第92話 中界層のボス戦

 ついに「中界層」の最深部、45階層に到達する。


 目の前には両開き式の古びた大きな鉄の扉があった。

 九つの首を持つ蛇が彫り込まれた不気味なレリーフといい、如何にもだ。


「――この扉の先には間違いなく、中界層のボスこと『ヒュドラ』が潜んでそうだな?」


「きっとそうだろう。どれ、俺が開けてみるよ」


 ガンさんは果敢に筋骨隆々の剛腕を活かし鉄の扉を押し開けようとする。

 出会った当初はどうしょうもないチキンハートだったけど、探索を重ねる度に随分と心が鍛えられ度胸も据わったようだ。


 あれ? でもまるっきりうんともすんともいわないんですけど?


「イワッチ。その扉、引いて開けるタイプだよん」


「え? ああ、そうか……香帆さん、教えてくれてありがとう」


 ガンさん、軽くボケかましているんじゃねーぜ。

 まぁ、少し緩い感じの方が俺ららしくて緊張感もほぐれるけどね。


 だが結局、ガンさんの馬鹿力により扉の片方が「バキィン!」と破損し、そのまま前方へと倒れてしまう。

 眺めていた俺達は「あ~あ」と溜息を吐いた。


「み、みんな……すまん。そんな冷たい目で見ないでくれ……ヘコんでしまうゃないか」


「別に責めているわけじゃないよ、ガンさん。どうせ時間が経てば勝手に修復されるんだろ?」


 俺はあっさりと言いながら開かれた空間を覗き込む。

 野球場並みに広々とした部屋のようだ。

 そこら中に毒沼があり、そこから薄い紫っぽい気体で満たされている。


 俺達は静かな動作で部屋に入り、さらに奥の方を見据える。


 ――巨大な何かが蹲っている。


 濃い紫色をした鱗の皮膚を纏った存在。

 巨躯を微かに上下に揺らし、それ以外は動きを見せる気配はない。

 眠りについているように見えた。

 にしてもデカい……まるで恐竜を眺めているようだ。


「――階層ボス、ヒュドラだねぇ。異世界のダンジョンもそうだけど、ボス格のモンスターはああして寝ていることが多いから、上手く行けばやり過ごして下階層に行くこともできるよぉ」


 香帆が耳元で教えてくれる。

 相変わらず近くて吐息がくすぐったい。

 要は無用な戦闘を避けるため、あえて無視するという選択肢もあるってことだろう。


 しかし俺達【聖刻の盾】の目的は、この『ヒュドラ』にある。


「予定通り俺が先に戦ってみるよ! みんなは後方で待機してくれ!」


 俺は『雷光剣』を鞘から抜き、単独で前進する。

 寝込みを襲うのも気が引けるので、足元に転がる石を蹴ってヒュドラにぶつけた。


「ジャァァァァァァァァ!!!」


 途端、素早く身を起こして目覚めたヒュドラ。

 その禍々しい全貌を露わにする。

 九つの首をもつ巨大な大蛇だ。

 中央部分で首が枝分かれし、より隆々とした長い胴体と尾で頭部を支えている。

 やはり大きい……初めて目の当たりにするサイズだ。


 戦う前に《鑑定眼》で調べてみよう。



【ヒュドラ】

レベル48

HP(体力):435/435

MP(魔力):190/190


ATK(攻撃力):560

VIT(防御力):480

AGI(敏捷力):150

DEX(命中力):280

INT(知力):45


スキル

《侵食Lv.10》……スキルあるいは魔法などの効果を浸透させ増幅させる。

《自己再生Lv.10》……損傷した体の部位を再生することが可能。

《ボディアタックLv.8》……体当たり攻撃。ヒットする度にダメージ率+80補正。

《貫通Lv.7》……相手の防御力を無視して70%のダメージを与えることができる。

《咆哮Lv.3》……奇声を発することで30%の確率で相手を錯乱状態にする。


習得魔法

《上級 炎属性魔法Lv.5》

毒液嘔吐ポイズンボミットLv.10》……毒液を吐き「毒状態」にする。

溶解液攻撃ソリューションLv.10》……溶解液を吐き敵の装備や肉体を溶していく。



 うん、やはり階層ボスだけのことはある。

 かなり能力値アビリティが高いぞ。

 以前、俺が斃した『魔改造ワーム』に少し似ている感じだけど習得魔法といい、特に技能系スキルで《貫通》を持っているのは厄介だ。


 そう考察していた直後、ヒュドラの九つある頭部の口が一斉に開かれる。

 俺に向けて濃厚な紫色の吐息ブレスが吹き付けられた。


「――《無双盾イージス》!」


 ユニークスキルを発動し、翳した掌から魔法陣の盾を出現させ拡大する。

 何の攻撃かは不明だが、とりあえず完全に防ぎきったと思った。


 が、


「ら、雷光剣が溶かされている!?」


 少しブレスに触れてしまったのだろうか。

 ブロードソードの切先が溶け始め、侵食するかのように剣身へと広がる。

 俺は慌てて剣を手放し地面に落としてしまった。

 溶解は柄のグリップまで達し、『雷光剣』はボロボロの状態になってしまう。


「これは《侵食Lv.10》のスキルか!? カンストしているから、少し触れただけでも強力な効果が発揮されているんだ!」


 俺は戦慄し、《無双盾イージス》を展開させたまま後退する。

 くそぉ! 気に入っていた剣だったのにぃ!


 などと思っていたのも束の間、ヒュドラは九つの頭部を活かし《ボディアタック》を仕掛けてくる。

 まるで巨大なボクシンググローブのようなラッシュ攻撃の頭突きを放ってきた。


 《無双盾イージス》で防ぎ切るも、ヒュドラの《貫通》スキル効果により俺の体力値HPが大幅に削られてしまう。

 ワンターンで九連発の猛撃に襲われてしまった。


「クソォ! だが次は俺のターンだ! 食らえ――《パワーゲージ》発動ッ!」


 俺はカウンタースキル技で応戦した。

 レベルも上がり《パワーゲージLv.3》となったので、補正+60ダメージが追加される。

 しかも俺が受けたダメージは「0」になる効果を持つ。


 跳ね返した攻撃エネルギーがヒュドラに直撃する。

 だが奴は斃されることはなかった。

 咄嗟に八つの首を巧みに絡ませ巨大盾のように前方へと掲げてきたのだ。

 それによって《パワーゲージ》の攻撃が八つの首に集中され、頭部ごと被弾し粉々に散開した。


 しかし唯一残された中央に位置していた頭部の蛇眼が妖しく発光する。

 直後、胴体部分から失った筈の八つの首が隆起するかのように生え揃い、瞬く間に頭部が再生されてしまった。


「《自己再生》スキルか……どうやら真ん中の頭部をなんとかしないと、奴は何度でも復元されるってわけか?」


 あるいは九つの頭を同時に破壊しないとヒュドラは斃せない。

 しかし《自己再生》スキルもカンストしている。だから修復が異常に早いようだ。

安易な攻撃は今のように即ガードされてしまうだろう……そうなったら今の俺でも危ないぞ。

 切り札である《パワーゲージ》も1日1回しか撃てないという弱点があるしな。

 それにあの《侵食》スキルもある以上、長期戦は避けたいところだ。

 『雷光剣』でもあれば麻痺効果を与えているうちになんとかなりそうだけど、この状況でやれるかどうか……。


 てか、こいつ強くね?

 いくら階層ボスとはいえ、上級冒険者でも斃すのが難しいと思うんだけど……。


「――マオッチは『奈落アビス』に愛されている説もあるからねぇ。こいつは通常のヒュドラよりも強化されているかもしんないよぉ」


 いつの間にか、香帆が俺の隣に立っている。

 まるで一切の気配を感じさせないとは、これが超一流の暗殺者アサシンの技量というやつか。


「俺と戦うため、ダンジョンの意志で用意された階層ボスってこと?」


「うむ、僕もそう思うぞ。ヌルゲーにしないよう、あえて試練を与えているかもしれん」


「ヤッスの言う通りだな! こいつは異世界のヒュドラよりも相当強力で手強いぞ!」


「なら私達も参戦するしかないわね! 同じパーティとして、マオトくん一人に試練を与えさせるわけにもいかないわ!」


 ヤッス、ガンさん、アゼイリアも前に出てきて俺と一緒に戦う姿勢を見せてくれる。


 うおっ、みんな……なんか嬉しいんだけど。

 やっぱり仲間っていいなぁっと思えてくる。


「よし、【聖刻の盾】全員で斃しにいくぞ! 防御は俺に任せてくれ!」


 俺は意気揚々と《無双盾イージス》を拡大させ防御範囲を広げた。

 ヒュドラは九つの口をこちらに向けて同時に炎を吐く。

 仲間達ごと覆う形で拡大された《無双盾イージス》によって完全に弾いてやるも、その威力は周辺の鍾乳石を溶かすほど強烈な攻撃であった。

 しかも《貫通》スキルの効果で、70%の威力が俺の体を蝕む。


【覚えたての魔法だ――《治癒の光キュアライト》×9ッ!】


 ヤッスの白魔法連発で、俺の体力値HPがほぼ元の状態まで回復した。

 まだ初級魔法のLv.1なので、威力の低さを連続魔法で補ってやがる。

 この男、普段はおっぱい大好きの変態紳士だが『速攻詠唱使いヘイスト・アリア』の称号は伊達じゃない。


 そうして俺が盾役タンクとしての役割を果たす間、香帆、ガンさん、アゼイリアの三人が素早く攻撃行動へと転じていく――。

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