第70話 逆五芒星の悪魔

 コンパチの声に反応し、俺達は上を見上げた。


 真上の天井に巨大な逆五芒星が浮かび上がっている。

 それは「デビルスター」と呼ばれる悪魔の象徴であった。


 禍々しい不気味な光輝を発する逆五芒星の中心が膨らみ、そこから黒く巨大な形を成した何かが降りてくる。

 

「――やばい! 各自、散開しろぉぉぉ!」


 コンパチが叫び【熟練果実】のパーティ達が一斉に離れていく。

 俺達【聖刻の盾】も反応し後退した。


 突如として舞い降りてきた、黒く巨大な何かはその姿を見せる。

 同時に天井に浮かんでいた逆五芒星が消失した。


 両角が生えた黒山羊に酷似した頭部を持ち、背には鳥のような翼が高々と広げられている。

 また頭頂部には松明が立てられており、腹部は鱗で覆われていた。

 さらに股ぐらに蛇を模った杖が取り付けられている。

 下半身は灰色の布が巻かれ、胸部と両腕は人間の体と同一に見えた。

 しかし女性的な乳房を持ち、隆々とした筋肉を持つ中性的な体だ。


 その巨体故に「初界層」のダンジョンでは立ち上がることができないのか、胡坐をかいた姿勢のまま宙に浮いている。


「な、なんだ、こいつ!? 山羊の頭だと……まさか悪魔デーモンなのか!?」


 俺はその異様な姿を目の当たりにして戦慄した。

 モンスターと呼ぶには獰猛性が見られず、知性的で威厳を放っている。

 体中から魔力が瘴気と化して湧き溢れるように放出されていた。


 まさに悪魔デーモンと聞いて一番に思い浮かぶ姿と言えるだろう。


「……バフォメット、上級悪魔デーモンだね。『奈落アビス』には存在しない奴だよ。ましてや『初界層』に現れなんて……絶対にあり得ない」


「じゃ、じゃあ、どうして突然現れたんだ? 誰かが意図的に出現させたってのか?」


 珍しく真面目な口調で言う香帆に、俺は首を傾げて訊く。


「マオッチ、そんなの『レイヤ』に決まっているじゃない。悪魔調教師デビル・テイマーのあいつなら悪魔デーモンを召喚するくらい容易いよ。けど、まさかバフォメットをティムしていたなんて……闇堕ちしたとはいえ、流石は勇者だね。底なしだわ」


「……レイヤだと? 渡瀬の仕業だってのか! やはり奴は伊能市に潜伏しているのか!? ひょっとして探索する俺達を尾行して『奈落アビス』のどこかに!?」


「その可能性は低いかな。あたしの《索敵》にレイヤの痕跡は感じないからね……あいつには『協力者』がいるらしいから、そいつのユニークスキルを借りて召喚させたのかもしれないよ」


 協力者か……あんなクズ野郎に手を貸す“帰還者”って、やっぱり同じように心に闇を抱えた奴なのだろうか。


「マオトくん、おしゃべりしている暇はないわ……あのバフォメットを《鑑定眼》で見てみなさい。とんでもないステータスよ」


 アゼイリアに言われ、俺は《鑑定眼》を発動した。



【バフォメット】

レベル55

HP(体力):554/554

MP(魔力):273/273


ATK(攻撃力):791

VIT(防御力):1027

AGI(敏捷力):289

DEX(命中力):230

INT(知力):264


スキル

《悪魔の爪Lv.8》……爪による物理的攻撃。スキルレベル上昇と共に自身の攻撃力ATK+20補正。同時に攻撃を与えた者の敏捷力AGI-20ダウンさせる。

《闇の波動Lv.10》……体から溢れる闇の瘴気で敵に恐怖を与え錯乱状態にし、あるいは攻撃力ATK防御力VITを-100減少させる。

《自己再生Lv.6》……損傷した体の部位を再生することが可能。

《ボディアタックLv.10》……体当たり攻撃。ヒットする度にダメージ率+30補正。

《攻撃半減Lv.7》……どのような攻撃でもダメージ率を半減にする。スキルレベルと共に成功確率が上昇する。

《不屈の精神Lv.10》……魔力MPが「0」となった際、100%の確率で「MP:1」で耐えることができる。スキルレベル上昇と共に耐える数値が増加される。


魔法習得

《上級 暗黒魔法Lv.2》

《中級 雷系魔法Lv.5》


ユニークスキル

山羊の生贄ゴウト・サクリファイス


〔能力内容〕

・自身の魔力で構成された「白山羊」と「黒山羊」の2体を召喚し、どちらかを自分に変わって敵の攻撃を受けさせることで攻撃を循環させ、敵に向けて跳ね返していく能力。

・白山羊→黒山羊、あるいは黒山羊→白山羊で能力は成立する。

・攻撃を跳ね返すタイミングや場所など任意で設定することが可能。

・さらに己の魔力を加えることで跳ね返す際の攻撃を強化することができる。

〔弱点〕

・生贄にした山羊2体の同時攻撃を受けた際、スキル効果と共に2体とも消滅してしまう。

・使用する度、必ず魔力MP100を消費される。



 レ、レベル55だとぉぉぉ!?

 おまけに攻撃力ATKが高いし、防御力VITなんて三桁を超えているじゃないか!?

 技能スキルも自分の攻撃力を向上させるだけじゃなく、相手の能力値アビリティを減少させる効果を持っている。

 加えて《自己再生》スキルも備わって……なんなんだ、こいつ?


 やっぱりユニークスキルを持っているのか。

山羊の生贄ゴウト・サクリファイス》?

 要するに敵の攻撃を跳ね返してしまう能力なのか……。

 それに「白山羊」と「黒山羊」って……まるで童謡みたいだ。


 けど、これまで遭遇したことのない強力なモンスターだと言える。

 きっと渡瀬に調教されたことで、本来のバフォメットより鍛錬されているのだろう。

 どちらにせよ、上級悪魔デーモンの名に恥じ合い存在だ。


「クソォッ! 絶対に許さんぞぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 ヤッスがいきなり叫び激昂する。

 戦慄するのならわかるけど、どこで怒っているのかポイントが不明だ。

 おそらく元クラスメイトの渡瀬に対して何らかの憤りを感じたのかもしれない。


「落ち着け、ヤッス! 気持ちはわかるが、冷静さを失っては相手の思うツボだぞ!」


「いいや、ユッキ! こんな許されないことは初めてだ! 見ろ、あのバフォメットとやらの両乳を……推定、Kカップだと!? 悪魔デーモンの癖にアゼイリアクィーン越えしおってぇ! 色・形・張り具合といい、見事すぎて逆にムカつくわぁぁぁぁ!!!」


 あっ、そっちね。

 相変わらず『おっぱいソムリエ』はブレないわ。

 とはいえ、こんな時にってやつだ。

 

「おい! モンスターのおっぱいで欲情してんじゃねーよ! もう人間として色々と終わっているからな!」


「欲情!? ハッ、バカ言ってんじゃないよ! 僕が最も憤慨しているのは、幼少期に母に連れられた女湯で眺めた以来の久しぶりの生おっぱいが、よりによってあんなマッチョな山羊頭の悪魔デーモンだったんだぞ!? こんな屈辱があってたまるかぁぁぁぁ!!!」


 どっちしても歪んだ理由じゃねーか!

 お前は頼むから黙ってくれ。

 てか幼少期から『おっぱいソムリエ』として覚醒していたんだな……こいつ。


「ヤッスはいつもマイメペースで羨ましいなぁ……ユッキ、あんな得体の知れない悪魔デーモンと無理に戦う理由はないと思うぞ。ダンジョンなんだから逃げて当たり前だ。べ、別に臆病風に吹かれて言っているんじゃないからな!」


 ガンさん、ツンデレ風の台詞に聞こえるけど絶対にびびっていると思う。

 けど確かに無理して戦う理由はない。

 このままみんなで逃げてギルドと『零課』に報告すればいいだけのことだ。


「おい、お前らどうしちまったんだ!?」


 コンパチが不意に叫んできた。

 新介入した二人の冒険者は悲鳴を上げ、仲間同士で斬り合おうと剣と槍を振り回している。


「錯乱状態!? 《闇の波動》ってやつか!?」


 いつの間にか、バフォメットの体から先程以上のドス黒い闇の瘴気が大量に放出されていた。

 気付けばダンジョンの鍾乳洞全体を覆っている。

 その影響は俺達にも及び、能力値アビリティ攻撃力ATK防御力VITを-100減少されていた。


「特に抵抗力レジストの低い冒険者は、速攻で錯乱状態になっちゃうようだよぉ!」


 抵抗力レジストってことは防御力VITに反映している部分か。

 けどあれ? なんか可笑しくない?


 俺は背後でしれっとしている変態魔法士ソーサラーに視線を向ける。


「いや、ちょっと待って香帆さん! なんでヤッスは何ともないの!? まだレベル10台だし、この中で一番、防御力VITが低いんじゃないの!?」


「――ユッキよ! 今の僕は闇の瘴気如きで錯乱状態に陥っている心境じゃない! 極限まで研ぎ澄まされた領域ゾーンとも言える境地、激情モードに入っているのだ! あのバフォメットのナイスな生乳ッ、実にけしからん!」


 やべぇよ、こいつ……憤怒で抵抗力レジストの低さを補ってやがる。

 超不謹慎な領域ゾーンだけどな……。

 きっとレベリングしていくうちに、また妙なスキルを習得したに違いない。


「やめろ、お前ら! クソォッ、これじゃ逃げるに逃げられねぇ!」


 一方でコンパチ率いる【熟練果実】は完全にパニックに陥っている。

 暴走する二人に対し、他の仲間達がなんとか取り押さえようと必死だ。


 このバフォメットが渡瀬の放った悪魔デーモンなら元凶は俺にある。

 おそらく邪魔な俺を『奈落アビス』ダンジョンで仕留めるため――。

 ここなら美桜や『零課』のゼファーも簡単に助けに来ないだろうと見越したのか?

 

 だとしたら――。


「コンパチさん達を見捨てるわけにはいかない! 俺達【聖刻の盾】で、バフォメットを仕留めるぞ!」

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