第102話 やらかしたギルドマスター

「マオッチごめんねぇ。実はあたしとガンさん、フレイア達がドックスを探すためダンジョンに入ったこと事前に知ってたんだぁ」


「ああ、その通りだ。『キカンシャ・フォーラム』を介してね……ゼファーさんから『特にマオたんは、レイヤと戦えるまでのレベルアップが必要となるだろう』ってことで口止めされていたんだ……すまん」


 香帆とガンさんは俺に向けて頭を下げてくる。


「二人が謝る必要はないよ。俺も薄々勘づいていたことだし、『零課』から依頼を受けての探索なんだからそうだろうって思っていたよ」


「けどまんまと逃げられちゃったのよね? ドックスはどうして【氷帝の国】が来ることを察知したのかしら?」


「《索敵》スキルや《看破》スキルではありませぬか、クィーン?」


「けど、ヤッスゥ。【氷帝の国】にはメルっちがいるよぉ。カンストした盗賊シーフである、あの子なら誰にもバレずにここに侵入することくらい余裕じゃん?」


「確か幹部総出で遠征装備をしていたよな? 団体で押し寄せたあまり目立ちすぎて勘づかれたんじゃないか? フレイアさんもまさか『分岐点』にドックスが潜んでいるとは予想しなかったとか?」


 ガンさんの憶測に、香帆は思いっきり首を横に振るう。


「それはないねぇ。フレイアの狡猾さは美桜以上だよん。あの用心深い魔女がそんなヘマをするわけがない。同じ『災厄周期シーズン』で一緒に戦った、あたしが保証するよぉ」


 まるでフレイアを庇うように否定する香帆。

 きっと情とかではなく事実なのだろう。

 何せ、あの姉ちゃんが一目を置く女子だからな。


 そして全否定されたガンさんは「いや、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど……いや、本当ごめん」と深々と頭を下げつつ心が折れかけている。


「……まぁ、今だから言えますが、全部あっしらが悪いんでやすけどね」


「「「「「はぁ?」」」」」


 何気に呟くゴザックが一言に俺達全員は首を傾げる。

 ちっさいオッさんは「いやはや……」と表情を強張らせ、渋々事情を話した。



 実は予めフレイアからギルドマスターのゴザックに、「ドックスとう男が『分岐点』に潜入している」と内密に情報が入っていたそうだ。


『――わたくし達が到着するまで誰にも話してはいけませんよ。通常どおりに運営してください。ただし下層への出入り口だけはチェックして固めておいてくださいね』


「へい! フレイア様ぁ、どうかあっしにお任せくだせぇ! 必ずドックスってタコをひっ捕らえてみせやすぜぇ!!!」


 何を勘違いしたのか、ゴザックは暴走した。


 『分岐点』の仲間達を集め、手当たり次第にドックスを探し始めたのだ。

 あれからドックスはさらに整形したようだが、フレイアはその情報を事前に入手しており、ゴザックに配布していた。

 仮に顔を隠して過ごしたとしても、ゴザック達も“帰還者”の端くれ。

 《鑑定眼》を駆使して滞在する冒険者達を調べまくった。



「そんなこんなんで、とある宿屋で宿泊している奴を割り出したまでは良かったんすが……ドックスって男は仮にも魔王軍の中ボスだった“帰還者”で、レベル58もある猛者だと判明しやして……そのぅ、まんまと逃げられやした、テヘペロ」


「「「「「全部テメェが悪いんじゃねぇぇぇか!!!」」」」」


「ひぃぃぃい! すんません、どうか堪忍してつかぁさい!!!」


 俺達全員に責め立てられ、ゴザックは顔面蒼白となり飛び跳ねる。

 その場で潔い土下座を披露した。

 前にも見たぞ、このシチュエーション。


 しかし、ドックスって奴はレベル58もあんのか……。

 流石、魔王の幹部にして中ボス級。

 一対一の戦闘だと俺でも危ないかもしれない。


「……まぁ、あれだ。俺らに謝っても仕方ないだろ。んでフレイアさん達はどうしんですか?」


「そりゃ、今以上にえらくブチギレられましてね……危なく『分岐点』階層ごと氷漬けになるほどでしたぜ、マオト坊ちゃま」


「階層ごとって、んな大袈裟さな……」


「いやマオッチ、フレイアはガチギレしたらそれくらいすんよぉ。あたし異世界で国ごと凍らせたとこ見たことあるもん」


 ガチかよ……この階層どころか国ごと凍りつかせるなんて、それが彼女のユニークスキルなのか?

 あの可憐で華奢な体にそんな力が?

 同じ『災厄周期シーズン』の香帆が言うなら間違いないだろうけど……。

 だから姉ちゃんと同様、彼女もゼファーから制限を掛けられているのか?


「んで、あっしらが得たドックスの身形やステータスの情報などをお教えしやして……すぐにドックスの跡を追って下層へ行かれやしたんすわぁ」


「それっていつの話?」


「へい、アゼイリアの姐さん……数時間前、夕方前くらいの話ですぜ」


「朝から『奈落アビス』に潜っているんでしょ? 彼女にしては随分と行動が遅くない?」


 アゼイリアの言う通りだな。

 俺達【聖刻の盾】でさえ、ここまで来るまで三時間ちょい程度だ。

 フレイアと眷属達は相当高レベルの“帰還者”ばかりの筈だから、遅くても昼前くらいは来られるだろう。


「いえ、クィーン。高レベルの冒険者ばかりとはいえ、遠征規模の大所帯となるとどうしても機動力を犠牲にしてしまうものですぞ。それにドックスに気づかれまいとすれば尚更のこと。よほど隠密かつ慎重に行動していたと思われますなぁ」


「ヤッスゥの言う通りだねぇ。んで、チビ猿オッさん達が余計なことして逃げられたんだから、そりゃブチギレるよぉ。逆によく生きていたよねぇ?」


「へ、へい……あっしも危なく冷凍マグロにされそうでしたが、気のいい三人の眷属様達が必死で引き止めて頂いてなんとかかんとか……それで一安心したところで、貴方様のご来所じゃねぇですか? 正直、今日ほど生きた心地がしなかった日はなかったですわぁ」


 そんなの自業自得じゃねぇか。

 まぁ、オッさんなりにフレイアの役に立ちたかったという気持ちは伝わるけどね。


「どうするユッキ? フレイアさん達を手伝うか?」


 ガンさんが訊いてくる。

 まぁいつぞやは彼女に世話になっているからな。


「う~ん。けどダンジョンの中だし、結局逃げ切れないと思おうけどなぁ……俺達は予定通り、『下界層』は目指そうぜ。その時にフレイアさん達【氷帝の国】と接触したら、手伝うか打診してみるってことで、どう?」


 サブリーダーである俺の提案に、仲間達は頷き了解した。

 

 それから『露店商業ギルド』の受付で獲得した『魔核石コア』を換金する。

 ゴザックが傍にいるからか、特に足元を見られることなく通常の金額で換金してくれた。


 だが、いざ回復薬ポーションを購入しようと店舗に入ると。


「はぁ!? 『MP回復薬エーテル』一つで2万円とか冗談でしょ!?」


 アゼイリアは真っ先に声を荒げる。

 前は1万だったよな? なんか倍の値段に増えてんぞ。


「すんません、姐さん! これも日本の物価高の影響で……この通りどうか堪忍してくだせぇ!」


 ゴザックは土下座して詫びている。

 てか日本の物価高って『奈落アビス』関係ねーじゃん。

 まさかゴザックお前、動画配信者の謝罪動画並みの短絡的思考で土下座すりゃなんと乗り切れるとでも思っているんじゃないのか?


「……まぁ、回復薬ポーション乱用した俺の責任もあるし買うよ、うん」


 揉めても仕方ないので換金した所持金で幾つか購入して補充する。


 他の露店も覗くと明らかに、以前より高額な品物ばかりだ。

 これも日本の物価高が影響しているらしい。

 ただしピンク店だけは割引セール中だとか。

 それを聞いて、また香帆とアゼイリアがブチギレた。


 こうして俺達が難癖つける度、ゴザックは土下座を繰り返している。

 挙句には強面の店主達も同様に土下座を披露して見せてきた。

 たとえ因縁のある恐れ慄く相手だろうと、現地住民の彼らも生活がある以上は譲れないところがあるようだ。

 そえよりなんだか、新手のぼったくり土下座商法のように思えてきたぞ。



「みんなぁ、そろそろ下層目指そっかぁ?」


 俺が提案している中、ふらりと誰かが現れる。

 まるで気配を感じさせない動きに一瞬身構えたが、よく見ると知った顔だ。


「メルっち!?」


 そう【氷帝の国】の盗賊シーフにして、フレイアの眷属であるメルだ。


 香帆が近づくと、メルは力尽きたように膝を崩し座り込んだ。

 無傷だが酷く憔悴しているように見える。


「メル! どうしたんだ!? フレイアさんは一緒じゃないのか!?」


「マ、マオたん様……どうかフレイア様をお助けくださいなのです」


 助ける?

 フレイアを……どういうことだ!?

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