第112話 狂戦士と呪殺術

 ドックスに《呪殺術カース》を施され、5分ほど経過している。

 それは俺の体力値HPが-50削もられてしまったということだ。

 こうなってしまったら『HP回復薬エリクサー』でも回復することはない。

 まだ痛みこそないも、着々と刻まれてくカウントダウンに焦燥に駆られてしまう。


 ただ死を待つだけ。

 そう覚悟を決めていた矢先、仲間達が活路を見出してくれた。

 けど今、俺はそれすら忘れてしまうほど戦慄して立ち竦み見入っている。


 心優しき親友のガンさんに対して――。



「ウィィィガァァァァァァァァァ――!!!」


 猛獣の如き雄叫が地鳴り化し大地を揺るがしている。

 髑髏の仮面越しで双眸が赤々と攻撃色に染まり、手にした『牙の巨剣』を軽々と振り回し始めた。


 傍にいたアゼイリアと香帆は「やばっ!」と声を上げて離れていく。

 狂戦士化バーサークしたガンさんは首を左右に振ってその動きを捕えていた。


 やばい……彼女達を敵として認識し始めたぞ。


 ユニークスキル《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》は被ったガンさんは完全な狂戦士バーサークとなってしまう。

 攻撃力ATKを中心に能力値アビリティが爆上がりし、最高レベル30にまでレベル・ブーストされるらしい。

 復帰したての頃はブランクもありレベル20程度の底上げだったが、今は精神的にも成長して順調に全盛期の感覚を取り戻しているので、おそらくそれ以上と思われる。


 反面、敵味方の分別がつかなくなり動く者に対して容赦なく襲い掛かっていくという致命的な欠点がある。

 視界に移る者を殲滅するまで解除されないという最強かつ最悪なスキルと言えるだろう。


「ガ、ガルシュルド! お、お前その姿は……あの時と同じ……ひぃぃぃぃぃ!」


 ドックスは悲鳴を上げた。

 腰を抜かしたのか、戦々慄々とその場に座り込んでいる。

 無理もない。

 こいつは異世界の『災厄周期シーズン』で狂戦士化バーサークと化したガンさんに一度は瞬殺されているのだ。

 奴にとってはトラウマ級に違いないだろう。

 まぁい痛い目を見た俺もだけど……。


 だが理性を失ったガンさんは離れた位置にいるドックスを無視している。

 唸り声を発しながら、近くにいるアゼイリアと香帆に対して殺意を向けていた。


 こりゃガチに危ない……てか逆に墓穴を掘ったんじゃね?


「香帆さん、アゼイリア先生! 俺が《無双の盾イージス》で防いでいる間にその場から逃げてくれ! そのままじゃ、ガンさんに襲われちまう!」


「マオッチ、大丈夫だって言ったしょ! あたしらのことはいいから早く、ヤッスゥのところに行ってぇ!」


「そうよ! 私達だってノープランで王聡くんの封印を解いたわけじゃないんだから!」


 アゼイリアは言い切ると《アイテムボックス》を出現させ、見慣れた物体を取り出した。


 ――無人航空機ドローンだ。

 手には専用のコントローラーが握り締められている。

 おい、まさか……。


「香帆ちゃん! よろしくね!」


「任せて~ん! 【我の命に応じよ――召喚、光の精霊リグフト】ッ!」


 腕を翳した掌から光の粒子が放出され、ドローンに纏わりつき眩く発光させた。


「ガァァァァァ!!!」


 ガンさんはドローンに向けて疾走し巨剣を振るうも、アゼイリアの巧みな操作であっさりと躱されてしまう。


「思惑通りよ! この日のためにドローンの免許を取得して正解だったわ! ドックス、今からこのドローンをあんたに突っ込ませるわ! そうすれば王聡くんはそれを追って、あんたごと襲うって計算よ!」


「ドローンを破壊しても無駄だよん! あたしが召喚した《光の精霊リグフト》がお前の体に纏わりつくよう命じている! 結局、テメェは光る的になるってわけぇ!」


「本当は15万円もしたけど仕方ないわ! あんたの薄汚い命で清算してあげる! 私達のマオトくんに呪いをかけた報いよ!」


 てかアゼイリア先生、ダンジョン内でドローン免許とか不要じゃね?

 なんでも「下界層」の斥候用として準備していたとか。

どちらにせよ、『奈落アビス』ダンジョンにドローンを持ち込んだのは、この先生が初だと思う。


「くそぉぉぉ! なんてことしやがるんだぁ、この女ァどもぉぉぉぉぉ!!!」


 ドックスは『魔槍ダイサッファ』を地面に突き立て必死で立ち上がる。

 その場から逃げようとするも、先のダメージで足がもつれ思うように移動できない。

 『魔槍ダイサッファ』の制約なのか、回復薬ポーションをもってない様子だ。


 そしてドローンが卓越した操作で蠅のように俊敏な動きで飛び回り、ドックスへと向かって行く。

 さらにその後を狂戦士のガンさんが「ウガァァァァァ!」と叫びながら巨剣を振り回して物凄い勢いで追随していた。

 まるでニンジンを目の前にぶら下げられ、誘導されていく馬のような絵面だ。


「く、来るなぁ、ガルシュルド! こっちに来るんじゃねぇぇぇ!! ひいぃぃぃぃぃぃ――!!!」


 ドックスは戦意を消失させ逃げるのに必死だ。


 みんな、エグすぎ……こりゃ俺の出る幕ないわ。


「メル……ここはみんなに任せて俺達はヤッスのところに行こう」


「……はいなのです。【聖刻の盾】の皆さんが備わっている悪環境すら利用する図太さは、メル達も見習うべきなのです」


 うん、あまり見習うべきところじゃないけどな。

 既に勝敗を決したと判断した俺とメルの二人は、『隠しダンジョン』を探しているヤッスの下へと向かう。



 メルの《探索》スキルにより、ヤッスの居場所はすぐに特定できた。

 が、肝心の本人は何故か地面にしゃがみ込み、ブツブツと何かを呟いている。

 

「――おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい……パイ乙いっぱい」


 『速攻詠唱使いヘイスト・アリア』の称号を持つ魔法士ソーサラーが、卑猥で怪しげな呪文を唱えていた。

 決して中学生のメルに聞かせていい感じゃない。


 俺はヤッスの背後に回り、つい奴の後頭部に蹴りを入れた。


「こんな時に何してんだよ? お前、いい加減にしろ」


「痛ぇ! ユッキ、何をする? これは『隠しダンジョン』を出現させる立派な儀式だぞ!」


「儀式? なんだよ、それ?」


「ドックスの証言によると、『奈落アビス』は誰かの願望に則った形で、転移用のトラップを顕現させると言う。だから僕がこうして願望を念じ、意図的に『トラップ』を出現させようとしているんだ。《看破》スキルで探し回ると時間が掛かってしまう……何せ1分1秒を争う事態だ。ここはR指定を覚悟してもらわないとならない」


「なるほど……それくらいでR指定になるか微妙だけど最もな言い分だ。蹴り入れて悪かったよ。どう見ても変質者にしか見えなかったんだ。んで俺達にも手伝えることはあるのか?」


「……そうだな。なら一緒におっぱいを念じてほしい。ユッキは一途だから野咲さんを思い浮かべればいいだろう。チッパイ殿はそのぅ……今後の成長を願ってくだされ」


「あのなぁ、俺は杏奈をそういう目で見たことはない。一緒にすんな!」


 抱きしめてキスしたいくらいは常日頃思っているけどね。


「この片眼鏡の魔法士、やっぱり変態野郎なのです! てかメルの時だけ『そのぅ』とか、妙に間が長かったのが意味深だったのです! メルのおっぱい成長について期待薄ってことなのですか!?」


 メルは別の部分でキレている。

 とはいえ、時間がないのも確かだ。


 あれから10分も経過している。

 俺の体力値HPも残り半分とちょっとくらいか。


 とりあえずヤッスの隣にしゃがみ込み座禅を組んで念じる。

 いくら非常時とはいえ、清楚な杏奈を汚すわけにはいかないので代わりに風呂上りの美桜と清花を思い浮かべることにした。

 特に姉の美桜はタンクトップ姿でうろつき、よく豊満な胸の谷間を見せつけては戸惑う俺の反応を楽しんでいるからだ。


「……メルのおっぱいは必ず成長するのです。小人妖精族リトルフの壁を突破してみせるのです!」


 メルよ、やはり気にしていたのか。

 願望が必死すぎるあまりか、つい口に出してしまってだだ漏れだぞ。


 ヤッスも完全に賢者モードに入り念仏の如く、真剣な顔でひたすら「おっぱい」を唱えている。

 俺のためとはいえ、なんかシュールだな……これ。


 すると俺達の目の前で、地面がぷくぅっと膨み始める。

 肌色をした二つの球体が浮かび上がった。

 やたらと、ぷるんとした弾力性のありそうな物体だ。

 そのフォルムから一瞬、スライムかと思った。


「なんだ、これ? 新種のモンスターか?


「違うぞ、ユッキ! これこそ『隠しダンジョン』に誘う転移トラップだ!」


 マジかよ……本当に出やがった。

 いや、出なきゃ困るのは俺の方だけど。


 この俺、幸城 真乙が《呪殺術カース》効果で死ぬまで残り時間5分を切っていた。

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