第99話 それぞれの次なる手
「――ドックスさん、もう少し賢い人だと思ったんだけどねぇ」
とある一室で、『渡瀬 玲矢』こと闇勇者レイヤは潜伏していた。
古びたアパートのワンルームなのか、決して広いとは言えない部屋の隅にベッドが置かれ、テレビやタンス、洗濯機など生活用品がびっしりと並べられている。
レイヤはシングルベッドに座り壁に背を持たれ、スマホを操作していた。
早速、メールでアンジェリカという仲間の
「ドックスが何かヘマをしたの、レイヤ?」
向かい側のキッチンで二人分の料理を作るエプロン姿の女性。
声質からして随分と大人であることは確かだ。
どこか献身的であり、他所から見れば同棲中の年の差カップルと思われてしまうかもしれない。
「まぁね、ジーラナウさん。何者かに顔写真を撮られたそうだ……ホームレス癖のせいでね」
ジーラナウと呼ばれた女性は振り返り、深々と溜息を吐いた。
日当たりが悪い部屋なのか薄暗く、彼女の輪郭程度でしか容貌はわからない。
「相変わらずバカな男……だから、あいつを仲間に加えるのを最初から反対だったのよ」
「ドックスさんは僕やジーラナウさん達とは違い、転生時から闇側の魔族に転生されていたからね。しかも魔王の幹部という中ボス的なポジなら、上に従いやすいよう単細胞という設定で調整されていたのかもしれません」
「調整? 邪神メネーラ様から?」
「ええ、ゼファーも転生時は現実世界の記憶を消されていたと言いますし、基本魔王軍の幹部はマヌケが多いですから」
「傍で貴方達の会話を聞いていたけど、ドックスを『
「はい。だから育成を完了した『あの子』を彼に預けることにしました。せいぜいドックスさんには大暴れしてもらい、
ニヤッと口角を上げる、レイヤ。
ジーラナウは「やれやれね」と呟いた。
「……大した悪党だわ。始めからドックスを実験台にするつもりね? 《
「まぁね。これも
「それって仲間を『生贄』にするとしか聞こえないわ」
ジーラナウの皮肉めいた台詞に、レイヤは「仲間ね……」と呟きシミのついた天井を眺める。
「確かにドックスさんは実力があるし、あの『魔槍ダイサッファ』も中々の脅威だ。けど所詮は半端者の中ボス……浅はかな過信のせいで使えない。現に今回のように足手まといになるだけさ……なら、せいぜい『捨て駒』として利用するしか価値がない男。そうでしょ、
「もう貴方の先生じゃないからね……さぁ、冷めちゃうから早くご飯食べましょう」
**********
夕方頃、自警団『
なんでも団員のタカシとサトシが、ドックスらしきおっさんを目撃したとのこと。
その時の画像が添付され、俺はまじまじと見つめる。
「う~ん、確かに不審なおっさんだ……にしても簡単にボロ出し過ぎじゃね?」
「闇側の人間や魔族って大概自制心がないからね。現実世界に帰還しても記憶やステータスと共に、習慣や性質なんかも引き継がれているのよ」
スマホを眺める隣で、美桜が教えてくる。
一応、勇者であり【聖刻の盾】リーダーの彼女にも報告した。
ゼファーからの依頼とはいえ、あの人はやたら“帰還者”間の評判が悪い。
俺とヤッスの前では紳士的で理解力のあるイケメンな大人だったけど、そのような悪評を何度も耳にしているだけに、一人で抱え込むのも嫌だったので心から信頼できる姉を通すことにした。
「だから現実世界に適応できず犯罪を起こそうとするわけか……約束通りゼファーさんに知らせるよ」
「そうね、後は『零課』の仕事よ。真乙は学生らしく夏休みを満喫しなさい。明後日、『
「うん、香帆さんの都合で夜にね。初の『下階層』を目指すから、少し緊張するよ」
「かなり癖のある階層になるから気を付けてね」
「癖のある階層?」
「明後日のアタック前に説明するわ……お姉ちゃんもエリュシオンで待機しているからね。いつもの温泉施設で泊まり込みよ」
どうやら姉も一人で夏休みを満喫するらしい。
いいなぁ、探索後でも利用してみるかな。
それからゼファーにメールで報告した。
すぐさま彼から「ナイス! やはり有能!」とベタ褒めの返信が届く。
俺は嬉しく照れ笑いを浮かべていると、美桜から「騙されちゃ駄目よ」と苦言された。
どれだけ不信感があるんだと思った。
尚、ドックスらしきおっさんの捜索は、ゼファー伝手でフレイアの【氷帝の国】が引き継ぐらしい。
一応、「連中には前金を払っているので、しっかりと仕事をしてもらう」と書き込まれていた。
あとは、闇勇者レイヤこと『渡瀬』の消息か……。
他にも黄昏高で潜伏する協力者の存在も気になるが、それは二学期で
だけど、渡瀬自身の消息はまるで掴めていない。
ドックスよりも名前や顔が割れているのに、『
もしかしたら、とっくの前に伊能市以外の町へ逃げてしまったのかもしれない。
あるいは誰かの支援を受けながら缶詰状態で潜伏しているのだろうか?
二日後の夜。
『エリュシオン』のギルドにて。
「前回、皆さんが探索した報酬金をお渡しします」
受付担当嬢インディから報酬金が手渡される。
異世界では金貨とか相場らしいけど、ここは現実世界なのであくまで日本円だ。
しかし、いつもは茶封筒の中に入った貨幣が手渡されるけど今回は違っていた。
ドラマなどでよく見る、銀色の頑丈そうなアタッシュケースだった。
なんでも総額で2千500万円が入っているらしい。
ということは、一人につき500万円が手元に入るということ。
苦労して階層ボスを斃し「中界層」を制覇したとはいえ、ダンジョンやっぱ凄ぇ……コンパチさん達が職に就かずに入り浸るのも頷ける。
こうして高校生ではあり得ない、前周の社畜時代だった年収よりも高額を手に入れてしまった、俺。
だが思いの外、喜んでもいられない。
何故なら俺には1千万円の借金があるからだ。
前回購入した『
けど俺なんてまだいい方だ、ヤッスなんて2千500万円だからな。
どーすんの、あいつ?
おまけに前回の探索で『雷光剣』を失ってしまった。
これから装備を整えなければ、とても「下界層」のアタックは不可能だ。
そして案の定、「BJアゼイリア」と通り名を持つ
「マオトくん、ミノタウロスの角で新しい『雷光剣』を作ったんだけど買う?」
「紗月、いえアゼイリア先生……欲しいけど、アイテムや装備のメンテナンスもあるから、その辺の道具屋で売っている安い剣を買うよ」
「駄目よ、『下界層』はそんな甘い所じゃないんだからね! 100万円でオマケしてあげるから買いなさい!」
と強く言われ、半ば押し売り状態で新しい『雷光剣』を入手した。
アゼイリアの言うことも決して間違ではないけどね。
寧ろ100万円で譲ってくれるなら安い方だ。
これもパーティ割引だと感謝しよう(すっかり金銭感覚が麻痺した
俺は開き直り《鑑定眼》を発動してみる。
なになに……
【装備】
〇雷光剣Ver.2:
《魔力付与》
敵を攻撃した時に雷撃系の魔法効果が発動し、80%の確率で相手を一時的に麻痺させる。
あれ? 名前少し変わってね?
しかも前より性能が倍以上にアップしているぞ。
「前回は『ミノタウロスの角』1匹分の素材だったけど、今回はそれ以上の素材で構成されているわ。《
つまり複数の『ミノタウロスの角』を一つの素材として凝縮させて造られているわけか。
それだけ手間を掛けてのブロードソードなら、100万円なら超安価だろう。
「――それとね。ここからが本題なんだけどぉ、マオトくんのために新作の剣を造ってみたんだけど……どうかなぁ?」
やたら甘え声で恥ずかしそうに豊満すぎる胸を左右に揺らしてくる、アゼイリア。
人気教師とは思えない学校ならまず見られない、大人の女性ならではの艶っぽい仕草についドキッと心臓が高鳴ってしまう。
い、いかん! 俺には杏奈という素敵な女子がいるってのに……片想い中だけど。
それに想いを寄せるガンさんにも悪いしな。
「うん、どんな剣にもよるけど……先生、見せてもらっていい?」
俺の要望にアゼイリアは「わかったわ」と言い《アイテムボックス》から、一振りの剣を取り出し出現させた。
おいおい……またどんでもないのが出てきたぞ。
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