第96話 執事の思惑とクエスト依頼
「執事さん! このチッパイメイドが酷いんです! 頼んだヒヨコちゃんライスにケチャップで『死ね』と書かれましたぁ!」
ヤッスは店長とするイケメン執事にここぞとばかりにチクった。
執事は落ち着いた口調で「おや、まぁ」と頷いて見せる。
「これは失礼いたしました。ここではなんですので別室にてお詫びいたします。どうぞこちらへ。お連れのご主人様もどうでしょうか?」
丁寧な物腰で俺の方を見つめてきた。
チラリと仲間である香帆に視線を向けると、彼女は微笑を浮かべて頷いている。
ふむ、怪しい執事だが少なくても敵ではなさそうだ。
わざわざ香帆とメルをクエストとして働かせているところからすると、エリュシオンのギルド関連か……ってことは聞き覚えのある声からして、やっぱり『彼』か。
「俺はいいですよ。ほら行くぞ、ヤッス」
「わかったよ、ユッキ……けどまさか、裏で黒服のおっかない大人達にシメられるんじゃないのか?」
「妙な難癖をつけてくるなら戦うまでだ。冒険者として鍛えた俺達なら問題ないだろ?」
小声で耳打ちするヤッスに向けて、俺はきっぱりと言い切った。
自己防衛なら『零課』も見逃してくれると言うからな。
けど、
「ではご主人様方はこちらへ。お嬢様方はしばしの間、リエンとメルがご奉仕いたします……」
杏奈と秋月をその場に置いて、俺とヤッスは執事の誘導に従い別室へと招かれる。
そこはファンシーな空間とは相反して、現実味を帯びた経理や事務作業をする部屋のようだ。
部屋の中には誰もいない。
念のため《索敵》スキルを展開させるも、特に「危険なし」と判断した。
「身構えなくていい。少しキミらと話がしたくてね、適当にくつろいでくれ」
口調を変える執事に従い、俺とヤッスの二人は並んでソファーに腰を降ろした。
「もしや、『零課』のゼファー殿でありますか?」
《看破》スキルを持つ、ヤッスが見抜く。
俺も聞き覚えのある声に薄々そうじゃないかと思っていた。
執事は包み隠さず、素直に頷いて見せた。
「そうだ――キミ達に俺の素顔を見せるのは初めてだな。現実世界での本名は『西風 蓮次郎』という。信頼に至るキミ達だから打ち明けたんだ。他言無用で頼むよ」
「やっぱりそうだっんですか……噂どおりのイケメンっすね。けど特殊公安警察の『零課』である貴方がどうしてメイド喫茶の店長を? その執事の格好はなんです?」
「潜入捜査の一環さ、マオト君……闇勇者レイヤ捜索の件もあるが、主に『特公』が把握していない現実世界に溶け込む“帰還者”達の情報を得るためだ。特に闇側に関してね……奴らの情報はエリュシオンより、こうした一般社会の方が舞い込んでくることが多い」
「なるほど、でもメイド喫茶である意味がわからないんですけど?」
「メイド喫茶だけじゃないよ。他にも伊能市にあるアニメ・コミック・ゲーム関連商品の販売チェーン店なども展開している。俺はクジ引き……いや選抜され、ここの店長になっただけさ」
今、さらりとクジ引きで店長になったと言ったぞ、この人。
いいのか、そんな感じで? 案外、フランクなんだな『零課』って。
なんでも異世界とリンクしやすい、オタク系の店を中心に特殊公安警察の息が掛かっていると言う。
中には将来的に『転生者』や『転移者』になりそうな人物もマークしているとか。
「それで、どうして僕達に打ち明けたのでありますか? まさか……チッパイ殿に僕の粛清を依頼されて!?」
「ははは、安永君といったね。そこまで『零課』は暇じゃないよ。メルもメイドとしての接遇マナーに問題はあるけど、キミも彼女に対しての失言が多いからね。オムライスの件は両成敗ということで収めてほしい」
「はぁ……わかりました(失言? 僕が? チッパイ殿に何か言ったのか? さっぱり覚えがないが、この方は圧だけならマスター並みだ。ここは素直に従うべきだろう)」
ヤッスは曖昧な返事で承諾した。
その様子から「チッパイ」と呼ぶこと自体がアウトだとわかってない。
秋月にもあれだけ言われているのにもかかわらず。
「マオト君とヤッス君に打ち明けたのは、俺の『協力者』になってほしいと意図したからだ。一応、キミらのマスターである美桜にも了承を貰っている。メールでのやり取りだが……」
ゼファーはそう言いながら、懐からスマホを取り出し画面を見せてきた。
それが以下の内容だ。
>ゼファー
ミオ
時折で構わないので
お前の眷属である、マオト君と安永君を俺の「協力者」として貸してくれ
>美桜
嫌よ
アンタ、異世界で私に何したか覚えている?
身の程を知りなさい
おとといきやがれ!
>ゼファー
……出会った当初は互いに敵同士だったのだから仕方ないじゃないか
そう言わず頼む
最終決戦じゃ、俺の支援でメニーラを斃せたようなものだろ?
違うか?
>美桜
チッ
そもそも大切な弟と眷属を自己中の暗黒騎士なんかに貸すわけないでしょ?
香帆はアンタの性格を十分に理解しているし、自分の身を守れる子だから妥協して認めたのよ!
>ゼファー
ではこうしょう
・協力者としての依頼料は【聖刻の盾】全員を対象とすること
・それと今後、エリュシオンで他のパーティと何か問題が発生した際、『零課』が忖度し配慮しょう
>美桜
忖度?
>ゼファー
ああそうだ
先日、お前達【聖刻の盾】は中界層を制覇したと聞く
マオト君は中級者扱いだが、安永君はまだ初級者だ
おまけに二人共、“帰還者”ではないからな
冒険者の中には癖の悪い連中も少なくない
今後、彼らの活躍をやっかむ輩も増えてくるだろう
>美桜
……なるほどね
『零課』を味方につけることで他のパーティへの妨害工作対策にもなるってことね
わかったわ
二人が承諾するなら、私は一任するってことで
オケ?
>ゼファー
オケだ
感謝する
「――でな感じだ。あとはキミ達の承諾が必要となる」
「……はぁ。俺としては正義のためならってやつですけど、ゼファーさんはどうしてそこまで俺とヤッスを『協力者』として取り入れたいんですか?」
「キミ達が“帰還者”じゃないからだ。俺としてはそういった人物の方が信頼に足りると思っている」
「何故です?」
「異世界を経験した輩は性格が歪んだ者が多い。俺もそうだが、ミオやリエンも似たような気性だ。腐れ魔女……いやフレイアなんかは典型的だし、キミらの仲間であるガルジェルドやアゼイリアも善人ではあるが癖が強いだろ?」
「はい、その通りですね」
俺はあっさりと認めた。
みんな冒険者としては有能だがポンコツ感は否めない。
サブリーダーとして身に染みるほど理解している。
「けど、ヤッスは? こいつ『おっぱいソムリエ』ですよ?」
「……まぁ犯罪でなければってところかな。しかしマオト君と同様、安永君も才能に溢れ精神力が強い。キミや仲間達のサポートありきとはいえ、レベル10台で足を引っ張ることなくあのメンバーと対等にダンジョン探索をこなしているのだからな。俺はキミ達のそういった強い部分を買っている」
「ありがとうございます、ゼファー殿! ようやく僕を正しく評価してくれる『師』と呼ぶに相応しい人物と出会いましたぞ! どうか僕のことは気さくにヤッスとお呼びください! 勿論、『協力者』の件は喜んで引き受けました!」
初めて大人に認めてもらい、ヤッスは感動して瞳を潤ませている。
ソファーから立ち上がり、ゼファーと固い握手を交わした。
「俺も姉が了承しているのであれば特に問題ありません。それで『協力者』って何をすればいいんですか?」
「メインはキミ達から見た伊能市で起こった異変や不審点に関する報告となる。メールで構わないし、黄昏高に潜入している
「「わかりました」」
「それと今回は『闇勇者レイヤ』の件だ……夏や休み前、宮脇から聞いていると思うが二学期以降で黄昏高に潜むレイヤの『協力者』を炙り出す作戦を実行する。その際にキミ達【聖刻の盾】の支援が必要となる。だが問題はその他に潜伏している
「はい。『名倉 大介』の仲間で、俺とガンさんに怨みがありそうな奴だとか? ゼファーさんの依頼でフレイアさん達が探している最中ですよね?」
「そうだ。ドックスは以前捉えた『吾田 無造』と同様、レイヤの仲間でもある」
「なんですって!?」
マジか!?
渡瀬の野郎、いったい何人の仲間がいるんだ!?
俺が驚愕している中、ゼファーは話を進める。
「名倉が粛清されて以来、ドックスは姿をくらませている。時折パチンコ店や競馬場などで目撃されているが、フレイア達【氷帝の国】が動いているのをどこかで嗅ぎつけたらしく、今では完全に足取りが掴めず消息不明な状況だ。おそらくレイヤ本人、あるいは他の『協力者』によって匿われているに違いない」
「フレイアさん達でさえも難航しているって感じですか?」
「まぁな。【氷帝の国】は『キカンシャ・フォーラム』を通して“帰還者”同士の情報網による収集能力に長けている。したがって住職だった吾田のように割と目立つ奴なら情報を得やすいが、ドックスは帰還後に自分の戸籍を消すほどの用心深い男だ。今では顔を変えている可能性もあり、別の戸籍を得て一般人として社会に溶け込んでしまっているかもしれん。したがって、街のどこかでボロを出す機会を待っている後手の状況だ」
そのためのメイド喫茶でもあるのか。
一般人から何かしら情報を得るためのツールってやつだろう。
……あれ、待てよ?
一般人といえば、俺にも伝手があるじゃん!
「――ゼファーさん。そのドックスって奴の捜索、俺にも手伝わせてもらっていいですか?」
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