第72話 戦闘後の課題

「おっしゃ! バフォメットを斃したぞ!」


「ユッキ、ありがとう……一瞬、死んだかと思ったよ」


 ピンチを乗り越えたガンさんは、傍に近づき感謝の意を示している。

 戦う前から相当びびっていたからな。

 辛うじて失禁してないようだけど。


盾役タンクとしての務めを果たしたまでさ。少しヒヤッとしたけどね」


「ごめんね~、イワッチ。あたし手加減しらないから、ガチでやっちゃったよ~ん」


 大鎌を肩に担いた香帆が謝罪している。

 悪気はないとはいえ、その軽い口調から誠意が伝わってこないのは俺だけだろうか?

 しかし敵に対して手加減するのも変な話だし、ガチでやってもらわないと困る。


 あの《山羊の生贄ゴウト・サクリファイス》という、ユニークスキルさえなければ速攻で仕留められた筈だったからな……。

 事前に《鑑定眼》で能力を調べてなかったら対応が遅れて危なかったと思う。


「仕方ないよ、香帆さん……って実は、ユッキのカウンター返しを期待していたんじゃないのか?」


「まぁね~。マオッチ、抜け目ないところあるし、いざっとなったら頼りになるからねぇ……えへへ」


 短い舌を出して無邪気に微笑む、香帆。

 姉ちゃんと同じ年で一個上の先輩だけどかわいい。


「結果オーライで何よりじゃない? こうして貴重なアイテムと素材もゲットしたしね、ウフフフ」


 アゼイリアは嬉しそうに言いながら、バフォメットの『魔核石コア』を回収している。

 また奴が消滅した際に残したと思われる「山羊の両角」と、頭頂部に立てられていた「松明棒」や股に嵌められていた「蛇の杖」も回収していた。

 

「先生、角はわかるとして、その棒と杖はなんなの?」


「ん? 『知性の松明』と『ケーリュケイオン』よ。上級悪魔デーモンが所持する秘宝であり、超レア・アイテムなんだからね」


 なんでも『知性の松明』は知力INTを大幅に向上させる効果があり、2匹の蛇が杖に絡み両翼を模った『ケーリュケイオン』も知力INTに反映しつつ、錬金や商業などにも多大な影響をもたらすと言う。

 このままの状態だと、通常の人間は使用できないので鍛冶師スミスによる加工が必要らしい。


「しかしみんな無事で何よりだ。僕も魔法士ソーサラーとして、よりレベルを上げて足を引っ張らず役に立つ場面を増やさないといけないな……」


「いや、ヤッスも十分に頑張っていると思うぞ。少なくてもレベル10台の活躍じゃないからな」


 周囲のフォローがあるとはいえ、なんだかんだ俺より成長が早いからな。

 今でも十分に即戦力だ。

 逆にレベル25から上がりにくくなっている俺の立場が危うくなりそうな気がする。


「ありがとう、ユッキ……けど今回はまんまとしてやられたよ。不覚にもバフォメットの生乳に惑わされかけるなんて……」


 いや、ヤッスよ。

 生乳にしてやられたのは、あくま・ ・ ・でお前だけだから……悪魔・ ・相手だけに。

 それに他の冒険者がバフォメットの《闇の波動》で錯乱状態だったのに、激昂して回避したんだから大したもんじゃね?


「マオト~、無事か!?」


 コンパチ率いる【熟練果実】が全員近づいてくる。

 錯乱状態でロープに縛られていた二人も、バフォメットを斃したことでスキル効果が解除され正気に戻った様子だ。


「コンパチさん? 逃げたんじゃなかったの?」


「お前さん達の邪魔にならないよう後退しただけだよ。ついでにスマホでギルドにも通報しておいたけど……まぁ取り越し苦労だったな。お前さん達が悪魔デーモンを斃してくれたおかげで仲間も元に戻ったから、こうして様子を見に来たってわけよ」


「そうか、心配してくれてありがとう。見ての通り、みんな無傷だよ」


「みたいだな……しかしあんなバケモノ相手に快勝しちまうなんて凄ぇな。いくらファロスリエンが仲間に加わっているからってよぉ」


「まぁね。自慢の頼もしい仲間達さ」


 みんな灰汁が強いけどね。

 はっきり言って俺の《統率》スキルがなけりゃ、ここまでまとまらないと思う。


「……にしてもよぉ、『奈落アビス』で悪魔デーモンが現れるなんて初めてだぜ。しかも初界層でなんて……いったいどうなっちまっているんだ?」


 コンパチが困惑するのも当然だ。

 とても自然発生したモンスターとは言えない、明らかに意図的に送り込まれた存在。

 しかもレベル55もあり悪魔調教師デビル・テイマーに育成された疑いがある。


 俺には思い上がる節も十分にある――『渡瀬 玲矢』。

 間違いなく奴の仕業だと思う。

 目的は『奈落アビス』ダンジョンで俺を消すためか?


「――どうやら、もう片付けちゃったみたいね」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 薄暗いダンジョンを歩く、凛とした美しいシルエット。

 純白の鎧を纏う聖騎士の姿。


 勇者の姿をした姉こと――美桜だ。


「姉ちゃん? 家で待っていたんじゃないの?」


「……ゼファーに呼び出されたのよ。真乙達が上級悪魔デーモンと戦っているってね。コンパチさんがギルドに通報したんでしょ?」


「へ、へぇ……まさか『刻の勇者タイムブレイブ』様が直々に来られるなんて……御足労をおかけいたしました、はい」


「別にいいわ。こう見ても【聖刻の盾】のリーダーは私だからね。知らせてくれて感謝しているわ」


「い、いいえ! 寧ろお仲間様方に助けられたのは俺らの方でして……特に弟様には、かれこれ二度も……なんてお礼を伝えたらよろしいのやら」


「そっ。だったら、これからも仲良くしてくれると嬉しいわ。私達、他の冒険者達の間で何かと敬遠されてしまうからね。だから皆さんも、弟達のことよろしくお願いします」


「「「「「「はい、了解いたしました!」」」」」」


 美桜のお願いに【熟練果実】の全員が横並びして深々と頭を下げて見せている。

 アラフォー世代の方々ばかりだけに、ある意味でシュールな絵面だ。

 これが勇者の威厳ってやつか?



 それから俺達全員は『奈落アビスダンジョン』を出る。

 色々な事があったので、今回は「中界層」行きを断念した。


 地上では既に夕暮れ時となっており、かれこれ半日以上もダンジョンで過ごしていたのかと思うと疲れがどっと押し寄せてくる。


 だがまだ帰るわけにはいなかい。

 何故なら俺達【聖刻の盾】はギルドに呼び出されたからだ。



「――なんですって!? 回収した素材とアイテムを没収するですってぇ!?」


 ギルド内にある個室にて、テーブルを囲む形で設置された高級そうなソファーに座る俺達。

 向かい側には【聖刻の盾】をサポート担当する受付嬢のインディと、現実世界の黒背広を着た男が並んで座っている。

 すらりと背が高く悠々と長い足を組んでみせる男。

 何故か、お祭りで売っている「鬼のお面」を被っており素顔はわからない。


 その男から発せられた一言で、いきり立ったアゼイリアはファーから立ち上りテーブルを強く叩いた。


「ああ、そうだ。証拠品として、俺達『特殊公安警察』が預かる。当然だろ?」


 物怖じせず、鬼お面男はきっぱりと言い切る。

 聞いたことがある口調と声質からして、この男……まさか『零課』の暗黒騎士ゼファーなのか?


「冗談じゃないわ! そんなの職権乱用じゃない! 訴えてやる!」


「誰に訴えるんだ? アゼイリアだったな……まぁ聞け、逃走犯レイヤの痕跡がないか調べるだけだ。用がなくなれば、そちらに返す」


「【聖刻の盾】と【熟練果実】、両パーティからの報告により、今回出現したバフォメットは『闇勇者レイヤ』が放った悪魔デーモンである線が濃厚です。ただ確たる証拠がない以上、断定するわけにもいきません。そのために一時的に私達でお預かりすると解釈してください」


 ぶっきら棒なゼファーと異なり、インディは適切な口調で答えている。

 怒り心頭で「ぼったくりじゃじゃ馬BJ」ぶりを発揮していた、アゼイリアも落ち着きを見せ始めた。


「……しかたないわね。これだから『零課』は……ブツブツ」


 納得はするが腑に落ちない、アゼイリア。

 隣に座りガンさんから「仕方ないだろ、サッちゃん」と諫められていた。


「ところで、どうしてゼファーはお面被ってんのぅ? いつものコスプレの方が良くね?」


香帆リエン、『鎧化』のことを言っているのか? あれはあくまで戦闘用だ。身に纏うだけで魔力が消費されてしまう。ある意味、ユニークスキルとも言えるだろう……本来ならギルドマスターに任せればいいが、事が重要だけに俺が出てきた」


「その鬼さんお面はぁ?」


「素顔を隠すために決まっているだろ? 現実世界で俺の顔を知る者は同じ災厄周期シーズンで共に戦ったお前達くらいだからな」


「そんなのどうでもいいわ。それより『レイヤ』の話をしましょう。『零課』はどこまで掴んでいるの?」


 美桜は興味なさそうに本題を切り出した。

 身も蓋もない言い方だが確かに気になるところだ。


 するとゼファーは重々しく口を開く。


 語られた内容は、俺達の平和な日常を脅かす衝撃的な内容であった。

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