第88話 露店商業ギルド
ひと悶着があった後。
ゴザックの案内で、俺達はわりと立派な館へと案内される。
なんでも、『分岐点』の町を取り仕切る事務所でもあるとか。
このゴザックという小柄なオッさん。
どうやら、この階層を運営する顔役であり、『露店商業ギルド』のギルドマスターであった。
「先程は大変失礼いたしやした。さぁ皆さん、せめての詫びです。どうかじゃんじゃん召し上がってくだせぇ」
円卓テーブルいっぱいに見たことがない料理が並んでいる。
洋食風そうだが、なんの素材を使用しているのか不明だ。
しかし、とてもいい匂いがする。少なくても毒とかは盛られてないだろう。まぁ俺は《毒耐性》スキルあるから問題ないけど。
「異世界の料理ね。懐かしいわぁ」
アゼイリアは郷愁に浸り微笑んでいる。
「異世界料理? これが?」
「へい、草食ドラゴンや飼育獣の肉でさぁ。香辛料も
ゴザックは香帆をチラ見しながら申し訳なさそうに説明している。
あるのかそれ……以前、ガンさんから聞いた話だと、大抵のエルフ族料理は通常の人間が食べられたものでは決してないとか。
「いらないよ。あたし、たまたま転生したのがエルフってだけで、そこまで故郷オンリーじゃないからねぇ。現実世界じゃ味覚もこっち側に戻っているしねぇ」
なんでもエルフ族は味よりも栄養面を重んじるあまりゲテモノ系が多いらしい。
確かに草食でベジタリアンのイメージがある。
そんな感じで、思わぬもてなしを受けた俺達はご馳走になることにした。
うん、普通に美味いぞ。
きっと異世界で姉ちゃんも似たような料理を食べていたんだろうなぁ。
これなら、そのままの味覚で召喚される「転移者」でも問題ないだろう。
「あのぅ、ゴザックさん。一つ聞いていいっすか?」
「はい、麗しき『
「真乙でいいです。この料理の食材って異世界からですよね? どうやって仕入れているんですか? 」
「この階層の飼育牧場や闇ルートからですわ。ここだけの話、日本政府を通して特殊公安警察からの横流しですぜ」
「え? 何、その違法っぽい感じ……?」
「どういう
なるほど、だから露店で売っている大抵のモノは高額なのか?
けどよく考えてみたら、そこに日本の法律なんて存在しないから別に問題ないだろう。
俗にいうウィンウィンの関係ってやつだ。
「ってことは、ゴザックさん達って『零課』から委託されてダンジョンに住んでいるんですか?」
「『零課』はあっしらの監視役であり、あの人達からの委託ではありやせんが、まぁそんなところですわ。特にあっしらのようなスジモンの“帰還者”が稼ぐにはこういうところ活動するしか道がないんですわ」
ゴザックが言うには異世界で何かしらの悪行に手を染めた者や、現実世界においても軽犯罪を犯した社会不適合の“帰還者”は、エリュシオンのギルドでブラックリスト入りされ冒険者として登録することができない。
そんなワケあり“帰還者”達の救済策として、各『分岐点』階層の住人となり訪れた冒険者を相手に商売をすることが認められている。
なのでゴザック達はダンジョンに住み込みで日銭を稼ぐ商売人であり、特殊公安警察の「協力者」でもあるようだ。
「まさに戦後の闇市みたいな階層ですな。しかし『
ヤッスが
「へぇ(何、この片眼鏡のガキ……レベル15(Lvアップ済み)の癖に
「近くに大きな湖もあったから水にも困らないだろうし、ダンジョン内で自給自足が可能ってわけだ……凄いなぁ」
「へぇ、真乙の坊ちゃん。ですがあっし……こう見ても既婚者でして、時折家族が恋しくなるんですわ」
「え? ゴザックさん、結婚しているの? それは切ないね……」
「しかも月1回とは……なんだか罪人扱いで不憫ですなぁ」
「まぁ監視者である『零課』から許可をもらい、月1回と正月ぐらいは休暇をもらい地上に戻るようにしておりますがねぇ……これが嫁と子供ですぜ」
俺とヤッスが同情する中、ゴザックは懐からスマホを取り出し家族の画像写真を見せてくる。
なんかモデルみたいな綺麗で若い女性と可愛らしい五人の子供達が写っているんですけど。
「嫁は園子といいやして元読者モデルやってたんすわぁ。あっしが土下座して付き合い始め、そのままデキ婚すわぁ。あと勢いづいて子宝に恵まれたってやつすね~」
しかも「分岐点」階層の稼ぎは下手な「初界層」で冒険者しているより非常に良いらしい。
さらにゴザックのようなギルドマスターだと、地上でも豪邸や別荘まで所持しているとか。
「この猿ッ、とんだリア充じゃないか!? 同情して損したぞ、舐めんなコンチクショウめぇぇぇ!!!」
ヤッスはブチギレ座席から立ち上がる。
この男、相変わらずリア充嫌いだ。
「すんません! あっし自慢するつもりは微塵もなかったっすわ! ホンマですぜ、堪忍してくだせぇ!」
レベル15の
けど、どうしてスジモンの嫁さんって大抵綺麗な人が多いんだろう……どうでもいいや。
「ヤッス、別にいいだろ? いちいち他人の幸せを妬むのはお前の悪い癖だぞ(俺には杏奈と付き合えればそれで大満足だから妬む理由なんかねーし)」
「う、うむ、すまん、ユッキ……僕としたことがつい。どうも中学時代のトラウマからか、リア充アピールでマウントしてくる輩を見ると無性に腹が立ってくるんだ」
なんかわかるわ、それ。
俺も中学時代のトラウマを抱えているだけに……だからヤッスと気が合うんだろうな。
でも一緒だと思われたくないから黙ってるわ。
「マオッチ、お腹もいっぱいになったし、十分に休んだからそろそろ行かない~?」
「そうだね。んじゃ、ガンさんにアゼイリア先生、ヤッスも30階層に行くぞ」
「わかったよ、ユッキ」
ガンさんは席から立ち上がると、ゴザックが「あのぅ」と口を開く。
「――ガルジェルドの旦那、『ドックス』って魔族を知ってやすか?」
「ん? 知らないな……誰だ、それ?」
「あっしらと同じ
「……すまん。覚えてない」
だろうな。
ガンさんって確かその時、《
傍に居合わせた勇者リューンごと殲滅するほど理性がブッ飛んだ状態だった。
たとえ幹部だろうと、ガンさんだっていちいち確認している心境と余裕はない筈だ。
「それで、そのドックスって奴がどしたんだ? “帰還者”ってことは実は生きていたってのか?」
「いえ、確かにドックスは最終決戦でガルジェルドの旦那に葬られました。しかし、ドックスは邪神メネーラによって魔族に転生されたことで、不死の加護スキルを得ていたとか。連中の間じゃ《
なんだって?
まるで渡瀬の協力者だった『吾田 無造』と同じ境遇だ。
現実世界では住職だったが、異世界では闇堕ちした“帰還者”であったとか。
そいつも『暗黒神ヴァルサム』を崇めた加護で不死の肉体を得ていたらしい。
ただし不死なのは異世界にいる間だけで、現実世界ではその加護は得られないようだ。
「だったらギルドのブラックリスト入りしているでしょうね。この階層にいるってわけ?」
アゼイリアの問いに、ゴザックは首を横に振るった。
「いえ、姐さん……奴は帰還して間もなく死んだと聞きやした。ですが、ある男があっしらの仲間に『実は生きている』と漏らしていたとか。まぁその男も一年前に銀行強盗を目論み、『零課』に見つかって粛清されたんですがね」
「ちょっと待ってくれ……その粛清された男って、『名倉 大介』のことか?」
「ええ、真乙坊ちゃん。その通りでさぁ……なんでもドックスと名倉は同じ浮浪者仲間で、その銀行強盗未遂にも一枚噛んでいたとか。あっしらもつい最近、『とある方達』のご依頼で情報を集めている時に知った話ですらぁ」
「とある方達の依頼って?」
「あの『氷帝の魔女』様が率いる
フレイアだと?
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