第66話 二人のギルド登録

「ヤッス、最初の予定より早くレベル10になったから、連休を利用して『奈落アビス』ダンジョンに探索できるな。行ける時に早めに経験を積んだ方がいいぞ」


 連休後すぐ中間テストがあり、さらに一ヶ月後は期末テストだ。

 二度目の俺は、好成績さえ目指さなければ赤点回避するくらいの自信はある。

 けどヤッスは地頭こそ良いが、脳内は年がら年中おっぱいのことしかないので成績は微妙の筈だ。

 そうでなくても未来だと、高校卒業後すぐに引きニート生活を送るようになり、30歳になる頃には生活支援職員に連行されるという凄惨な運命が待っている。

 ここは可能な限り学業と冒険者を両立させた方が、ヤッスのためにも良いだろう。


「ああ、ユッキ。楽しみだ……それと、ここまで協力してくれてありがとう。ガンさんにも感謝しているよ」


 珍しく素直に頭を下げて見せる、ヤッス。

 変態だけど友達への謝意を忘れていない。

 根は気のいい奴なので、簡単に見限れない部分もある。


 俺はフッと笑みを零した。


「礼はいいよ、俺から誘ったことだからな。けどガンさんには言った方が良いかもね。きっとテンション上がるだろうぜ」


「わかった、そうするよ。しかしガンさんも“帰還者”となってから、まともにモンスターと戦ったことがないようだな。あの調子だとレベリングも難しそうだ……」


 ヤッスが懸念するのも無理はない。

 ガンさんって《異能狂化の仮面ベルセルクマスク》で狂戦士バーサーカーとなった状態でしか、モンスターを斃してなかった。

 全盛期はレベル67もあったのに、9年間も引き籠っていたばかりに今じゃレベル31まで低下してしまっている。

 おまけにメンタルが弱いだけじゃなく、味方の足を引っ張るほどの憶病者ときたもんだ。

 これからギルド登録した後で探索する『奈落アビス』ダンジョンにおいて、その辺を克服させる必要があるだろう。

 ガンさん自身のためにも……。


 などと考えていたら、家のチャイムが鳴り響いた。


 どうやら、そのガンさんと紗月先生が迎えに来てくれたようだ。

 すぐに準備を整え彼らと合流した。


「おはよう。丁度、ヤッスとガンさんの話をしていたところだったんだ」


「え? まさか二人で俺ことディスっていたのか? 傷ついてしばらく立ち直れなくなるからやめてくれ。あと、わざわざ本人に知らせるのもどうかと思うぞ。人格を疑ってしまうな……」


 早速、疑心暗鬼ぶりを発揮する、ガンさん。

 憶病だけならまだしも超ネガティブときているから、余計に質が悪い。


「違うよ。ヤッスがレベル10になったから、よく面倒を見てくれたガンさんにはお礼を言っとけよって話だよ」


「ユッキの言う通りだ。心から感謝しているよ、ガンさん」


「そうか……誤解してすまない。この短期間でレベルアップを果たせたのも、ヤッスの頑張りがあったからだ。気にしないでくれ」


「あと『奈落アビス』に探索するようになったら、ガンさんもレベリングしなきゃって話だ。全盛期とまではいかなくても、『深淵層』を目指せるくらいにまではなってほしいと思っている」


「ああ、わかっているさ……二人を見習ってユニークスキルに頼らず頑張ってみるよ」


「おはよう、真乙くん。さぁ、荷物積んで行きましょう」


 紗月先生が運転席の窓から顔を出して呼んでいる。

 おや? いつものSUV車じゃないようだけど……。

 光沢感のあるブラックに塗装が施された高級ワゴン車だ。

 お淑やかな先生が運転する車にしては迫力ある印象であった。


「紗月先生、その車どうしたんですか?」


「購入したのよ、【聖刻の盾】の運搬用としてね。私のSUVは5人乗りだから、こっちの方がより多く乗れるでしょ?」


 確かに現時点で【聖刻の盾】メンバーは6人だからな。

 ワゴン車なら余裕だろう。あと4人ほど増えても大丈夫だ。


 流石、ぼった……否、レベル60で超一流の鍛冶師スミスだ。

 随分と羽振りがいいというか、“帰還者”の間で成功を収めた一人かもしれない。


 準備を終えた俺達はワゴン車に乗り込む。ギルドがある『エリュシオン』に向かった。

 封印された魔法陣のゲートを潜り抜け、中世時代を彷彿させる別世界へと訪れる。


 専用の駐車場に停車し、ギルドへと向かった。

 案の定、外野の冒険者達が美桜の姿を見るなりざわついている。

 “帰還者”全員が冒険者の姿だからか、素で歩いている俺達が浮いているように見えた。



「マオト君、お久しぶり。元気してた?」


 ギルドにて、受付嬢のインディが出迎えてくれる。

 藍色の長い髪を後ろに束ねた黒縁眼鏡の綺麗系の美人お姉さんだ。

 事前に予約していたとはいえ、わざわざ俺達が到着するのを待ってくれていたらしい。


「久しぶりです、インディさん。しばらく顔を出さないですみません」


「いいよぉ。パーティ集めていたって聞いていたからね。そこの二人だよね、新しく冒険者登録する方達は?」


「はい、岩堀……いや“帰還者”では『ガルジェルド』という名です」


「ガルジェルド様ですね。はい、“帰還者”リストに登録されております。帰還されてから初めてのギルド登録となりますね」


 インディは胸に抱えていた、タブレット端末を操作してガンさんの素性を調べた。

 もろ異世界の受付嬢衣装だから、端末を操作する姿に違和感を覚えてしまう。


「僕は『安永司』、ヤッスとお呼びください――おや? 貴女はもしや『宮脇』さんですか?」


 宮脇だと?

 確か渡瀬の家前で、ヤッスが『零課』に保護された時に関わっていた公安警察の女性だ。

 そういえば、インディさんも『零課』の人間なんだよな……。


「わかっちゃったね。この姿だとバレない自信があったんだけど……ヤッス君、《看破》スキル高いから、簡単に見抜けるのかな?」


「いえ、貴女様の見事な曲線美を描いた88センチのEカップ、それが全てを物語っておりましたので、はい」


 ドヤ顔で答えている、ヤッス。

 ところで何故おっぱいを見ただけで人物を特定できるんだ?

 自称『おっぱいソムリエ』半端ないぞ。


「現実世界の本名は『宮脇 藍沙あいしゃ』よ。その際は特殊公安警察の『零課』の作業班として動いていることが多いから、周りには内緒でお願いね」


「秘密主義の公安警察があっさりと素性を明かしていいのかしら?」


 美桜が嫌味っぽい口調で訊いてくる。あくまで『零課』を牽制した上での態度だ。

 しかしインディは気にせず、ニコッと微笑を見せた。


上司・ ・からは構わないと言われています。今後、ミオ様達にご協力を仰ぐためにもその方が良いとの指示です」


「……ゼファーね、食えない男」


「ウチらごと利用する気満々だねぇ」


「ははは、ファロスリエン様まで……あの方・ ・ ・も随分と嫌われようで、まぁお気持ちは察します。ですが、ここはお互いウィンウィンの間柄ということで……それではギルド登録いたしましょう。お二方、どうぞこちらへ」


 インディは苦笑いを浮かべると、ヤッスとガンさんを受付用のカウンターに案内し始める。

 俺達もその後について行くことにした。


 受付カウンターにて、インディは《鑑定眼》を発動する。

 二人のステータスを閲覧し、「ほう……」と頷いていた。


「岩堀様、いえガルジェルド様は『蛮族戦士バーバリアン』として以前と変わりのないステータスですね」


「俺はここに訪れたのは初めてだが、以前とは?」


「数日前に『零課』で拘束された時です。誤解だと判明した時に“帰還者”リストにステータスごと登録したのですよ」


「ああ、そうだったな……あれからすっかりトラウマになってしまい、今じゃパトカーを見るだけで、別に悪いことしてなくても条件反射で身を隠してしまうんだ」


 ガンさんよ。そんなことしていたら、また不審者だと思われて捕まってしまうんじゃね?


「ガルジェルド様の場合、9年間のブランクで能力値低下アビリティ・ダウンこそありますが、一度は最上級者まで昇りつめた冒険者です。これからの活躍次第で返り咲くことは可能でしょう」


「俺に『様』はいらない。それに返り咲くつもりないよ……ただ仲間達の足を引っ張らなければいいと思っている。戦力外としてハブかれるのが何よりショックだからな。人生なんて一際目立つ英雄なんかより、ささやかなバイプレイヤーでいいんだよ」


 相変わらず後ろ向きでネガティブな男、ガンさん。

 そういや彼のステータスは俺の《鑑定眼》でも、レベル値しか閲覧できない。

 性格からなのか、相当強固な《隠蔽》スキルが施されているようだ。

 きっと、そのスキルだけ劣化されてなくカンストしたままなのだろう。


「ヤッス君はレベル10で『魔法士ソーサラー』らしく、とにかく知力INTが異常なくらい突出しているわ……マオト君の頃で経験してなければ、今頃は『嘘でしょ!?』って驚いているところよ」


「……そうですか。テンプレの『僕、何かやっちゃいました?』をやりたかったのですが、ユッキに先を越されてしまったようですね」


 悪かったな、先を越して。

 そういや何気にやったのを覚えているわ(笑)。


 こうして、ヤッスとガンさんのギルド登録が無事に終わった。

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