第120話 A班の救出劇

「――その声、ユッキか? 解呪できたのか?」


 俺が身を乗り出し呼び掛けると、ガンさんは両目をぱっちりと開け軽やかに起き上がった。

 あれほどまで全身が焼け爛れ裂傷した箇所は全て綺麗に治癒されている。

 さらに優しい性格もあり、自分のことより真っ先に俺の身を案じていた。

 

「なんだよ。ガンさん、普通に生きてるじゃん」


「え? 何、その言い方……よくわかんないけど、俺凄くショックなんだけどぉ」


 そういや豆腐よりメンタルが崩れやすく脆かったな。

 面倒くさいが、今のは明らかに俺の言い方が悪い。


「ごめん、失言だった。そこは素直に謝るよ……ガンさんが身を挺してくれたおかげで、無事に解呪できてこうして生きているよ、ありがとう」


「そうか、良かった。けどなんか随分とダンジョンの景色が変わったよな? まるで戦後の焼け野原みたいだ……まさか俺の仕業なのか?」


「まぁ色々あってね。話すと長くなる。とにかく、ガンさんが無事で良かった……それで話は変わるけどさぁ、A班のみんなも悪くね? てか超紛らわしかったんだけどぉ! ガンさん無事じゃん! さっき何、葬式みたいに悲しんでいたんだよぉ!?」


「マオッチこそ何キレてんの? あたしら誰も悲しんでないよぉ」


「はぁ? 香帆さんが一番そういう風に見えたぞ! 特に口押えて嗚咽漏らしていたじゃん!」


「嗚咽ぅ? ひょっとして、あたしが泣いているように見えちゃった系? 違うよぉ、スキルを使用した影響で魔力切れマナ・ロストを起こしそうになって眠気を堪えていたんだよぉ。もう『MP回復薬エーテル』を飲んでおいたから大丈夫だけど、つい欠伸が出そうで我慢していたところだよぉ」


 ええ、何よそれ?

 確かに香帆のユニークスキル《魂の搾取ソウル・エクスプロイテーション》を使用したら、どんな魔力残量でも必ず9割は消費されてしまう縛りがあるとか。

 魔力値MPも一桁に入ると魔力切れマナ・ロストに陥って意識を失うから早急に『MP回復薬エーテル』で回復しなければならない。

 つまり香帆はその最中だっていうのか?


「ちなみにマオたん、僕もガルジェルドに回復魔法を施しすぎて魔力切れマナ・ロストを引き起こしそうになっていたところです」


 ストライザも同じ理由を述べている。

 なんでもガンさんの損傷は相当酷く、あと一歩遅れていたら確実に死んでいたらしい。

 彼を救うため回復魔法を使用しまくっていたら、所持していた『MP回復薬エーテル』を全て使い切ってしまったようだ。

 まぁ、この人は役割上からして仕方ないだろう。


「フレイアさんは? なんか神妙な様子で顔を背けていたよね?」


「はい、真乙様。わたくしは役目を終え、ストライザの仕事を眺めておりましたの。けどあまり興味がなかったので、つい眠気が襲い懸命に堪えておりましたわ……(本当は推しのマオたんとの抱擁と温もりを思い出してニヤけるのを必死で我慢していただけですわ)」


「フレイアさん。正直なのは素敵だけど、それだと俺の生死に興味ないって聞こえるよ。なんか傷ついちゃうからディスるようなこと言わないでね」


 ガンさんに指摘され、フレイアは「すみませんわ」と、さらりと謝っている。


「マオたん、俺とジェイクも別に悲しんでいたわけじゃないぞ。こうして皆で囲んでいたのは、ただの集団心理による野次馬根性だ。いくら役目を終えすることがないとしても、俺達だけしれっとしていたら薄情者とか言われちゃうだろ? みんな残業しているのにお前らだけ帰るのか的な?」


「せや。それにワイら、あんなに活躍したちゅうにフレイア様ときたら、全然褒めてくれんし、だからギロデウスと一緒に愚痴っていたところや」


 そういやこの二人、「クソッ、なんでだよ……」と如何にもって感じで呟いていたな。

 あれって、そんなしょーもない理由だったの?

 フレイアも「あんなのできて当然ですわ」と容赦なく吐き捨てている。

 どうやら【氷帝の国】は、眷属に鞭ばかりで飴を与えることは稀なブラック企業顔負けの集団クランのようだ。


「しかしマオたん様ではありませんが、メルも一瞬ドキっとしたのです!」


「チッパイ殿の言うとおりですなぁ。本来なら謝罪動画モノであり、ネトウヨから延々とネタにされても可笑しくない事案ですぞ」


 まともなメルに続き、ヤッスも抗議している。

 一緒に不満を抱いてくれるのは嬉しいけど、こんなんでいちいち謝罪動画を上げたら世の中キリがないぞ。あと、しょーもなさすぎてネトウヨもスルーする1回切りのネタだと思う。

 アゼイリアとディアリンドも呆れた様子を見せ無言で頷き、フレイアにはイエスマンの徳永さんだけは置物のように沈黙している。


「そっか……なんかごめんね、B班のみんな。確かにウチらも紛らわしかったかもしんないねぇ。まずは詳しく説明するよ――」


 香帆はそう言うと『ガンさん救出劇』の状況を説明してきた。



 B班の援護もあり、戦線離脱に成功した槍術士ランサージェイク。そのままA班が待ち伏せている場所まで、狂戦士バーサーカーと化したガンさんを誘導した。


「しかし、ごっついわぁ! このままやったらワイとて持たへん! ギロデウス、そろそろ変わるでぇ!」


「ああ、こちらは準備万全だ! 任せろ――《挑発》ッ!」


 至高騎士クルセイダーギロデウスはスキルを発動し、ガンさんの攻撃対象を自分へと向けさせた。


「ウィィィガァァァ――!」


 雄叫びを上げ進路を変える狂戦士バーサーカー

 地団駄踏む勢いで地面を激しく揺らし突撃してくる。

 手にしている『牙の巨剣』を容赦な振るい、待ち構える至高騎士クルセイダーの頭部を目掛け容赦なく襲った。



 ガキィン!



 激しくぶつかり合い、火花を散らす衝撃音が響き渡る。

寸前でギロデウスは背負っていた身の丈ほどの大盾を装備し攻撃を防いだ。

 しかしガンさんには《貫通》を進化させた《穿通》スキルを持っている。

 例え物理的に攻撃を防げたとしても、ダメージは攻撃力以上の威力で体力値HPを確実に削られてしまう。


 だがギロデウスはダメージを受けた様子もなく、その位置から一歩たりとも引いていない。不動の姿勢を貫いていた。


「俺もマオたん程のバケモノじゃないが防御力には自信があるんだ! それにユニークスキル持ちなんでね! 《技能スキル無効化インヴァデントテクニック》で《穿通》だろうと一切通さんぞ!」


 さらに大盾には魔法攻撃も無力化する付与効果を持っているとか。

 その徹底した防御力を前に暴走するガンさんは攻め切れず押し切れず、数秒間ほど膠着状態となる。


「よくやりました、ギロデウス。これで狙いが定まりましたわ――《絶対零度アブソルティゼロ》!」


 少し離れた位置で、フレイアはレイピアを地面に突き立てユニークスキルを発動する。


 《絶対零度アブソルティゼロ》とは触れた物を極低温で徹底的に凍らせるという恐ろしい能力を持ち、異世界でも『氷帝の魔女』と呼ばれる彼女の代名詞スキルでもあった。

 異世界においても、そのスキル能力で氷の城や砦など簡易的な要塞を創り上げ支配地を拡大しては、多くの国々や魔王軍に脅威をもたらしていたと言う。


 そして普段使用する凍氷属性魔法と異なり、詠唱が不要で冷却の速攻性が抜群に高い特徴がある。

 また直接触れなくても物体同士を介して凍結効果を拡張させる連動性も備わっていた。

 さらにフレイアの意志で半永久的に対象を凍てつかせること可能であるようだ。

 反面、命中精度がとにかく低いらしく、特に連動性に関しては敵味方関係なく凍結さえてしまう重大な欠点もあるらしい。


 フレイアが突き立てたレイピアを伝って地面が急速に冷却される。

 高速に氷柱が幾つも発生し一筋の糸と化して連なり、まるで導火線の如く地表を這いながら、ガンさんとギロデウスが対峙する位置へと張り巡らせ疾走していく。


「よっしゃ! 俺、撤退!」


 寸前でギロデウスは大楯を引いた。逸早く後方に飛び下がる。

 ガンさんは体勢を崩し立て直そうとした瞬間、氷柱が既に足下まで迫っていた。


「ウガァ――」


 咆哮を上げる間もなく、ガンさんの体は凍てつき氷柱の一部となる。

 完全に氷漬けにさせることで、狂戦士バーサーカーの暴走を封じ込め沈静させた。


「ガルシュルドさんが完全に凍てつくまで残り20秒です。残念ながら、それ以上のスピード調整はできませんわ。早急にリエンさんとストライザで決めてください」


 フレイアは突き立てたレイピアを抜き鞘に収めた。

 彼女の口振りからして、まだ表面上の凍結状態であるようだ。

 しかし凍結化は進行しており、放置していたら凍死してしまう恐れがある。

 暴走を止めるためとはいえ、生命の活動を完全に終わらせる極寒地獄に変わりない。


「大丈夫! あたしは仲間を死なせたりしないよぉ!」


 ふと気がつけば、香帆が氷柱の前で高々と跳躍している。

 主力武器である『死神大鎌デスサイズ』を振り上げ掲げていた。

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