第100話 竜殻剣と下界層の説明

 アゼイリアが取り出したのは、随分と歪な形をした鎌形刀剣ファルシオンだった。

 全体がブロードソードくらいの大きさで、燃えるように赤々と染められている。

 特に剣身ブレイドが螺旋状に渦を巻いた形状であった。

 そのことで全体のエッジが獰猛な獣の牙を彷彿させるように、大雑把な鋸刃と化していた。


 見た目からして異様で禍々しさを感じてしまう。

 まさか魔剣じゃないだろうな……。


「――『竜殻りゅうかく剣』よ。素材は前回の探索でゴザックから貰った『レッド・ドラゴン』の鱗よ」


「レッド・ドラゴン? ああ闇ルートから仕入れたっていう、上級竜エルダークラスの……確かドラゴンの鱗って金属より硬いんだよね?」


「ええ、特に上級竜エルダークラスの鱗は並みの剣を一切通さないわ。硬すぎて加工するのも結構難しいのよ。今回ばかりは王聡くんに手伝ってもらったくらいだしね」


 そういや、俺とヤッスがメイド喫茶でWデートを満喫している間、ガンさんはアゼイリアの仕事を手伝っていたと聞いている。

 だから早く仕上げることができたのか。


 とにかく《鑑定眼》で性能をチェックしてみよう。



〇竜殻剣:攻撃力ATK+530

《魔力付与》

・斬撃と同時に60%の確率により、火炎魔法効果+100補正を同時に与えることができる。

ヒルト部分が健在であれば、剣身ブレイド部分が破損しても自己修復できる。



 おおっ! 攻撃力が530だと!?

 しかも《魔力効果》が二つもあるのか!

 レッド・ドラゴンの鱗を素材にしているだけに、炎属性の魔力を宿しているようだ。

 攻撃が成功すれば、その効果で630のダメージを負わせることも可能らしい。

 さらに剣身ブレイドの自己再生能力を持っていると言う……前回のヒュドラ戦みたいに失わなくてもよさそうだ。


「先生、凄い剣だよ……んで、これも100万円で譲ってくれるの?」


「流石に無理ね。素材は凄くレアモノだし、さっきも言ったけど加工にやたら手間のかかった代物だからね……普通の冒険者ならお得意様でも6千万円は頂くわ」


 無理じゃん……相変わらずヤバすぎてワイルドな金額だ。

 

「――けどマオトくん割引で、2千万でどう?」


 マオトくん割引って何? 初めて聞いたわ、それ。

 2千万円か……三分の一にまけてくれたのは有り難いが、やっぱクソ高けぇ。

 けど魅力的だよなぁ……。

 『雷光剣』と併用すれば、俺の攻撃力はさらに向上する。

 何故か毎回シャレにならない強敵ばかりと戦っているだけに、喉から手が出るほど欲しい武器だ。


 それに、杏奈を守るためにも今よりもっと強くならなければならない。

 

「さぁ、マオトくん! 買いますか? 買いませんか?」


 前回と同じパターンで促してくる、アゼイリア。


 くっ……しゃーない!


「買いま――……あっ、先生、以前の『黒鋼の悪魔盾メタル・デビルシールド』の代金に上乗せする形の20年ローンでいいですか? 『雷光剣』代はすぐに支払いますので、はい」


「……ふぅ、わかったわ。マオトくんにはお世話になっているから特別よ。けど支払期限は必ず守ってね、約束よ」


「御意。買いまーす!」


 俺の英断に、仲間達から「おお~っ」とざわめきが起こる。

 ただ剣買って新たに借金額重ねだけなのに。


「やはりユッキも僕と同じ属性だな。これからも僕らは同志だぞ」


「そうだな、ヤッス……異世界って金銭感覚が可笑しいところだって学んだよ」


 ついにヤッスを超えて借金が3千万円になってしまったが仕方ない。

 ローンを組んでもらえただけでも良しとするか。

 こりゃなんとしてでも「下界層」を制覇して、とっとと借金をチャラにしよう。


「そういえばマオトくんとヤッスくんは、あの人・ ・ ・の協力者になったんでしょ?」


 受付カウンター越しで、俺達のやり取りを黙って見ていたインディが声を掛けてきた。

 彼女が言う、あの人とは『ゼファー』のことだ。


「ええ、そうです。まずは一人の情報を報告した感じですけど、何か進展ありました?」


 ドックスと思われる、おっさんの情報だ。

 確信はないが、ほぼ奴で間違いないと思っている。


「その件は【氷帝の国】に全て任されている筈よ。けど彼女達……早朝から『奈落アビス』に探索しているわね」


「彼女達ってことは、フレイアも?」


 美桜の問いにインディは素直に首肯する。


「ええ、フレイア様を含む幹部達総出で……まるで『深淵層』を目指す遠征向きの大規模パーティでした」


「そう、フレイアが『奈落アビス』に……」


「姉ちゃん、それって何か問題でもあるの?」


「まぁね、真乙。フレイアもお姉ちゃんと同じでゼファーから制限が掛けられている筈よ。その彼女がダンジョンに潜るってことは、それ相当の理由があるってわけ」


 美桜の説明に、ふっと俺の思考にある事が過った。


「理由ってまさか……今、話していた『ドックス』の件か!?」


「考えにくいけど辻褄は合うわ……だけど『奈落アビス』に入るにも、ギルドで冒険者登録しなければ行けない筈よ」


 基本は一度ギルドに立ち寄らないと『奈落アビス』に行くことはできないシステムだ。

 さらにスマホのアプリに登録された冒険者の証明書がないと、ダンジョンまで送迎するトロッコに乗車することすらできない。


「何か別の手段があるんじゃね? 前の悪魔デーモン『バフォメット』みたいにさぁ。それに大分前の『奈落アビス』からグレートゴブリンを持ち出したのも、レイヤの仕業でしょ? ねぇ、ガンさん?」


「あ、ああ……か、香帆さんの言う通りだ……と思う。わ、渡瀬君、いやレイヤの仲間に転送能力に似たユニークスキルを持つ者がいるのかもしれないぞぉ」


 堂々としている香帆と異なり、やたら挙動不審のガンさん。

 そういやギルドに来てからというもの、彼はほとんど喋っていない。

 

 まぁ説得力はあるけどね……。

 何を目的としているかわからないけど、ひょっとしたらこれから探索する俺達もドックスって男と遭遇する可能性がある。


「どうします【聖刻の盾】の皆様方? 初の『下界層』を目指すことですし、皆様の担当者として不要なトラブルを避けるため、日を改めることをお勧めいたしますが?」


 インディさんが言葉を選びながら伺ってきた。

 彼女が言いたいこともわかる。

 クエストならまだしも、探索以外のトラブル事はできるだけ避けた方がいいってことだろう。


「それでも俺達は探索するよ。そうしなければならない理由もあるからね」


 何せ、俺には3千万円の借金があるからな……少しでも稼がないとシャレにならん。

 ドックスの件は『零課』からクエストを受けているフレイア達に任せればいい。


 俺の主張に、インディさんは「わかりました」と頷く。

 ソロの頃なら心配のあまり「絶対に駄目よ!」と半ギレされていたが、こうして頼もしい仲間達を得て実績を重ねることで、冒険者として信頼感が得られたようだ。

 少し寂しい気もするけどね。


「――では私から『下界層』についてご説明いたします」


 インディの話では、これまでの階層とは異なる特殊な側面が多々あるらしい。

 

 まず「下界層」は『奈落アビス』ダンジョンで46階層から70階層となっており、大まかに三部構成で分けられている。

 尚、各部階層は以下の通り「運命の三女神」の名で例えられていた。



・46~50階「クロートー(紡ぐ者)」

 冒険者の間では「黎明」と呼ばれ、ダンジョンとは思えないほど明るくジャングルのような森林地帯が多い。また砂漠もあり乾燥帯のような階層もあるとか。


・51~57階「ラケシス(運命の図柄を描く者)」

 別名で「雲路」と呼ばれている。

 こちらもダンジョンとは思えない大半が山岳地帯となっているらしく、深い霧や雲海に覆われた階層もあり、多くの冒険者達の行く手を拒み阻止しているという。


・60~70階「アトロポス(不可避の者)」

 下界層の最後であり、「終焉」と呼ばれている。

 ここまで到達した冒険者は非常に数少なく、ギルドでも情報はほとんどないようだ。

 なんでも「暗黒のような世界」だとか。



 説明は以上となるが、補足として未開拓の隠しダンジョンも多く存在しているらしい。


 今回、【聖刻の盾】が目指すのは、46~50階の「クロートー」のみだ。

 それより下層は、まずこのパーティ人数では「絶対に無理だ」とインディだけではなく、美桜からもはっきりと言われてしまった。


「まずは『クロートー』でレベルアップを目指しなさい。ヤッスくんもせめて、レベル25以上にならないと下層探索は駄目だからね」


「承知いたしました、我がマスター。必ずやご期待に応えましょう」


 相変わらず美桜には忠実なヤッス。

 ちなみにレベル10台で「下界層」に行くのは、エリュシオン史上初であるとか。

 しかも五人程度しかいない少人数パーティなら普通は無謀としか言えない。


 高レベルの香帆とアゼイリア、いざとなれば狂戦士バーサーカーとなりレベルが爆上がりするガンさん、それに無敵の防御力VITを誇る俺がいて初めて成立する挑戦だろう。


 それにしても……。

 これから下層を目指すには、新しい仲間を獲得し増やす必要があるようだ。

 いずれなんとかするしかない。


 それより今は、俺達でやるべきことをやっていこう。


「よし! みんな準備を整えたら、『下界層』を目指し探索だ!」


 さあ、新たな冒険の始まりだ――。

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