第98話 荒んだ中ボスの屈辱

「おい、オッさん! テメェ何してんだ、コラァ!?」


「んな小奇麗な格好している癖によぉ、なんでゴミを漁ってんだ、ああ!?」


 とあるスーパーマーケットの裏側で、『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』の一員である、「凶犬タカシ」と「猛犬サトシ」が一人の男を問い詰めている。


 男は30代後半くらいで、高価なスーツを身に纏うサラリーマン風であった。

 黒髪のオールバックにすらりとした高身長。黒縁眼鏡を掛けている。

 顔立ちも品よく整っているが、鼻筋など何か加工されたような不自然さを感じてしまう。


 その男は白昼堂々、賞味期限切れとなり廃棄処分となった食品と弁当を勝手に持ち出していた。

 勿論、現在は「食品リサイクル法」により、どの店でも再生利用が実施されている。

 だがそこは伊能市。治安の悪さも相俟って、裏事情ではコスト面など省く理由でそういった店も少なくない。


 指摘を受け、男はチッと舌打ちした。

 黒縁眼鏡のレンズ越しで双眸を吊り上がらせ凝視する。


「うっせー、ガキ共だな。今なら見逃してやるからあっちに行け、しっしっ!」


「おい、タカシ! このオッさん、態度デカくね!?」


「ああ、勝手に持ち出したら窃盗になるって知らねぇのか、テメェ!」


「不法に廃棄しているのはこの店だろ? 俺は親切心で処分してやろうとしているんだぜ。文句あっか?」


 男は開き直った態度で主張する。

 身形といい、ぱっと身はゴミを持ち出すような感じには見えない立派な大人だ。

 やろうとしていることはセコイが、何故か「これが俺の性だ」と言わんばかりに潔く堂々としている。


 その異様な姿勢に、タカシとサトシは直感的にピーンと来るものがあった。


 ――こいつ、ドックスって男じゃね?


 彼らが心酔する真乙からの情報だと、そいつは浮浪者のおっさんだと言う。

 見た目こそエリートサラリーマン風だが、やっていることはまさにそれ・ ・だ。


 二人は、パシャっとスマホで写真を撮る。

 その態度に男は敏感に反応した。


「おい、ガキ共。何故、俺を撮る? まさかネットで配信でもするつもりか?」


「すんません、気のせいっす!」


「失礼しゃしたー!」


 タカシとサトシは脱兎の如くその場から離れた。


「待ちやがれぇぇぇ、糞ガキ共ォォォォォ――――ッ!!!」


 男は怒号を発し弁当を放り投げる。

 物凄い勢いと形相で、逃走する二人の後を追い回した。



 それから数分後。



「――クソッ! あのガキ共、逃げ足早えーな! レベル一桁の癖に逃げ足だけならカンストしてんじゃねぇのか!?」


 人気のない裏路地で、スーツ姿の男は周囲を見渡しながら一人で愚痴を漏らしている。


 その手にはいつの間にか漆黒の「槍」に似た歪な形をした物体が握られていた。

 身の丈を超える長さを持ち禍々しい邪気に溢れている。

 先端である刃部分が赤々と発光し、何かの軟体動のようにうねっていた。


 男の口調からして、どうやらタカシとサトシにまんまと逃げられた様子だ。

 移動速度こそ男が圧倒しているも、二人はすぐさま細やかな裏路地へと入り込み追跡から逃れたのだ。

 これも自警団『赤き天使の鐘レッドアンジェラス』として活動する賜物か。

 ほぼ毎日、伊能市中をパトロールしていく中で土地勘が養われ、あらゆる逃走経路を熟知していたと思われる。

 それと予め真乙の「速攻で逃げろ」という指示を忠実に守ったのも逃げ切った要因だろう。


「せめて、この『魔槍ダイサッファ』で掠り傷でも負わせればよぉ! ほっといても呪い殺せたってのによぉ、クソがぁぁぁぁ!」


 激昂する男の頭上から魔法陣こと《アイテムボックス》が出現し、握られた『魔槍』がフッと消える。

 その異能な力は明らかに“帰還者”だ。


 男は興奮冷めやらぬまま震えた手でポケットからスマホを取り出すと、誰かに連絡し始めた。


『――ボクです。どうしました、ドックスさん?』


「レイヤ、聞いてくれ! たった今、妙な連中に俺の画像を撮られちまったんだ!」


『妙な連中……“帰還者”ですか?』


「違う! チンピラ風のガキ二人だ! スーパー裏で廃棄処分の弁当を漁っていたら、いきなりイチャモンつけられてよぉ……不意にスマホで俺を撮ったかと思うと、速攻で逃げやがったんだ!」


『何やってんですか? そんな格好でゴミなんて漁っているからですよ……必要以上にお金は渡しているでしょ? そのスーツだって、ジーラナウさんがわざわざ用意してくれたってのに……明らかに目立つに決まっているじゃないですか? ブラックリスト入りから逃れるため、わざわざ戸籍を消し整形するほど周到で用心深い人なのにバカですか?』


 レイヤは呆れた口調で窘める。

 これまでドックスの存在が明るみにならなかったのも、浮浪者から脱却した身形のおかげでもあった。

 普通にさえしていれば、良い会社に勤めるサラリーマンにしか見えなかったからだ。

 休日や夜であればパチンコや競馬場にいてもそれほど違和感はない。寧ろ浮浪者よりも目立たない筈だった。

 だがスーパーマーケットの裏でゴミを漁っていれば別だろう。

 レイヤが言うように結局は自ら墓穴を掘ってしまったようなものだ。


 しかし、ドックスは奥歯を噛みしめ不快の表情を浮かべる。


「俺はバカじゃねぇ! 浮浪者の性分である『勿体ない精神』の衝動に駆られ、たまたま魔が差しちまったんだ! それに俺が恐れているのは、狂戦士バーサーカーのガルジェルドと『零課』のゼファーだけだ! それ以外の連中なんぞ、敵じゃねぇ!」


『それこそ油断大敵。そういう思考、凄く危険ですよ。せっかく消息不明で『零課』ですら足取りが掴めない存在だったのに、ちょっとした油断とミスで貴方の情報が広まってしまう。その二人がどういう意図でドックスさんの画像を撮ったのかわかりませんが、どんな形にせよネットで拡散されてしまえば、これまでの苦労が水の泡となります。それこそ吾田さんの二の舞になる……また【氷帝の国】達に嗅ぎつけられる可能性もありますね』


「……ぐっ! わかっている……だからこうしてすぐ連絡したんじゃねぇか! 仲間だろ、なんか策はねぇのか!? あのガキ共を探し出し、スマホごと処分する方法とかよぉ!」


『ガキ共とやらを探す手段はありますが、撮られた画像に関しては諦めた方がいいですね』


「何故だ!?」


『そのようなイキった連中は、大抵似た者同士で群れていますからね。既に仲間達に知れ渡っている可能性があります。さらにそいつらがネットにアップすれば蜥蜴の尻尾切りで最早収拾がつかないでしょう。つまり、いずれドックスさんの存在が『零課』にバレてしまうかもしれません。残念ですがご愁傷様です』


 レイヤの身も蓋もない意見だが概ねは正しい。

 だがドックスは納得してない様子で体を小刻みに震わせている。


「ま、まさか……吾田のように俺を見限り切り捨てるのか!? 『決行日』前で、今俺が捕まったら都合が悪いのはお前じゃねぇのか! ああ!?」


 目的は共通しても信念がない集まりだ。

 それだけに無能や足手まといは簡単に即切り捨てられる。

 またリーダーとするレイヤの気性をドックスは十分に理解していた。

 

 だがレイヤは穏やかな口調で「ははは」と笑う。


『……冗談ですよ。手はなくはないです。ただし画像は諦めてください。その代わり、「決行日」まで時間を稼げる別の逃走場所を用意いたします』


「逃走場所だと?」


 ドックスの問いに、レイヤは間を開け通話越しで「ええ」頷いた。


『――「奈落アビスダンジョン」です。29階層の安全階層セーフポイントであれば、それほど不自由なくしばらく身を隠せるでしょ?』


「ああ、『分岐点』だな? 名倉から聞いたことがある……だが俺はギルド登録できない。どうやって『奈落アビス』に入ればいい?」


『アンジェリカに頼みます。彼女のユニークスキル、《異次元の輪ディメンション・リング》なら造作もないでしょう。丁度、新しい子・ ・ ・ ・の育成もできたので良い機会かもしれません』


「新しい子? あの超危険でヤバイ悪魔デーモンか……しかし、あんな奴を解放したら、俺まで危ないんじゃないか?」


『大丈夫です。予めドックスさんに《想起破滅リコールベイン》を施せば、あの子・ ・ ・はドックスさんを飼い主ボクだと思い込み、貴方に対して忠実になります』


「……なるほど、まさに最強の用心棒ってわけか。わかった、アンタに従うぜ!」


 ドックスは口の橋を歪ませて不敵に微笑む。


『はい、では後程ほど合流しましょう。それと貴方の顔はバレていると想定して、足が付く前にまた闇医者で整形して顔を変えてもらってください。冒険者風の衣類や装備、逃走資金はボクの方で用意いたします』


「了解したぜ。何から何まですまねぇな……恩にきるぜ、リーダー」


『いえいえ、それでは――あと、もうゴミを漁ってはいけませんよ。浮浪者癖を治してくださいね』


 補足の言葉を告げ、レイヤからの通信は切れた。


「へへへ……こりゃ現実世界で暇しているより、余程退屈しねぇな」


 ドックスは呟き微笑を浮かべる。

 軽快な足取りでその場から立ち去った。

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