第114話 脱出の条件

 【氷帝の国】の回復術士ヒーラーストライザのおかげで解呪は成功し、俺は死なずに済んだ。

 そしてすぐに《アイテムボックス》で蓄えていた『HP回復薬エリクサー』を手にしてカブ飲みしている。なんとか体力値HPが全開させた。

 

 一方でストライザはフレイアに褒められ、やらかした「エロ本のトラップ」も帳消しになったことで有頂天となっている。

 吊るされた仲間の二人に向けてマウントを取っていた。

 なんでも日頃から回復術士ヒーラー職というだけで色々とディスられていたらしい。

 そんな光景を傍で見ていた副団長のディアリンドは頷き、吊るされている男達に近づいた。


「――っということで、ストライザは無罪放免となった。だがギロデウスとジェイク、貴様ら二人が犯した罪はまだ残っているぞ。しかしワタシも鬼ではない、武士の情けという言葉もある……このままサンドバッグの刑か、ケバブの刑か二択を選ぶがよい」


 ケバブの刑って何?

 あっ、よく見たら手に包丁のような細長い剣が握られているぞ!

 ええ……それで削いじゃう的なアレ? うわっ、グロエグぅ!


「副団長、貴女は鬼です! どちらも死んじゃうじゃありませんか!? もう赦してくださいよぉ!」


「せや! パワハラどころやない! そりゃ虐殺やでぇ! 頼むわ、堪忍してやぁ!」


 ギロデウスと呼ばれた鎧男と、ジェイクと呼ばれた関西弁を話す猫耳の獣人族は泣き叫び赦しを請うている。

 他所のパーティ事情とはいえ、次第に可哀想に思えてきた。

 

「あのぅ、そこの二人も解放してもらえませんか? 俺が言うのもなんですけど……彼らが『トラップ』に引っ掛かってくれたおかげで、こうしてフレイアさんにも会えることができたわけですし……」


 てかよく考えてみりゃ、この三人がしくったせいで俺がドックスに《呪殺術カース》を施されたという線もあるよな?

 まぁ過ぎたことだ。

 こうして無事に助かったことだし、もういいや。

 それに、なんかヤッスと重なって見えて哀れになってきた。


「メルからもお願いするのです! 三バカはどうしょうもないクズですが、三人いなきゃ寂しいのです! それにマオたん様が《呪殺術カース》をかけられたのも、身を挺してメルを庇ってくれたからなのです!」


 メルも便乗してフレイアにお願いしている。

 普段は三バカと罵り雑な扱いでも、そこは同じ眷属であり仲間なのだろう。


「真乙様がそう仰るなら赦しますわ。徳永、ディアリンド、二人も解放しなさい」


 フレイアはあっさり認め、二人は開放された。

 それからストライザに回復魔法を施されている。


「いやぁ、マオたん。キミのおかげで助かったよぉ! 美少女ばっかりにモテるからイラっとしていたけど実はいい奴だったんだなぁ!」


 ギロデウスが親しげに話かけてきた。

 ストライザと同じくらいの年齢っぽく、温厚そうで人柄の良さそうな顔をしている。

 高身長の全身に分厚そうな水色の鎧を纏う重装の騎士、至高騎士クルセイダーだ。

 確か盾役タンクの上級職だっけ? んじゃ、もろ俺の先輩だ。

 

「ほんまや~、マオたんにはすっかり借りができたで。こりゃ『キカンシャ・フォーラム』でもええこと書かなきゃあかんわ」


 ジェイクも愛嬌のある関西弁で言ってくる。

 その容姿は黒猫のような黒髪に獣の両耳と臀部に長い尻尾が生えた黒豹獣人族ブラックパンサーだ。年齢も他の二人と似たように見える。

 すらりとした高い身長に漆黒の軽装鎧姿、どことなくドックスを彷彿させる装備だ。

 話に聞くと、槍術士ランサーであるらしい。


 けど、やはり【氷帝の国】内で俺は「マオたん」で統一されているようだ。

 もう慣れてきたけどな。


「気にしないでください。困った時はお互い様ですし、【聖刻の盾】にも似たような奴がいますから……」


 俺は何気にヤッスに視線を向ける。

 奴はディアリンドのHカップの胸を視姦して「ナイスですなぁ」とボヤいている。

 すっかり俺が「解呪」されたことを忘れてやがるぞ。


「まぁこうして推しの真乙様にお会いできたという意味では、三人のお手柄でもありますわ。そうですわね、徳永?」


「はい、お嬢様。仰る通りであります」


 フレイアに促され、執事の大男は丁寧に会釈をする。

 この人が「徳永 景虎」、異世界だと「タイガ」という名の“帰還者”か。

 何でも【氷帝の国】団長で、あのゼファーですら「最強に位置する」と評価を受けている実力者だ。

 主のフレイアに妄信していると言われているがガチっぽいぞ。


「それよりフレイアさん、ここ『隠しダンジョン』はどういった場所なの? 見たところ凄いただ広いし、壁や出口もないようだけど……」


「ええ、ここは『奈落アビス』が創り出した異空間と言いましょうか。ダンジョンであってダンジョンではない、そんな感じの場所ですわ」


「つまり曖昧な領域エリアということか……モンスターとか現れないの?」


「勿論、現れましたわ。『下界層』の『ケシス』級の強力なモンスターばかりでしたわ。ですが、このメンバーなら遅れを取ることは決してありませんので大丈夫ですの。それに出現するポイントもわかったので、わたくしが凍らせて出てこないよう蓋をいたしましたわ。どうかご安心くださいね、真乙様ぁ」


 さらりと言っているけど、とても凄いことをやってのけているんじゃね?

 それでさっきからモンスターが現れないのか……流石、『氷帝の魔女』。


「フレイアさん達がずっと『隠しダンジョン』にいたってことは、まだ脱出方法は見つかってないの?」


「いえ、もう見つかってはいますが……なんと言うか、そのぅ」


 突然、歯切れが悪くなるフレイア。

 何か言いづらそうだ。


 すると置物のように無口だった、徳永さんが口を開く。


「真乙様、そこの床に文字が刻まれております。脱出する上での攻略ヒントだと我らは解釈しております。」


 なんだって?

 俺は徳永さんが手を翳す位置へと近づいてしゃがみ込む。

 確かに文字が刻まれている。しかも日本語だ。

 指先でなぞりながら読んでみた。

 


 ――愛しき男女の抱擁を見せよ、さらば扉は開かれん



 ん? 何これ? 

 男女の抱擁?

 そんなのが脱出条件だってのか?

 また『奈落アビス』め、やりやがったな!


「おそらく『転移トラップ』と同様、その者達の願望が脱出の鍵となるのでしょう。ただ抱擁と言いましても、誰がすればいいのか組み合わせなど悩んでいたところですわ」


「愛しきって文面も気になるね。相思相愛じゃなきゃって意味かな?」


「そこまで重々しくなって良いのではないでしょうか? 大小あれど何かしらの好意があれば問題ないと思いますの」


 そんなものか。

 なら早く抜け出すためにも誰か適当にチョイスして……。


 するといきなり、ギロデウスが前に出て直立する。


「フレイア様、俺達の誰かがじゃ駄目でしょうか!?」


「はぁ?」


「せや! ワイらとフレイア様ならいけるんとちゃう!?」


「まぁフレイア様があれでしたら、副団長かメルでも妥協しますが?」


 ジェイクとストライザまで便乗して進言してくる。

 つーか、せっかく解放されたのに懲りてないのか。


「嫌ですわ! 誰か貴方達となんかと! 冗談は顔だけにしろですわ!」


「断固拒否する! この戯け共が!」


「たとえ屍になっても三バカとは絶対に嫌なのです!」


 女性陣から見事なまでにブッた斬るような拒否を示す声が飛び交う。

 流石の三人組も「俺達っていったい……」とショックを受けて項垂れてしまった。


「まったく、貴方達と抱擁するくらいなら、徳永の方が遥かにマシですわ!」


「いえ、お嬢様。わたくし如きがお嬢様に対しそのような真似など滅相もございません。ディアリンド、メル、お前達に淑女に対しても同様だ。同士とはいえ、想いなき者にそのような行為などできん」


 徳永さんも嫌だと言う。

 堅物で真面目そうな見た目だけのことはある。


「うむ、団長の言う事も最もだ。ならば片眼鏡、いやヤッス殿だな。お主となら抱擁しても良いだろう。こっちに来てくれぬか?」


「え? ぼ、僕がディアリンド殿と、ほぉ抱擁ぉぉぉ!!!?」


「そうだ。お主は見込みがある。現にここに辿り着いた功績がその証と言えよう。思いっきり抱擁してくだされ」


 ディアリンドは「さぁ!」と両腕を広げウェルカムだ。

 ついでにHカップの両乳がブルンと破壊的に触れる。


「うぉぉぉぉ! この安永 司ぁ! 人生においてこれほどまで役得は嘗てありませぬぞぉぉぉ! ユッキ、僕を冒険者にしてくれてありがとう! 我が大親友に乾杯ッ!」


 当然、『おっぱいソムリエ』として断る気など毛頭ない、魔法士ソーサラーヤッス。

 何故か気合入れてストレッチをやり始めた。

 決して俺に乾杯する部分じゃないけど、当人同士がその気ならいいんじゃないかと思う今日この頃。


「ちょっと待つのです、副団長! その男、ガチでド変態なのです! 変態度では三バカと大した変わらないレベルなのです!」


 唐突にメルがチクって茶々を入れてきた。


 逆にあの三人、ヤッスと堂々の変態なんだ……。

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