第76話 クラスの異変とクズ教師

「なんだって?」


 ヤッスの言葉に俺は眉を顰める。

 つーか、『おっぱいソムリエ』の変態紳士に「可笑しい」と言われているクラスってどんな状況なんだ?

 しかしあながち間違いではなかった。

 

 教室内がやたらと静かであり、さらには異質な空気が流れていることに気づく。

 原因は大野と工藤達、カースト上位とされる陽キャのリア充グループだ。

 彼らは自分の席で背筋を伸ばして行儀よく座っており、真っすぐ黒板側に視線を向けて微動だにしない。

 まるで一時停止されたかのように沈黙したままであった。

 どう見ても異様な光景に、他の生徒達もドン引きし距離を置き何も言えないでいる。

 そんな状況である。


 普段、リア充グループにいる秋月と仲の良い杏奈でさえ異質な眼差しを浮かべながら、二人寄り添っていた。

 俺はそんな二人に近づき声を掛けてみる。


「……おい秋月、これは一体どうなっているんだ?」


「ゆ、幸城……私だってわかんないわよ。教室に入ってから、みんなずっとこんな感じなの……佑馬と傑に声を掛けても黒板を見つめたままシカトだし、無表情でなんか怖いし……もう、ワケわかんないよぉ」


「音羽がとても不安がってね。わたしも変だと思って見ているんだけど……先生に相談した方がいいかなぁ?」


 杏奈の相談に俺は「う~ん」と首を捻る。

 先生って担任の『灘田なんだ 楠子くすこ』のことか?

 あいつ駄目じゃね? いつも気だるそうでやる気ないぞ。

 けどまぁ、一応教師の端くれでもあるか。


「まぁ、みんな異常なのは確かだし、灘田先生の方から大野達の親に連絡してくれるのもアリか……わかった、俺も一緒に相談しに行こう!」


「うん、真乙くん。ありがとう」


 杏奈は頷き可愛らしく明るい表情を見せくれる。

 信頼を寄せてくれる俺にだけ向けてくれる素敵な笑顔だ。

 そう思うと、ついテンションが上がってしまう。


 などと浸っているうちに、灘田が教室に入ってきた。

 俺達は自分の席へと戻る。


「皆さん、おはようございます。それじゃ出席を取りますね~」


 相変わらずの適当な口調で出席を取り始める、灘田。

 この異質な状況に気づいてないのか?

 普段通りに生徒の名前が呼ばれ、各生徒は返事していく。

 だが大野や工藤、他のリア充の男女は名前が呼ばれても返答することなく無視していた。

 そんなあり得ない態度にもかかわらず、灘田はスルーして出席を終わらせている。


 なんだ、これ?

 生徒も可笑しいけど教師もかなり可笑しい。

 いや灘田の場合、普段通りと言えるか……。


 しゃーない。

 俺は手を上げて席から立ち上がる。


「――先生。朝から大野君と工藤君、それに他の人達の様子が可笑しいんですけどぉ」


「幸城君、今はホームルーム中なので着席しなさい」


「はぁ?」


 灘田の癖に何マウント取ってんだ、コラァ。

 リアクションちげーだろ?


「いや先生、そうじゃないでしょ? 大野達を見てください、まるで魂が抜けたみたいな状態じゃないですか? 朝からずっとこんな感じなんですよ……先生は可笑しいと思わないんですか?」


 現に俺の言葉に大野達は表情一つ変えることなく、依然変わらずじっと黒板を見つめたままだ。

 これを可笑しいと言わずにはいられんだろう。


「それじゃ幸城君、逆に聞くけど大野君達が体調悪そうに見えるの? 暴れて皆に迷惑を掛けているの? ただ黙っているだけじゃない。先生ね、生徒に無視されるのは慣れているから別に問題ないわ」


「先生を無視しているとかの問題じゃなくて、普段と様子が変でしょって言っているんです! せめて親御さんに連絡したらどうですか!?」


「だったらキミが保健室でも連れていけば? 随分とお節介ごとが好きそうだから」


「別にお節介ってわけじゃ……ただ俺はクラスメイトとして心配しているだけです。先生は心配じゃないんですか?」


 俺の問いに、灘田は一瞬だけ大野達を一瞥する。

 何故かフッと鼻で笑ってきた。


「先生には問題ないように見えます。まぁ意識を失って倒れているなら救急車でもなんでも呼びますけど、教師として――以上でホームルーム終わります」


 言いたいことだけいうと、灘田は足早に教室を出て行った。

 その教師とは思えない光景に、俺だけじゃなく正気のある生徒達全員が唖然とする。


「……なんて奴だ」


 二周目の俺は知っていたけどね。

 灘田の怠惰教師ぶりは目の当たりにしていたからな。

 でも前周じゃここまでぶつかることがなかっただけに、こうして改めて関わってみると相当酷いクズ教師だと思う。

 SNSで晒したらバズるレベルだ。


「……真乙くん、ごめんね。わたしが相談しようって言ったから」


 杏奈が申し訳なさそうに言ってくる。

 その不安そうな表情に、ついぎゅっと抱きしめたくなってきた。

 けどまだ付き合っているわけじゃないし、大衆の前なので俺はぐっと衝動を抑える。


「杏奈は全然悪くないよ。相談する相手を間違えたってことだろ。それより大野君達、どうしようか? おーい、みんな返事しろ!」


 俺が聞こえる声で言っているのもかかわらず、リア充達の様子は変わらない。

 ずっと背筋を伸ばして黒板を見つめたままだ。


「……最初は『超ウケるぅ! リア充どもめ、ざまぁ!』と思っていたけど、ここまでイッちゃって無様だと逆に哀れだな……ユッキ、彼らを保健室に連れて行った方がいいんじゃないか?」


 リア充グループを忌み嫌っているヤッスでさえ同情している。

 俺は首肯し「そうだな……」と大野に近づいた。


「おい、保健室に行くぞ。工藤君も……ヤッスとガンさんも手伝ってくれ」


「わかった。ひとつ貸しだからな、インチキ爽やか連中め!」


「ヤッスはどうして大野君達を嫌うんだ? 彼らは何もしてないのに……」


 悪態をつくヤッスに、ガンさんは首を傾げて一緒にリア充達を立たせている。

 リア充女子達に関しては、秋月と杏奈が対応した。


 大野を引きずる形で教室から出て、保健室へと連れて行く。

 その間も放心状態と言うべきか、彼らは無言で一点を見つめたままだ。


 ガンさんは軽々と両肩で男子二人を担ぎながら俺に近づいてきた。


「――ユッキ、《鑑定眼》で彼らのステータスを調べてみたが、備考欄に『状態異常』と出ている」


「なんだって?」


 俺も《鑑定眼》を発動し、抱えている大野をサーチした。


 ガンさんの言う通り、「状態異常」と表記されている。

 しかしどのような異常なのか空欄で不明だった。

 明らかに毒や麻痺、眠り状態ではない。

 おそらく意識の錯乱や混乱……いや混濁状態だろうか?

 とにかくそういったバグ系の精神異常のように見える。


「確かにそのようだけど……まさか渡瀬か? 前にガンさんが言っていた『作動型』のスキル?」


 後ろを歩く杏奈達に聞こえないよう小声で訊く。

 ガンさんは無言で頷いた。


「可能性はある。けど、どんな状態なのかわからない……俺の経験上、魅了や洗脳とは違う系統だけど」


「そうか……けど、よく考えてみれば丁度今ぐらいの時期からなんだ」


「今ぐらいの時期?」


「あっ、いや……なんでもない」


 俺はチラっと後方に視線を向ける。

 友達を抱えて歩いている、杏奈と秋月の方に。


 そう――杏奈が虐めを受け始めた時期だ。


 だけど主犯格だった秋月は正気だ。そこが前周と異なっている。


「そういえば、こいつらずっと黒板を見つめていたよな? レイヤが教室に侵入して何か作動するよう仕掛けたのか?」


「いやユッキ、それはない。僕の『魔眼鏡』と《看破》スキルで周囲を模索したけど、教室内でそういった怪しい部分はなかったよ。ただ気になったのは教師の灘田だが……」


 ヤッスが何か言いかけたところで、俺は呆れた表情を浮かべた。


「灘田だと? おいおい、またおっぱいネタか? 今回は熟女系なのか? そういやお前、俺とガンさんの母さんにも目を付けてたよな? こんな時にいい加減、空気を読めよ! この見境のない変態紳士め、おっぱいフリーダムか!?」


「……酷い言いようだ。確かに僕は全てのおっぱい敬愛する男だが、性悪な女の胸部など微塵も眼中にない。僕にだって選ぶ権利はある! 誤解しないで頂こう!」


 嘘つけ。

 お前、悪魔デーモンのバフォメットが晒したおっぱいにも、しっかり欲情していたじゃねーか。あの時の醜態、忘れたとは言わせねーぞ。


「それよりもだ。僕には、灘田がユッキを煽っているように見えたぞ」


「俺を煽る? まぁ俺も初めて奴に食って掛かっていたからな。ただ単にムカついたんだろ?」


「かもしれない。けど何か引っ掛かる……一応は警戒しておいた方がいいだろう。この糞重たいリア充どもを含めてな」


 工藤を抱えながら、珍しくシリアスな顔で警鐘を鳴らしてくる、ヤッス。

 魔法士ソーサラーだけに、本気モード時のこいつは頭がキレるところがある。


 確かに【氷帝の国】のディアリンドからの情報もあるか。


 ――この黄昏高校にレイヤの協力者が潜伏していること。


 気をつけるに越したことはないだろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る