第113話 隠しダンジョン

 俺達が念じた願望により顕現した、謎のぷるんと揺れる二つのスライムもどき。

 こいつが『隠しダンジョン』に転移するトラップだというのか?

 てことは、こりゃアレだな。

 パイの乙か……よく見りゃ、天辺にそれっぽい突起がある。


 ヤッスは「よし!」と気合を入れて『転移トラップ』の真下まで近寄り、しゃがみ込む。


「おい、ヤッス。何をする気だ?」


「決まっているだろ、ユッキ! 降臨されし、お乳様を堪能……いや『トラップ』に触れて僕達を『隠しダンジョン』へ誘ってもらうのだ! いいか、これは決してやましい気持ちからではないぞ! ある意味、『おっぱいソムリエ』としての勅命だと思ってくれ! 僕がやらなきゃ誰がやるというんだ!?」


 何、シリアスな顔で熱弁振るってんだよ。

 しかしこんなんで誘われるなんて嫌だなぁ。『奈落アビス』酷くね?


 ヤッスの真面目な表情とは裏腹に触ろうとする指の動きがやたら禍々しく、ある意味で気色悪い触手のような動きだ。

 とてもメルに見せていい場面じゃないので、俺は気を利かせて彼女の背後に回り両手で双眸を覆った。


「マオたん様、密着して頂き嬉しくて恥ずかしいのですが何も見えないのです」


「いいんだ。メルにはまだ早いからな」


 目の前の変態は、おっぱいに取り憑かれたクリーチャーだ。

 あの惨憺たる光景を見てしまったら、きっとSAN値を削られ発狂しかねない。


 直後、周囲の木々が歪み始める。

 否、正確には空間そのものが歪んでいた。

 まるでプロジェクションマッピングを見ているかのようだ。

 

 気がつくと景色がガラリと変わっている。

 ダンジョンの中なのは確かだが、「中界層」を彷彿させる石ブロックで整備された場所であった。

 しかし見えるのは床だけで、壁や天井が存在しない。

全方向の奥行が地平線のように漆黒に覆われ奥行が見えない領域エリアだ。

 

「ここが『隠しダンジョン』? 誰もいないじゃないか……まさかフレイアさん達と別のダンジョンに飛ばされたのか?」


 あるいは既に脱出していまい、すれ違ってしまったかだ。


「いえ、マオたん様! メルの《探索》スキルでフレイア様の存在は身近に感じるのです! 必ずこの領域エリアにいらっしゃるのは確かなのです!」


「――あら? 麗しき、マオた……いえ真乙様ではありませんか?」


 すぐ真後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると、フレイアが簡易用のアウトドアチェアに座り優雅に紅茶を嗜んでいる。

 その姿は冒険者モードの姿であり、長い白髪を後ろに束ねた軍服姿の美少女だ。

 相変わらずその可憐で繊細な美貌は、杏奈一筋の俺でさえ息を飲みドキっとしてしまう。


 すぐ傍にはナイスバディで褐色の肌を持つ、隻眼の美女こと銀狐獣人族シルバーフォックスのディアリンドが立っている。

 彼女は【氷帝の国】の副団長だ。


 それと見慣れない燕尾服を着た執事風の大男もいた。

 見た感じ三十歳前半であり、ガンさんに匹敵する隆々とした肉体の持ち主。とても精悍な顔立ちをしている。

 厳格そうな強面だが、ぴっちり横分けの髪型に背筋を伸ばした佇まいは品性のある紳士に見えた。

 一切の気配を感じさせず、まるで彫刻像のようにフレイアの傍に佇み微動だにしない。

 ある意味、異彩を放っていた。


「これはマオたん……いや、マオト殿。久しいな、それに片眼鏡の魔法士ソーサラーもな」


「ディアリンド殿、僕のことはヤッスをお呼びください……しかし相変わらず見事なHカップのバインバインですなぁ。つい先ほど堪能した故、僕の心もバインバインでありますぞ」


 願望を満喫したことで賢者モードと化し、只今語彙力低下中のヤッス。

 さっぱり何を言っているのかわからないけど、女性の前で最低な言動を浴びせていることだけはわかる。


「そういえば真乙様と【聖刻の盾】の皆様も、ダンジョン探索されておられていましたわね? わたくし達と同様、『トラップ』にハマってしまわれたご様子でおいたわしいですわ。して、どうしてメルと一緒ですの?」


「フレイア様、そんな悠長な説明をしている場合ではないのです! ストライザさんはどちらにおられますか!?」


「ええ、戯け者の一人ですか……ストライザなら、ほら、そこで吊るされていますわ」


 大男の執事が会釈して横にずれると、その後ろで三人の男達がそれぞれ突き立てられた長くて太い棒状にロープで固定され、ぐるぐる巻きに縛られた状態で逆さ吊りにされている。

 よく見たら棒は槍のような「矢」だと判明した。

 にしても惨ったらしい光景だ。

 荒野で放置されたら絶対にハゲタカに食われているぞ。


「……ず、ずびばぜん、フレイア様」


「か、堪忍や、魔が差してしもうたんやで……」


「……その通りつい油断してしまって。これぞ猿も木から落ちるでしょうか?」


「何を言っている? 貴様らはこうして落ちないよう、しっかりと吊るされているではないか?」


 ディアリンドは腰に手を当て、ズタボロ状態である三人のうわ言をあっさりと一蹴する。

 状況から察するに、『奈落アビス』のトラップで強き願望によりエロ本を出現させて拾った挙句、主のフレイアごと転移させる元凶を作った例の三人組だと理解した。

 んで、こうしてお仕置きを受けているってわけだ。

 てか完全に極刑レベルの拷問だと思う。


「ええーっ!? と、とりあえずストライザさんが生きているうちに解放してください! もう時間が残されてないのです! もうじきドックスに植え付けられた《呪殺術カース》でマオたん様が死んでしまうのです!」


「な、なんですって! メル、それを早く言いなさい! 徳永、ディアリンド、早急にストライザを自由にするのですわ!」


 フレイアは紅茶をぶちまけるほど慌てて指示する。

 徳永と呼ばれた大男執事とディアリンドは、ストライザと思われる男に巻かれていたロープを切り手際よく地面に降ろした。


 俺はすぐ地面に正座させられ、同じく正座するストライザと向き合う。

 華奢で小柄な二十歳風の若い兄ちゃんだ。

ゆったりとした白い魔道服を着用し、坊ちゃん狩りで丸眼鏡を掛けている。

 顔立ちはボロボロでよくわかないが、本来なら物腰の柔らかなそうな優男だと思えた。


「おお、マオたん……キミとはこうして会うのは初めてですね? 本当、助かりましたよぉ、はい」


「ええ、まぁ……話は後にして、解呪してもらっていいですか? あと2分もないので……」


 次第に死へと近づく実感が湧いてきたのか、頭がくらくらして視界ばぼやけている。

 残り体力値HPも残り僅かなことも影響しているのか。


 ストライザは手にしていた魔状を俺の頭頂部に向けて翳した。


「わかりました。僕なら5秒もかかりません【――神々の慈愛に満ちたる聖なる光よ。天の息吹にて忌まわしき呪詛を浄化し、この者に救済を《聖高の解呪術ハイ・ディスエンチャント》】」


 詠唱が終わり魔法は完成する。

 先端部に嵌め込まれた菱形の魔法石が輝き、俺の体に聖なる光が注ぎ込まれ隅々に至るまで染み渡っていった。

 まるで全身にこびりついていた、ドス黒い何かが浄化されていくような感覚だ。


「もう大丈夫です、マオたん。解呪は無事に成功しました」


 爽やかそうにニコッと笑う、回復術士ヒーラーのストライザ。

 けど頬を腫らし顔中がズタボロなのでイケメンに見えず寧ろ憐れみを覚えてしまう。


 俺は念のため《鑑定眼》を発動させ確認してみた。

 ステータスに表示された状態の備考欄に「異常:《呪殺術カース》」と表記されていた内容が完全に削除されている。

 

 良かった……俺は死なずに済んだようだ。

 そう思った瞬間、深々と溜息が漏れる。俺はそのまま項垂れてしまう。

 ようやく緊張の糸が解かれた、そう実感した。

 散々強がっていたけど、やっぱ死ぬのは怖い……俺だって人間だ。


 顔を上げ、両手でストライザの手を感慨深く握りしめる。


「ありがとうございます、ストライザさん! 本当に助かりました! ガチ恩にきるっす!」


「いえいえ、私はフレイア様の眷属として当然のことをしたまでです。貴方に何かあれば、主が悲しみますからね」


「ストライザ、わたくしからもお礼を言いますわ。よくぞ、マオた……いえ真乙様を救ってくれましたね。今回、貴方が犯したミスは完全に帳消しにいたしますわ。後で褒美も与えますわね」


 フレイアに賞賛されエロ本の失敗はチャラにしてもらった、ストライザ。

 その場で立ち上がった途端、ガッツポーズしながら歓喜し高笑いする。


「ヨッシャーッ、ハハハーッ! 見ましたか貴方達ぃ! 巷じゃ回復術士ヒーラーは底辺職だの! テンプレ追放職だの! 凌辱系のゲス職だのと散々言われてきましたけど、今日ほど自分が回復術士ヒーラーで良かったと思った日はないですねぇ、はぉぉぉい!!!」


 どうやら巷のラノベやアニメの影響で仲間からディスられまくっていたようだ。

 吊るされている二人の男に向けて自慢げにマウントを取り始める。

 この辺が既にゲスだと思うが、救ってもらった身として何も言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る