第78話 天使の紛失事件

 一通りの相談を終え、俺達【聖刻の盾】は解散した。

 現在、午後の授業を終えて放課後となる。


 俺達が帰宅しようとした時、再び異変が起こった。

 下駄箱の前で、杏奈と秋月が何やら立ち竦んでいる。


「杏奈、秋月も、二人してどうしたんだ?」


「う、うん……真乙くん」


「私達の外靴が……見当たらないのよ」


「なんだって?」


 二人のロッカーを開け確認するも確かに上靴がなかった。

 これじゃ上履きのまま帰れと言っているようなものだ。


「どういうことだ? 何故、二人の靴が……」


「ユッキ、こんなのテンプレだろ? 何者かが外靴を隠したんだよ」


 ヤッスはきっぱりと言い切った。

 俺も中学時代で同様のことをされているだけに、内心じゃ「典型的な手口だ」とは思っていたけど、杏奈と秋月が不安がるから言わないでおいたのに……デリカシーのない男だ。


「ヤッス、人為的だと言うのか? 誰かが野咲さんと秋月さんに悪戯していると言うのか? なんでそんな悪戯をするんだ?」


 平和思考のガンさんはひたすら頭を傾げている。

 もう悪戯の範囲は超えているけどな。

 それに連呼して食いつく前に少し空気読んだほうがいい。


 お前らの言動で、杏奈と秋月は涙ぐみ不安そうに固まっているじゃないか。

 見ていて痛々しく感じてしまう。


「まだそうだと決まったわけじゃないだろ? 俺達で二人の靴を探してやろうぜ」


 俺の提案にヤッスは「うむ」と頷く。

 制服の胸ポケットから片眼鏡こと『魔眼鏡』を取り出し左目に掛けると、下駄箱の方を見据えた。


「……魔力らしきモノは見えない。渡瀬や協力者などの“帰還者”という線はないだろう。だとしたら魔法士の専門外だ。捜索系なら似たような職種ジョブである、『香帆様』にお願いしたほうがはっきりするんじゃないか?」


 そう小声で見解を述べ提案をしてくる、ヤッス。

 大野達の件があるからか、真っ先に渡瀬絡みの仕業だと疑ったようだ。


「香帆さんか……わかった。まだ教室にいる筈だからお願いしてみよう。ガンさんは杏奈達とここで待機してくれない?」


「わかったよ、ユッキ。けど俺も神妙な空気に感化され心が病んでしまいそうだ……野咲さんと秋月さんを元気づけさせるにはどうしたらいい?」


 思いっきり面倒くせぇことを訊いてくる、ガンさん。

 よく考えてみればミスチョイスの人選か?

 豆腐メンタルのガンさんなら、自分に関係ないことでも雰囲気に呑まれて一緒にヘコんでそうな気がしてきた。


 かと言って、ヤッスだと秋月との相性が悪すぎる。

 また杏奈におっぱいネタを言われ、清純な彼女が汚されてしまいそうだ。


「……心優しいガンさんだから頼むんだよ。気張らず二人の傍にいてくれるだけでいい。あれだったら一発ギャグで場を盛り上げてくれ」


「一発ギャグか……正直、バラエティー番組とか見ないからな。野咲さんと秋月さんに、異世界流のダジャレが通じればいいんだが……」


 何、真に受けてんだよ。冗談に決まっているだろ? 

 ところで異世界流のダジャレとか存在すんの? 

 寒いギャグだとかえって場が凍るからやめてくれ。


 俺はグダグダ悩んでいるガンさんを放置し、杏奈達に「すぐ戻るから待っててくれ」と告げて離れた。



 ヤッスと一緒に、二年の教室へと向かった。

 普通に廊下を歩いているだけで、何故か俺は上級生から注目を浴びてしまう。

 いや理由はわかっている……。


「あ、あれが幸城会長の弟か?」


「やっぱり姉弟だな……オーラが半端ない」


「ちょっとぉ。幸城会長も麗しくて美しいけど、弟くんもカッコ良くて素敵じゃない?」


 通り過ぎる度、二年生からそんな声が聞こえてくる。

 前周じゃ「あんな豚みたいな奴が弟? 嘘だろ……」などと奇異な眼差しで見比べられていたが、こうして痩せて鍛え上げた現代では同等の存在に思われているようだ。

 

 エリュシオンでも散々言われているし、今じゃどうでもいいけどな。


 そして香帆のいる教室に辿り着いた。

 丁度、彼女は一人で帰るところだったらしい。


「ん? マオッチにヤッスゥ、どうしたの? 美桜なら生徒会室にいるよぉ」


「あっいや、俺達、香帆さんにお願いがあって……」


 俺は簡潔に経緯を説明する。


「ふ~ん、なるほどね……ヤッスゥの言う通り、あたしも一応は《探索》スキルを持っているけど、あくまで暗殺者アサシンとしてだよぉ。盗賊シーフ探索者シーカーほどじゃないけどねぇ」


 香帆の言う探索者シーカーとは、冒険者を支援するサポーター職種のことだ。

 その名の通りダンジョンの地形を把握しモンスターの居場所を探り、『魔核石コア』や素材の回収や、休憩場所や食料の確保などあらゆる雑務をこなすこともある。

 戦闘面では仲間に様々なバフ効果を与えるスキルを持つ、万能な支援役サポーターとして知られている。


 香帆は軽いノリで「いいよぉ」と了承し、一緒に来てくれる。

 しかし香帆もその容貌から相当目立つ、金髪の女子高生だ。

 存在に華があるというべきか。

 彼女が廊下を歩く度、他の二年男子達の視線を奪っている。


「よぉ、水越! どこ行くのぅ?」


「んなガキどもなんて相手しないで、俺らとカラオケでも行かね?」


 いきなり派手な見た目をした二年の先輩男子達が馴れ馴れしく声を掛けてきた。

 香帆と同じ明るめの金髪で耳にピアスを付けている、如何にもチャラくて陽キャそうな連中だ。


「うっせーっ。テメーラ如きが、あたしのダチをディスるなよ。ダッセェ糞共が――氏ね!」


 キッと睨みつけヤンキーギャルぶりを発揮する、香帆。

 その剃刀のような鋭い眼光に、ニヤついていたチャラ男達は真顔になり「……す、すみません」と頭を下げて去っていった。


「さ、流石は香帆様ぁ、実に見事な撃退ぶりですぞ!」


「あたしも美桜とヤッスゥと同じタイプだよ~ん。ツルむ相手は選んで付き合うタイプってやつぅ~」


 香帆は一変した態度で愛くるしい笑顔を俺達に見せてくれる。

 特に彼女は警戒心が強いというか、相手によってキャラを使い分けする傾向があるな。

 信頼できる相手には緩い口調で甘えてくるけど、それ以外の相手には比較的にぶっきらぼうな態度だ

 確かに香帆が言うように、美桜とヤッスもその傾向がある。

 群れるのを嫌うというか……ある意味で強く憧れる生き方かもしれない。


 

 それから一階の昇降口、下駄箱へ辿り着く。

 きっと杏奈と秋月は不安がっているだろうと思った、


 が、

 

「――そういうワケで、俺は9年間の遅れを取り戻すため、真面目に高校を卒業して一人前の大人になりたいと思っているんだ。俺を引き籠りから脱してくれた、ユッキとヤッスには心から感謝している」


「そうなんだぁ。頑張ってね、岩堀さん」


「ありがとう野咲さん。あと俺のことは『ガンさん』と呼んでほしい」


「マジ、ガンさんの話を聞いていると靴がないくらいでヘコむ自分がバカらしくなってきたわぁ。けど幸城ってやっぱ優しいよねぇ。安永は……やっぱ変態だと思う」


 なんだか三人で和やかに話し込んでいる。

 純情の心を持つ26歳こと、ガンさんの影響だろうか。

 

「えっと、姉ちゃんの友達で探すの得意な二年の先輩を連れてきたんだけど……」


「ちぃーす、水越香帆だよ~ん。アンナッチ久しぶり~! そこのポニテの子は初見さんだねぇ?」


「は、はい! 秋月音羽です! 先輩、よろしくお願いいたします(ちょっと派手で怖そうな先輩だけど超可愛くてカッコイイ~ッ)!」


「んじゃ、トワッチだねぇ、よろ~」


 俺から秋月の評判を聞いているからか、初対面には比較的ぶっきらぼうな態度を見せる香帆が愛嬌のある人懐っこい微笑を浮かべている。


「それじゃ香帆さん、頼むよ」


「あいよ~」


 俺の頼みに香帆は軽い口調で了承し下駄箱の前に立つ。

 杏奈と秋月のロッカーを開け、軽く手を触れた。

 俺達のような鍛え上げた冒険者にしかわからない範囲だが、《探索》スキルを発動した彼女の瞳孔に魔法陣が映し出されている。


「……ふ~ん。誰かが持ち出したのは間違いないねぇ。あたしは専門外だから人物特定には至らないけど、複数犯ってところかなぁ?」


 複数ってことは教師の可能性は低い。

 黄昏高ウチでイカれてそうな教師は灘田だけだからな。

 ってことは、俺達と同じ生徒だということ。


 おい、まさか……。


「――大野達リア充共の仕業じゃないのか? 特に昼休みで、秋月への疎外ぶりは尋常じゃなかったぞ」


 耳元でヤッスがずばり言ってくる。

 俺も今、そう予想を立てていたところだ。


 グッと心の奥で怒りの衝動が込み上げてくる。


「……だな。あいつら確か部活でまだ学校内にいるよな?」


「ああ、だがどうする? 確たる証拠もなしに、周囲がいる中で奴らを問い詰めるのか? 僕はそれよりも、まず野咲さんと秋月の外靴を探すのが先決だと思うのだが?」


 以外と冷静なところもある魔法士ソーサラーのヤッス。

 知力値INTが高いのは伊達じゃないようだ。


「ヤッスの言う通りだ。香帆さん、杏奈達の靴がどこに隠されているかわかる?」


「う~ん、この痕跡を辿れば目星くらいはつくかもねぇ」


「わかったよ。それじゃお願いするよ」


 こうして香帆の案内で、俺達は犯人の痕跡を追った。

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