第73話 銀狐女の副団長

「――レイヤの消息は未だ不明だ。しかし先日、フレイアが統率する【氷帝の国】がレイヤの協力者である“帰還者”の一人を捕らえ、『零課こちら』で尋問している最中だ」


「それ本当なの?」


 ゼファーの言葉に、美桜は眉を顰める。


「ああ、名前は『吾田ごだ 無造むぞう』、35歳。異世界では『暗黒神ヴァルサム』を崇める暗黒司祭だった男だ。また現実世界おいて現職の僧侶でもある」


「僧侶? つまり住職、お坊さんってことね?」


 マジで? 坊さんが逃亡犯の手助けをしたってのか?

 美桜の問いに、ゼファーは首肯する。


「吾田は学生時代に『女神アイリス』によって異世界に召喚されたが、『暗黒神ヴァルサム』の教えに魅入られ闇堕ちしたらしい。だが当時、『ヴァルサム』の化身であった魔王が勇者達によって斃されたことで災厄周期シーズンが終わり、生存していた吾田は半強制的に現実世界へ戻されたそうだ」


「半強制ってことは『アイリス』が追放する形で現実世界に戻したってこと?」


「まぁな、だが理由はある。『ヴァルサム』の司祭だった吾田は恩恵として《蘇生》のスキルを与えられていた。ミオやリエンのような強制キル可能なユニークスキルでない限り、吾田は何度斃されても蘇ってくる。力こそないが魔王よりも不死身だったようだ」


「つまり、その災厄周期シーズンの勇者は吾田を斃したつもりが、実は生きていたってことね?」


「そうだ、『ヴァルサム』を信仰し恩恵を受け続ける限りだ。だが現実世界では恩恵の効力が消え不死でなくなる。理由はわかるな?」


「現実世界で影響を及ぼせる神々は、『導きの女神アイリス』と同等の力を持つ『邪神メネーラ』だけだからでしょ? 確か二神は表裏一体の存在で、元は双子のような神だとか?」


「ああ、『メネーラ』の方は暗黒側に堕ちて邪神となったがな。そういうワケで、吾田は異世界の“帰還者”としての力は備わっているが不死ではない。現実世界では誰でも殺せるし、病気や事故あるいは寿命を迎えれば死ぬ人間となった……おまけに一度でも悪に染まった“帰還者”はブラックリストに載り、ギルドでは冒険者としての登録や活動を禁止されている。吾田はそこにも不満を募らせていたようだ」


「ゼファーさんはどうなんですか? 確か最初の方は闇側で姉ちゃん達と敵対していたんですよね?」


 俺の問いに、ゼファーは「ん、俺か?」と素顔を隠している鬼のお面を傾ける。


「勿論、該当する。まぁ俺の場合、個人で冒険者になれないというだけで任務によって冒険者に偽装してダンジョンへ探索することもある。表向きはギルドが『奈落アビス』を管理しているが、裏方では公安警察が幅を利かせているからな」


 ゼファーは「あくまでギルドで取り決めた表向きのルールだ」と説明する。

 異世界の女神も現実世界の事情に深く関与しないらしい。


「以上の経緯もあって、帰還後の『吾田 無造』は実家の寺院を継ぐしかなく、それまでは普通の市民として暮らしていました。ですが警部、いえゼファーさんが説明した通り、常に心奥で闇を抱えており、『渡瀬 玲矢』と接触することで協力者となり共犯として行動に移したようです」


「共犯として行動に移す? インディさん、吾田って男は何をしたって言うんだ?」


 俺の問いに、説明していたインディは頬を赤く染め口を噤む。

 視線を逸らし俯き、何やら恥ずかしそうな素振りを見せる。

 明らかに様子が可笑しい。どうしたんだ?


 ゼファーが溜息を吐き、「俺が説明しよう」と言ってきた。


「――夜宴サバトだよ。悪魔デーモンを召喚するための儀式だ。家出少女や借金苦の男女達を集めて、そのぅ……色々とな。未成年のキミ達に話せない内容だ」


 そういうことか。

 俺は精神年齢なら30歳だから、なんとなく察するぞ。

 でも恥ずかしいから言わないけど。

 

 にしても悪魔デーモンを召喚するための儀式だと?

 まさか、それって……。


「――初界層に出現した、『バフォメット』がそれだと言うんですか!?」


「その可能性が高いってことだよ、マオト君。だからキミらが採取した素材とアイテムを回収したってわけだ。レイヤの手掛かりに繋がればと思ってね」


「理由は納得したから、とっとと調べて返してよね!」


 アゼイリアは腕を組みながら仏頂面で要求した。

 鍛冶師スミスの性とはいえ、普段とても黄昏高で良心的な教師として人望がある、紗月先生と同一人物とは思えない態度だ。

 特にお金と素材とアイテムに関して、一切の妥協を許さない。

 たとえ相手が“帰還者”ならば誰もが戦慄する『零課』だろうとお構いなしだ。

 これが『ぼったくりじゃじゃ馬BJアゼイリア』なのか……。


「……善処しよう。それとさらに詳しい話を聞きたいのなら、丁度【氷帝の国】の主流メンバーの一人がギルドに顔を出している。なんなら呼んでみるか?」


「ゼファー、主流メンバーって誰ぇ? その口振りから、フレイアじゃなさそうだねぇ?」


「その通りだ、香帆リエン。副団長の『ディアリンド』だ。お前なら覚えているだろ?」


「――『裁きの矢を射る者ジャッジメント・アーチャー』ね。彼女一人で来ているの?」


「ああ、ミオ。吾田を捕らえた報酬金を受け取りに主流メンバー達と来ている。団長のフレイアはいないようだ。あの『腐れ魔女』、俺に会うのを避けているからな」


「そう、ディアリンドなら久しぶりに会ってみたいわ」


「わかった。宮脇・ ・、彼女を呼んできてくれ」


「ギルド内ではインディですよ。わかりました」


 インディの指摘に、ゼファーは「そうだったな。すまん」とあっさりとした軽い詫びを入れている。

 彼女は「もう!」と頬を膨らましてソファーから立ち上がると、ディアリンドという人物を呼びに部屋から出て行った。


 今更思うけど、転生者ってなまじ二つの名前があるから呼び方がややこしいよな。

 よくガンさんや紗月先生も互いの呼び方を間違えているし。

 

 数分後、インディは戻ってきた。

 扉を開けたまま、丁寧な口調で「どうぞ」と誰かを招いている。


「――失礼する」


 勇ましい口調の女性が部屋へと入ってきた。


「「おっ……」」


 現実世界しか知らない俺とヤッスは、その見たことのない“帰還者”の姿に声を漏らしてしまう。


 すらりと背が高く腰元まで流れる銀髪、左右頭部にイヌ科のような両耳が生えていた。

 右目には眼帯がされており、左目の黄色い瞳が力強い意志を宿している。

 褐色肌の妖艶な美人であり、かなり豊満な両胸にビキニのような露出度の高いレザーの服。

 そして臀部にはモフモフとした大きな尻尾があった。


 この美人系の女性……全体的になんというか。

 銀色の犬、いや違う。

 

 ――銀狐。


 そう思えた。


「ご紹介いたします。この方が【氷帝の国】の副団長、ディアリンド様です。ご覧の通り、狐系獣人族の冒険者です」


 獣人族? 初めて聞く種族だ。

 あの耳に尻尾は飾りじゃなく本物ってことなのか?


銀狐獣人族シルバーフォックスのディアリンドだ。よろしく頼む。久しいな、『刻の勇者タイムブレイヴ』に『疾風の死神ゲイルリーパー』。相変わらず、二人仲が良いようだ」


「まぁね、『裁きの矢を射る者ジャッジメント・アーチャー』。貴女こそ元気そうで何よりだわ」


「ウチらラブラブだからね~、にしし。ディアッチは掲示板フォーラムに参加してないねぇ、何してんの?」


「ああいうのは好きじゃない。ワタシは言いたいことは本人に直接言うタイプだからな」


 なんか毅然とした姉御肌というか、勇ましい武人のような毅然とした女性だ。

 そう思いながら見惚れていると、ディアリンドは俺と目を合わせてくる。


「……其方がマオたんか? 噂は『我が主』から聞いている。大層な推しのようだからな」


「我が主? フレイアさんですね……えっと、幸城 真乙です」


「ディアリンド殿、僕は安永 司です。しかし誠に見事なお胸様ですなぁ! バスト100のHカップと拝見いたしましたぞ! そのクィーンに匹敵するほどの張り具合と迫力! ついユッキと共に溜息を漏らしてしまいました!」


 俺を差し置いて、ヤッスはぐいぐいと自己アピールしてくる。

 言っておくけど俺は彼女のバインバインの両乳に声を漏らしたわけじゃないからな!

 変態紳士のお前と一緒にすんなよ!


「うむ。片眼鏡の魔法士ソーサラーか、お主も噂を聞いている。特にウチの『メル』が『いっかぶっ飛ばしてやるのです!』と息巻いていたからな」


 メルか……フレイアの眷属で小人妖精族リトルフ盗賊シーフだったな。

 ヤッスの変態が『おっぱいソムリエ』ぶりを発揮し、メルを「チッパイ殿」と呼ぶからムカつかれて今も尾を引いているようだ。


 そんなヤッスは悪びれることなく「そうですか、チッパイ殿によろしくお伝えください」と言っている。

 ディアリンドも「あいわかった。必ず伝えよう」と素直に頷きながらソファーに座った。

 天然なのかボケが通じないタイプのようだ。


「それでは当事者の一人として、協力者であるミオ達に『吾田を捕らえた』経緯など説明をしてもらっていいか?」


 ゼファーに促され、ディアリンドは「うむ」と首肯した。

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