第108話 下階層クロートー

 ついに到達した「下界層」である46階層。

 受付嬢インディからの説明では、ここから50階層までを「紡ぐ者クロートー」と呼ばれるエリアになるとか。

 

 冒険者の間では「黎明」と呼ばれているとおり、まるで朝方のように明るく見通しが良い階層であった。

 そして一帯は樹木で占められており、密林のジャングルを彷彿させる景色に包まれている。

 おまけにやたら湿度が高く熱帯の階層だ。


「……暑いな。話には聞いていたけど、とてもダンジョン内とは思えないぞ。29階層の『分岐点』より明るいんじゃないか?」


「ですが夜には変わらないので、出現するモンスターはそれ用ばかりなのです。半透明で浮遊タイプの『幽鬼ファントム』は出てこないのでご安心くださいなのです」


 前方を歩くメルが振り向きざまに言ってくる。

 大分克服したとはいえ、何を安心するべきかわからなくなってきた。


「初めて入ったこともあってか、誰かに見られているような、妙なプレッシャーを感じてしまう。ヤッスはどうだ?」


「……ガンさんの言うとおり、視姦にしては些か堂々とした圧を感じる。こういうのは普通、気づかれずさりげなくお乳様を観察するのがツボだというのに『ソムリエ』失格ですなぁ」


 ヤッス、お前久しぶりに何を言ってんだ?

 ソムリエって「おっぱいソムリエ」のことか?

 ほら見ろ、ガンさんが「俺はそういうつもりで聞いたんじゃないんだけどなぁ……」と傷ついているぞ。


 香帆とアゼイリアはもう耐性ができたのか、武士の情けと言わんばかりにシカトだが、メルだけは「やっぱ片眼鏡の魔法士ソーサラーはとんだド変態野郎なのです!」と憤りドン引きしている。


「あっ、そうだ。ヤッス、変態はほどほどにしてよぉ。ゼファーさんが言うには、この階層のどこかに『隠しダンジョン』に誘われるトラップがあるらしい。お前の《看破》スキルで見抜いてくれ」


「わかったよ、ユッキ。ではシリアスモードに戻り、まずはこの『魔眼鏡』を駆使して周囲の魔力を探って行こう」


 ヤッスにもシリアスモードとかあったんだな……大抵、変態発言しか聞かれてないけどな。


 そんな感じで、しばらく探索は続く。

 本来なら上級冒険者達が探索する階層エリアだけに、なんだか緊張感が漂ってしまう。

 おまけに所々に枝や木の根が張り巡らせ足場も悪い。


 すると、メルが何かに気づいた。


「皆さん、気を付けるのです! モンスターが潜んでいるのです!」


 彼女が視線を向けた先の草むらから、ガサガサと物音がしてくる。


 何者かが草を掻き分けながら現れ姿を見せてきた。

 それは古ぼけた鎧を纏い、ボロボロのマントを羽織っている騎士風の男だった。

 手には大剣のクレイモアが握られ軽々と肩に担いでいる。


 一瞬、迷いの冒険者かと思ったが、その騎士は明らかに人間離れしていた。

 だって首がないんだもん。

 いや、ある……よく見たら、片腕に抱えている兜がそれだ。


「死妖幽騎デュラハンだ! 気を付けろ、奴には物理攻撃は通じないぞ!」


 ガンさんが叫ぶ。


 デュラハンだと? 

 ラノベでもよく登場するモンスターだ。

 首無し騎士とも呼ばれ、死を予言するとされる妖精族だっけ。

 こうして直に目の当たりにすると不気味だが、ポピュラーな存在だけにそんなに怖くもない。

 

 けど物理攻撃が通じないって……。

 俺は《鑑定眼》でデュラハンを見据える。



【デュラハン】

レベル46


HP(体力):560/560

MP(魔力):98/98


ATK(攻撃力):425

VIT(防御力):312

AGI(敏捷力):130

DEX(命中力):185

INT(知力):85


スキル

鳥瞰ちょうかんLv.10》……死角なく全体を見渡すことができる。

《大剣術Lv.10》《瞬足Lv.8》《闇の波動Lv.6》


魔法習得

《上級 黒魔法Lv.3》

《中級 暗黒魔法Lv.8》


装備

・大剣クレイモア(ATK+350補正)

・重装鎧(VIT+450・AGI-100補正)

 ※全パーツ含む。


特性

攻撃的回避アグレッシブルフォルト》……物理攻撃を通さない。



 うむ……確かに強いぞ。

 武器込みで攻撃力ATK+775は侮れない。

 初めて見る《鳥瞰ちょうかん》スキルは多対戦で有利に働きそうだ。

 だからソロで出て来たのかもしれない。


 それにガンさんが言った通り特性が《攻撃的回避アグレッシブルフォルト》相当ヤバいな……向こうが斬れて、こっちが斬れないとか理不尽じゃね?


「デュラハンって弱点とかないの?」


「アンデッドだから光属性魔法とか神聖系の除霊魔法が弱点ね。あと《貫通》スキルとユニークスキルも効果を与えらえることができるわ」


 博学の教師らしくアゼイリアが教えてくれる。

 なるほど、そこは幽霊ゴーストタイプと変わらないってことか。


 だけど俺は光属性魔法を習得していない。

 ヤッスは白魔法を覚えているが、あれは能力値アビリティのバフ効果と損傷の回復系だから関係ないか。

 他のみんなは物理攻撃メインだし……。

 ああ、エルフ族の香帆は精霊魔法を一通り使える筈だ。その中には光属性も含まれている。

 あと《貫通》が進化した《穿通》スキルを持ちカンストしているらしい。


 などと考えていると、その香帆が大鎌を肩に担ぎ先頭に立った。


「――マオッチ、あたしがやるよん。みんな下がっていてねん」


「香帆さん、一人で? 別に俺達も《貫通》スキルで戦えるよ?」


「ん? 大丈夫ぅ。ここで時間を取るわけにはいかないしょ――」


 瞬間、香帆はその場から姿を消した。

 と思ったら、デュラハンの背後から現れる。


 いつの間に? いったい何をしたんだ?


「《超隠密ステルス》スキルと《神速》スキル、久しぶりに拝見したのです」


 メルが感慨深く呟いている。

 確かこの子も香帆と同じ『災厄周期シーズン』の“帰還者”だったな。


 ちなみに《超隠密ステルス》とは《隠密》の進化スキルで、一定の時間ほど自分の存在を完全に消すことできるスキル。

 さらに《神速》は《瞬足》の進化スキルで、AGI+100固定補正に加えてレベル上昇と共にさらにAGI+20ずつ上昇するスキルとのこと。


「その強力なスキルを香帆さんは全てカンストしているってことか?」


「はいなのです。そしてここからが『疾風の死神ゲイル・リーパー』の本領なのです」


 メルが言った直後だ。

 香帆の雰囲気が一変する。


 死を予言するというデュラハンよりも覇気が増大し漲っている。

 最早それは予言という次元ではない。


 確実かつ、絶対なる「死」だ。


「――《魂の搾取ソウル・エクスプロイテーション》!」


 香帆は『死神大鎌デスサイズ』を横薙ぎに振るい、デュラハンが抱える頭部と胴体ごと綺麗に両断した。

 だが斬ったのはデュラハンの肉体ではない。

 いや斬ったわけでもない、分断したのだ。

 デュラハンの肉体とその内に秘めて宿る朧気な何か。


 魂だ。


「……メルにはよくわかりませんが、フレイア様から聞いた話によるとリエンさんのユニークスキルは、攻撃を与えた者の『魂』を肉体から分離させ奪い取る能力があると仰っていましたのです。それは存在が曖昧な幽鬼ファントム妖精フェアリーだろうと、魔王ですら魂さえ宿していれば対象となるのです」


 つまり攻撃を与えることで対象者の肉体から魂を分離して奪うことができるスキルってことか。

 現に香帆は奪った淡く光る球形の『霊魂オーブ』を素手でキャッチすると、デュラハンは微動だにせず前のめりで倒れ伏せた。

 彼女は手の中にある『霊魂オーブ』を躊躇なく握り潰し散開させる。

 一瞬だけデュラハンの背中がぴくんと跳ね上がると肉体は塵状に消滅した。

 普段なら残される筈の『魔核石コア』は見当たらない。


「魂を失うと肉体が滅びるのが道理なのです。特にモンスターの場合、『魔核石コア』すら残らない完全なる無になるのです」


 それが香帆のユニークスキル、《魂の搾取ソウル・エクスプロイテーション》だと言うのか?

 どのような強力な存在でも魂は無防備だ。

 意図的に分離させ奪うことで即キルさせる一撃必殺と言える。


 これぞまさしく『疾風の死神ゲイルリーパー』の真骨頂だ。


「ちょい、メルゥ! みんなにネタばらししたら駄目だぞぉ! みんな絶対にドン引きするから、今まで隠してきたんだからねぇ!」


「ご、ごめんなさい、リエンさん! なのです!」


 謝罪するメルの前で、香帆は可愛らしく頬をぷくぅっと膨らませている。

 一方の俺達は完全にギャラリ―と化し呆然と突っ立っているしかなった。

 もう彼女一人で『下界層』のモンスターを任せてもいいかもしれない。


 捕捉として、これまで香帆が披露した《漆黒の魂斬殺ジェットブラック・ソウルキル》や《破滅の太陽ルーン・ザ・サン》もユニークスキル能力を応用した特殊スキル技であると言う。


 やはり、あの美桜が認めるほどの相棒バディだ。

 凄すぎて、もう笑うしかない……。



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