第115話 推しとの抱擁

「そうなのか、メル? だがワタシは性癖など拘らん。雄は有能かどうかで判断している。マオト殿も有能だが何分、我が主の推し。抱擁するわけにはいかぬ。なのでヤッス殿なら別に良いと思ったのだが?」


 天然というか脳筋というか……“帰還者”とはいえ獣人族ならではの発想なのだろう。

 とにかくディアリンドとしては別にいいと言っている。


「しかしなのです! その片眼鏡の魔法士ソーサラー、密かに彼女いるのです! メルは『メイド喫茶リターニー』で一度会っているのです! ポニーテルの可愛い美少女なのです! いっちょこ前にムカつくのです!」


「チッパイ殿、聞き捨てなりませんなぁ! まさかギリC、いや秋月のことを申されているのか!? 言っとくが、あやつとはただの腐れ縁ですぞ! 交際などしておらん! 誤解しないで頂こう!」


 ヤッスも全否定している。

 本当に秋月とは付き合ってないので別に嘘は言ってない。

 逆にそこまでして、ディアリンドのHカップに飛び込みたいのかとドン引いてしまう。


「……そうなのか? 想い人がいるのであれば話が変わる。縁は大切にするものだぞ、ヤッス殿」


「え? いえ、ディアリンド殿……だから違うと言っているではありませぬか? ユッキからもなんとか言ってくれ」


「諦めろ、ヤッス。大方、メルが正しい。『おっぱいソムリエ』は変態紳士らしく潔いものだぞ」


 自分でも何を言っているかわからないけどね。

 けどヤッスの心に刺さったようで、「うむ、それもそうだな……」と謎の理解を示していた。


 するとフレイアがニコっと微笑みながら軽快な足取りで近づいて来る。


「どうやら消去法で決まったようですわ。ねっ、真乙様ぁ?」


 何故か甘え声で問い掛けてきた。


「フレイアさん、決まったって何が?」


「ええ、それはこの『隠しダンジョン』から脱出するため、わたくしと真乙様が抱擁する必要があるということですの。もうこれしか方法はないのではないでしょうか?」


「え!? いや、俺は困るよ……俺にはそのぅ、ずっと想いを寄せている好きな子がいるんだ」


「知っていますわ。それでも、わたくしは真乙様しかいないと思っておりますの」


 確かに三バカは生理的に論外。徳永さんは完全拒否。ヤッスも彼女いるぞ疑惑で女性陣から抵抗感を抱かれている。

 俺はあくまで片思い中の男なわけで……。

 それに『隠しダンジョン』を脱出するための抱擁ならセーフという考え方もある。


「けど条件の『愛しき男女』って部分はどうするの? 相思相愛とまではいかなくても、お互いある程度の好意は必要じゃ……」


「わたくしは、以前から真乙様を推している立場。十分に条件は満たしていますわ」


 言いながらフレイアは俺に小顔を近づけてくる。

 今までにないくらい至近距離。

 こうして見るとガチで物凄い美少女だと思う。


「……けど、真乙様はどうなのですか? わたくしのこと、お嫌いですか?」


 銀色の瞳を潤ませ問い掛けてくる。

 うう……その表情、最早反則だろ。

 そんな悲しそうに、今にも泣き出しそうな顔したら断れるに断れないじゃん。

 つい胸がぎゅっと絞られてしまう。


 う、うむ……仕方ない。

 他の仲間達も待たせていることだしな。

 早々に『隠しダンジョン』を脱出するためだと割り切ろう。


 そう思えば、杏奈も許してくれるに違いない。

 いや、まだ俺達付き合ってないし告白すらしてないんだけどね。


「わ、わかったよ、うん……脱出するためにはお互い仕方ないよね。フレイアさんも俺となんて嫌だろうけど頑張ろう」


「嫌だなんてそんな……思わぬところで願ったり叶ったりですの(そういう意味では三バカには感謝しなければいけませんわ、フフフ)。それと真乙様、お願いがありますわ」


「え? お願い、なんの?」


「抱擁の際はそのぅ、鎧を脱いで頂けると嬉しいのですが? (できるだけ直にマオたんの温もりを感じるためですわぁ)」


 フレイアの言うとおりか。

 『魔槍ダイサッファ』の攻撃を受けまくって、黒鋼ブラックメタルの鎧はズタボロに破損している状態だ。

 こりゃアゼイリアに修復してもらうか、いっそ買い替えるしかないか。

 しかし、これ以上の借金を重ねるのはなんだかなぁ。


 俺は着装を解き、《アイテムボックス》に装備を収納する。

 私服姿に戻った。


「じゃあ、これでいいかな、フレイアさん?」


「はい、真乙様ぁ」


 フレイアは満面の笑みを浮かべ、俺の胸に飛び込んできた。

 可憐で清楚そうなのに案外大胆な子、いや姉ちゃんと同じ歳だから先輩か。

 とにかくそう思った。


 それに華奢で柔らかい……おまけにいい匂いがする。

 考えてみれば、俺は中学まで美桜によく抱きつかれていたが身内以外の女子と抱き合ったのは人生始めてだ。

 こ、これが……女子か。


「二人とも絵になってナイスなのです! フレイア様、とてもピュアラブなのです! これは永久保存なのです!」


 メルがスマホを手に持ち動画モードで撮影している。

 おまけに徳永さんまで「お嬢様、おめでとうございます」と言いながら、ごっついカメラを持ち出し連写モードで写真に収めていた。


「ちょ、ちょっと! 撮影すんのやめてくれる!? ネットにアップされたら困るからぁ!」


 どうせまた“帰還者”にしか閲覧できない『キカンシャ・フォーラム』だかだろうけど、それでもリベンジのアレっぽくて嫌なものは嫌だ。

 万一、杏奈に見られたら俺の人生オワコンになってしまう。

 杏奈に幻滅されでもしたら、せっかく助かったのに「いっそ呪い殺してくれ!」と思えてくる。


「どうかご安心をそんなことわたくしが許しませんわ。それより真乙様、わたくしのことを思って頂かないと、いつまでもこのままですわよ? (わたくしとしては永久にこのままでも良いですわぁ。はわぁ~ん、マオたんの温もり至高の幸せですの~!)」


 フ、フレイアの言うことは最もか。

 早くダンジョンから抜け出さないと……。

 俺は背中に手を伸ばし、ぎゅっと彼女を抱きしめる。

 

「きゃっ。真乙様ぁ、大胆ですわぁ」


「ご、ごめん……そういうつもりじゃ、い、痛くない?」


「うふふ、大丈夫ですの。わたくし幸せですわぁ」


 フレイアはとろけそうな声で俺の胸に顔を埋めている。

 やばい、かわいい。

 年上とは思えない、いやそれすら感じさせない魅力を感じてしまう。

 鉄壁の意志を持つ俺ですら、つい揺らいでしまう部分がある。


「チッ、やっぱりマオたんだな。俺らを出汁に美味しいところをかっさらうタイプか」


「ほんまや、これぞハーレム系主人公の醍醐味やで」


「どうせ僕達はモブのガヤですね。はぁ、マオたんに生まれ変わりたい」


 三バカがやっかんでうるせーっ。

 仕方ないだろ。あんたらだってルックス悪くないし性格だっていい人達だけど、あまりにも素行が悪すぎることが原因で女子達に拒否されているんじゃないのか

 ぜってぇ自業自得だろ?


「安心しろ、ユッキ。僕は野咲さんには絶対に言わないからな。だが秋月ギリCには話のネタでつい言ってしまうかもしれん。その際はめんごだぞ」


 やめろ、ヤッス! 秋月に言ったら、もろ杏奈に直通に知られるだろ!

 んなことしたら絶交だからな!


 そう思った矢先だ。

 再び周囲の光景が歪み始める。


「おおっ! これはさっきと同じ現象だ! やったよ、フレイアさん! 『隠しダンジョン』から脱出できそうだよ!」


「えっ、もう? ……チッですわ」


 不満気に舌打ちしてくる、フレイア。

 俺のこと推してくれているとはいえ、なんともはや。


 そして無事に『奈落アビス』ダンジョンの階層に戻って来た。

 直後、やたら焦げ臭く鼻腔を刺激する。

 おまけに熱気が漂い、とにかく暑い場所に俺達は飛ばされていた。

 ゼファーの話だと『隠しダンジョン』を抜け出しても必ず元の場所に戻る保証はないと言う。

 周囲は昼間のように明るいが、周りは殺風景で至箇所で木々が燃えて炎が広がっていた。


「どこだここ? 見たことのない階層っぽいぞ……まさか『下界層』より下層に転移されたのか?」


 まぁ仮にそうだとしても、これだけ屈強揃いのメンバーばかりだ。

 盗賊シーフのメルがいれば戦いを避けながらでも上に昇れるだろう。



「――香帆ちゃん、マオトくん達が戻ってきたわ!」


「やったね、マオッチ! 無事に『解呪』できたんだねん……てか何、フレイアと抱き合ってんのぉぉぉ!!!?」


 アゼイリアと香帆じゃないか。

 え? ってことは、ここは46階層?

 けど全然、樹海に覆われたジャングルじゃないんだけど……。


 しかし香帆のブチギレ方が半端ない。

 姉ちゃんにチクられても厄介だから、早々に離れないと後が怖い。


 そういや、ガンさんとドックスはどうしたんだ?



「ウィィィガァァァァァァァァァ――!!!」


 遠く離れた位置で、ガンさんは未だ狂戦士バーサーカーの状態で戦っていた。

 しかし相手はドックスじゃない。


 巨大で禍々しく、ひたすら蒸気と炎を吐き続ける存在。

 周囲の木々を焼き尽くし熱していく、異形の姿をした悪魔デーモンだ。

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