第109話 盗賊少女の慟哭

「プゥフ~ッ! 戦闘後の『MP回復薬エーテル』は美味いねぇん♪」


 香帆は腰に手を添えて仰け反りながら回復薬ポーションを一気飲みしている。

 まるで風呂上りに牛乳をカブ飲みする光景みたいだ。


 彼女が言うにはユニークスキル《魂の搾取ソウル・エクスプロイテーション》を使用した後、必ず魔力値MPが9割消費されるという制約があるらしい。

 それはどんな状況下でも同様で、必ず残数値から9割が消費されてしまうそうだ。


 とはいえ、あの強そうなレベル46のデュラハンを瞬殺したことに違いない。

 そりゃ周囲の冒険者から一目置かれるのも無理はない。

 ガチで末恐ろしいエルフ姉さんだ。


「まっ、香帆ちゃんは味方なんだし頼もしくていいんじゃない?」

 

 しばらくの沈黙後、アゼイリアの一言で俺達は頷き納得することにした。



 それからも探索を続ける中、出現するモンスターを狩って行く。

 以前、心霊スポットである中ダンジョンで見かけた『グレートゴブリン』が現れ、その懐かしさに思わずタメ口で挨拶するところだった。


 何せ俺達【聖刻の盾】にとって記念すべき相手だったからな。

 あの時と違い、今度はきちんとみんな連携して戦っている。

 成長を遂げたガンさんも怯えることなく、グレートゴブリンと配下のゴブリン30匹を相手に怯むことなく果敢に攻めて斃していった。

 そして最後の1匹残らず殲滅して俺達は勝利する。


「やっぱり、ここ『下界層』で現れるモンスターだったんだな……渡瀬の野郎め」


 戦闘後、みんなと『魔核石コア』を回収していく中、俺は言葉を漏らし奥歯を噛み締める。


 姿を晦ました『渡瀬 玲矢』が俺に対する嫌がらせと実験目的で、テイムしたグレートゴブリンをわざわざ中ダンジョンに放ったんだ。

 それから俺達と戦闘になり、結局はガンさんが狂戦士バーサーク化してほぼ一人で全員を始末したんだけどね。

 んで斃してからも色々あって……まぁ過去のことだし今はいいだろう。


 そういや、渡瀬がどうやって『奈落アビス』からモンスターを持ち出したのかも謎だったよな?

 今回のドックスの件といい、加担する仲間にそういったユニークスキルを持つ奴がいるのだろうか?


「次第に魔力の流れがくっきりと強く見られている……皆、気を付けてくだされ」


 片眼鏡の『魔眼鏡』で周囲を見渡す、ヤッスはそう警告してくる。

 意志を持たない『トラップ』だと、殺意と敵意で反応する《索敵》スキルが使えない。

 なので、ヤッスが習得している罠を見破る《看破》スキルが唯一の頼りだ。


 しかし、


「――ん? 《索敵》スキルが反応しているよぉ。モンスターと違うようだねぇ」


 香帆が尖った長い両耳をピーンと張らせ、何かを探っている。


「……この気配、以前にも感じているのです」


 メルも同じようなことを言ってくる。

 モンスターではないということは、俺達と同様の冒険者。

 しかも《索敵》スキルが反応するということは、俺達に殺意を持って近づいているということ。


 現状でそんな奴、一人しかいない。


 香帆は《アイテムボックス》を出現させ、武装を弓矢に切り替えた。

 ある草木が生い茂った方向に弓矢を構え、矢をつがえた弓を引き狙い定める。

 その凛とした佇まいはまさしく森の妖精ハイエルフの姿だ。


「いるのわかっているよ! 出てこないと射るよ!」


「――チッ、『疾風の死神ゲイルリーパー』か。『氷帝の魔女』といい、今日はとことん厄日だぜ!」


 愚痴る声が発せられ、そこから一人の男が姿を見せてくる。

 フード付きの外套マントを着用した30歳代くらいの男だ。

 高身長で灰色の髪をオールバックにした青白い肌で、両耳の先端が若干だが尖っている。

 露出された額の左右には、角のような突起が見られていた。

 何故か黒縁眼鏡を掛けており、レンズ越しから覗く赤い双眸でこちらを凝視している。


 にしても見たことのない種族の男だ。

 “帰還者”が冒険者モードになると異世界で過ごした姿に戻るけど、『エリュシオン』でも見たことがないぞ。

 顔立ちも全体的に丸みを帯びた顔で何か不自然だ。


「……久しぶりだな、ガルジェルド」


 青白の丸顔男はガンさんに向けて言い放つ。


「ガンさん、あいつと知り合いなのか?」


「いや知らない。だがあいつが魔族だということだけはわかる」


 魔族? そうか、だから角のようなものが生えているのか?

 あれ、待てよ。ってことは……。


「こいつが『ドックス』なのです! 皆さん、気を付けてくださいなのです!」


「んだぁ、この小人妖精族リトルフのガキ? そうかテメェ、俺を追っていた【氷帝の国】のモンだなぁ!? よりによって、そんな奴らを連れて来やがってぇ!」


「ドックス!? こいつが!」


 タカシとサトシが撮った写真の男とまるで違うじゃないか!?

 そういや整形して『奈落アビス』に逃げ込んだと聞いている。

 フレイアさんは事前に情報を得ていたから、眷属のメルは一目でドックスだと気づいたのか。


 ドックスは俺の方に視線を移してきた。


「テメェが幸城 真乙か? 『刻の勇者タイムブレイブ』の弟……レイヤから色々と聞いているぜ。よくも『名倉』をやりやがったな、おいコラ!」


 早速、因縁を吹っ掛けてくる。

 まったく逆ギレもいいところだ。


「銀行強盗なんて企むお前らが悪いんだろ? 俺は拒否しただけだ。勝手に戦闘を仕掛けてきたのは『名倉』の方だぜ、オッさん」


「それでもよぉ、俺にとって名倉は仲間だったんだ。強制的に現実世界に帰還させられ、『零課』のマークを逃れるために俺は自分の戸籍を全て消して逃れた。行き場のないところ、浮浪者の名倉が世話をしてくれたんだ。俺達のような浮浪者はなぁ、結束力だけは誰よりも高けぇんだよぉ! ぬくぬくと学生やってるテメェらとはちげーんだ!」


 ドックスは自ら外套マントを脱いだ。

 意外も冒険者しい装いは皆無であり、『分岐点』の住人達が着るような中世風の服装を改造したような恰好であった。

 だが右手には漆黒色した棒状のワンドが握られている。


「あれはただのワンドじゃないぞ。禍々しくて悍ましい邪気で溢れている……」


 ヤッスが『魔眼鏡』で正体を見極める。

 

「そこの魔法士ソーサラー、安永と言ったな。テメェのこともレイヤから聞いてんぞ」


 ドックスが持つワンドが奴の意志に反応し形状が変化する。

 まるで幾つもの枝が重なって長身に形成されたような歪な何か。

 先端部が細く尖り、三本程の鋭利な槍先と化した。


「――『魔槍ダイサッファ』ね。噂には聞いたことがあるわ、攻撃した相手を呪い殺す効果を持つとね」


 鍛冶師スミスであるアゼイリアは双眸を細め言い放つ。


「その通りだぜ! ガルジェルド、こいつを覚えているだろ? 異世界での最終決戦で、もう少しでテメェにダメージを与え呪い殺せたってのによぉ!」


「いや、すまん。覚えていない」


「はぁ!? ふざけんな! 俺が名乗りを上げている最中に、奇妙な仮面を被ったテメェが雄叫びを上ながら不意に襲って俺をキルしたんだろうが!?」


 それから邪神メネーラから与えられた《蘇生》スキルで復活したんだっけ。

 現実世界じゃ二度と使えないみたいだけどな。


 憤り怒鳴るドックスだが、ガンさんは「だから覚えてないんだ。申し訳ない」と素直に詫びている。

 それもその筈。ユニークスキル、《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》で狂戦士バーサーカーとなったガンさんは理性が失い、その場に存在する者を全て屠るまで能力は解除されないからだ。

 しかも全盛期はレベル97の超爆上がり状態。

 ドックスとて状況が飲み込めないほど一瞬で終わらされた、超オーバーキルだったに違いない。


「ガルジェルド、テメェだけは許せねぇ! 幸城 真乙、テメェもな! 今すぐ、この『魔槍ダイサッファ』で呪い殺してやんよぉ!」


「威勢がいいのは結構だけどよぉ。たった一人で、俺達【聖刻の盾】と戦うってのか? それとも渡瀬にティムしてもらった『悪魔デーモン』を所持しているからイキってられるのか?」


 俺の問いに、ドックスの表情が強張る。


「……幸城テメェ、どうしてそれを?」


 やっぱりそうか、この野郎。

 先程から見せる自信、元魔王幹部のレベル58ってだけじゃないってか。


「そんなことより、お前、フレイア様達をどうしたのです!? この階層に潜伏しているってことは、お前が『隠しダンジョン』のトラップを作動させて、フレイア様とメルの仲間達をどうにかしたのかなのです!?」


「ああ? 小人妖精リトルフのガキが何言ってんだ? テメェら屈強揃いの【氷帝の国】から必死で逃げているのに、俺がんなことできるかってんだ」


「はぁ? なのです」


「テメェらの眷属が勝手に自爆しただけじゃねーか。俺は木々に隠れて一部始終を見てたぜ。確か、至高騎士クルセイダー槍術士ランサー回復術士ヒーラーの三人の男が探索中に『エロ本、見つけた~♪』とかテンション上げて何か拾い上げたと同時に、地面から異空間が現れてフレイアごと忽然と姿を消したんだぜ」


「それは本当なのですか!?」


「ああ、ガチだ。俺が嘘をついて何になる? レイヤの話だと、『奈落アビス』はそうやって誰かの願望に則ったトラップを仕掛けるみたいだ。よく考えてみりゃ、バカでも見破れるのによぉ」


「な、なんてことなのです! 結局、あの三バカがやらかしただけだったのですぅぅぅぅぅ!!!」


 メルは膝を崩して天を仰ぐように絶叫する。

 ただ虚しき慟哭だけが46階層中に響き渡っていた。

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