第69話 BJと熟練果実

 俺達は急がず奥の方へと歩いていく。

 しばらく進むと、他の冒険者パーティが連携して戦っている光景を目にした。


 どうやら巨大猿モノスを相手に善戦しているようだ。

 さっき威勢の良い雄叫びが聞こえたのでピンチでないことはわかっていた。


 したがって危険な状況でない限り、俺達が助けに行くことはない。

 ダンジョンのルールもあり、無暗に他パーティが狙うモンスターを横取りする行為はご法度とされているからだ。


 俺は果敢に剣を振るう、一人のおっさんに注目する。

 騎士風の姿をした、髪の毛が薄く中肉中背の中年男だ。


「あれ? あの冒険者……コンパチさんだ」


 近所の名物おじさんこと『近田こんだ 釟郎はちろう』、通称コンパチ。

 世間では謎の駄目親父と知られるおっさんだが、実は“帰還者”であり熟練の冒険者である。

 俺が初めて『奈落アビス』ダンジョンで探索した時、色々と世話になった人でもあった。ちなみに俺の親父とは同級生らしい。

 

「あたしも知ってるよぉ。同じ災厄周期シーズンの“帰還者”だからねぇ。見た目の割には面倒見の良いおじさんだよぉ。最初は勇者を目指していたようだけど、美桜に何度か助けられていくうちに自信なくして断念したんだよねぇ」


「ああ、姉ちゃんから聞いているよ。ところで、コンパチさんって転生者なの?」


「転移者の筈だよ。確かウチらよりも数年早く35歳で転移したって聞いたかな? だから帰還しても、おじさんのまま……導く女神アイリスの気まぐれかわからないけど、そういう人、結構多いよぉ」


「なるほど、香帆様。確かにラノベでも一時期『異世界おっさん』なんちゃらとか流行っていましたなぁ」


 ヤッスの言うとおりかもな。

 政府の意図なのか、異世界と日本のサブカルチャーはリンクされている節がある。

 だからオタ系や厨二病っぽい人材が適応しやすいんだとか。

 けど実際、女神アイリスは現実世界で残した「強い想念」や「負の念」で選抜する傾向があるようで、そういった者達が異世界に導かれやすいようだけど。



「トドメ行くぜぇ――《ソード・スラッシュ》!」


 コンパチが振るう剣から眩い光輝を発し、瀕死状態のモノスにヒットした。

 断末魔の声を上げる余裕もなく、大型猿の首は華麗に宙を舞う。

 モノスの肉体は消滅し、大きな『魔核石コア』を地面に落とした。


「取ったぞぉ! 俺ら【熟練果実】の勝利だぁぁぁ!!!」


 コンパチの勝利宣言に、仲間のパーティ達が「おおーっ!」と勝鬨を上げた。


 よく見ると以前は四人パーティだったのに、今では六人とメンバーが増えている。

 けど、みんな同年代風でアラフォーっぽい男女だ。

 ということは、【熟練果実】ってのはパーティ名なのか?

 なんだか、いずれ腐り果てそうなネーミングだと思った。


 おっさん達で盛り上がっているけど、無視するのもアレだし声だけ掛けてみることにする。


「コンパチさ~ん、こんちにわ!」


「おお、マオトじゃねぇーか……って、げぇ! 疾風の死神ゲイルリーパーのファロスリエン!?」


「チィース、コンパッチ。その節はよろ~」


「え、ええ……よろぉ。貴女様がおられるということは、近くにミオ様もおられるのでしょうか?」


「いないよぉ。あたしらだけぇ。随分、頑張ってるね?」


「へ、へい……新しい仲間も加わったのでレベリングに精を出している最中です。ご覧の通り、冒険を愛する往年のメンバーを集めております」


 まるで、おやじバンドのようなノリだな?

 でもなんだか楽しそうで、俺達と共通するところがある。


「見事な戦いだったわ。私が造った武器もちゃんと使いこなしているし、鍛冶師スミス冥利に尽きるわね」


「あ、あんたは……BJアゼイリア!? 嘘ッ、なんであんたが『奈落ダンジョン』にいんの!?」


「なんでって、マオトくんと同じパーティに加わっているからよ。【聖刻の盾】というパーティよ」


 アゼイリアの説明に、コンパチを始めとする仲間のパーティ達から「あのBJが誰かとつるむなんて……冗談だろ?」と言われ、ざわつき始めている。

 ところで「BJアゼイリア」ってどういう意味だ?


「コンパチさん、紗月……いやアゼイリア先生のこと『BJ』って呼んでいるけど、どういう意味? 説明していい感じ?」


「言えねーよ。本人及び大衆前で堂々と説明できるわけねーだろ。色んな所から叩かれるじゃねぇか……空気読めよ、マオト。そういうとこ親父そっくりだな?」


 ムカつく、なんで俺がダメ出しされるんだよ。


「……マオッチ。BJってのは、ネットスラングで『ぼったくりじゃじゃ馬姫』って意味だよぉ。『キカンシャ・フォーラム』で、アゼイリア先生はそう呼ばれているんだよぉ」


 香帆が俺の耳元で囁くように教えてくれる。

 なんでもいいけど、近すぎで甘い吐息が首筋に当たり、くすぐったくてぞわっとしてしまう。

 稀に密着してくるんだよな……わざとか?


 けど、やっぱり先生って「ぼったくり鍛冶師スミス」と思われているんだ……。


「そういえば、コンパチさんにお仲間の人達……今月の支払い、まだだったわね?」


「へ、へい……本日、回収した『魔核石コア』を換金して必ずお支払いいたしますので、どうか一日だけお待ち頂けないでしょうか?」


「わかったわ。けど噂によると、パチンコや競馬にもつぎ込んでいると聞いているわ。あくまで『工房こちら』の借金が優先だからね。でないとマイホームと自家用車を差し押さえるから。他の人達もよ!」


「「「「「「はい、わかりました!」」」」」」


 アゼイリアの迫力に【熟練果実】の全員が整列して丁寧なお辞儀を披露する。

 やべぇ、見てはいけない光景を見てしまったかもしれない……普段は生徒達に人気が高く、温厚で優しい紗月先生と同一人物とは思えない。

 なんだか悪質な取り立て屋に見えてきたぞ。


「……そういや、サッちゃんいつも言ってたよ。『武器や防具は、冒険者の命を守り思いに応えるという命懸けのものであり、装備する者の命と同等の価値がある』と。彼女が大金を要求するのも冒険者達の覚悟を見るためじゃないのかなぁ?」


 ガンさん、ネガティブ思考の癖にどれだけポジティブに捉えているんだ?

 その割には、いち教師の範疇を超えて高級車とか普通に購入して乗り回しているじゃん。

 まぁ、俺とヤッスも相当な割安で武器と防具を譲ってもらっている手前、文句も言えないんだけどね。


「俺達はこのまま『中界層』に降りるけど、コンパチさん達はどうするの?」


「……ああ、さっき言った通りさ。新しいメンバーのレベリングもあるから『初界層』でレベリングしていくよ……アゼイリアさんに借金を返さないと。地道にやっていくさ……はぁ」


 言いながら溜息を吐く、コンパチ。

 つい先程までパリピ並みに盛り上がっていたのに、アゼイリアに現実を叩きつけられ、すっかり意気消沈している。

 なんだか声を掛けて悪かったかな? 本当に腐り果てなきゃいいけど……。

 

「……にしてもマオト、お前さんも俺と同じレベル25か? 噂は聞いていたが、最初に会ってからたった一年以内で……流石は『刻の勇者タイムブレイブ』の弟だぜ」


「まぁね。俺達、『深淵層』を目指しているから、レベルアップしていかないとね」


「『深淵層』か……けど、その人数だと『中界層』か『下界層』の序盤くらいが限界だろうな。『下界層』の60階に到達したパーティですら30人規模の高レベル冒険者ばかりらしい。ましてや『深淵層』となると遠征を視野に入れて準備した方がいいぜ」


 やっぱそうなのか?

 しかし人数だけは流石にどうしようもできないな。

 新たなパーティのメンバーを募集するか、あるいは別のパーティと連携を組み下層へアタックするかだ。

 けど俺達【聖刻の盾】って、美桜の影響もあり周囲から一目置かれている分、敬遠されがちな部分もあるから別パーティと組む線はなさそうだ。


 そう考えていた、その時だ――。


 空洞内を覆う魔力岩石の仄かな光がフッと消えた。

 途端、周囲が真っ暗になってしまう。


 ヤッスが魔法士ソーサラーらしく三日月魔杖ムーンスタッフに魔力を注ぎ、埋め込まれた深紅の宝石部分が明るく照らし始めた。

 同時にコンパチの仲間である女性魔法士ソーサラーが光属性魔法の《光の輪ライトリング》を発動し、さらに洞窟内の視界が良好となる。


「おお、流石バストEカップのマダム。その熟された形がなんとも……同じ魔法士ソーサラーとして敬服しておりますぞ」


 いや、ヤッス。女性のおっぱいより、まず習得していない光属性魔法に敬服しろ。

 レベル25もある魔法士ソーサラーの先輩なんだから、熟されたおっぱいよりそこに関心示せよ。


 そう俺が呆れている中。


「なんだ、ありゃ!?」


 突如、コンパチが真っ先に声を荒げた。

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