第68話 リーダーたる者の務め

「みんな逃げろ! コボルトが来るぞぉぉぉぉッ!!!」


 初界層、2階にて。

 前衛を張る蛮族戦士バーバリアン姿のガンさんは勇ましい声で叫んだ。


「いや逃げろって……コボルト3匹じゃないか。俺達のレベルなら瞬殺じゃね?」


 同じく前衛を担当する盾役タンクの俺が指摘する。

 コボルトとは狂暴そうな犬の顔を持ち二足で歩く獣型のモンスターだ。

 小柄で知能が低く、ゴブリンと同等扱いされている。

 手には冒険者から奪ったのか短剣ダガーが握られていた。


 3匹ともレベル2だし、確かに小ダンジョンと比べ『奈落アビス』ダンジョンで出現するモンスターは能力値アビリティが高い。

 しかしヤッス以外は高レベルの冒険者揃いだ。まったくもって俺達の敵じゃない。

 てか、ガンさんだってレベル31でパーティ内じゃ中堅じゃん……。


「油断大敵だぞ、ユッキ! 噛まれでもしたら痛いだろ! 短剣ダガーだって毒を縫っている可能性もある! そもそも刺されたら血が出るじゃないか!?」


 威勢は凄くいいけど、言動からして既に弱腰だ。

 まさか恐怖を誤魔化すため、勢いで押し切っているのか?


「俺なら物理攻撃は無敵だし、《毒耐性Lv.7》もある。それに解毒薬もあるから問題ないよ。この『雷光剣』でコボルト達を動けなくするから、ガンさんがトドメさしてよ」


「え? ええ……そこまでやるなら、いっそユッキが斃した方が早くね?」


「そうだけど、ガンさんだってレベルアップしなきゃ駄目なんだから経験値上げしてくれよぉ」


「――《火炎球ファイアボール》×3!」


 不意に背後から火炎球が飛び、ぐだぐだとやり取りしている俺達の間を通過する。

 コボルト3匹に直撃し、「ブギャァァァ!」と断末魔の声を上げ消滅した。

 焼け焦げた地面に、3つの『魔核石コア』が転がっている。


「すまない、二人とも……あまりにもしょーもないやり取りだったんで、つい攻撃を仕掛けてしまった」


 後衛のヤッスが三日月の魔杖ムーンスタッフを掲げ、ぺこりと頭を下げている。

 どうやら俺達のやり取りを見るに見かね魔法攻撃を放ったようだ。


「ヤッスが謝ることじゃないよぉ。今のはイワッチが悪いと思う。てかまるっきり成長してねーじゃん」


「香帆ちゃんの言う通りね。王聡くん……マオトくんに気を遣わせちゃ駄目だよ」


 女性陣からも指摘を受け、ガンさん。

 特に思いを寄せるアゼイリアに言われたのが効いたらしく、背筋を曲げて隆々とした肉体を縮こませた。


「……そうだな。悪かったよ、ユッキ」


「いや、まぁ……中ダンジョンから変わろうとしている気持ちは伝わるよ。ガンさんも強いんだから自信を持った方がいいよ」


「自信か……全盛期の頃じゃ、そこそこあったんだけどなぁ。ブランクでレベルが半分以下になってしまってから、この有様だ……言っとくが熱血風に叱咤激励されても、余計やる気が失せるだけだからな。こう見ても昭和世代じゃないんでね」


「そう思って控えているつもりだよ……逆に聞くけど、異世界でどうやってレベリングを果たしていたんだ? 全盛期はレベル67で勇者パーティに入るほどだよね?」


「ああ、レベル25までほとんど戦わず自主訓練だったよ。異世界転生後、再会したサッちゃんの進めで、勇者でありパーティを組んでいたリューンの眷属に入り《試練強制アンローギアス》を施されたんだ。とにかく鬼の如く鍛えられたよ……ユニークスキルもその時に覚醒したんだ」


「王聡くん、いえ再会した当初のガルシュルドは蛮族戦士バーバリアンとして能力値アビリティこそ高かったけど、気持ちが優しいこともあり『戦えない無駄筋肉』と呼ばれていたわ……私がリューンくんに頼んで眷属の契約を交わしてもらったのよ」


「眷属になったら主である勇者の言葉は絶対だ。半ば無理矢理にでも剣を振るわされ戦っていたんだ……きっと帰還してから、そのトラウマが引きずっているんだと思う」


「もうトラウマだらけじゃないか……なんなら姉ちゃんに頼んで眷属にしてもらうか? 確か眷属変換コンバージョンできるんだよな?」


「い、いや遠慮しておく……美桜さんの場合、強制してこない分、逆に無言の圧が怖いからね。ヤッスはよく期待に応えて頑張っていると感心しているよ」


「僕にとってマスターは絶対だからな。クィーン(アゼイリア)も尊敬しているが、僕はそれ以上にマスターを心から崇拝している」


 まぁヤッスの場合、美桜のGカップ目的だけどね。

 紗月先生ことアゼイリアもJカップで迫力抜群だけど、ガンさんの手前もあり控えている節もあるようだ。

 ちなみに香帆はバスト80のCカップだが形の良い美乳らしく、『おっぱいソムリエ』としてそれはそれでドストライクらしい。

 どの女子も直接見たことがない癖に、そこまで見極めるヤッスって一体……。


「とにかく先に進もう。ガンさんも俺がフォローするから、少しでも経験値を稼いでくれよ。戦士であるガンさんが先陣を切れるようになれば、攻防一体でパーティ強化にも繋がるんだ……その辺、マジ頼むよ」


「わかったよ、ユッキ。俺も頑張るとは誓っているからな……だけど遠距離攻撃が可能な弓矢とか覚えたい今日この頃」


 駄目だ、こいつ……メンタル云々以前だ。

 こんなガンさんを従えていた勇者リューンって、本当に凄い人物だったんだと思う。



 それから俺達は下層へと降りて行く。


「食らえ! 雷光剣ッ!」


 遭遇したヘイナス・ラビットに片手剣ブロードソードで斬撃を与えた。

 レベル25の俺なら一撃でキルし兼ねないので手加減して何度か浅く斬りつける。

 すると30%の確率で魔力付与効果が発動され、雷撃系の麻痺効果により動けなくすることに成功した。


「今よ、王聡くん! マオトくんがお膳立てしてくれたんだから、キミがトドメを刺しなさい!」


「わ、わかったよ、サッちゃん――うぉおおおおお!!!」


 ガンさんは巨剣を掲げ、ヘイナス・ラビットに向けて振るった。

 凄まじい轟音と地響きが発生する。

 ヘイナス・ラビットの肉体は霧状となり消滅した。

 どうやら地面まで陥没し、『魔核石コア』ごと粉砕してしまったようだ。


 しかし、なんて破壊力だ……斬るというより、打ち砕くと言った方が正しいのか。

 もうこれってオーバーキルじゃね?

 そういや、普通に《貫通》以上の《穿通》スキルを持っていたっけな。


「……ガンさん、凄すぎ。インディさんじゃないけど、頑張り次第だと思うよ」


「そうか? ユッキが俺と向き合ってフォローしてくれるからだよ……本当に感謝している」


 ガンさんは軽々と巨剣を肩に担いで微笑んでいる。

 なまじ能力値アビリティが高すぎる割には、メンタルがヒョッコ以下だからな。

 だからこの手のタイプは目上からの采配というか、舵取り次第ってところもあるのだろう。

 勇者リューンはそれを熟知して、あそこまでガンさんを育て上げたようだ。

 

 だとしたら俺も【聖刻の盾】のサブリーダーとして現場を指揮しながら関わっていかなければならない。

 なんだかタイムリープ前の社畜時代を思い出してしまうけどな。

 新入社員の人材育成とかマジでウザかった。新人がヘマをしても、全て俺の責任になっていたっけ。


 まぁガンさんの場合、冒険者としての実力は本物だし、仲間達も何かとフォローしてくれる。

 だから俺も根気よく頑張って行こう。



 20階層に到着する。

 あれからは順調に探索することができていた。

 と言っても雑魚モンスターばかりなので、俺にとって大した経験値にはならない。

奈落アビス』デビューであり、レベル10台のヤッスだけ上手にレベリングできているようだ。


「やっぱり『中界層』じゃなきゃ駄目のようだ……じゃなくても、レベル25から上がりづらいってのに」


「マオッチ、最も手っ取り早いレベルアップは、階層ボスのモンスターを斃すことだねぇ。『初界層』には階層ボスはいないから、『中階層』の45階層を目指すことだよぉ」


 愚痴を零す俺に、香帆が教えてくれる。

 エルフ族の暗殺者アサシン狩人の乙女ファロスリエン』姿となっている彼女は、常にその長く尖った耳をピンと張り周囲を索敵していた。


 途端、香帆は何かを察知し青色の瞳を細めた。


「ん? 前方に先客さんがいるねぇ……」


「先客?」


「他の冒険者ってことだよぉ。どうやら『モノス』と戦っているようだねぇ、超ウケる~」


 モノスとは大型猿獣のモンスターだ。

 全身に黒っぽい毛並みに覆われた全長5メートルほどの巨大猿で、両角が生えていることから『鬼猿』と呼ばれている。

 巨漢の割には非常に俊敏であり豪快な力を発揮する厄介な身体能力があり、一頭でも熟練パーティでなければ対応が困難と言われていた。

 ギルドでは非公式だが、事実上「初界層」の階層ボスと言える。


 てか超ウケるってどういう意味だろう……?



「――行くぞ、お前らぁ! 俺ら【熟練果実】の力、見せてやんぞぉぉぉ!!!」


 戦闘が行われているとされる奥側から、聞き覚えるある声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る