第101話 恐慌する盾役

「うおぉぉぉ、キモイ! こっちに来んなよぉぉぉ!」


 初界層の5階層。

 俺はモンスターを相手に新装備の『竜殻りゅうかく剣』を振るう。

 付与された火炎魔法効果が発動し、剣身から炎は放出され斬撃と共にモンスター達を燃やし尽くした。


「流石、先生の造った新作だねぇ凄い威力だわ~。けどマオッチ、ただの『幽鬼ファントム』相手にイキリすぎじゃね?」


「いや香帆さん、別にイキっているわけじゃ……これが夜の『奈落アビス』ダンジョン……うん、なるほど。そっち系ね」


 初めての夜のダンジョン探索にちょっとだけびびってしまう俺。

 事前に受付嬢のインディから出現するモンスターは幽霊ゴースト系や不死者アンデッド系が多いと聞いていたとはいえ、そのビジュアルにドン引きしまくっている。


 特に今斃した『幽鬼ファントム』は低級モンスターとはいえ、もろアレだ。

 まさに魂だけで浮遊するアレ……はっきり言うともろ『幽霊』ってやつ。


 ここだけの話……俺は幼い頃からこの手のタイプは大嫌いだ。


 タイムリープして精神年齢30歳にもかかわらず、夜中に変な物音がしただけで体がびくっと反応してしまう。

 今更、幽霊が怖いってのもなんだがこれには理由がある。


 全部、姉ちゃん――美桜のせいだ。


 幼い頃、美桜は俺に何故か怪奇特集ばかり見せてきた。

 当然、俺は怖くて一人で寝れなくなる。

 そういう時、美桜は決まって俺と一緒に寝るように誘ってきて「お姉ちゃんが怖くないよう抱っこしてあげるからね」と、お盆並みにすっかり夏の定番と化していったのだ。


 ちなみにそれは今も続いている。

 流石に年頃なので一緒には寝ないがぶっちゃけ怖い。つい隣の部屋に姉か妹が寝てないか確認してしまう時もある。

 またびびっている俺を見て、美桜は「かわいい~!」と密かにスマホで撮っては性癖全開でニヤけていた。

 

 だから夜のダンジョン探索話が浮上した時、内心びびりながらも「目に見えるなら、どうせ作り物っぽいB級映画のアレだろ?」と高を括っていた。


 けど認識が甘かった。こいつらはガチだ。

 半透明でふわふわ浮いている癖に、もろ触れるし唸り声とか普通に聞こえる。

 おまけにお化け屋敷の店員さんみたいに演出や配慮もなしで、本気の殺意で襲ってくるからぶっちゃけたまったもんじゃない。


 夏休みとはいえ、ホラー展開に恐れ慄いてしまう。

 あえて、お化け屋敷なんかに入ろうとする連中に見せてやりたいぜ。

 まったく……。


「……ユッキ、まさかこの手のタイプは苦手か?」


 ガンさんがずばり言い当ててくる。


「はぁ? 何言ってんの、ガンさん? 意味わかんねぇ。俺、もう高一だよ。この歳でお化け怖いとかなくね? 姉ちゃんの性癖目的でトラウマ植え付けられてびびっちまうとか、んなわけないだろ?」


「……そうなんだ、マオッチ。美桜にはあたしからキツく言っておくね」


「いや、香帆さん……そんな哀れんだ目で見ないで」


「美桜ちゃん、普段は超クールな美人さんなのにマオトくんになるとキャラ変わっちゃうからね……めげちゃ駄目よ」


「アゼイリア先生も、俺をそんな目で見ないでくれよ……」


 女性陣に変な同情され、次第に恥ずかしくなってきた。

 ひょっとして今回の探索テーマで「お化け克服」も含まれているのかな?


「信者の僕からすれば、偉大なるマスターに構って頂けるだけ至高の幸福だけどな。まぁそこは姉弟間だから、僕からはとやかくは言えない。しかしユッキが奴らに警戒するのもあながち正解かもしれませぬぞ」


「ヤッスの言うとおりだ。幽霊ゴースト系はデバフを与えてくるモンスターが多いからな。低級は大した効果はないけど気をつけることに越したことはない。即キルが基本だな」


 ヤッスとガンさんは珍しくまともなフォローをしてくれる。

 みんな俺のこと情けない奴だとか小バカにせず、寛容に受け止めてくれていた。

 これも今までパーティを支えるため苦労してきた証だろうか?

 いや、元々こういう仲間達だ。

 癖が強く独特だけど、みんな性格は優しくて仲間思いだ。


 だから俺も盾役タンクとして前衛に立ち、背中を預けてられる――。


「おっし! 俺、大丈夫! うん、もう開き直ったわ! ここからはいつもの真乙くんモードに切り替えるから安心してくれ!」


 俺は親指を立て大丈夫アピールして見せるが、全員「そう、頑張って」とあっさり言われてしまう。

 あれ? もしかして信用されてない? どうせテンプレで「お前、びびるだろ?」って諦められている?


 クソッ! 見てろ、絶対に克服してやるぞ!



 それから俺の快進撃が始まる。

 もう物怖じなんてしない。出現するモンスターを徹底的に狩りまくった。

 今度は幽鬼ファントム怨霊スペクター、ゾンビ、スケルトンだろうと容赦なく粉砕し燃やし尽くしていく。

 特にこいつらは炎と光による攻撃が弱点で、特に炎系魔法しか習得してない俺にとっては好都合の相手だと判明した。


 さらに俺には秘策がある。


「必殺ッ! 目を瞑りゃなんとかなるぜアタック!!!」


 そう見なければいいのだ。

 《索敵》スキルを駆使してモンスターの位置を割り出し、炎を纏わせた《無双盾イージス》で《シールドアタック》をブチかましていく。

 オーバーキルだろうと関係ない。

 とにかく先手必勝を徹底した。


 おっし! この勢いで『中界層』の25階層まで来たぞ!


 俺の周囲にはモンスターを蹴散らした証である『魔核石コア』が数多く転がっている。


「……うん、マオッチらしい戦い方だねぇ。ところで魔法がっか使っていたけど、『MP回復薬エーテル』足りてるのぅ?」


「え? そういや残り少ないかな……きっと30階層くらいで底を尽きると思う」


 少しドン引きしている香帆に、俺は正直に話した。

 するとヤッスが難色の顔を浮かべている。


「僕達の回復薬ポーションを分け合っても『下界層』までもたないんじゃないか?」


「まぁ、29階層の『分岐点』に行けば買えなくもないな……あそこは24時間やっている。ただし、ぼったくられると思うが」


 流石にもう配慮はしてくれないだろうと、ガンさんは言う。


「じゃあ休憩がてらに行きましょう。そこにある『魔核石コア』と今まで集めたのを合わせて換金すればなんとかなるんじゃない?」


「アゼイリア先生、『分岐点』でもギルドみたいに換金してくれるの?」


「できなくもないわ。ただ素人だと足元を見るから用心ね」


 確かにその気はある。

 基本、戦後の闇市より怪しいところだからな。


 一抹の不安を残し、俺達は安全階層セーフポイントの『分岐点』へと足を進めた。



「これはガルジェルドの旦那にアゼイリアの姐さん! それにファロスリエン様とマオトお坊ちゃまにヤッス君もようそこおいでくださいました! (こ、こいつら短期間でめちゃレベル上がってるぅ!? バ、バケモノか!?)


 29階層にて、『露店商業ギルド』ギルドマスターのゴザックがわざわざ出迎えてくれた。

 あいかわらず猿顔のちっさいオッさんだが、何故か表情が引き攣っているように見えるのは気のせいか?


「こんばんは、夜分にすんません。俺達、ただ休憩と回復薬ポーションを買いにきただけなんで気にしないでください」


「へ、へえ……マオトお坊ちゃま、それもそうですね。いや今日はビックな客人が多くて、朝から緊張しぱなしでして、へえ」


「ビックな客人? それってフレイア達のことぉ?」


「へえ、ファロスリエン様、その通りですぜ。ここでも色々あったんですわぁ」


「色々ってなんです?」


 俺が問うと、ゴザックは「まぁ坊ちゃま達なら話しても問題ないでしょう」と口を開いた。


「――以前、ガルシュルドの旦那らに話した『ドックス』って男。ついさっきまで、この階層に潜伏してたんですらぁ」


「なんだって!?」


 驚愕する俺達に、ゴザックは神妙な表情で頷いて見せた。


「ギルド登録できない野郎がどうやって『奈落アビス』に入れたかは不明です。冒険者風の装いをしていやしたんで、客と思い受け入れしばらく滞在しておりやした。それが今日、【氷帝の国】の皆様方が来られた途端、奴は勘づいて逃走したんですらぁ」


「それでドックスはどこに向かったんです!?」


「下層に向かったんではないでしょうか。あっしらもフレイア様に厳しく尋問を受け、それからドックスの跡を追っていった様子ですぜ」


 やはりフレイアもドックスを追っていたのか……。

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