 あの《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》ごと――。

 狂戦士化バーサークが解除されたガンさんは仰向けで地面に倒れ伏した。

 その肉体は痛々しい火傷や裂傷だらけだが、香帆の攻撃によるダメージは見当たらない。

 

 対して香帆の手には、淡く光る球形の『霊魂オーブ』が握られている。


「あたしのユニークスキル《魂の搾取ソウル・エクスプロイテーション》で、ガンさんの魂を奪ったんだよ。今は仮死状態ってわけ。それよりストッチ、ガンさんの回復を急いで!」


 香帆の話によると肉体から魂を離された状態は3分間しか維持できず、それ以上経過すると完全に死に至ってしまうようだ。


「わかりました、リエンさん……僕達三人の推し女子とはいえ、まったく恐ろしい能力です」


 ストライザは戦慄を隠し切れず駆け足で、ガンさんに近づき傷ついた体に手を触れる。

 《治癒ヒール》魔法を施し、持てる魔力を注いで損傷部位の回復と蘇生を同時にこなしていった。

 しかしガンさんが負った傷は相当酷く致命傷どころか、普通ならとっくの前に死んでも可笑しくないレベルだったとか。

 あそこまで元気に動いていたのも、やはり狂戦士バーサークとしての効力だと言わざるを得ない。

 その反動も確実にガンさんの肉体を蝕む原因となっていたようだ。

 

 したがって、フレイアの《絶対零度アブソルティゼロ》効果による簡易的なコールドスリープ状態で肉体の活動を完全に停止させたことは非常に大きかった。

 さらに香帆の《魂の搾取ソウル・エクスプロイテーション》で魂を肉体から抜くことで仮死状態にして、辛うじて死に際を保つことに成功したのだ。


 回復術士ヒーラーのストライザは、ガンさんを救うため手持ちの『MP回復薬エーテル』を使い切るほど何度も最上級レベルの回復魔法を惜しみなく与え続ける。

 その光景は医療ドラマ並みの鬼気迫る緊迫感であったらしい。

 したがって他のA班メンバーも「傍にいないと、なんか気まずくね?」という心理が働き、ああしてみんなで囲む形で見守ることに至ったそうだ。


 間もなくして、俺達B班がモロクを斃したと同時にガンさんの治療は終わる。

 香帆が魂を肉体に戻し、無事に全快したという経過が語られた。



「……っというワケよん。マオッチ、理解したぁ?」


「うん、お互い色々と間が悪かったようだ。ごめんね、ついキレて」


 なまじボケをかましたわけじゃないことは理解した。

 香帆は「あたしはいいよん。今度、泊りに行った時はよろしくねん」と意味ありげな笑みを浮かべている。

 また俺に何を求めているんだろうか? フレイアが「なんのことですの?」と食いついてきたので、状況が悪化しないよう「うん、わかったよ」と軽く頷きスルーした。


「そうだったのか。まさかそんな大事になっているとは……みんな、こんな俺のために必死になって助けてくれてありがとう」


 ガンさんは立ち上がり、俺達に向けて深々と頭を下げて見せた。

 狂戦士バーサーカー状態はガチで最悪だけど、この謙虚な姿勢が彼の良いところでもある。


「うん、本当に良かったよ……王聡くん。キミに何かあったら、私、どうしたらいいのか……ぐすん」


 アゼイリアは涙ぐみ、ガンさんに寄り添う。

 俺達生徒の前ではまず見せることのない、彼女のか弱い部分だ。


「サッちゃん……心配してくれてありがとう」


 ガンさんも嬉しそうに、アゼイリアの肩に手を添えている。

 なんだか二人の間にピンク色オーラが見えてきたぞ。


 これが幼馴染か……クソォ、俺にとって忌々しい響きだけどやっぱりいいなぁ。

 はぁ、杏奈に会いたい。


「お嬢様、これでクエストは達成したということでよろしいでしょうか?」


 置物だった徳永さんが主とするフレイアに聞いている。


「ええ、徳永。こうして皆さんも無事でしたし、そう捉えてもよろしいでしょう」


「しかし我が主よ、ドックスの件は如何なさいます? 『零課』になんと説明すればよろしいですかな?」


 ディアリンドの話では、【氷帝の国】は本来ならドックスを捕えることをメインとしていたようだ。

 なんでもそのために大人数を引き連れての遠征だったらしい。

 彼女曰く「殺すのは容易いが活かすのは難しい」という理由だとか。

 実際、ドックスに《呪殺術カース》を掛けられた俺も十分に理解できた。


「問題ありませんわ。予めゼファーから粛清の許可は下りておりましたし、懸念していた悪魔デーモンも斃せましたわ……寧ろ懸念するべきは、これほどの悪魔デーモンを飼いならすことを可能とする闇勇者レイヤの方ですわ」


 フレイアの言うことも最もだ。

 渡瀬の野郎、おそらくまだモロク以上の悪魔デーモンをティムしているに違いない。

 奴も調教師テイマーとして底なしのような気がする。

 

 俺はもっと強くならなければ……杏奈を守るためにも。


「マオッチ、ウチらはどうする? このまま二人のイチャコラぶりを激写してネットにアップするぅ?」


 香帆は茶化したようにスマホを手のして、ガンさんとアゼイリアを撮ろうとしている。

 リア充嫌いのヤッスも便乗して「多くのラノベではパーティ内の恋愛は主人公のみしか認められておりませんぞ!」と妙な言いがかりとやっかみが聞かれていた。

 俺としては別にいいじゃんと思う。

 ラノベで言うならモブキャラだって幸せになる権利くらいあるだろ?


 仲間から指摘されたガンさんとアゼイリアは、気まずそうに互いの距離を置いてみせる初々しさと尊さを発揮している。

 それがますますフリー組の勘に触る行為だと知らずに……。


「いや、俺達【聖刻の盾】はこのまま引き上げよう。『回復薬ポーション』も底を尽きかけているし、一応は目標だった56階層に到達したからね」


 といっても今じゃ見る影もない荒れ果てた散々な有様だけどな。

 なんでも時間が経過すれば自然と元の状態に修繕されるらしい。

 この辺が『奈落アビス』ダンジョンの凄いところだ。


 俺の提案に、香帆とヤッスとガンさんは「そうだね」と素直に頷き了承してくれた。

 けどアゼイリアだけは申し訳なさそうに挙手している。


「ねぇマオトくん、帰る前に素材の回収してもいいかしら?」


「素材? 先生、なんの?」


「モロクが落とした素材よ。『黒い魔核石コア』は皆で山分けするとして、『業火の戦鎚ヘルファイヤハンマー』と『青銅の鎧ブロンズアーマー』は超レア素材と見たわ。鍛冶師スミスとして放っとけないのよ」


 これが鍛冶師スミスの性だと、アゼイリアは言いたいらしい。

 確かにバラバラの破片しか残っていない『青銅の鎧ブロンズアーマー』は回収可能として、『業火の戦鎚ヘルファイヤハンマー』は流石に無理じゃね?

 未だに周囲を焼くほどの灼熱を帯びているし、そもそも巨大すぎて《アイテムボックス》に入るのか?


 俺が難色を示していると、フレイアはさりげなく近づき爽やかな微笑を浮かべる。


「では真乙様、わたくし達も引き上げるので一緒に行動いたしません? 素材の回収もお手伝いいたしますわ」


「えっ、本当? けどなんだか悪いな」


「いえ、メルを助けて頂いたお礼ですわ。それと、わたくし達を『隠しダンジョン』から解放させて頂いた感謝も含めましてですの」


 まぁ『隠しダンジョン』の件はお互い様というか……。

 俺も思わぬ形でフレイアと抱擁してしまい、思い出すだけでも胸がドキドキしてしまう。

 ガチで杏奈には申し訳ない気持ちでいっぱいだけど……脱出するためだから仕方ない処置だと割り切っていいかな? グレーでいいよね、ね?

 それに屈強揃いの【氷帝の国】と一緒なら、素材の回収作業は勿論これから帰還する上でも安心できそうだ。


「うん、じゃお願いしょうかな。皆さんも、どうかよろしくお願いします!」


 俺が丁寧にお願いすると、フレイアを含む【氷帝の国】の眷属達は快く頷き了承してくれる。

 周囲から色々と悪評を囁かれるパーティだけど、今回色々と共同したことで基本は気持ち良い冒険者達だとわかった。

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