第95話 異世界メイド喫茶リターニー

 伊能市初のメイド喫茶、『異世界メイド喫茶リターニー』。

 もろ異世界って言っちゃっていることから、裏事情を知る俺からすればエリュシオン系列の店だと思った。


 しかし一般社会では閉ざされた場所の筈が、どうしてこんな街中で堂々と店をオープンしているんだ?



「執事さん。貴方、誰ですか?」


 俺は率直に訊いてみる。

 《鑑定眼》でこのイケメン執事を調べるも「エラー」と表示されてしまった。

 レベルどころか名前すら見ることができないのは始めてだ。

 それイコール、普通の人間ではないと証明しているようなもの。


 問われた執事は嫌な顔をせず、寧ろ爽やかに微笑む。


「後で教えよう。まずは楽しんでくれ――ではご主人様、ご帰宅お待ちしております」


 執事は口調を変え、杏奈と秋月にも整理券を渡すと後列で並ぶ他の客達にも配布しながら去って行った。

 

「杏奈! 今の執事、顔面超ヤバくなかった!?」


「そぉ? なんか怖そうな感じだったけど……」


 秋月がテンションを上げる傍ら、杏奈は微妙な面持ちで首を傾げていた。

 彼女は見た目で男を判断しないところがある。

 でなければ別の時代で、MAXに太っていた魅力値CHA:-50の俺と交際などしてないだろう。

 

「……やっぱお前はギリCだな。そうやってすぐ外見のみで判断するとは……まるっきり反省を活かしてないじゃないか? まったく、少しは野咲さんを見習うといいぞ」


 ヤッスが秋月に呆れた眼差しを向けて身も蓋もないことを言い出した。


「はぁ!? 別に反省なんかしてないし! あんただって、女の子をおっぱいでしか見てないでしょ! そんな変態に言われてたくないんですけど!」


 案の定ブチギレた。しかも真っ当な主張だ。


「くっ、こいつ……次第に昔の調子に戻っているぞ。ユッキ、こいつはこんな感じで中学の頃、次第に僕から離れていったんだ」


「うん、全てお前が悪いと思う……」


 頼むから俺を巻き込まないでくれ。


 そうこうしているうちに前列が動き始めた。

 ようやく店がオープンしたようだ。

 順番に店内へと案内されていく。

 混雑状況から結構待たされるのではと懸念したが、思いの外スムーズにビルの中へと通された。

 廊下からして独特のファンシーな雰囲気。やたらとテンションが上がってしまう。

 やっぱ俺ってオタクなんだなぁと思った。


「……やっぱりガンさんを連れてくれば良かっただろうか? こういう場面で成人男性の同伴は頼もしく思えてくる」


 緊張しているのか、ヤッスは妙なことを口走っている。

 そりゃ頼もしいかもしれないが、別に大人の店に行くわけじゃねーし。普通のメイド喫茶だから別に必要ないと思う。 

 

 初めて店内、いやお屋敷に入る。

 直後、思わぬ人物と遭遇した。


「「お帰りなさいませ~、ご主人様、お嬢様!」」


 愛想よく出迎えてくれる二人のメイド。

 フリフリの如何にもという衣装が実に可愛らしい。

 うち一人は見覚えのある女子だった。


「か、香帆さん!?」


 そう、俺達の仲間である金髪JK。

 普段は気だるそうなヤンキー風ギャルだが、今は完璧なメイドだ。

 しかも笑顔を振りまく姿はとても可愛らしく衣装も超似合っている。


「どうしてここに?」


「夏休みはアルバイトするって言ったしょ~。つまりここだよ~ん」


 そうだったのか。

 まさかメイド喫茶とは……。


「マオたん様、お久しぶりなのです!」


 香帆の隣に立つ、もう一人のメイドがペコリと挨拶をしてきた。

 随分と小柄な体型でツインテールがよく似合う、幼い顔立ちをした愛らしい少女だ。

 おや? 癖っ毛といい、どこかで見たことがあるぞ。

 それに俺のこと「マオたん」って呼ぶってことは……。


「おお、これはチッパイ殿ではありませんか?」


 ヤッスが平然とセクハラめいた名で少女を呼んでいる。

 思い出したぞ。

『氷帝の魔女』ことフレイアの眷属、盗賊シーフのメルだ。

冒険者モードだと小人妖精族リトルフの少女だけど、現実世界では中学生だっけ。


 そのメルは「チッパイ殿」と呼ばれ、丸みを帯びた頬をぷく~っと膨らませている。


「片眼鏡の変態魔法士ソーサラー!? どうしてお前がここにいるのです!?」


「いやぁ、なんでと言われても……それにプライベートでは『魔眼鏡』を掛けてないのだが仕方ない」


 ヤッスは「やれやれ」と溜息を吐き、胸のポケットから『魔眼鏡』を取り出し左目に掛けて見せた。

 別にメルはそこでブチギレいるわけじゃないと思う。


「安永! 女の子にそういうこと言ったら駄目なんだからね! てか前にも掛けていたけど、その眼鏡はなんなの?」


「ある意味、僕のトレードマークだ。気にするな」


 ヤッスが秋月と話していると、何故かメルは小さな体を震わせた。


「か、片眼鏡の魔法士ソーサラー……お前、いっちょ前に彼女いたんですか!? しかも可愛いぃぃぃ! 変態野郎の癖にムカつく男なのです!」


 なんか勘違いし始める。

 確かに以前より距離は縮まっているけど、ヤッスが変態のせいで喧嘩ばかりだ。


「ちょっとメイドさん。私が安永と付き合っているなんて、あり得ないこと言わないでよね……けど可愛いって言ってくれてありがと。あと貴女も安永と同じ厨二病仲間なのね? その喋り方といい、安永こいつのこと魔法士ソーサラーって呼んでいるし」


「なっ!? メルは厨二病ではないのです! この喋り方は生まれつきなのです!」


 異世界の存在を知らない秋月が勘違いするのも無理はない。

 他所から見ればそう思われても仕方のないやり取りだ。

 だが秋津も付き合っていると勘違いされて口では拒んでいるも、それほど嫌がっているようには見えない。


「チッパイ殿、こやつとは腐れ縁ですぞ。にしても香帆様、麗しきお姿ですなぁ」


「あんがとヤッスゥ、いやご主人様だねぇ。あとアンナッチとトワッチ、おひさだねぇ」


「はい香帆さん、とてもよく似合っていて素敵です」


「本当、超カワイイです先輩ッ!」


 二人の後輩に褒められ、香帆は舌を出して照れ笑いを浮かべる。

 うん、お世辞じゃなくてガチ可愛い。とても超一流の暗殺者アサシンとは思えないぞ。

 そういや美桜はこのこと知っているのか?


 香帆とメルの案内で、俺達はカウンター席へと誘導された。

 ピンク色を基調とした内装の店舗、確か「お屋敷」と言うんだっけ。

 他のテーブル席でも、メイド達が「ご主人様」と「お嬢様」の接待をしている。

 見慣れない光景だけに別世界へと誘われた気分だ。


 そして早速コーヒーとジュースを頼むと、香帆に定番の「おいしくな~れ」や「ラブ注入」をされた。

 通常なら萌え萌えキュンキュンするところだが、なまじ知り合い同士なので普段とのギャップに違和感を覚えてしまう。


「……か、香帆さん。随分とハマっているね?」


「ご主人様ぁ、ここでは『リエンちゃん』だよぉ。プンプン」


 そうなの? 所謂、源氏名ってやつか。

 しかも「ちゃん」呼びしなきゃ駄目なの?


「じゃあ、リエンちゃん。姉ちゃんはここでアルバイトすること知ってるの?」


「まぁねぇ。あたしとメルもクエストを受けて働いているようなものだからね」


「クエスト? 誰から?」


「店長だよぉ。さっき整理券を配っていた執事ぃ」


 ああ、あのイケメン執事か……。


「彼は何者なの? 《鑑定眼》でもエラーが出るようは人だし、やっぱり“帰還者”?」


「そっだねぇ。あたしからは言えないけど、そのうち自分からバラすんじゃね? あいつ、随分とマオッチのこと気に入っているからね~」


「俺のこと?」


 そういえば、やたら親しげで俺を知っているような口振りだったな。

 声もどこか聞き覚えがあるような……まさか。


「――そこのお嬢様は、マオたん様とはどのような関係なのです?」


 不意にメルが、杏奈に向けて話し掛けていた。


「マオたん?」


「貴女様の隣にいらっしゃる素敵な殿方なのです。メルにとって真のご主人様が推しているお方なのです」


 おい、メル。

 杏奈に妙なことを言わないでくれ。


「……大切なお友達だよ」


「そうなのですか……(ぐぬぅ。噂には聞いてましたが、この方……フレイア様に負けず劣らずの美少女なのです! 性格も良さそうですし、マオたん様が心を奪われてしまうのも納得なのです!)


「チッパイ殿、僕が頼んだヒヨコちゃんライス(オムライス)がまだなのですが?」


 ヤッスの注文に、メルは「ごめんなさいなのです、ご主人様ぁ」とにっこりと満面の笑みを浮かべる。

 テーブルにオムライスが置かれるとケチャップで、「おいしくな~れ、おいしくな~れ♪」とおまじないをかけられながら、メイド喫茶恒例のお絵かきを描き始める。

 だけど卵焼きの上にでかでかと「死ね」と書かれていた。

 しかも赤い文字が溶け始め、やたらと生々しくてグロい。


「チェーンジ! すみません、メイドのチェンジをお願いします!」


 流石のヤッスもブチギレてしまい、大声で妙なことを口走っている。

 ちなみに健全なメイド喫茶にそういったシステムはない。


 隣に座る秋月は「メイドさん、超ウケる~! もう最高ッ!」と腹を抱えて爆笑している。


 そんな中、


「――ご主人様、如何なされましたか?」


 どこからか例の執事が姿を見せ近づいてきた。

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