第105話 夜の階層ボス

「……や、やめろ。僕はどんなおっぱいだろうと敬意を抱いているが、そういうのは無理なんだ……それはもう乳とは呼べない! いや、無理だろ! 頼む、それを僕に近づけるなぁぁぁぁぁ!!!」


 ヤッスはナイトメアの悪夢に侵され項垂れている。



 かれこれ数分前の話。

 45階層へ降りようとした時、俺達はモンスターの襲撃を受けてしまった。

 急に意識が朦朧となり、危なく意識を失いそうになる。

 抵抗力レジストが強く《索敵》スキルに特化した、香帆とメルは逸早く異変に気付いた。

 

「みんな! 精神的攻撃マインドアタック受けてるよ! 意識をしっかり持って!」


 ガチモードの香帆の言葉に、俺とガンさんはなんとか意識を繋ぐことができた。

 アゼイリアも高レベルだけあり、すぐに自ら合成した状態異常用の回復薬ポーションを俺達に分け与えてくれるなど対応ができている。


 ただしヤッスだけはナイトメアの術中にハマってしまった。

 現在レベル19であり通常の魔法士ソーサラーより抜群の知力値INTが誇るので本来なら抵抗力レジストも高い筈なのだが、とにかく煩悩に弱かった。


 最初に都合の良い幻覚を見せられ受け入れてしまったことが原因のようだ。

 その瞬間に悪夢に切り替えられた様子で、不気味にニヤついていたかと思うと突然、悲鳴を上げて倒れ込んでしまった。


「気を付けてください、ナイトメアなのです!」


 メルがモンスターの存在に気付き、小剣ナイフを投げた先に『ナイトメア』と呼ばれる黒い馬が現れた。

 鬣と蹄が青い炎に覆われ、通常の馬の二倍以上がある巨漢だ。

 悪魔デーモンと同等の位置にあたる妖魔であり、人の形が保てなくなった怨霊の集合体とされ幽霊ゴースト系のモンスターに部類する。

 ご覧の通り精神攻撃を得意とし、冒険者達に悪夢を見せて精神喪失マインドダウンに陥っている隙に襲い掛かってくるという最悪なモンスターだ。


 怖がりな俺にとって本来なら苦手とするタイプなのだが……。


「……よく見たらただの黒くてデカい馬じゃね? あんま怖くねーわ」


 これまでもっと醜悪な連中を目の当たりにしてきた分、麻痺したのかそう思えてきた。


「なら躊躇するまでもない! とっとと斃して、ヤッスを解放する――」


 俺は呪文語を唱え、《加熱強化ヒートアップ》、《点火加速イグナイトアクセル》で攻撃力と敏捷力を強化する。

 圧倒する速さで突撃し、新調した『雷光剣Ver.2』で渾身の一撃を繰り出した。


「グヒィィィィン!」


 斬撃を与えた箇所を中心に、ナイトメアの全身に雷が駆け巡り麻痺効果を与えた。

 『竜殻りゅうかく剣』と異なり攻撃力は低いも『雷光剣Ver.2』魔力付与される確率が高い。

二振り斬れば相手に雷撃系魔法を与えることができる。


 さらに俺はもう片手に持っていた『竜殻りゅうかく剣』を振るい、ナイトメアに連撃を見舞わせた。

 何度目かの攻撃で、ナイトメアの巨体は炎に包まれる。

 阿鼻叫喚の悲鳴を上げると肉体は消滅され、菫青色アオハライトの『魔核石コア』を落とした。


「おっし! 二刀流戦法成功したぞ!」


 思いっきり盾役タンクらしくない戦いだけどな。

 けど枠にとらわれない戦闘も身に着けるに越したことはない。


「凄いです、マオたん様ぁ! やっぱりお強い方なのです! 動画に撮ったので、後でフレイア様にお見せするのです!」


 メルはスマホを片手に称賛してくれる。

 ん? 動画に撮ったって!?

 てことは、俺がびびっていた光景も密かに撮られているんじゃね!?

 せっかく推してくれてんのにそんな醜態見せないでくれる!?


「ヤッスくん、大丈夫?」


 アゼイリアはヤッスの介抱に当たっている。

 すぐに奴は目を覚まし周囲を見渡した。


「……ここは? そうか、僕は敵の術中にハマっていたのか……にしても、なんて恐ろしい悪夢を……クィーン、しばらくお胸様を鑑賞させて頂いてよろしいでしょうか? 早々にあの悍ましい光景を忘れたいのです」


「ヤッスくんって変に邪念がない男子だからあえて言わせてもらうけど、普通の女子にそれ言ったら絶対に駄目だからね。教師としての忠告よ」


 大人のアゼイリアからまともに注意され、ヤッスは「面目ない……」と頭を抱えて素直に謝罪している。

 傍にいる香帆とガンさんも慣れてしまったのか、「ヤッスだから仕方ない」と平然としている。

 通常なら白い目で見られても可笑しくない変態だが、こういう場面で紳士としてまかり通るのはこの男の凄いところだ。


 しかし、いったいどんな悪夢を見せられたんだ?

 うわ言からおっぱい関連なのは確かだけど、どうせしょーもない内容だろうから聞かないでおくか。



 体制を整えた俺達は、ようやく「中界層」の最深部45階層に入ることができた。

早々、前回と同様の両開き式の古びた大きな鉄の扉が立ち塞いでいる。


「……やっぱり修復されているな。あれだけガンさんが壊したにもかかわらず……ダンジョンが生きている証拠ってか?」


「ユッキ、ヘコむからもう忘れてくれ。今度はちゃんと引いて開けるよ」


 ガンさんは不満気に漏らし隆々とした両腕で扉をゆっくり開け始めた。


 相変わらず静かで広々とした空間だ。

 だが毒池がなければ、毒々しい気で満たされてもいない。

 さらに一帯が石畳に敷き詰められ、まるで闘技場のように円型に加工されている。

 明らかに領域フィールドが変わっていた。


 そして闇に包まれた中央部に辺りに、仄かな青白い光に包まれた魔道服姿の魔法士ソーサラー風の男が呆然と立ち竦んでいる。

 手には魔法杖が握られ、頭には角が生えた王冠を被っていた。

 ぱっと見は、別の冒険者かと思ったが……。


「皆さん、気を付けてなのです――あれは『死霊王ネクロキング』なのです」


 ミルが腕を広げ制止を呼び掛けてきた。


死霊王ネクロキング? あの魔法士ソーサラーみたいな奴が?」


「はい、そうなのです。よく見てなのです。露出した顔と手が骸骨でしょ?」


 言われてみれば確かにそうだ。


「ふ~ん。ここにいるってことは、あいつが夜のボスってことだねぇ?」


 香帆の言い方だと、ちょっぴりホストっぽく聞こえる。

 つまりあいつが昼間のヒュドラに代わる「中界層」の階層ボスってことだな。

 う~ん、見た目から強そうに見えない。


 念のため《鑑定眼》で調べてみるか――。



死霊王ネクロキング

レベル50

HP(体力):50/50

MP(魔力):1000/1000


ATK(攻撃力):92

VIT(防御力):67

AGI(敏捷力):340

DEX(命中力):743

INT(知力):1350


スキル

《自己再生Lv.10》……損傷した体の部位を再生することが可能。

《闇の波動Lv.10》……体から溢れる闇の瘴気で敵に恐怖を与え錯乱状態にし、あるいは攻撃力ATK防御力VITを-100減少させる。

《不屈の精神Lv.10》……魔力MPが「0」となった際、100%の確率で「MP:1」で耐えることができる。スキルレベル上昇と共に耐える数値が増加される。

《速唱Lv.6》……魔法詠唱を短縮できる。INT+10補正(レベル上昇と共に)

魔力吸収マナ・ドレインLv.7》……触れることで相手のMPを吸収し、自分のMPにする。レベル上昇と共に吸収力が早くなる。


習得魔法

《上級 暗黒魔法Lv.10》

《上級 黒魔法Lv.10》

《中級 炎属性魔法Lv.6》

《中級 水属性魔法Lv.6》

《中級 風属性魔法Lv.3》

《中級 土属性魔法Lv.6》

《中級 雷系属性魔法Lv.6》


特性

不死王ノーライフキングタイム》……105秒の間、自身の周囲に空間を歪ませ魔法攻撃と遠距離攻撃を無効化させる。それを過ぎると次の発動まで30秒間は使用不能となる。



 ……う、嘘やん。


 ヒュドラより滅茶苦茶強いじゃねーか!!!

 レベル50って、いくらボスでも「中界層」の領域じゃないぞ!

 それにMP数値高けぇ! 知力INT値も余裕で三桁超えてんじゃん!

 まぁその分HPや攻撃と防御は確かに低いけど、技能スキルや魔法で十分に補えそうだ。


 一番、ヤバそうなのは『特性』ってやつだ。

 ユニークスキルみたいな感じだけど、おそらく死霊王ネクロキングならではの特殊能力だろうか?

 だけど魔法と遠距離攻撃の無効化って……直接、斬り込むしかなさそうだけど、あれだけ上級魔法とMPが備わっていたら撃ちたい放題でまともに近づけそうにないじゃないのか?

 

 やばそうだぞ、こいつ……。

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