第107話 ネクロキング戦

 ヤッスの『魔眼鏡』で調べてもらうと、死霊王ネクロキングを取り巻く放電効果は5分間ほど続くようだ。

 つまり特性 《不死王ノーライフキングタイム》が終わり、30秒のクールタイム時でもあのままの状態を維持できるということ。


 たとえ雷撃効果で身体の骨が破壊されたとしても、カンストした《自己再生》スキルで何度も修復されてクールタイムをやり過ごすことができそうだ。

 特に骨だけで構成された体なので再生も容易で早いと思われる。


 おまけに四桁の魔力MP値と《速唱》をいいことに、高度な魔法を惜しみなく撃ち防御もしてくるので迂闊に接近することは困難だ。

 完璧に自分の欠点を補う見事な戦法だと言える。

 まぁ幸いなのは、ヤッスのように別々の魔法を同時に繰り出せる《二重魔法》スキルが習得されてないことか。



 全身に雷を纏う死霊王ネクロキングの口が大きく開かれる。

 そこから漆黒の波動を俺達に向けて放ってきた。


「《闇の波動》だ! 香帆さんとガンさんは俺の背後に隠れてくれ!」


 俺は《無双の盾イージス》を展開させたまま前進して二人を誘導する。

 闇の瘴気で敵に恐怖を与え錯乱状態にし、あるいは攻撃力ATK防御力VITを-100にする効果を持つスキルだ。

 しかもカンストしている。

 香帆なら抵抗力レジスト高そうだからそう易々と術中に陥らないだろうが、レベル36のガンさんは微妙かもしれない。


 ともあれ、またこちらの動きを封じられてしまった。


「レベル50とはいえ、ここまで打つ手がないと魔法か特性のどちらかを封じなきゃどうしようもないよぉ、マオッチ!」


「香帆さんの言う通りだ! 魔法や遠距離攻撃も無効化され、近接戦闘でもこの有様だ……長期戦を覚悟で戦うしかないぞ、ユッキ!」


「その心配はない! 105秒後のターンで決めてやる! こっちにだって最高の『速攻詠唱使いヘイスト・アリア』が後方で控えているんだ! そうだろ、ヤッス!」


「ああ、そのとおりだ! 任せろ、ユッキ! って、僕は何をすればいいんだ?」


 ヤッスが戸惑うのも無理はない。

 だって打ち合わせしてないから。


 俺は防御に徹しながら、小声で作戦を伝える。

 勿論、ヤッス達がいる後衛には届く筈がない。

 だが、事前にある・ ・人物がちゃんと伝言してくれるよう手を打っている。


 束の間、伝言を受け取ったヤッスとアゼイリアは「なるほど、そういうことか」と理解を示した。

 そしてヤッスは『三日月型の魔杖ムーンスタッフ』を翳して機を待つ。


 耐え抜くこと、数十秒後。

 ついに《不死王ノーライフキングタイム》の特性が終わりクールタイムとなる。


【今だ! 付与魔法エンチャント――《雷撃耐性アンチサンダー》×10ッ!!!】


 ヤッスは魔杖で狙いを定め、《速唱Lv.10》である場所に向けてバフ効果を与える魔法を10連続して放った。

 それは俺達に対しての支援ではない。

 クールタイムが発生された頃、既に死霊王ネクロキングのすぐ傍まで接近していた彼女に対して。


「ありがとうなのです、片眼鏡の魔法士ソーサラー――《奪取》ッ!」


 そう、メルだ。

 俺が突撃した際、彼女も香帆とガンさんに並び共に駆け出していた。

 ヤッスは俺達に付与魔法でバフをかけると同時に《二重魔法》スキルを使用し、黒魔法でメルの姿を同時に消すよう術を施していたのだ。

 

 そしてメルは盗賊シーフならではの《隠密》スキルで完全に自分の存在を消し、時にはパーティ間の伝言役に撤して機会を待っていた。


 気がつくと、死霊王ネクロキングの手から魔杖が消失している。

 否、いつの間にかメルが握り締めていた。

 未だ魔杖は放電状態だったが、ヤッスが10連続も放った《雷撃耐性アンチサンダー》の効果により、メルは平然と抱きかかえることができている。

 メルが放った《奪取》は読んで字の如く、相手から何かを奪い取る技能スキルだ。

 レベルが高いほど成功率が高くなり、高レベルの盗賊シーフである彼女は既にカンストしている。


 メルは死霊王ネクロキングから魔杖を奪い去ると独特の素早い身のこなしと動きで戦線を離脱した。


「マオトくんの作戦通りね! 次は私よ、今度こそ当てるわ――『魔力無反動砲マナ・バズーカ』ッ!」


 後衛のアゼイリアがロケットランチャー風の発射筒を構えトリガーを絞る。

 爆音が鳴り響き、ロケット型の砲弾が発射された。


 魔力砲弾は見事に死霊王ネクロキングに着弾する。

 爆風が上がり、奴の右胸部と右腕全体が破壊されていた。

 だが《自己再生》が働き、次第に損傷した部分が巻き戻されるように修復されていく。


 しかしそれも想定済みだ。

 放電効果が継続されたままであり、破損部位と相俟って《自己再生》が頓挫し遅れている。

 カンストしているスキルとはいえ、別々の効果で損傷している部位の損傷を並行して修復することは難しく、また相応のロスタイムが生じてしまうものだ。


「よし! これで魔法と動きを封じて突破口を開いたぞ!」


 俺は一端 《無双の盾イージス》を解除し、下半身に意識を集中する。

 

【――迸る力の解放、燃え滾る脈動の熱火、《加熱強化ヒートアップ》ッ!】


 補助強化魔法で脚部を強化させ、高々とした天井に行き届くほど跳躍した。


 舞い上がっていく俺の下を通過する形で、香帆とガンさんは前進し突撃していく。

 それぞれの主力武器である『死神大鎌デスサイズ』と『牙の巨剣』で容赦なく斬撃を与え、死霊王ネクロキングの体を砕き崩した。


「いいぞ、二人共ッ! そこから離れてくれ――展開しろ、《無双盾》ッ!!!」


 俺は身を翻し天井に両足をくっつけ着地する。

 香帆とガンさんが撤退するのを見計らい、石畳の床面に向けて腕を伸ばして天井を蹴った。

 掌から幾何学模様の魔法陣で構成された《無双の盾イージス》が出現し、花弁のように開かれ広範囲に拡大されていく。


「トドメの《シールドアタック》――!!!」


 巨大化したスキル盾を石畳の床ごと強烈に叩きつけた。あまりにも徹底した衝撃と破壊力に石床は広範囲に陥没する。

 階層全体が激しくゆれ、至る箇所から亀裂が入っていく。

 死霊王ネクロキングは塵すら残らないほど完全に圧し潰され消滅した。

 唯一、瓦礫と化した石床に『魔核石コア』だけが残されている。


 俺は《無双の盾イージス》を解き着地した。


「ふっ……元々、体力値HPが低い奴だからオーバーキルっと言われてしまえばそれまでだな。けど中途半端な攻撃じゃ《自己再生》されるだけだし仕方ないか」


 未だ信じられないが、あの死霊王ネクロキングは『奈落アビス』ダンジョンが意図的に強化させ差し向けてきた階層ボスと思われている。

 下手に油断し、見過ごしていたら何をしでかすかわかったもんじゃない。


 俺は呼吸を整え、唯一残った『魔核石コア』を回収する。


「流石はマオたん様、やりましたのです! そしてついに屍鬼アンデッド系のモンスターを克服されたのです!」


 メルが愛らしい満面の笑顔で近づき賞賛してくれる。

 彼女の手には魔状が握られたままだ。それだけ残ったということか。


「ありがとう、メル。みんなが俺を信じてくれたかだよ」


「なんだかんだユッキはメンタルが強いからな。羨ましいよ」


 まぁ少なくてもガラスのハートを持つ、ガンさんよりはね。


「作戦も見事だったねぇ。やっぱサブリーダーだわぁ!」


「本当、マオトくんは頼りになるわね!」


「まったくですぞ! 上辺だけのリア充共と違い、本物は違うな! ちゃんと全員の見せ場も作ってくれるし、僕も安心してユッキに委ねられる!」


 香帆、アゼイリア、ヤッスが俺を褒めて持ち上げてくれる。

 なんだかとても面映ゆい。

 苦手なモンスター相手に勇気だして頑張った甲斐があるかな。


「――片眼鏡の魔法士ソーサラー、これを差し上げるのです」


 メルは死霊王ネクロキングが残した魔杖をヤッスに手渡した。


「これを僕に? よろしいのですか?」


「お前、いえ貴方のおかげでメルや皆さんも無傷で勝てたようなものなのです。聞けば、冒険者となってからたった数ヶ月でその実力……悔しいですが認めざるを得ないのです。いくら変態で残念な厨二病とはいえ驚異としか言えないのです」


「ありがとう、チッパイ殿。ありがたく頂戴しよう」


「……チッパイゆーななのです」


 どうやらメルとヤッス、少しずつ打ち解け合っているようだ。

 まぁほとんど変態紳士が悪いんだけどね。

 

 その元凶であるヤッスは魔状を受け取り、アゼイリアに預ける。

 素材として保管し、今後の《融合素材フュージョンレシピ》に活用するらしい。

 ヤッスの奴、また借金増えるだろうな。人のこと言えないけど……(現在の借金額3千万円)。


「よし! みんな回復作業を終えたら『下界層』を目指して出発だ!」


 かくして勝利の余韻に浸る暇もなく、俺達は下層へと進むのだった。

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