第79話 怒れる盾役(タンク)

 放課後、紛失した杏奈と秋月の外靴。

 香帆の《探索》スキルで持ち出した連中の痕跡を辿っていると、予想外にも学校内にはいないことが判明した。


「この方向だと校舎裏かなぁ」


 しゃがみ込み、香帆はそう呟いている。

 彼女の瞳には連中の足取りが見えているようだ。


 疑わしいバスケ部の大野は今頃なら部活中か。

 工藤は部活に入ってないが、スポーツ万能で時折サッカー部の助っ人を任されていると聞く。

 他の仲間であるリア充達も何かしらの部活に入っている筈だ。


 ……では犯人はあいつらじゃないのか?


「どのみち追ってみるしかないな……俺達で探しに行くから、杏奈と秋月はここで待っていてくれ」


「真乙くん、わたしも行くよ……自分のことだし、そう迷惑掛けられないから」


「迷惑だなんて……困った時はお互いさまだろ? それに上靴も汚れるだろ?」


「うん、そうだけど靴は拭けば良いだけだから……万一、先生に見つかったら正直に言うから大丈夫だよ」


「杏奈も行くなら私も行く。やっぱ自分のことだしね」


 杏奈だけじゃなく秋月までも頑なに言ってくる。

 俺も「わかったよ」と了承し、全員で玄関を出て目的地へと向かった。



 校舎裏の奥側にゴミ置き場がある。

 そこに主犯と思われる連中が堂々と屯していた。


「――おいテメェら、そこで何してんの?」


 香帆がそいつらに鋭い眼光を飛ばす。

 彼女の反応から、この連中が杏奈と秋月の外靴を持ち出した犯人で間違い。


 しかし、


「……やっぱりお前らだったのか? 大野、工藤! それにみんなも……」


 そう、大野佑馬と工藤傑。他、同じグループのリア充達だ。

 特に大野と工藤は、証拠となる紛失した二人の外靴を持っていた。

 どいつも日頃の爽やかな雰囲気が微塵もなく、いやらしく不敵にニヤついている。

 まるで俺達が来るのを察していたような態度だ。

 しかしわざわざ部活をサボってまですることか?


「野咲、秋月ぃ、靴ぅ汚れているから、代わりに俺らが処分してやるよぉ」


 大野は吐き捨てるように言うと、工藤と共に外履きをゴミ捨て場に放り投げた。

 その光景を他のリア充達は「きゃははは、超ウケる~!」と嘲笑っている。


「ひ、酷いよ……」


「嘘でしょ……佑馬、傑……みんなも、どうしちゃったの? どうしてこんな……うっううう」


 杏奈は愕然と立ち尽くし、秋月は瞳に涙を浮かべ項垂れてしまう。

 そんな二人の姿に、大野達は「ぎゃははははは!」とよりエスカレートして高笑いした。


「大野ッ、工藤ッ、お前らぁ!」


 俺はカッとなり拳を握りしめ、奴らに詰め寄ろうとした。

 が、


「貴様ァァァァァッ!!!」


 なんとヤッスが逸早く、大野に掴み掛かって行ったのだ。


「安永ぁ!? こいつぅ!」


「佑馬を離せぇ、テメェッ! 中学の頃からキメェんだよ!」


「ぐふっ!」


 大野の襟首を掴むヤッスに、工藤が殴り掛かる。

 殴られたヤッスは吹き飛ぶ形で地面に倒れ気を失った。


「ヤッス!?」


 俺は驚愕しながらも、ある違和感を覚える。

 魔法士ソーサラーであるヤッスは、俺達【聖刻の盾】の中で最も攻撃力ATK防御力VITが低く、まだデビューしたての駆け出し冒険者だ。

 しかし勇者の眷属であり異世界の力で鍛えている以上、一般人の拳打を食らったくらいでそう容易く吹き飛ばされて気を失うなどあり得ない。


 工藤も運動神経が良いが格闘技の経験や技能スキルはない筈だ。

 最もリア充で通っている奴が誰かに暴力を振るい、ましてや殴り合いの喧嘩をするようなタイプでもない。

 それは大野や他の連中にも言えることだ。


「安永ぁ!?」


 秋月がヤッスに駆け寄って涙を零している。

 その姿に俺の怒りのボルテージがMAXとなった。


「工藤、テメェ! 何も殴ることねーだろうが!?」


「何ムキになっているんだよ、幸城君。先に佑馬に掴み掛かったのは、そいつの方だろ? 友達を守るため、あくまで正当防衛だよ……フフフ」


 工藤は俺を煽り立てるように嘲笑っている。

 大野や他の連中も同様にニヤついた態度だ。


 ――そうだ。その笑いだよ。


 タイムリープする前も、こいつらは今みたいに笑っていた。

 杏奈を迫害し虐めぬき、失踪するまでとことん追い詰めやがったんだ。


 たとえ渡瀬が仕組んだことだとしても関係ない!

 俺の大切な親友と女子ひとを傷つける輩は誰だろうと許さない!

 二度も同じ過ちを繰り返してたまるか!


「友達を守るための正当防衛と抜かしたなぁ? だったらヤッスを殴ったお前は俺に殴られてもいいって理屈だよなぁ、ああ!?」


 戦闘モードに入った俺が本気で殴ったら、工藤は間違いなく死ぬ。

 手加減しても交通事故レベルは免れないだろう。

 別にそれでもいい……しばらく入院でもしておけ。


 頭に血が上った俺は、もう後先のことを考える余裕がなかった。

 ニヤつく工藤に近づき、拳を掲げて振り下ろそうと構える。


「待って、マオッチ! そいつに手を出す前に、まずは《鑑定眼》で連中のステータスを見てみぃ!」


 香帆に強い口調で制止され、俺は動きを止めた。

 深呼吸して思考を落ち着かせながら、言われた通り《鑑定眼》を発動させる。


 すると工藤だけじゃなく、大野や全員のステータスにある変化が見られていることに気づく。

 レベルや能力値アビリティは、ホームルーム前に教室で閲覧した通り変わりなかったが、その際には表示されてなかったある項目・ ・ ・ ・が追加されていた。



ユニークスキル

寄生型能力強化パラサイティズム


〔能力内容〕

・寄生した宿主の能力値アビリティの全てを+100に補正する。

〔弱点〕

・急激な強化により肉体と精神の負担と疲労が強いられ、常に体力MP魔力MPが消費されていく。したがって残量数値が『0』になると死に至る。



「――《寄生型能力強化パラサイティズム》だと!? しかも大野と工藤だけじゃなく、グループの奴ら全員が同じユニークスキルを持つなんて!」


 ユニークスキルとは、その名の通り特有の個性であり唯一無二のスキルだ。

 血縁でない限り、同じ系統や似た能力があっても同一のスキルは存在しない。

 以前、渡瀬が調教して俺達に仕向けた『魔改造ワーム』は例外だとして……。


「普通はあり得ないよねぇ……だけど『寄生』とか『宿主』って気になるワードがあるね。ウチらのように自然に発現したユニークスキルじゃなさそうだよ」


「つまり香帆さん! 大野君達は『宿主』として何かに『寄生』された上で、同じユニークスキルを身に着けたというのか!?」


 ガンさんの問いに、香帆は「……多分ねぇ」と首肯した。


 寄生されて得たユニークスキルだと?

 だから皆、同一の能力なのか?

 しかも常に体力MP魔力MPが常に消費され、残量数値が『0』になると死に至ってしまうなんて、随分と悪質な強化能力だ。


「――駄目ぇ、真乙くん! 大野くんから離れてぇ!」


 突如、後方にいる杏奈が叫ぶ。

 咄嗟のことで何を言っているのかわからなかった。


 気が付くといつの間にか、大野がすぐ目の前に立っている。

 その右手に鋭利なナイフのようなモノが握られていた。

 いや少し違う、鉛筆や木工を削る時に使用する直刃型の『小刀』だ。


「!?」


「――幸城君、ボク・ ・の幼馴染を奪った報いを受けるがいい」


 大野の口から発せられた言葉。

 明らかに普段と異なる口調であった。


 俺の脳裏に、ある男の姿が浮かぶ。

 

 ――渡瀬 玲矢


 刹那


 俺の腹部が押される感覚があった。

 つい反応が遅れてしまい下を見ると、小刀の先端が制服を突き刺している。


「なっ……お前は!?」


 躊躇なく刺した大野を凝視する。

 とても爽やかなスポーツマンは思えない、冷徹な眼差しと微笑を浮かべていた。


「いやぁぁぁぁ、真乙くん!」


 杏奈の悲鳴が木霊する。

 彼女は蹲る俺に駆け寄ろうとするも、香帆が前に立ち塞がった。


「ごめんね、アンナッチにトワッチ――【闇の精霊シェードよ。この者らに静寂と闇の眠りを与えよ】」


 香帆は掌を翳すと、杏奈と秋月の影が盛り上がり野球ボールサイズの黒い球体が出現した。

 中心部に双眸のような赤い点が煌々と発光している。 

 こいつが香帆の精霊魔法によって召喚された『闇の精霊シェード』のようだ。


 シェードは杏奈と秋月の頭上を周ると、二人の頭部が漆黒の闇に包まれる。

 彼女達は意識を失い、糸が切れた操り人形のように力を失いその場で倒れてしまう。

 杏奈は香帆が抱きかかえ、秋月は気を失っているヤッスに覆い被さる形で蹲りもたれた。


「……香帆さん、精霊魔法で二人を眠らせたのか?」


「そっだよ、ガンさん。こっからはウチらの世界だからねぇ――マオッチ! いつまで刺されたフリしてんの!?」


「……別にフリしていたわけじゃないよ。親が買ってくれた制服に穴を開けられて、ちょっとショックを受けていただけさ」


 俺は大野の右腕を掴み、悠然と身を起こした。


「なっ! ゆ、幸城……貴様ッ!?」


「別に驚くことないだろ、大野。いやお前、渡瀬だろ? お前の爺さんみたいに意識を刷り込ませているのか? きっと工藤や他のみんなも同じ状態なのか?」


 俺は掴んだ大野の右手首を捻りながら持ち上げる。

 奴は苦痛の表情を浮かべ、小刀を地面に落とした。


 刺された腹部から出血は一切見られていない。

 つーか刺されてないし、寧ろ小刀の先端が折れている。

 戦闘モード時の俺に物理的攻撃で傷つけるのは不可能(称号補正+スキル効果にて、防御力VIT数値:合計10550)。

 けど制服に穴が開いてしまったのは事実だ。そこだけはガチでムカついた。


「い、痛てぇ! 離せぇ、幸城ぉぉぉぉ!!!」


「うるせぇ! 俺の防御力VITを舐めるなよ! たとえお前らが操られたとしても、こうして一線を越えた以上、俺だって容赦しないからなぁ!」


 俺は大野の右手を離し、そのまま奴の頬に強烈な平手打ちをお見舞いした。

 

「ぶほぉぉぉぉぉっ!!!」


 大野のイケメン顔は変形し吹き飛ぶ。

 高速に回転して華麗に宙を舞った。

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