第118話 団長達の戦闘力

 俺が援護を許可すると、ディアリンドは素早く行動を開始していた。

 頭上に《アイテムボックス》を出現させ、魔法陣に腕を入れて何かを引き降ろしていく。

 ぱっと見は大型弩砲バリスタのような攻城兵器かと思ったが違っていた。


 それは巨大な洋弓だ。

 野太く滑らかな弧の曲線カーブを描く弓幹に呪文語が刻まれ煌々と輝いている。

 強固そうなワイヤー状の弦が引き合う形で括り付けられ構成されていた。


 ディアリンドは巨大な弓を弦鳴楽器のハープのように縦に向けて地面へと突き立てる。

 右目側の眼帯を上にずらし、遠くにいるモロクを凝視した。

 どうやら隻眼ではなかったようだ。それに左右の瞳の色が違っている。

 普段から見られる左の瞳は黄色だが、右の瞳は妖しい輝きを放つ紫色だ。


「ほう、あれは『魔眼』というやつですなぁ!」


 厨二病のヤッスが真っ先に反応する。

 見た感じから、まさしくそのままだ。

 いつも眼帯で隠していることから、何か制御しなければ都合の悪い力を秘めているのだろうか。


 さらに《アイテムボックス》から一本の漆黒色の矢を取り出した。

 矢にしては長く極大サイズであり、大魚を射抜く『銛』あるいは『矛』と言っても良いかもしれない。


 ディアリンドが巨大弓に矢を添えて弦を引く。

 強固そうな見た目とは異なりスムーズに流れるような動作だ。

 弓に矢を設置すると彼女は、縦横十字線となる位置に立ち狙いを定める。

 その姿勢は弓矢と渾然一体と化した、弓道の射法を想起させる洗練された構えに思えた。


 ディアリンドは標的に向け発射の機を狙っている。

 そして、モロクが戦槌を振り下ろすタイミングで矢を放った。


「グゥギャアァァァァァァ――!!!」


 モロクが絶叫し上体を大きく仰け反らせる。

 漆黒の矢が奴の右目を正確に撃ち抜いたのだ。

 だがそれだけでは終わらない。

 射抜いた矢はさらに威力を膨張させ、爆発させたかのように破壊していく。

 右側顔面の頬骨から頭蓋骨部位にかけて完全に吹き飛ばした。


 通常のモンスターなら十分に致命傷だが、モロクは生きている。

 高位の悪魔デーモンだけあり、そう簡単には斃せないのか。

 しかし、モロクはガンさんとジェイクに叩きつけようとしていた戦槌を放り捨てた。苦しそうに両手で損傷した頭部を押え、ひたすら呻き声を発している。

 苦悶の様子から、やはり大ダメージに変わりないようだ。


 にしても凄まじい破壊力だ……これがディアリンドの実力、『裁きの矢を射るジャッジメント・アーチャー』か。

 初めて目の当たりにする俺とヤッスは大口を開けて驚愕し戦慄する。

 

「流石は副団長や! ほな狂戦士バーサーカーはん、撤退するでぇ!」


 ジェイクは手にする槍を羊飼いのように振り回し、襲い掛かってくるガンさんを巧みに誘導して敵の射程から遠のき逃れた。

 なんとか上手く戦線離脱してくれたようだ。


「おっし! 後は俺達でモロクを仕留めに入る! ヤッスは魔法で俺達にバフをかけてくれ! アゼイリア先生とディアリンドさんはその位置から次の発射に向けて待機、メルと徳永さんは俺と一緒について来てください!」


 俺はB班全員に指示を送り、ボロボロ状態の『黒鋼ブラックメタルの鎧』を着装して冒険者の姿となる。

 ディアリンドに薦められ仕切ってみたのはいいけど、俺って【氷帝の国】メンバーの戦い方とかよく知らないんだよな……。

 特に初対面の徳永さんは職種すらわからない。


 そう思いながらも俺は『黒鋼の悪魔盾メタル・デビルシールド』を装備し、メルと並ぶ形で駆け出した。


「マオたん様、ここはメルがモロクを引き付けるのです――《挑発》!」


 メルはスキルを発動させる。

 《挑発は》その名の通り、相手の注意を自分に向けさせて攻撃させる技能スキルだ。

 彼女のような盗賊シーフ職はその素早く軽やかな身のこなしから「回避盾」としても知られている。

 したがって戦闘時は盾役タンク同様、前衛に出で敵を引き付ける役割を担うことが多かった。


 メルの《挑発》により、モロクは破損した顔面を押えつつ左腕を翳し彼女の方に掌を向ける。

 呪文語らしく唸り声を発したと同時に掌から灼熱級の膨大な炎が放射された。

 最上級の炎属性攻撃魔法|地獄の業火《インフェルノ》だ。

だがメルは臆することなく、軽快な動きで跳躍して躱し切る。

 その隙に俺と徳永さんは足を止めず、モロクとの距離を詰めていく。


 モロクはこちらの存在に気づいたのか、青銅鎧の隙間から大量の蒸気を放出させた。

 それは《蒸熱》というスキルであり、ああして煙幕の如く周囲に蒸気を漂わせることで相手の敏捷力AGIを低下させる効果を持つ。

 さらに《傲慢》により命中力DFXを低下させ、開かれた大口から大地を揺らすほどの《咆哮》を上げて俺達を混乱状態にさせようと誘わせる。

 モロクが習得するデバフ効果を前進する俺達に向けられた。


「このヤッスがいる限り、その手は通じぬぞ――【《精神異常回復マインドキュア》×3、《全能力固定化オールフィクシティー》×6!】」


 ヤッスは得意の《速唱》で白魔法と付与魔法を連続して放つ。

 お陰で俺達は混乱することなく能力値アビリティも固定されデバフを無効化させた。


「やっぱヤッスは頼りになる魔法士ソーサラーだぜ! 徳永さん、今度は俺達で反撃しますよって……徳永さん!?」


 俺は後方をチラ見した瞬間に声を荒げてしまう。

 やたら真顔で疾走する厳つい大男は未だ燕尾服を着用したままだったからだ。

 おまけに走るフォームはやたら美しく無駄に品位を感じてしまう。

 にしても、まさかその格好が彼の戦闘服だとでも言うのか?


「真乙様、何か?」


「いや、普段からその格好で戦っているのかなって思って……」


「相手にもよります。格下であればこの姿で十分でございます」


 見た目によらない丁寧な口調でそう言い切る。

 格下って……レベル67もある魔王級だぞ。

 この人、いったいレベルいくつなんだ?

 その徳永さんの右腕には、よく見ると鋼鉄の何かが装着されている。


 前腕部から拳にかけて覆われた銀色を基調とし、各部位に魔法石が埋め込まれた歪な形をした『鋼鉄手甲ガントレット』だ。

 防御はあれで十分だってのか?


 モロクはスキル攻撃が通じないと知ると、そのまま左腕を伸ばし地面に落とした『業火の戦鎚ヘルファイヤハンマー』を持ち上げようと巨大な柄を握る。

 不味い、あれを拾われると厄介だ。

 高い攻撃力に加え、広範囲の炎攻撃が可能となる。


「真乙様、私が阻止して見せましょう、《瞬足》――」


 徳永さんは、ぽつりと呟くと物凄い速さで俺を追い越した。

 そして持ち上がっていく、高熱を帯びた巨大戦鎚に向けて飛翔する。


「――《重力の欲望グラビティデザイア》」


 なんと『業火の戦鎚ヘルファイヤハンマー』に向けて、『鋼鉄手甲ガントレット』で殴ったのだ。

 するとどうだろう、モロクは持ち上げようとした戦鎚をそのまま落としてしまった。

 そのことで激しい地響きと共に大地が割れて一帯が陥没する。

 さっき自ら落とした時とはまるで違う。

 まだそれほど高く持ち上げられてないのに妙な現象だと思った。


 さらに異常事態は続く。

 モロクの左肩から肘と手首の骨に異音が発せられた。

 まるで強烈な何かで無理矢理に引っ張られたように関節が外されたようだ。

 だがそれかでは治まらず、左肩の肉が裂けて腕全体が引き千切られて戦鎚と同様に地面へと落とされる。


「グアギャアァァァァァ!?」


 モロク自身も何が起こったのか理解できず、ただ失った右肩の断面を残った手で押さえて悲鳴を上げていた。


「いったいどうなってんだ!? 奴の腕が独りでに千切れて落ちたぞ!?」


 俺はあまりにも不可思議な現象につい足を止めて見入っている。

 それは万有引力の如く。林檎が木から落ちることが当然だと言わんばかりに、モロクの右腕は同様の末路を辿っていった。

 確か徳永さん、「グラビティなんちゃら」とか言っていたよ?


「――触れた物に対し重力を自在に与える能力。それが私のユニークスキル《重力の欲望グラビティデザイア》でございます。また触れた物同士を介して重力効果を連動させて与えることも可能でございます」


 徳永さんは綺麗に着地すると、唖然と佇む俺に向けて丁寧な口調で説明してくれる。

 重力を自在に与える能力だって? つまり触れた箇所を極限に重くしたり軽くできたりするスキルか。しかも触れた部位を通して連動効果を浸透させることが可能らしい。

 だから徳永さんが拳打を浴びせた『業火の戦鎚ヘルファイヤハンマー』を介して右腕が引き裂かれるほど極限まで重くなったというのか?

 徳永さんが放った攻撃からして「格闘系」を主とした戦闘スタイルのようだな。

 

 どちらにせよ凄い……評判通り相当な実力者なのは確かだ。

 伊達にエリュシオン屈指の組織力を誇る集団クラン級の大勢力【氷帝の国】の団長を務めているわけではない。


 あのゼファーからも「“帰還者”最強に位置する」と言わしめることだけあるぞ。

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