第116話 青銅の悪魔巨人

 まさか奴が渡瀬に託されたという、ドックスの悪魔デーモンなのか?

 その姿は全身に青銅の鎧を纏い、王冠を被る牛頭の巨人だ。

 ぱっと見はミノタウロスを思い浮かべてしまうが、存在感が圧倒的であり大きさや満ち溢れる魔力は別格であった。

 常に鎧の隙間から蒸気が放出され、それが異様な蒸し暑さの要因となっている。


 巨人は片手に持つ巨大な戦鎚を隆起した筋力で軽々と振り上げた。

 溝の部分が溶岩のような黒とオレンジが混合した色合いを帯び、周りの空気が歪むほどの熱量を発している。

 巨人は剛腕で大地に振り下ろし戦鎚を叩きつけた。

 大地は陥没し割れて裂かれ、激しい振動と地響きが一帯に発生する。

 同時に亀裂が入った地面から炎が噴出し、ガンさんを襲っていた。


「ガァァァァ!」


狂戦士バーサーカーと化しているガンさんは怯むことなく吼える。

炎攻撃の直撃を受けても動じる気配なく、果敢に巨剣で斬撃を与えていた。



「な、なんだ……あの悪魔デーモン? ドックスはどうしたんだ?」


「ドックスならガンさんがとっくの前に斃したよぉ。あれは『モロク』っていう悪魔デーモンだよぉ。あたしも初めて見るけどねぇ」


 合流した香帆が険しい表情で説明してくる。


「どういうことなの、香帆さん?」


「……色々あったんだけど、ってマオッチ。説明する前に一言いっていい?」


「うん、いいけど?」


「そっ――いつまでフレイアと抱き合っているの!? フレイアもとっとと離れてよねぇ!!!」


「あっ、そうだった。いや、これには色々ワケがあって……フレイアさん、もう大丈夫だから離れよう、ね?」


「はわわ~ん、嫌ですのぅ。真乙様ぁ、もっとですのぅん」


 フレイアは俺の胸に顔を埋めてとろけそうに身を委ねている。

 これでもかというくらい堪能し、まるっきり離れようとしない。


「「はぁ!? いい加減にしろよ、魔女コラ」」


 香帆だけじゃなく、何故かアゼイリアも瞳を見開いて声を荒げている。

 なんか殺気立っているんですけど……このままじゃ俺の身も危ないぞ。


 執事の徳永さんに主を引き離すようお願いするも、「この私がお嬢様の幸せを崩すわけにはいきません」と丁寧に断られた。評判通りのイエスマンだ。

 仕方ないので中立そうなメルとディアリンドに頼み、二人は協力してくれて離すことに成功した。


 フレイアは強引に離されたことで不満そうに頬を膨らませている。


「ぷぅ~ですの。貴女達、わたくしの憩いの場を邪魔しないでくださいますか?」


「我が主よ、すまない。しかし状況から察するにそんな場合ではないと思いますぞ」


「ピュアラブも行き過ぎるとただのストーカーと痴女なのです。恩人のマオたん様の迷惑行為は避けるべきなのです」


 フレイアも二人を信頼しているのか「まぁ、そうですわね」と身形を整えながら納得して見せている。

 なんだかんだ良識のある子達にお願いして助かった。

 三バカ連中だと火に油だったに違いない。


 解放された俺は後で姉の美桜にチクられないよう、香帆とアゼイリアに事情を簡潔に説明した。


「……そうなんだぁ。それならマオッチはしゃーないねぇ、フレイアはムカつくけどぉ」


「教師として不純異性交遊は見過ごせないわ。特にピュアなマオトくんが『氷帝の魔女』の毒牙に侵されるだけは阻止しないとね」


 良かった。無事に納得してくれたようだ。

 これで美桜だけでなく、杏奈にもチクられることはないだろう。

 俺も《狡猾》スキルのおかげか、最悪の事態を回避する術は身に着いている。


「それよりもあの巨人悪魔デーモン、モロクって呼んでいたけど?」


「そっ、ドックスが死に際に開放したんだよぉ。魔道具を使ってね……」


 香帆は当時の状況を説明してきた。



 あれからドックスは必死で逃げるも、アゼイリアが操作するドローンを追うガンさんから逃れることはできなかったようだ。


 途中、『魔槍ダイサッファ』を変形させ触手で反撃を試みるも、ガンさんはあっさりと巨剣で弾きまた触手を斬り裂いていく。

 《《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》で狂戦士バーサーカーとなったガンさんは同時にレベル+30増幅ブースト化される能力を持つ。

 現在はレベル36らしいので、レベル66まで増幅されたことになるだろう。

 したがって、とてもレベル58のドックスでは相手になる筈がなかった。

 おまけにガンさんは視界に入る動くモノに対して容赦なく攻撃する習性がある。


 結局、無数の触手でさえ彼を掠めることすら叶わず、ドックスは絶望の淵まで追い詰められていったようだ。

 

「クソォォォ、ガルジェルドォォォッ! テメェはまた俺をぉぉぉぉぉ――ギャァァァァ!!!」


「ウィィィガァァァァァァァァァ――!!!」


 こうしてドックスはガンさんにズタボロにされて無惨に散っていく。

 だが襲われる瞬間、奴は最後の悪足掻きに出ていた。


 気づけば《アイテムボックス》から水晶玉オーブを取り出し、地面に叩きつけていたのだ。

 それはティムしたモンスターを封じ込める収納用の魔道具、『密閉水晶玉エアタイトオーブ』と呼ばれる代物であった。


 ドックスの敗北を機に、封印されていた悪魔デーモンモロクが解き放たれ顕現されてしまう。

 そしてガンさんは新たに出現した巨大な目標物に向けて果敢に攻めて現在に至っているのだとか。


「あたしらもさぁ、一緒に戦いたくてもガンさんってば狂戦士バーサーカーしょ? 下手したらこっちが襲われちゃうわけじゃん」


「誘導用のドローンは王聡くんがドックスごと壊しちゃったしね。こんなことならもう1機購入しとけばよかったわ」


 香帆とアゼイリアの説明を聞き終わり、俺は頷いてみせる。


「まぁ特に今回の探索は想定外なことばかりだ無理もないよ。ああ、だからか。俺達が無事に元の階層に戻れたのは……」


「マオッッチ、どういうことぉ?」


「うん、『奈落アビス』って何かしらの意志を持っているって言うだろ? だから俺達が転移する際、ランダムじゃなくダンジョンの意志でここに飛ばされたんじゃないかと思ってね……理由はこの有様を見ればわかるだろ?」


 あれほど森林に覆われていた樹海が最早見る影もない。

 大木はへし折られて焼かれ、大地は砕け荒れ放題と化していた。

 全ては、モロクという悪魔デーモンの仕業だ。

 奴はドックスという司令塔を失い半ば暴走状態。


 まさしく『奈落アビス』にとってはイレギュラーな異物の存在だと言える。


 だから俺達にモロクの暴走を止めてほしいという意志があったのかもしれない。

 俺にはそう思えてしまう。

 ならもう少しイージーにしてもらいたいけどな。

 いつも俺が探索する時に限って強いモンスターばっか仕向けやがって……悪意を感じるわ。


 っと、まぁ愚痴はいい。

 止めるにしても、まず相手の情報収集だ。

 俺は《鑑定眼》でモロクのステータスを確認する。



【モロク】

レベル68 

HP(体力):953/1250

MP(魔力):353/563


ATK(攻撃力):1456

VIT(防御力):1127

AGI(敏捷力):363

DEX(命中力):430

INT(知力):282


スキル

《大堕撃Lv.10》……クリティカルヒット率100%上昇。また攻撃射程にいる敵全てに+200ダメージを与える(貫通性なし)。

《ボディアタックLv.10》……体当たり攻撃。ヒットする度にダメージ率+30補正。

《剛身Lv.9》……レベル上昇と共に攻撃力ATK+20補正。

《蒸熱Lv.8》……蒸気を発生させ周囲にいる敵の敏捷力AGI-10低下させる。

《気絶Lv.7》……攻撃を当てた敵を強制的に5秒間気絶させる。

《傲慢Lv.6》……謎の自信を見せることで敵の命中力DEX-10低下させる。

《咆哮Lv.5》……咆哮により効果範囲にいる敵を混乱させる(Lv.5の場合50%の確率)。

※《蒸熱》《傲慢》はスキルレベル上昇と共に-10ずつ増加させ敵にデバフを与える。


魔法習得

《上級 炎系魔法Lv.10》

《中級 暗黒魔法Lv.10》


ユニークスキル

塵芥滅焼却炉ガーページイン・シネレーター


〔能力内容〕

・下半身を巨大な窯炉に変形させ対象者を投入して、「ゲヘナの火」によって焼き尽くす。

体力値HP:100以下、防御力値VIT:100以下の敵は絶命する。

・それ以上の能力値アビリティを持つ敵は9割のダメージを与えられる(技能スキル効果と補正は無効化される)。

・一度でも取り込まれてしまえば脱出不可能であり、30秒は焼却炉の中で過ごさなければならない。

〔弱点〕

・窯炉形態時は下半身が完全に固定され身動きが取れない。

・窯炉に投入できるのは一度に2名のみであり、次の投入ターンまで30秒は要する。


装備

業火の戦鎚ヘルファイヤハンマー(ATK+950・AGI-150補正)

《魔力付与》

・地面に叩きつけることで広範囲に及ぶ炎攻撃が可能。


青銅の鎧ブロンズアーマー(VIT+1000・AGI-200補正)


 レ、レベル68だとぉぉぉ!?

 なんだよ、こいつめちゃ強えーぞ!

 まさか魔王級なのか!?

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