第80話 歪んだ野心と本心

 俺の平手打ちにより、地面に叩きつけられ高速に転がっていく大野。

 校舎の壁にぶつかり止まった際には、既に頬を腫らし白目を向いて気を失っていた。

 

 いくら謎のユニークスキルで能力値アビリティが強化された身とはいえ、レベル25の俺が本気で攻撃したら流石に致命傷を与えてしまうので、そこそこ手加減したつもりだ。

 だが大野にとって、その威力は事故レベルのダメージに変わりない。

 渡瀬に何をされているのかわからないが、当分の間は目を覚ますことはないだろう。


 そんな大野の惨状を目の当たりにして、工藤とリア充達の青ざめ表情を強張らせている。

 先程まで見せていた余裕の嘲笑はすっかり消失していた。


 俺は地面に落ちている小刀を遠くへと蹴り飛ばす。

 リア充達を睨みつけ、「フン!」と鼻で笑った。


「なんだ? 俺がクラスメイト相手だと、狼狽えて手を出さないとでも思ったのか? ありえねぇな! 俺の大切な存在を傷つける奴は、たとえ神様が相手だろうと容赦しねぇぞ!」


 拳の骨を鳴らし威嚇する。

 基本、死なせなければなんとでもなる。

 こいつら全員再起不能にして『零課』に突き出してやればいい。そこで治療でも何でもしてくれるだろう。


「……青臭い奴だと思ったのに、意外と徹底しているんだな? まるで一度どこかで失敗しているような口振りに聞こえるが……少しは見直したよ、幸城君」


 工藤から発せられた言葉。

 いや、こいつの意識は『渡瀬 玲矢』で間違いない。


「お前、渡瀬だな? やっぱり、まだ伊能市にいるのか? どこに隠れている?」


「教えないよ……まぁ確かに今のボクは、『渡瀬 玲矢』の意識でキミと話しているが、実際はボク自身ではない。あくまで植え付けて再現・ ・した疑似人格さ」


「疑似人格だと?」


「ああ、爺ちゃんの時もそうだ。それがボクのユニークスキル――《想起破滅リコールベイン》。したがって『玲矢』本人の意志で喋っているわけじゃない。ボクがこれまで体験し獲得した知識と経験の下で構成された、もう一人のボクとも言える」


「……《想起破滅リコールベイン》? 他人に自身の人格を植え付ける能力……それがお前のユニークスキルの正体か?」


 俺の問いに、工藤は難色を示した表情で軽く首を横に振るう。


「う~ん。そうなんだけど、あくまで能力の一端かなぁ。時期が来たら教えてあげるよ」


「時期だと? 杏奈を邪神メネーラ復活の生贄にする日のことか!?」


 12月24日のクリスマス・イヴだ。

 四度もタイムリープを繰り返している美桜も「日程がズレたことはない」と言っている。

 そして杏奈は二度ほど渡瀬によって生贄にされたらしい。

 どっちも美桜の手引きで、俺と交際したこと要因かもしれないとか。


「……どうだろうねぇ。前にも言ったが、そこは『杏奈』次第ってところさ。実は他にも『生贄候補』もいなくもない。幸城君が言うように時期は決まっているし変更できないからね……それまで、ゆっくり選別しておくさ」


「その前にお前の本体を見つけ出して、必ずブッ潰す!」


「やれるもんならね――!」


 工藤は高々と飛躍し跳び蹴りを放ってきた。

 《寄生型能力強化パラサイティズム》という謎のユニークスキルの効果もあって、身体能力が大幅に上昇している。

 なんでも全能力値アビリティが+100補正されているとか。


 だが、


「関係ねぇ! 防御するまでもない!」


 俺は無造作に突進し、額で蹴りを受け止める。

 勿論、ノーダメージ。毛ほどもない。

 たかが+100補正如きで、俺の防御力VITを突破することは不可能。


「なっ!?」


「なっじゃねぇよ! いい加減、学べ――オラァ!」


 俺は拳を掲げ、工藤の腹部に向けて打擲する。

 一応は手加減したつもりだが、拳は奴の腹筋を貫かんと激しくめり込んでいく。


「ぐげえぇぇ!」


 工藤はヒキガエルの鳴き声のような悲鳴を上げた。

 俺は構わず、そのまま拳を振り下ろし地面へと叩きつける。

 背中を強打した工藤は「ぐほっ!」嘔吐すると、そのまま意識を失った。


 大野もそうだが、いくらスキル効果で防御力VIT補正されていても所詮は+100程度だ。

 素手の状態でも俺の攻撃力ATKは370ある。余裕で貫通するだろう。

 それに連中は能力値アビリティのみ補正されるだけで、体力HP魔力MPは依然のままだ。

 したがってフルパワーで殴ってしまうと殺してしまうので、相応の手加減をする必要があった。


 俺は呼吸を整えながら身を起こし、睨み付ける。

 グループの中心である二人を再起不能にし、残るは男子二人と女子二人。

 何でも無難にこなせるリア充達だが、俺の視点では際立って目立つことのないモブのような存在だ。


 しかし連中は怯えることなく、ニヤつきながら平然としている。


「おいおい、幸城君。二人ともクラスメイトだろ? 操られていることをわかっているのに酷くないか?」


「そうそう、もう少し手加減した方が良かったんじゃないかな?」


「まったく鬼だね。キミを優しい男だと思い込んでいる、杏奈に見せてやりたいよ」


「疑似人格のボク達を再起不能にしたって、本体のボクには一切影響ないんだけどねぇ」


 どいつも、しれっと渡瀬のような口調で言ってくる。

 見た目こそ変わらないが、奴の精神が分裂したようで何だか不気味な光景だ。


「これでも気を遣って加減している方だぜ。それにお前らも、ずっとそのままだと体力HP魔力MPが底を尽きて死んでしまうんだろ? そうなる前に止めてやるよ」


 だからこそ、この場で決着をつける。

 きっとそう時間は残されてないだろう。


「なるほど……この連中に配慮した上の強行か? その辺は、杏奈の言う通りということか……フン。こんな見栄えだけの薄っぺらい連中なんかのために気を遣う必要なんてないのに……」


 男子生徒の一人が言ってくる。


「ここは現実世界だ。法律があり、みんな平等に権利を持っている。お前こそ、いつまでも異世界の気分のまま好き勝手してんじゃねぇぞ!」


「確かに異世界に召喚され色々な連中に裏切られ、ボクは変わったかもしれない……けどそれだけじゃない。クズ親のこともあり最初からこういう気性だった。けど常に杏奈が傍にいてくれるから彼女の期待に応えるため、ボクは感情を抑え優等生を演じてきた」


「杏奈の期待だと?」


「ああそうだ。ボクにとって杏奈は『当たり前』のような存在だ。常に傍にいてわかり合って気を許せる大切な存在……それが幼馴染ってもんだ。そうだろ?」


「そうかもしれない……けどお前はそんな大切な存在を陥れ、『邪神メネーラ』の生贄に捧げようとしているんだぞ!」


「……本当は生贄なんかにするつもりなんてなかった。杏奈に『負の念』を植え付けて、異世界へ行く条件を満たすだけで良かったんだ。こんな糞しょーもない現実世界でなく、たとえ闇側でも異世界で気ままに暮らしたい……杏奈と二人なら、それが叶うだろうと思っていた」


「渡瀬?」


「だが、幸城 真乙! 貴様がボク達の前に現れてから全て狂った! 杏奈はお前に惹かれている! ボクから離れようとしている! そんなこと許されるか! ならばいっそ、邪神の生贄になればいい! 貴様と杏奈が一緒になることなんて、ボクは認めない! 貴様に奪われるくらいなら、ボクの手で杏奈の人生を終わらせてやるぅぅぅ!!!」


 疑似人格とはいえ、それが『渡瀬 玲矢』の目的であり本心だったのか……。

 俺と杏奈が付き合っていない未来では、彼女は異世界へと召喚され渡瀬と共に暮らしていたのか? 

 果たしてどういう生活を送ったのかわからないが……渡瀬の気性じゃ、杏奈を幸せにしたとは決して思えない。


 そして現在、俺と杏奈はいい感じになっていることで、渡瀬は凶行に走ったというわけだ。

 どちらにせよ、おぞましいほど偏執的で最低な身勝手野郎エゴイストに変わりない。


 こんな奴に杏奈の人生が狂わされてたまるか!


「うるせぇ! お前のようなイカレ野郎に杏奈は渡さない! 俺が彼女を守り幸せにする! そしてお前の目的ごとブッ潰す!」


防御力VITバカがイキがってんじゃない。幸城、貴様が優れているのは唯一そこだけだ。二流の冒険者程度なら中々の脅威だが、ボクのような勇者クラスとなれば――うぐぅ!」


 突如、喋っていた男の表情が強張った。他の男女も同様な反応を見せている。


 不意に背後から強烈な圧を感じた。

 俺は後方を一瞥すると、通路から一人の女子高生が歩いてくる。

 

「……随分と私の大切な弟を虐めているようね、屑レイヤ」


 姉の美桜だ。

 何故か手にモップが握られている。


「「「「タ、『刻の勇者タイムブレイヴ』!?」」」」


「すっとろいわ」


 連中が身構えた瞬間、既に美桜は俺の前に立ち間合いを詰めていた。

 早すぎてまるで気付かなかったぞ……何かスキルを使ったのか?

 

 美桜は手にしていたモップで、剣道でいう「面打ち」を四人の頭部に食らわせる。

 あまりにも速く華麗な攻撃に、連中は動きを止めていた。


 否、時を止められたかのように動けないでいる。


「――《時間反逆タイムリベリオン》の《停止ストップ》スキルよ。香帆にガンさん、今のうちに彼らを拘束してくれない?」


 どうやら本当に連中の時間を停止させてしまったようだ。

 

 もう姉ちゃんってばチートじゃん……。

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