第111話 盾役の覚悟

「マ、マオたん様!」


「心配すんな、ノーダメージだ!」


 どうやら物理的攻撃だったようだ。

 貫通性はない。

 背中の鎧は幾つか穴が開いているが、肉体に損傷は一切なかった。

 何せ《金剛ノ壁》の効果で防御力値VITは五桁まで爆上げするからな。

 我ながら超硬すぎる盾役タンクだと自負しているよ。

 

 しかし今の攻撃はなんだ?

 ドックスがやらかしたのは確かだが、奴は『魔槍ダイサッファ』以外の装備はなかった筈だぞ。


 砂埃が晴れ、徐々に薄っすらと姿が浮き彫りになっていく。

 ドックスはやはり生きている。

 先程より離れた位置で佇立している様子だ。

 それにしてもあれだけの爆発を受けて、まさかのノーダメージか?

 いや、何か妙だぞ。


 俺は歪なシルエットに違和感を覚え始める。

 そしてようやく状況を理解した。


 ドックスは防御をしていた。

 同時に攻撃も繰り出している。

 

 ――『魔槍ダイサッファ』だ。


 魔槍は枝を組み合わせたように円盾を作って防御し、また触手のように無数に伸ばして攻撃を成立させている。

 触手の射程かなりの長距離かつ広範囲であり、後方で固定させた《無双の盾イージス》にまで及んでいた。

 当然ながら《無双の盾イージス》は絶対的な防御盾として、パーティの仲間達を守ってくれている。

 危ない……スキル解除せず俺だけ抜け出して正解だった。


 そういえばあの『魔槍ダイサッファ』、始め見た時は棒状だったのに伸長して槍状に変形していた。

 他の装備ができないという制約がある分、そういった機能も備わっていたということか。


 だとしたら、俺ってやばいってことじゃね?

 触手の槍が引っ込められたのを見越し、庇っていたメルから離れて敵と向き合う。

 

 ドックスは『魔槍ダイサッファ』を一本の槍形態に戻すと、「ぶほっ!」と吐血した。

 全身を震わせ、特に右足の損傷が酷く立っているのがやっとに見える。

 辛うじて致命傷を避けたが、『魔撃手榴弾マナグレネード』によるダメージは大きいようだ。


「ぐ、ぐふっ! 鍛冶師スミスの女めぇ! と、とんでもねぇの投げつけやがって……何モンだぁ!? 危なく死ぬことだったじゃねぇか……だがなぁ、ぐほっ! やったぜ……幸城 真乙! テメェはもう終わりだぁぁぁ!!!」


「……魔槍ダイサッファの《呪殺術カース》効果か? 1分ごとに相手の体力値HP-10ずつ消費させるという」


「そ、その通りだ! 一度呪われたら最後、技能スキルでも回避不可能だぁ! テメェらの仲間に『解呪』できる奴はいねぇだろ、ああ!?」


 悔しいが確かにこいつの言う通りだ。

 俺の体力値HPでは30分も持たないだろう。

 それじゃとてもギルドまで持ち堪えそうにない。


 クソォ……どうすりゃいいんだ?


「ああ、マオたん様ぁ! メルのせいで申し訳ないのですぅ!」


 メルは俺の腰元にすがり、涙を流して謝罪する。

 そんな可愛らしい小人妖精族リトルフの少女に向けて笑みを浮かべ、小さな頭を優しく撫でた。


「気にすんな。仲間を守るのは盾役タンクとして当然だ。俺は腹を括ったぞ! ドックス、お前を道連れにしてやるからな!」


 俺はメルを引き離し、『竜殻りゅうかく剣』を鞘から抜いた。

 死なばもろともと言わんばかりに前進していく。


 その覚悟を決めた姿勢に、ドックスが表情を強張らせ狼狽し始める。


「な、なんなんだ、幸城 真乙……テメェはなんなんだ!? 普通、そこで闘志漲らせる場面じゃないだろ!? そう簡単に割り切れない筈だろ!? 呪われたのに何故、狼狽えず怯えない!? 何故、死を恐れない!? テメェは死ぬのが怖くないのかぁぁぁ!!!?」


「怖ぇよ! だがそれ以前にお前のような奴が一番ムカつくんだ! お前みたいなクズ“帰還者”を社会に野放しにするくらいなら、俺は命を懸けてブチのめしてやると言ってんだよぉぉぉ!!!」


 冒険者スイッチが入ったとはいえ、これもタイムリープして二度目の人生を歩む強みというのか。

 ぶっちゃけると、ここで朽ち果てることは無念でしかない。

 まだ死にたくないし、やりたいことは山ほどある。

 けど前周に比べりゃ遥かに満足な人生だ。

 

 何かに卑屈になることなく誰かの目を気にすることなく、自分の意思を貫き通した。

 

 片思いの杏奈とも親交を深められたのが大きい。

 本心じゃ恋人として付き合いたかったし、結婚して二人で幸せになりたかったけど……。

 それでも彼女から渡瀬を引き離すことができたし、守る体制も作った。


 あとは姉ちゃんや信頼できる仲間達が俺の意志を受け継いでくれるだろうぜ。


「くっ、くそぉぉぉ! 来るなぁぁぁ!! ガキが近づくんじゃねぇぇぇ!!!」


 ドックスは恐怖のあまりパニックを起こし始めた。

 俺を近づけさせまいと、『魔槍ダイサッファ』を再び触手に変形させ襲わせる。

 無数に飛び交い強襲する鋭尖の刃。

 身に纏う黒鋼ブラックメタルの鎧を削り破損させていく。

 だがいくら攻撃してこようとも、俺の肉体にダメージは及ばない。

 

「どうせ呪われてんだ。逃げる意味ねーよな?」


 俺は尻込みすることなくそう言い切る。

 回避せず淡々とした歩調でひたすら前進した。

 いくら『魔槍ダイサッファ』が強力な攻撃力を秘めていようが関係ない。

 物理攻撃である限り俺を傷つけるのは不可能。

 それに再び触れたからとて、《呪殺術カース》が早まるわけでもない。


 つまりドックスは俺を直接斃す術がないということだ。

 俺ならこんな奴、5分もあれば十分だろ。

 まだヤッスのバフは継続されており、攻撃力も向上している状態だからな。


 そのドックスはレベル58の癖に、明らかに格下相手の俺に戦慄し後退りする。

 アゼイリアが与えたダメージもあり《瞬足》スキルで逃げることができないようだ。

 

「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇ、幸城ぉぉぉぉ!!!」


「うぜぇ上に情けねぇ奴だ……お前だって異世界でガンさんにやられてから、二度目の人生をやり直せたんだろ? もう少しマシに真っ当な生き方をすりゃ良かったじゃないか。結局、お前は自分に負けたんだ。そして渡瀬の甘言に乗った。どうせ異世界に戻って同じ悪さをするのが目的だろ? 結局バカは死ななきゃ治らない……ドックス、お前を見ていたらつくづくそう思えてくるわ」


「うるせぇ! ガキが知ったことほざくなぁ!! テメェのようなガキにわかるかぁぁぁ!!!」


「永遠にわかりたくねーよ」


 そう吐き捨てさらに突き進もうとした寸前。

 突如、誰かが前に立ちはだかり巨剣を振るって攻撃を弾いた。


 ガンさんだ。

 その隣には香帆とアゼイリアもいる。


「みんなどうして!?」


「決まっているだろ! ユッキを助けるためだ! 奴は俺達が相手をする!」


「ガンさんの言うとおりだよぉ! ここはあたしらに任せてよぉ!」


「そうよ、だからマオトくんは諦めないで! まだ希望はあるんだからね!」


 アゼイリアの言葉に、俺は首を傾げる。

 何せ【聖刻の盾】に解呪できる人物はいない筈だからだ。

 唯一、美桜だけは「時間を戻して」全てなかったことにできると聞いたことがある。


 するといつの間にか、メルが背後に近づき俺の手を握り引っ張ってきた。


「マオたん様。メルの仲間、『ストライザ』なら解呪が可能なのです」


「ストライザ? フレイアさんの眷属か?」


「はいなのです。ストライザはスカしてすっとぼけてますが、高レベル回復術士ヒーラーなのです。彼なら必ずマオたん様の呪いを解いてくれるのです」


「いや、でもここにいないじゃん。確かフレイアさんと『隠しダンジョン』に飛ばされたんだろ? エロ本がどうとかって……」


「はい! だから今、片眼鏡の魔法士ソーサラーが戦闘を放棄して必死で探しているのです! 彼の《看破》スキルなら時間内に必ず探してくれる筈なのです! だからマオたん様、ここは皆さんに任せてメルと共に行きましょう、ね!?」


 そういうことか……どうやらまだ一途の望みはあるようだ。

 ここは三人に任せて、俺はメルと共にヤッスの近くにいた方がいいらしい。

 上手く『隠しダンジョン』を見つけ、フレイア達と合流すれば助かる確率が高くなる。


 俺が冒険者スイッチでドックスの気を引く中、みんなはどうしたら解呪できるか、最適解を導いてくれたようだ。

 ありがとう……みんな、本当ガチで。


 俺はメルの手を強く握り締めて頷く。


「わかった! ここは三人に任せる! 俺は最後の最後まで諦めないぞ!」


「ああ、その意気だ! 俺もいつもユッキが励ましてくれるから、こうして戦えるようになったんだ! 今度は俺がユッキを守る番だ!」


「そうよ、王聡くん! 久しぶりにアレ・ ・やっちゃってぇ! 今回ばかりは許可するから!」


「いいねぇガンさん! アレ・ ・やっちゃいなよぉ! 後であたしと先生で解除してあげるからぁ!」


 アゼイリアと香帆が連呼する「アレ」ってまさか……。


「わかった! ドックス、俺の大切な親友を傷つけた罪は重い! 絶対に赦さん!」


 ガンさんは掌から歪な髑髏を模した不気味な仮面が出現する。

 あ、ありゃ間違いない。

 『勇者殺しブレイヴキラー』の代名詞と言える、ガンさんのユニークスキルだ。

 

「――《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》ッ!」


 ガンさんは仮面を被った。

 瞬間、肉体が「ドン!」と音を鳴らし隆々と膨張する。

 全身から異様な闘気と殺意を漂わせ始めた。


「ウィィィガァァァァァァァァァ――!!!」


 ガンさんは雄叫びを上げ『狂戦士バーサーカー』と化した。

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