第90話 迷宮階層のミノタウロス

 『奈落アビス』ダンジョンの30階層。

 石ブロックで敷き詰められた空間であるが、少し幅が狭まった感じだ。

 また通路は分岐している箇所が多く、時には行き止まりの箇所もあったりしてやたらムカつく。


「――ここ、さっきも通ったんじゃね?」


 俺は周囲を見渡しながら言った。

 さっきから同じ個所をぐるぐる回っているような気がしてならない。


「30階層は迷宮エリアらしいからねぇ……って、ヤッスゥは何してんのぅ?」


 振り向くと後方で、ヤッスが油性ペン手にして石壁に何かを書き込んでいる。


「マーキングですぞ。こうして印をつけておくことで、同じ箇所を周っているかどうか判明すると思いまして」


 おお、流石は知力値INTが高いだけある。

 ヤッスの癖に考えたじゃないか。

 けど、印と言う割には「リア充どもは氏ね」とかヘイトまで書き込んでいるのは何故だ?


「このダンジョン、壁の損傷とかって勝手に修復されるんでしょ? 意味ないんじゃない?」


 アゼイリアが言った通り、石壁に書かれた油性ペンの文字は5分くらいでスゥッと消失した。


「……なるほど、これは厄介ですなぁ。他の冒険者はどうやってクリアしているのでしょうか?」


「普通にギルド専用用アプリでルートがマッピングされているよぉ。見てみぃ」


 香帆がスマホの画面を見せてくる。

 う~ん、便利だけどロマンがねえ……。


「けど時折、ミノタウロスが意図的に通路を塞ぎ進路を変えていると『キカンシャ・フォーラム』で書き込まれていたぞ。最新版のマッピング情報でも注意した方がいい」


 ガンさんの言う通りだ。

 最新版とはいえ、どこかの冒険者が通ったルートを示しているだけだろうからな。

 てか、ミノタウロスってんなことまでするの?


「ほぼ嫌がらせじゃん……迷わないで行くにはどうすればいい?」


「パーティに《探索》スキルの高い『盗賊シーフ』や『斥候役ポイントマン』、それと精霊が導いてくれる『精霊使いエレメンタラー』が仲間にいるといいかもねぇ。あたしもハイエルフだから、土属性の精霊から導きを受けることができるよん」


 ならアプリ使おうとしないで早くやってくれよと指摘したかったけど、香帆の可愛らしい仕草に言えなかった。

 年上なのに、この辺が彼女のずるいところだと思う。


 香帆は土の精霊と交信し、次の階層へ行く進路を導き出した。

 ちなみに俺達では精霊を視認することはできない。

 彼女は異世界でエルフ族に転生した恩恵により、精霊の力の一部を行使できるようだ。

 それでも職種とする『精霊使いエレメンタラー』ほどの支配力はなく、魔力MP消費も激しいのだとか。


「やっぱ、ミノタウロス達によって若干通路が変えられているようだねぇ。けど迷いながらも出口に向かっているようだから、このまま進んで行けるよぉ」


「それじゃ、行こ――あっ!?」


 俺が言おうとした瞬間、《索敵》スキルが反応する。

 察知した場所をチラ見すると、前方の壁から誰かがひょっこりと顔を出している。


 随分と巨漢で顔がデカい奴……てか、もろ牛じゃね?


「ミノタウロスだ!」


 ガンさんは叫び、背負っていた巨剣のフックを外し果敢に構えた。

 以前と異なり、しっかりと戦意を見せてくれるので何だか頼もしい。


「レベル30か。俺達なら問題ない相手だ」


 何せダンジョンデビューしたての頃、一人で戦って勝利しているからな。

 でも戦闘後に魔力MP切れ起こして、コンパチのオッさんに助けられたけどね。


「だがユッキ……どうやら1匹だけじゃないようだ。奥側から複数の魔力が見える」


 ヤッスは片眼鏡の『魔眼鏡』で敵の数を見抜く。

 さらに《看破》スキルを使用し、10匹のミノタウロスが潜んでいることが判明した。


「そんじゃ、あれは囮だねぇ。ウチらの油断を誘って大勢でボコる気かなぁ?」


「きっと香帆さんの言う通りだろうね。ミノタウロスって『中界層』じゃ中ボス級のモンスターだと聞いたことがある。10匹となると厄介かも……」


「マオトくん、私に考えがあるわ」


 アゼイリアはコートのポケットから例の新作『手榴弾もどき』を取り出した。

 なんでも『魔撃手榴弾マナグレネード』と名付けているらしい。

 使い方は現実世界のそれ・ ・と同様、安全ピンを抜き目標地点に投げるだけ。



 ――ドォォォォン!!!



「ブギャァァァァァァ……」


 アゼイリアが投擲した『魔撃手榴弾マナグレネード』が炸裂する。

 こちらを覗いていたミノタウロスを吹き飛ばした。

 その威力は現実世界以上の破壊力であり、奥で隠れていた他のミノタウロス達も影響したようだ。


「ナイス、先生! まんまと敵の出鼻を挫いたねぇ! マオッチにイワッチ、突撃するよぉ!」


 香帆は『死神鎌デスサイズ』を掲げ突進する。

 俺とガンさんも「おおう!」と威勢よく叫び、彼女の後に続いた。

 ヤッスも後方支援に入り俺達に付与魔法を施し、能力値アビリティを向上させてくれる。

 

 通路の角を曲がり、香帆が出会い頭で跳躍し『死神鎌デスサイズ』の曲刃が唸りを上げた。

 疾風の如く、ミノタウロス3匹の首が狩り取られ牛頭が華麗に宙を舞う。

 

 ガンさんも続いて突撃する。

 隆々とした両腕で振るい上げた歪な形をした巨剣を掲げ、狼狽しているミノタウロスの頭上から一刀両断した。

 その勢いで、傍に居たもう1匹の胴体を横薙ぎで真っ二つにする。


 ヤッスの付与魔法で攻撃力を上げたとはいえ、流石は歴戦の高レベル組だ。

 普段はキャラに癖がありすぎて残念アレだけど、ガチになった時の戦闘力はやばすぎる。


 俺も負けてられない!

 視界にある敵モンスターの残りを瞬時に確認する。

 アゼイリアの『魔撃手榴弾マナグレネード』で斃され、菫青色アオハライトの『魔核石コア』が3個ほど転がっている状況。

 そして、行き止まりの通路で残りのミノタウロスが立ち竦んでいる。


「残り3匹か!? ならば――《無双盾イージス》!」


 まず俺は移動しながら片手を翳し、魔法陣で構成された最強の盾を出現させた。

 通路の石壁ぎりぎりまで、スキル盾を巨大化させていく。

 

【――迸る力の解放、燃え滾る脈動の熱火、《加熱強化ヒートアップ》ッ! さらに――我を導く情熱となり燃焼せよ、《点火加速イグナイトアクセル》ッ! 最後に――紅蓮の炎よ! 烈火の如く燃え盛り灼熱たる障壁と化せ、《火炎壁ファイアウォール》ッ!】


 次に補助強化魔法で自身の肉体と移動力のさらなる強化を図り、『無双盾イージス』炎を纏わせた。


「行くぜぇ――《シールドアタック》!」


 それはユニークスキル×魔法×技能スキルの必殺コンボだ。

 最後に残された3匹のミノタウロスに向けて、俺にとって最強攻撃技が解き放たれた。


「「「ヴゥギャァァァァァァ!!!」」」


 巨大化した『無双盾イージス』が猛進の如く炸裂し、3匹のミノタウロスは押し潰されながら業火の炎に包まれ、その肉塊が無残に弾け飛び消滅した。


 スキルを解除すると、陥没した石壁に三つの『魔核石コア』が成れの果てとしてめり込まれている。


「よし! レベル30の格上を3匹同時に瞬殺したぞ!」


 ヤッスの付与魔法で強化されたとはいえ、俺もデビュー当時から相当レベルアップしたからな。

 これまで色々なモンスターと戦ってきた経験は伊達じゃない。


「ミノタウロス1匹で50万円だから、10匹で500万円ね。ここに来るまで斃したモンスターと合わせると今日1日で1千万くらいは稼いでいるわねぇ♪」


 アゼイリアがニンマリと微笑ながら『魔核石コア』を回収している。

 もう先生、鍛冶師スミスじゃなくて思考が商人じゃん。

 おかげで勝利の余韻に浸れねぇ。


「しかし、レベル25で格上のモンスターを3匹も斃すとはな。しかも同時に一撃で……それって十分に偉業を達成していると思うんだが?」


「そっだねぇ。マオッチ、試しにステータス鑑定してみればぁ?」


「うん、わかったよ」


 ガンさんと香帆に促され、俺は《鑑定眼》を発動した。



――レベル27に上がりました。


SBP獲得:600



 え? 嘘、ガチで?


「レベル二つも上がってるぅぅぅ! しかもSBPの獲得600って何よ!?」


 いきなりの爆上がりに驚愕する、俺。

 自分自身のことなのに、いったい何が起こっているのかわからない。


「う~ん、まぁ。なんだかんだ、マオッチが一番頑張っていたからねぇ。それが全てSBPに反映したんじゃね?」


「美桜ちゃんからも聞いているけど、マオトくんって普段からもSBPの獲得が他の冒険者よりも群を抜いて多いらしいから、余計に輪を掛けたかもしれないわ」


「そ、そうなのかなぁ。嬉しいちゃ嬉しいんだけど……ははは」


 香帆とアゼイリアの見解に、俺は現実味が薄く愛想笑いを浮かべる。

 何はともあれ、これまでの頑張りが認められたようで誇らしく思えた。


「ということはユッキよ、目標だった『停滞期』をクリアしてしまったようだが、この先どうするんだ?」


「あっ」


 ヤッスの一言で、舞い上がり気味だった俺の思考が停止した。

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