第87話 分岐点の安全階層

「――ここが『分岐点』か?」


 石ブロックで加工された薄暗く狭い通路を渡りきると、ぱっと視界が明るくなる。

 一歩踏み込んだ高台から中世風の街並みが広がっていた。

 それは巨大な岩々に覆われたドーム状の洞窟内だと言える。

 しかしダンジョン内にしては昼間のように明るく、草木が生い茂り大きな湖も見られた。


 香帆が空色の瞳を細め、その光景を一望している。


「エリュシオンもそうだったけど、もろ異世界を意識した街の造りだねぇ。寧ろ向こうより整備された感じかな?」


「これもギルド、いや特殊公安警察の『零課』が管理して造らせた街なのか?」


「まぁ29階層のモンスターを一掃し安全階層セーフポイントにしたのは、日本政府が組織した専門機関だと聞いたよぉ。当然、裏方の『零課』も関わっていると思うけどねぇ。でもこの街自体は現地の住人達が造ったらしいねぇ」


 俺の問いに、香帆がスマホを操作しながら説明してくれる。

 どうやら例の掲示板『キカンシャ・フォーラム』からの情報らしい。

 

「住人? 雇われた職員とかじゃなくて、実際に住んでいるっていうのか? ダンジョンなのに……」


「異世界じゃ流れ者の冒険者やワケありが多かったけどね~。現実世界の『奈落アビス』はどうかなぁ? う~ん、スレが削除されているねぇ……個人情報関連かなぁ?」


「そうか……まぁ、行けば何かしらわかるだろう」


 俺はあっさりと言い、仲間達と共に湾曲に削られた岩の斜面階段を降りて行く。


 街には色々な店が並んでおり活気と喧騒に包まれている。

 エリュシオンと同様、全員が“帰還者”のようで色々な姿をした種族で溢れていた。

 俺達と同じ冒険者パーティ達も多く見られる。

みんな「中界層」の中間地点まで到達しただけあり、強そうな装備と雰囲気を醸し出していた。

 きっと、相当な高レベルのパーティであるのは確かだろう。


「そこの冒険者の兄ちゃん! 寄ってかないかい! どれも効果抜群だよぉ!」


 露店を開いているオッさんが俺に声を掛けてくる。

 右頬に十字傷のある筋肉質の男だった。

 どうやら回復薬ポーションを専門に扱う道具屋のようだ。


「なになに……げぇ! 小瓶の『HP回復薬エリクサー』が1万円だと!?」


 通常なら1千円で買える価格だ。

 噂通り、ぼっただと思った。


「話にならないわ……装備不足の状態なら仕方なく買っちゃうってところだけどね」


「泣き寝入りという奴ですな、クィーン」


 アゼイリアの呟きに、彼女を尊敬(Jカップの爆乳に)するヤッスが同調している。


「けどダンジョンの中だから、現地でしか手に入らないマニアックな武器やアイテムがあるんじゃないのか?」


「ガンさんの言う通りだねぇ。エリュシオンじゃ、まず入手困難なモノはあると思うよ~ん」


「ならモンスターの素材とかあるかしら? それなら鍛冶師スミスとして興味あるけど……」


「みんな初めて来た階層だし、せっかくだから少し見て回ろう」



 それから俺達は立ち並ぶ露店を順番に見て回る。

 色々な店舗があり飲食店は勿論、ちょっとした舞台劇場や酒場まであるようだ。

 にしても……。


「随分と広い階層だなぁ、とてもダンジョンの中とは思えない。この調子じゃ一日以上はかかるぞ」


「それにユッキ。慣れ親しんだ賑わいといい、どの店も次第に祭りの『的屋』に思えてくる……現に店主の大半が強面でガラが悪そうだ」


 ヤッスの言いたいこともわかる。

 すし詰め状態の露店や店舗といい、なんだか戦後の闇市っぽいイメージだ。

 おまけに大抵の店主や店員達の目つきが悪く、とても真っ当な堅気とは思えない。

肉体もたくましく、「初界層」でナンパ待ちしているチャラそうな冒険者より余程屈強に見える。

 一応は客商売だから気さくに声を掛けてくれるし、やたら愛想がいいのが幸いだけど。


「――おう! テメーら今日も繁盛してっか!?」


 不意に威勢のいい男の声が響き渡った。


 視線を向けてみると、背広を着た10人くらいの男達が雑踏を掻き分けて歩いてくる。

 特に中央で最も背が低い小柄な中年の男が風を切るように歩き権勢を振るっていた。

 ぱっと見で小人妖精リトルフと間違うところだったが、れっきとした人間のようだ。

 だがどこかひょうきんな猿顔であり、左目に黒い眼帯をつけている。

 中折れ帽子ソフトハットを斜めに被り、やたら長いマフラーを首に掛けて地面すれすれで垂らしていた。

 如何にも「俺がボス猿」……否、顔役と言わんばかりだ。


「――あいつは、ゴザック!?」


 珍しくガンさんが大声を発している。


「ゴザックって? あの眼帯の小柄なおじさんのことかい?」


「そうだ、ユッキ……俺と同じ災厄周期シーズンの冒険者であり、異世界では山賊団の頭領だった男だ。“帰還者”だとは聞いていたけど、まさかこんな所で会うとは……サッちゃんは知っていたのかい?」


「まさか知らないわよ。そう言えば彼、転生前は暴力団の幹部とか豪語していたわね。王聡くんに戦いを挑んでボロ負けしてから消息不明だったけど……ここで何をしているのかしら?」


 ほう、ガンさんとアゼイリアと同じ災厄周期シーズンの“帰還者”か。

 元暴力団、つまりヤクザってことか?

 二人じゃないけど、どうして『奈落アビス』ダンジョンにいるんだ?


 そのゴザックと呼ばれた眼帯男は、大威張りで歩きながら近づいてくる。

 チラっとこちらと目を合わせた途端、何故か足を止めた。


「……ガ、ガルジェルドにアゼイリア!? う、嘘、なんでここに!?」


 右目を見開き大口を開けたまま、ちっさい体を小刻みに震わせている。

 そういやこのオッさん、ガンさんに戦いを挑んでボロ負けしたんだっけ。


「やぁ、ゴザック……いや年上だから『さん』を付けた方がいいかな?」


「い、いえ、呼び捨てで構いませんよ……はい」


「んだぁ、テメェ!? でけぇ蛮族戦士バーバリアンが、コラァ! 誰に向けてタメ口をきいてんだ、ああ!?」


 隣に立つ如何にも若そうなチンピラ風の男が、首を上下に振って威嚇してくる。

 声を掛けた、ガンさんに食って掛かろうとした。


「キャァァァ、やめろぉぉぉぉ! この方は伝説の『勇者殺しの狂戦士ブレイヴキラー・バーサーカー』様だぞぉぉぉ!!!」


「ぶほぉぉぉぉっ!」


 ゴザックは悲鳴を上げながら高々と飛び跳ね、男の後頭部にハイキックを食らわせ倒した。

 チンピラの男は白目を向いたまま痙攣している。

 しかしゴザックは攻撃を緩めず、気を失っている男の顔面を徹底的に何度も踏みつけていた。


 ガンさんにびびっている割には、やたら強いオッさんだ。

 《鑑定眼》で調べて見ると、レベル47もある上級者の冒険者だと判明した。


「ゴザック、その辺にしたらどうだ? いくら何でも可哀想だ……」


「はい、ガルジェルドさんがそう仰るのであれば」


 ゴザックはピタッと攻撃をやめ、ガンさんに会釈して見せる。


「それに改まらないでくれ。今の俺はレベル33までダウンしている。帰還してから9年間もサボったつけのレベルダウンだ。だから今のあんたの方が冒険者として格上の筈だろ?」


「ええ、お噂はかねがね聞いております……ですが貴方はレベルが爆上がりするスキルをお持ちでいらっしゃる。異世界でも、あっしが組織した屈強の山賊団も貴方様一人に壊滅させられました。あっしは幸運にもこの傷だけで済み、逃げ遂せることができた次第でして……はい」


 ゴザックは言葉を選びながら、左目の眼帯を指先でなぞった。

 あの片目、異世界でガンさんにやられたのか?

 奴が言うように《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》を発動したガンさんは、レベル20上昇する上に理性がブッ飛んで容赦がなくなってしまう。視界に映る者を完全に駆逐するまで狂戦士化バーサークは終わらない。

 寧ろ片目を失うだけで済んで運がよかったと言えるだろう……。

 

「あれ? けど帰還したら、その左目も元の状態に戻る筈でしょ? あと回復士ヒーラーに頼めば欠損してない限り大抵の傷は蘇生される筈よ」


「ええ、BJ……じゃなかったアゼイリアの姐さん、その通りでさぁ。この眼帯は、あっしの戒めでありトレードマークというか……迫力あってカッコイイぞ的な。まぁ、そんな感じで今も着けている次第です」


 何気にアゼイリアを『BJ』と呼ぼうとする、ゴザック。

 おまけに帰還を果たした際、左目も回復して実は見えているようだ。


「つまり彼も我らの同胞、『厨二病』ということだな、ユッキよ」


「俺はオタクだが厨二病じゃない。勘違いしないでくれよ、ヤッス」


 まぁでも、この格好をしている時点で説得力はないけどね。

 それを言うならみんなも一緒か……。


「ねぇ、ちっさいオジさん。さっきまで偉そうにしていたけど、アンタはこの階層のなんなのぅ?」


「んだ、このギャルっぽい生意気なエルフ女はぁ? 娼館に売るぞぉ、テメェ!?」


「お、おいゴザック! 悪いこと言わないからやめろ! 彼女は『疾風の死神ゲイルリーパー』のファロスリエンだぞ! 俺なんかより遥かにヤバイ女子だからな!」


 ガンさんに制止を呼び掛けられ、ゴザックは再び硬直した。

 瞬く間に顔色が青く染まっていく。


「へ? 『疾風の死神ゲイルリーパー』……って、あの『刻の勇者タイムブレイヴ』の相棒で、魔王すら超危険視されていたという暗殺者アサシン……マジで?」


「アンタらにどう思われているかは勝手だけど、売られた喧嘩はとことん買う主義だからね。どうする、あたしとバトルするのぅ?」


「い、いえ、滅相もございません! ファロスリエン様、大変、失礼致しましたぁぁぁぁ!!!」


 ゴザックと子分の男達はその場で跪き、地面に額を擦りつける。

 香帆に向けて潔く見事なまでの土下座を披露した。

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