第94話 思わぬWデート

 それはとある広告のチラシだった。

 なんでも本日から『メイド喫茶』が開店するらしい。


「メイド喫茶だぞ! こんな都会とも田舎とも言えない中途半端な町で初のメイド喫茶がオープンするんだ! 奇跡だと思わないか!?」


 やたら興奮して熱弁を振るう、ヤッス。

 完全にオタク心に火がついている。


「確かに伊能市の快挙だな。けど朝っぱらから俺ん家まで伝えにくるような内容じゃなくね?」


「いや、これから良かったら一緒に行こうかなって……ユッキだって嫌いじゃないだろ?」


 うん、ぶっちゃけ超気になる。

 しかし、俺は大切な杏奈とデートなんだ。

 儚い幻想を追うより、当然現実の方リアルを優先したい。


「……ごめん、ヤッス。実は先約があるんだ……これから杏奈とそのぅ、約束しているんだ」


「そうか、実に残念だ……ガンさんにメールで誘ったけど『人見知りの俺が、初対面のメイドさんと何を話していいかわからないから遠慮する』と断られたよ……ユッキならノリがいいから付き合ってくれると思ったんだけどな」


 ガンさんはメールで済ませているのに、なんで俺だけ直で誘いに来やがったんだ?

 すると、ヤッスはこんな事も口走ってきた。


「――しかし、『ギリC』と二人のみとは……少し気まずいな」


「ギリC? 誰だよ、それ?」


「秋月 音羽だよ。奴も『ジャスピア』推しでフリフリ衣装を好んでいたからな。昔の馴染で誘ってみたら思いの外ノリ気になったんだ。ならユッキも野咲さんを誘ってと思ったんだが……」


 あの秋月が?

 クラスだと全然イメージがつかないけど、彼女も小学まではヤッスと気が合うほどのオタクだったと聞く。

 リア充グループと色々あって距離を置くようになってから、なんだかんだヤッスとの関係性が修復されているようだ。


 ちなみに『ジャスピア』とは、かれこれ何十周年も続く美少女系アニメの王道と呼ばれる有名作品でもある。

 正式名は『トウィンクルまじかる・ジャスティスピュアーズ』だ。


 それは置いといて……ヤッスの思惑を察すると秋月を誘ったまでは良かったもの、これまで疎遠だった分、いざ何を話して良いものか奴なりに迷いがある感じか?

 俺なら秋月にそれなりに信頼されているし、親友の杏奈にぞっこんなのも彼女は知っている。

 要は俺と杏奈を同行させることで、Wデートという形で気まずそうな場を少しでも和ませたいってわけだな。


 悪くなくね?

 まぁ、デート先がメイド喫茶ってのはどうよってところだけど、伊能市初のオープン店だし一度くらい行っても思い出作りになるだろう。

 アレだったら別の場所に移動すればいいだけのことだ。


「――わかったよ、ヤッス。まだ行先とか決めてなかったし、杏奈も秋月と一緒なら安心してくれるだろう」


「本当かい? いやぁ助かったよ、ユッキありがとう! やっぱ、持つべき者は大親友だなぁ……いやマジで」


「いいよ。その代わり秋月のこと『ギリC』と呼ぶの禁止な。あとデート中は『おっぱいソムリエ』も控えてくれよ」


「……善処しよう。しかし、『おっぱいソムリエ』は僕にとってキャラ付けの生命線と言えるアイデンティティだ……つい口走ってしまったら、その時はすまない」


 キャラ付けの生命線って何よ? んなのアイデンティティにすんなよな。

 それさえなければ、ぱっと見は知的で涼し気なイケメン風でそこそこモテそうなのに勿体ない。


 何はともあれ、急遽Wデートとなった。


 後々愚痴られたら嫌なので、ガンさんにメールしてみると誘いに断ったのは気乗りしなかっただけじゃなく、紗月先生ことアゼイリアの工房の手伝いをお願いされていたこともあったようだ。

 なんでも昨日手に入れた素材で色々な武器を造るのだとか。

 また誰かに高額で売りつけるのだろうと思った。



 一時間後。


「おはよう、真乙くん。安永くんも誘ってくれてありがとう」


「まさかプライベートで幸城と一緒に過ごすとはね。なんか新鮮だね……杏奈も一緒だし、嬉しいよぉ。安永と二人きりだったら、どうしようって思ったけど」


 俺とヤッスは駅前の待ち合わせ場所で、杏奈と秋月の二人と合流した。


「おはよう、杏奈。秋月もこうして一緒に遊ぶのって初めてだからな。まぁ初めての場所だし楽しもうよ」


「そっだねぇ。以前は助けられたし、幸城と親睦を深める意味でもいいかな。安永はメイドさんに変なこと言ったら駄目だからね!」


「安心しろ、ギリ……いや秋月よ。ユッキにも控えるように言われている。しなしながら、リサーチは自然と働いてしまう。それが『ソムリエ』としての性だと思ってくれ。だが勘違いするな。けっして視姦ではなく、あくまで見定めるための正当な評価だということを――!」


 てか正当な評価って何よ?

 不謹慎な行動をした時点で即出禁になると思うけどな。

 

 その秋月はポニーテルがよく似合う小顔な彼女らしい、半袖シャツにホットパンツという夏らしく活発そうな私服姿だった。

 普段学校ではお目にかかれない、ヒールが高めの夏用サンダルに色白で柔らかそうな素足を披露している。

 前周じゃ嫌な女としか見てなかっただけに、こうして改めて眺めると中々の美少女だと思う。


「安永、相変わらず変態だね……幸城、どうしてこんなのと仲が良いの?」


「音羽、失礼だよ……安永くんだって良いところはあると思うよ」


 心優しい杏奈は親友の失言を嗜めている。

 けど、ヤッスの良い所を具体的に言わないところが控え目な彼女らしい。

 いや正確には「まだ見つけていない」あるいは「見つからない」と考察するべきか。


 そんな杏奈も、ゆったりとしたノースリーブのタンクトップに膝上までのフレアスカートと柔らかそうなフェミニン系を好むコーデだ。

 彼女も乳白色の肌を持つだけあり、露出した華奢な肩や脚線美が可憐でつい守りたくなる。

 俺の職種が盾役タンクだけに尚更ってやつ。



 みんな揃ったところで、噂のメイド喫茶へと足を運ばせた。

 チラシによると繁華街に開店されたとか。

 普段は夕方から夜にかけての営業らしいが、オープン記念とのことで夏休み期間は日中も行っているらしい。


 目的地のビルに辿り着くと、それっぽい看板の前で大勢の男達が列をなして並んでいた。

 如何にも共通の趣味を持つ同志とする連中ばかりだ。

真夏の日差しに照らされていることもあり、やたら熱気がこもっている。

 男達は、杏奈と秋月を見るなり「おお~っ」と声を漏らした。

 どうやら彼女達をメイドと勘違いしているようだ。

 こんな美少女達がメイドなら確かに盛り上がるかもしれない。


 そんな男達のむさ苦しい圧に、杏奈は怯えてしまい秋月は迷惑そうな表情を浮かべている。

 二人は無言で俺とヤッスの背後に隠れ一緒に列に並ぶ。


「杏奈、怖い? やっぱこーゆーところ合わないか?」


「ううん……真乙くんが守ってくれると信じているから大丈夫だよ」


 なんて可愛いことを……鉄壁以上の防御力VITで絶対に守るからな!


「安永も男なんだから、ちゃんと守ってよね……」


「任せろ、秋月。僕もそれなりに鍛えているつもりだ。いざとなったら火炎系魔法で仇名す者を業火で燃やし駆逐してやる」


「ふ~ん、楽しみね。けど暑いから風属性にしてよね~。その方が涼しいし~」


 ヤッスはガチで言っているが、秋月はいつもの厨二病としか捉えてなく冷めた口調で流している。

 流石に「そいつ本物の魔法士ソーサラーだからシャレにならんよ」とは言えない。


 少しの間、待っているとビルから執事風の格好をした一人の店員が出てきた。

 すらりとした高身長で随分とイケメンな兄さんだ。見た目からして20代半ばくらいか。

 黒髪を綺麗にサイドで分けており銀縁眼鏡を掛けていた。切れ長の双眸を持つ上品そうで端正な容貌といい、燕尾服がよく似合っている。


「間もなく『リターニー』がオープンいたします。ご主人様方は整理券を持ってお待ちください」


 執事は穏やかな礼儀正しく口調で説明し、並んでいる列の先頭から順番に整理券を配って近づいてくる。

 俺とヤッスに整理券を手渡そうとした瞬間、彼は「ん?」と立ち止まった。


「……キミ達も来てくれたんだな。丁度よかったかもしれん」


 不意に口調を変えてくる執事。

 穏やかな声が一変し、どこか凛々しいトーンとなる。

 あれ? この声……聞き覚えがあるぞ。

 それに『リターニー』って言ったよな?


 俺は身を乗り出し看板の方を見る。

 可愛らしいメイドのイラストと共に店名が表記されていた。


 ――異世界メイド喫茶リターニー


 Returneeリターニー、帰国子女の意味であり“帰還者”とも和訳すことができる。


 ……そっか。

 やっぱ店名からして、もうアレじゃね?

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