第81話 暗黒の潜入者

 美桜は《アイテムボックス》の魔法陣を出現させ、四本のロープを取り出した。


 【聖刻の盾】のリーダーである美桜から指示を受け、香帆とガンさんが「時を停止」させた四人をロープで縛り拘束している。

 その者の抵抗力レジストにもよるが、60秒間はこのままの状態らしい。


「真乙に斃された二人は……その必要がなさそうね。まぁ私達側・ ・ ・ ・は何かする必要はないでしょう」


「姉ちゃん……ありがとう。助かったよ」


「別にピンチだったわけじゃないでしょ? お姉ちゃん、雑魚に時間を割くのが嫌なの。きっと《時間反逆タイムリベリオン》も、この性格が反映して発現したユニークスキルなんでしょうね」


 なるほど、そういや姉ちゃんって無駄に時間を費やすのを嫌う性分だった。

 我が姉ながら末恐ろしい限りだけどな。


「そういや、姉ちゃん。どうしてこんな事態になっているってわかったんだ? 香帆さん、メールでもしたの?」


「あたしじゃないよ~ん。美桜じゃないけど呼び出すまでもなかったしょ~」


「ちなみに俺でもないからな。まぁ俺なら美桜さんより、教師であるサッちゃんの方を呼ぶけどな……きっと面倒がられるだろうけど」


 香帆だけじゃなく、ガンさんも違うと言っている。

 ヤッスは気を失ったままだしな。

 

あいつに・ ・ ・知らされたのよ……」


 美桜は苦り切った顔で、通路側に視線を向ける。

 俺も釣られる形で振り向くと、一人の男が何食わぬ顔で歩いてきた。

 

 銀縁眼鏡を掛けた白髪の老人で、作業服を着用していることから用務員のようだ。

 それにしては見かけない顔だと思った。

 首に黄色いタオルを羽織り、さらに腰が悪いのかやたらと前屈姿勢で歩いている。


「ふおっ、どうやら間に合ったようじゃのぅ」


「わざとらしい喋り方ね。現実世界の老人は、もっと普通に喋るわよ」


 美桜から指摘を受け、用務員は「チッ」と舌打ちする。


「――仕方ないだろ、ミオ。俺はこの手の変装は得意じゃないんでね」


 しわがれた声から、若々しい声質に変わる。

 用務員は曲がっていた背筋と両膝をスッと伸ばした。

 かなりの長身だ。しかも足が長い。


「……あんた誰だ?」


「特殊公安警察『零課』のゼファーだ、真乙君」


 ゼファー? マジで?


「えっと……貴方の素顔は見たことないですけど、確か相当なイケメンの兄ちゃんだと聞いてますけど?」


「これは変装だと言ったろ? 今は用務員の『伊東 暗作くらさく』、御年60歳として黄昏高に潜入している。ちなみに本名ではないからな」


 どうでも良いことまで丁寧に説明してくる、暗黒騎士ゼファー。

 なるほど、昼休み美桜が話していた『零課』が本腰を入れて動くとはこの事だったのか。


「ミオから一通り聞いていると思うが、レイヤの足取りを掴むための潜入だ。しかし俺はあくまでオマケであり、本命の潜入工作員は別にいる」


「本命の工作員ですか?」


「明日になればわかる。俺は独自の探索中、偶然キミ達を見かけてミオに報告したまでのこと。こうして自分から正体を明かしたのは、キミら【聖刻の盾】と共同を組みやすくするためだ」


 ゼファーは説明しながら地面に倒れている大野と工藤、それにロープで拘束された四人のリア充達に近づく。


 特に拘束された四人は地面に座り込み、何故かぐったりと項垂れている。

 とっくの前に「停止ストップ」状態が解かれている筈だが、まるで生気を感じさせない。

 どうやら香帆が密かに何かを施したようで、一時的に『精神消失マインドダウン』状態に陥っているようだ。


 ゼファーは大野と工藤の制服の襟首を捲って「ふむ」と納得してみせる。


「……やはり『パラノイド』に寄生されていたのか。レイヤめ、情け容赦のない男だ」


「ゼファー、パラノイドって?」


 美桜が首を傾げた。

 異世界の勇者であった姉でさえも聞き覚えのないワードのようだ。


「善神側の“帰還者”である、お前らがわからないのも無理はない。悪魔デーモンと同様、本来は異世界とは別次元の存在だからな」


 ゼファーは俺達に手招きをし、捲っている首のうなじ側を指し示した。

 何やら黒い物体が引っ付いているぞ?

 ぱっと見は赤い双眸を持つ不気味な「蚊」のような蟲だが、倍以上のサイズで下腹部が異様に盛り上がった異様で奇形に見える。

 その細く長い口器は針の如く首に突き刺し、六本の脚部でがっしりと固定されていた。


「こいつが疑似人格の正体、寄生蟲型亜種モンスター、パラノイドだ。こいつに寄生されると脳が侵され肉体が乗っ取られてしまい、《寄生型能力強化パラサイティズム》というスキルを与えられた魔族となる。そして主の命に赴くまま戦うだけの魔族兵と化すんだ。嘗て、俺が仕えていた魔王も同じ手口で人間を魔族にして兵を増やしていた」


「けど体力HP魔力MPを使い切れば死ぬんですよね? それにこいつら、渡瀬として疑似人格を持っていました」


 俺の問いに、ゼファーは「あくまでも俺の憶測範囲だが」と前置きする。


「レイヤは闇堕ちした勇者であると同時に悪魔調教師デビル・テイマーとして魔改造を得意とする。おそらくパラノイドをティムした際、何かしらの改良を加え飼育したんだろう……飼い主の任意で疑似人格とスキルが発現される『作動型』としてな」


 ちなみに以前、渡瀬の自宅で保護した「レイヤ祖父」も同様の手口で疑似人格を植え付けられていたそうだ。


「てことはぁ、レイヤはこの学校のどこかに潜んでいるわけぇ?」


「いや香帆リエン、それはない。昨日ギルドで話した通りだ。この学校のどこかにレイヤの協力者がいる。きっとそいつだろう……ひょっとしたら悪魔デーモンを召喚した『召喚士サモナー』かもしれん」


「では寄生されたのは今朝の段階じゃないか? それなら大野君達の様子が可笑しかったのも頷ける」


 ガンさんの問いに、俺も同調して頷いた。


「だろうな……俺達の身近に、渡瀬の協力者がいるのは間違いない。同じクラス、あるいは同じ学年か……上級生や教師、その他の関係者だってあり得る。見方を広げたらキリがないぞ……クソッ」


「そこは俺達『零課』の仕事だ。キミ達【聖刻の盾】はこれまで通り勉学に励みながら、情報提供してくれればいい。明日、潜入する人物がその中継役になる」


 ゼファーは言いながら、ポケットからスマホを取り出し誰かに連絡し始めた。

 どうやら同じ特殊公安警察の部下であり、大野達を回収するよう手配しているようだ。


「知っての通り、彼らがこのままパラノイドに寄生され続けると命に係わってしまう。だからと言って無理に引き剥がすのも危険だ。その際に脳へ損傷を与える習性も、こいつらは兼ね備えている……したがって、一時的に彼らの身柄を預かり専門機関に除去を委ねるつもりだ」


「大野達は大丈夫ですか?」


「ああ、一日もあれば元に戻せるだろう……問題はマオト君、キミが二人に与えたダメージだな」


 ゲッ、まさかやりすぎだと言いたいのか?

 確かに前周のトラウマもあって、ついカッと頭に血が上ってしまった。

 けど、あのまま放置しても大野と工藤も《寄生型能力強化パラサイティズム》スキルの影響で死んでしまうだろうし、早期に解決する上でもやむを得ない部分もあると思う。


「すみません……半分は正当防衛ってことで、はい」


 俺は制服の腹部に開けられた穴を見せてアピールする。

 ゼファーは「冗談だ、気にしなくていい」と言ってくれた。


「既に誰かに聞いているとは思うが、“帰還者”だからって何でも粛清対象にはならない。特に自己防衛や人命救済の場合など目をつぶる場合もある。自業自得という言葉もあるからな。俺達『零課』が粛清する“帰還者”は、異世界の力を悪用する犯罪者やテロ行為に限られる」


 だったら最初から言うなよ!

 おたくのような謎めいたキャラが言うと冗談に聞こえねぇっつーの!

 まぁしかし、ゼファーなりに警告と釘を刺したのだろう。

 俺って不要なトラブルに巻き込まれやすいからな。


「真乙にそんなことしたら、私が真っ先にアンタを潰すからね!」


「だから冗談だと言っているだろ、ミオ。まったくしつこい女だ。特に弟のことになると見境ないよな……お前」


 ゼファーに呆れられ、美桜は「フン!」と鼻を鳴らしそっぽを向く。

 

「そういえば、レイヤの祖父はあれからどうしたの?」


「既に解放して今は介護施設に身柄を預けてある。彼は以前から認知症を患っており、レイヤがパラノイドを介して自分の疑似人格を刷り込ませたことで、通常の日常生活を送っていたようだ。したがって、それを取っ払った彼から情報を得ることはできない……二度と利用されることもないだろう」


 そうなのか……。

 渡瀬は両親に恵まれず、唯一引き取ってもらった爺さんもそんな状態なら、さぞ大変だったに違いない。

 異世界でも仲間に裏切られ闇堕ちまでしてしまう……そういった部分じゃ同情するべき部分もある。

 だからと言って、杏奈やクラスメイトを利用し巻き込んでいいってわけじゃない。


 そこだけは、この俺が全否定してやる!

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