第67話 奈落のノスタルジア

 ギルド登録後、ヤッスに《アイテムボックス》と《隠蔽Lv.1》のスキルが与えられた。

 《隠蔽》スキルの方は、美桜から俺の時と同様インディに頼んで施してもらったものだ。


 あの時とは異なり、インディはあっさりと了承してくれた。

 渡瀬の件で『零課』とは協力体制が築けているからか根回しが良いように感じる。

 それイコール、ゼファーから何かしらの要請があった際は、俺達も断りにくいということなので素直に喜べなかった。


 俺はヤッスからずっと預けられた『冒険者セット』を渡し、ヤッスは自分の《アイテムボックス》の中へ収納させている。

 何やら嬉しそうに「装備時にどんな掛け声にしようかな……ユッキのように厨二っぽいのがいいだろう」とニヤつきながら呟いていた。


「――あと、ミオ様が立ち上げた【聖刻の盾】もギルドの方でパーティ登録させて頂きました。今後はギルドからパーティに向けてクエスト要請がかかるなど、ご活躍次第では上位ランカーとして掲示板にランキング掲載されることでしょう」


「わかったわ」


「尚、年間に活躍パーティには、ギルドから特別の報奨金も支給されますので、どうかチャレンジしてみてください」


「インディさん、報奨金ってどれくらい貰えるの?」


「私も素材集め以外で『奈落アビス』で探索したことないから興味あるわ」


 基本お金にがめつい、俺と紗月先生が食らいつく。


「クエスト内容や達成度にもよるけど、数億単位の金額なのは確かね。常連パーティの中には、その資金を基にエリュシオン内で拠点基地を建造して大組織まで発展させた集団クランもいるくらいよ」


 す、数億単位!? マジかよ!?

 なるほど……アメリカンドリームならぬ『奈落アビス』ドリームってわけか。


 そしてクラン規模となれば流動的にパーティを編成し、あるいは柔軟に組み替えてダンジョンの攻略を目指せるメリットがある。

 特に『奈落アビス』ダンジョンの未到達領域とされる最下層、「深淵層」を目指す上でも最小単位のパーティ規模より生還率も高そうだ。


「まずはこのパーティで『奈落アビス』で探索することからだな。インディさん、レベル10のヤッスも俺達と一緒なら『中界層』まで潜れるでしょ?」


「ええ、マオト君。上級冒険者のファロスリエンさんとアゼイリアさんが同行されるのであれば問題ないわ。それで、いつ探索に行くの?」


「そうだな……今日はアイテムを買い揃えて、明日から潜ろうと思っているんだけど。俺達、学生ばかりだから連休にやれることやっておきたくて」


「いいと思うよ。けど無理はしないでね。まずは『初界層』で馴らしてから、『中界層』に行くのをお勧めするわ。ヤッス君のことだけじゃなく、ガルジェルドさんもレベル31だけどブランクがあるだろうしね」


 まさにインディの言う通りだ。

 何せ、素のガンさんはゴブリン相手でも、びびって俺の背後に隠れていたからな。

 まずは『奈落アビス』ダンジョンでの戦闘に慣れなければならない。


「わかったよ。明日の探索から、そうしてみるよ」


 インディから適切なアドバイスを受け、俺達はギルドを出た。

 それから道具屋で回復薬ポーション類を購入する。

 各自の《アイテムボックス》に収納した後、『アゼイリア工房』で装備を整えながら、明日の探索に向けてミィ―ティングをすることになった。



「――以前説明した通り、私は『奈落アビス』の『初界層』には探索できないわ。現地での作戦や指揮は、サブリーダーの真乙が担いなさい。みんなも真乙の指示に従うこと、いいわね?」


 『アゼイリア工房』二階のフリースペースにて、リーダーの美桜から説明と指示を受ける。

 美桜は『零課』のゼファーから制限されているようで、『奈落アビス』ダンジョンを探索するなら、71階層の『深淵層』からだと決められていた。

 なんでも強すぎるが故にダンジョンの均衡を崩しかねないとの理由だとか。


 リーダーの指示に、仲間達は反対することなく頷いて見せる。

 素直に了承してくれるのはいいけど、委ねられた側としては責任重大で緊張してしまう。


 俺は咳払いをして椅子から立ち上がった。


「さっきギルドでインディさんがアドバイスしてくれた通り、まずは『初界層』で馴らしながら、『中界層』の攻略を目指したいと思う。前衛は盾役タンクの俺が担うから、みんなは攻撃に撤してほしい……特にガンさんね」


「わかったよ、ユッキ。けどあまりプレッシャーをかけられてしまうと心が折れてしまうから、ゆとり世代っぽく自主性を重んじてほしい」


「……ああ、ごめん。今度から気をつけるよ」


 もうウザくて面倒だ……チョコスティック並みに折れやすいメンタルだから気を遣うわ。

 けどあまりぞんざいにして、また引き籠ってしまっても厄介だし、幼馴染である紗月先生に心配を掛けさせてしまう。

 そもそも自主性を重んじて待っていても、一向に戦ってくれないから念を押したんだけどな。


「でもマオトくんの言い通りだよ、王聡くん! 『奈落アビス』は本当に危険な場所なんだから、中ダンジョンのような逃げ腰じゃ駄目だからね! あと《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》は暴走するから禁止よ!」


「ああ、サッちゃん……わかったよ。今回は本気で頑張るよ」


 うむ、俺が言うより好意を寄せている紗月先生から言ってもらった方が、ガンさん的に効果がありそうだ。


「ヤッスも魔法士ソーサラーなんだから、イワッチに戦ってもらうために魅了系の魔法とか覚えた方がいいんじゃないのぅ?」


 冗談ぽく言ってくる香帆に、ヤッスは首を傾げる。


「……お言葉ですが任意で魔法を覚えるには、どのような方法があるのでしょうか?」


 ヤッスが疑問に思うのも無理はない。

 俺もレベルアップと同時に炎系魔法を中心に自然と習得されているし。

 ずっと職種と体質や戦闘経験などで左右されるのだと思っていた。

 他に魔法を覚える方法があるのなら是非に教えてもらいたい。


「前にマオッチが言っていた通り、普通に道具屋とかで魔導書は売っているよぉ。技能スキルの指南書もねぇ。だけど凄く高額だし、職種によっては覚えられないモノもあるから、それこそ受付嬢のインディから聞いた方が無難かもね~」


 そうだったのか……あの時はテンプレだと思って何気に言ってみたけど、ガチでお手頃な方法なので意外だった。

 捕捉として、一度覚えてしまえばそこからレベルアップと共に進化させ、さらに条件を満たして他の魔法を習得することができるようだ。


「それよりも回復職ヒーラーをパーティに加えた方が早いわ。宗派によるけど、神官プリーストとか仲間の士気を高める魔法もあるし……貴重職だけどね」


「姉ちゃん、貴重職って?」


「“帰還者”に回復職ヒーラーが極端に少ないって意味よ。特に神官プリーストはね……理由は異世界の神に仕え信仰するあまり、災厄周期シーズンを終えても現実世界に帰還せず、そのまま異世界に留まってしまうケースが多いのよ」


「確かにそうか……現実世界に存在しない神を崇めているわけだからな」


 所謂、“帰還者”ならではの事情ってやつだろうな。


「一応は道具屋で回復魔法用の『白魔導書』も売ってるよぉ。初級魔法のみだけどねぇ……当然、職種によって覚えることができないモノもあるけどねぇ。魔法士ソーサラーなら大体の魔法は大丈夫じゃね?」


 香帆の話に、俺とヤッスは理解を示し首肯した。


「なるほどね。どのみち俺達のパーティに回復職ヒーラーがいないから、ギルドで募集は掛けた方がいいんじゃない? ちなみに姉ちゃん、魔導書っていくらくらいなの?」


「一生モノだから相場だと一千万円ぐらいかしら? それと任意で覚えられる魔法とスキルは共に3つまでとされているわ。それ以上だと容量オーバーとなり肉体と精神に支障をきたすからよ」


 た、高けぇ! とても安易で購入できる代物じゃないじゃないか!?

 おまけに3つという制約があると闇雲に覚えるわけにもいかず、慎重に選んでいく必要があるぞ。


「ま、まぁ……今すぐどうこうできる話じゃないってことはわかったよ。その辺は今後の成り行き次第でいいんじゃない? ガンさんに関しては、紗月先生に任せるよ」


「ええ、任せて。それとマオトくん、鍛冶師スミスとしてのお願いだけど、鉱石アイテムの確保とモンスターの素材回収とか手伝ってもらっていい?」


「勿論だよ、先生。喜んで協力するよ」


「ありがと、『中界層』からで良いからね」


 癒し系の微笑を浮かべる、紗月先生。

 なんでも下層に行くほど貴重なアイテムや素材が獲得しやすいだとか。

 きっと強力な装備を造ってくれるに違いない。

 でもその分、仲間内だろうとしっかりお金は請求されるけどね。




 翌日、俺達【聖刻の盾】は『奈落アビス』ダンジョンに入った。

 このパーティで初の探索だ。

 ついテンションが上ってしまい、心が躍ってしまう。


 そして同時に。


「――しばらくぶりの『奈落アビス』……なんだかノスタルジックな気分だ」


 俺の中で、何故か懐郷の念に似た不思議な感情が湧き上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る