第64話 天使の保護者

「真乙くん、聞いてもいい?」


 緊張するあまりつい無言で歩いていると、杏奈から声を掛けてきた。


「な、何?」


「ひょっとして玲矢くんに何かされたの? だからわたしのこと心配してくれて、こうして一緒に帰ってくれるの?」


「え? い、いや、そんなことは……」


 本当に何かされたとは言えない。

 しかも昨日、悪魔デーモンスライムで襲われたとは……流石に。

 ましてや、杏奈が邪神復活の『生贄』として標的にされているなんてとても……。


「わたしも玲矢くんが荒れていた時を見ていたからわかるの……彼、音羽達が言うように普通じゃない部分もあったと思う。だから大野くんと工藤くんの説明も頷けるところもあるというか……でも、そこまでする理由がわからなくて」


「……杏奈」


「真乙くんが強いのはわかっているよ……けど、今の玲矢くんは例えようのない『怖さ』があるの。わたしと関わることで、真乙くんにも迷惑が掛かるなら、わたし……わたし……」


 どうやら俺に対して、自分のことでトラブル巻き込ませてしまったと自責の念に苛まれているようだ。

 そんなことはない。あくまで俺が望んだ結果なんだ。


 どの道、渡瀬は野放しにできない。

 杏奈のことだけじゃなく、異世界だって大災害に発展してしまうのだから。


 そんなことはさせない――杏奈と異世界は俺が守ってみせる!

 

 俺は誓いを込め、再び彼女の手に触れて握った。


「真乙くん?」


「大丈夫だって言ったろ? 何があっても杏奈は俺が守る。そのために頑張って鍛えているからね」


「うん、嬉しい……いつも勇気をくれて、ありがと」


 杏奈は頷き、頬を染めて瞳を潤ませる。

 両手で包み込むように、俺の手を握り返してくれた。

 その温もりに杏奈の優しさが伝わってくる。


 ようやく友達になったばかりだけど、とてもいい雰囲気だ。

 お互い波長が合うというか、こうしていることが自然というか……つい、そのような錯覚を抱いてしまう。


 そういや俺達って、別の未来じゃ2回ほど付き合っているんだよな?

 美桜の話だと激太りしていた時も、勇気を出して告白したことで恋人同士になれたって話だ。

 なんでも杏奈は見た目じゃなく、内面で俺に好意を持ってくれていたらしい。


 ――だったら、今なら余計にイケるんじゃね?

 

 いいや駄目だ。

 彼女が落ち込んでいる時に告白なんて……ここはデリカシーを持って空気を読んだ方がいい。

 こうして一緒にいるうちにチャンスが来る筈だ。

 そのタイミングで告白しよう。


 などと頭の中で過らせ、杏奈と何気ない会話をしながら帰路を歩く。

 あっという間に杏奈が住む高層マンション前に辿り着いた。

 楽しい時間ってのは、すぐに終わってしまうものだ。


 にしても相変わらず凄いマンションだな。


「んじゃ、俺はこれで……また明日」


「あっ、真乙くん。今、家に叔母さんがいるの……良かったら会ってもらえる?」


「え? 叔母さんって前に俺に会ってみたいと言ってくれた?」


「……う、うん。迷惑でなければだけど」


「行く! 是非、ご挨拶させて頂きます!」


 思わず背筋を伸ばしてお辞儀してしまった。

 突如すぎる展開のあまり、つい社畜時代の癖が出てしまう。


 杏奈は微笑み、「じゃあ、叔母さんにメールするね」とスマホを取り出し連絡している。


 まるで彼氏として、ご両親に紹介される気分だ。

 何せ彼女にとって同等の存在らしいからな。

 うおっ、こりゃ失礼があってはいかん! 身形を整えないと!

 俺は必死で制服を整えながら、彼女に連れられてマンション内に入った。


 前回と同様、高級感の漂う建物内であり、庶民の俺には馴染めない空間だ。

前に進む度より緊張が増している。


 杏奈がカードキーを翳すと扉は解錠された。


「あら杏奈、おかえりぃ。その子が噂の真乙くんね?」


 リビングに入ってすぐ、一人の女性が視界に入った。

 この人が杏奈の叔母さんか?


 見た目から年齢は二十代半ばくらいで、叔母さんと呼ぶには失礼な若いお姉さんだ。

 長い髪を頭頂部で結ったお団子ヘアことシニヨンであり、ゆったりとした部屋着姿。

 色白で綺麗な容貌であり、どこか杏奈を大人にしたような顔立ち。


「うん、そうだよ。幸城 真乙くん」


「よ、よろしくお願いします!」


「よろしくね。私は、野咲のざき 春乃はるの。遠慮なく名前で呼んでね」


 おとなしめの杏奈と異なり、明るくて気さくな女性だ。

 てか、ほんのりと顔が赤く染まっている。

 ん? よく見るとテーブルに沢山の缶ビールが積まれているぞ。


「叔母さん……また昼間っから飲んでいたの?」


 杏奈は呆れた口調で問い質している。


「うん、ちょっとね……いいじゃん、お仕事終わったことだしぃ~」


「お仕事ですか?」


「そっ。私、小説家なの。ついさっき原稿を上げたから景気づけの一杯ね」


 一杯どころじゃないじゃん。

 缶の本数からして、数時間前から飲んでいるような気がする。

 なんだか、しっかり者の杏奈と違って随分とズボラな女性だぞ。


「真乙くん、ごめんね……今、コーヒー淹れるからソファーでくつろいでいてね」


「うん、ありがと……」


 杏奈に促され、鞄を置いてソファーに腰を降ろす。

 彼女は足早に台所へと向う。


 いきなり春乃さんと二人きりになった。

 どこか気まずくて落ち着かない。

 何を話せばいいのやら……。


 春乃さんは缶ビール片手に俺の隣に座った。


「真乙くんって呼んでいい?」


「ええ勿論。春乃さんは普段から、杏奈の様子を見に来てらっしゃるんですよね?」


「まぁね。半分住んでいるようなものよ……あの子の父親との約束でね」


「お父さん? 杏奈の?」


「そうよ、あの子から聞いてない?」


「少しだけ……養護施設の話とか、お父さんの顔を知らないとか」


「そうなんだ。杏奈がそこまで身の上を話すなんて……真乙くん、余程信頼されているのね?」


「……ええ、まぁ」


「杏奈の父親、少し複雑な事情があってね。直接会うことができないから、弁護士や唯一の身内である私を通して、あの子の身の回りの世話をするよう頼まれているの……時折、近況の報告もしているわ」


 だからこんな豪華なマンションを与えられているのか?

 常に娘の状況が把握できるように……会えない事情があるとはいえ、不思議な親子関係だ。


「でも相当な有力者のようですね、杏奈のお父さん……」


「まぁね。けど子供は杏奈しかいないから色々と大変みたい。あの子が卒業する頃には、どうなることやら……」


「どういう意味ですか?」


 俺が訊くと、春乃さんは首を横に振った。


「なんでもないわ……大人には事情があるってこと。それより、真乙くんって杏奈のことどう思っているの? キミ達どこまで進んでいるの、ねぇ?」


 まるで何かを誤魔化すかのように、いきなりぐいぐいと質問攻めしてきた。

 きっと俺を揶揄って思春期の青年っぽく狼狽する様を期待しているんだろう。

 けど精神年齢的には俺の方が年上(元30歳)だからな。別に隠す理由もないので良識の範囲で返答してみる。


「守ってあげたい大切な女子ひとです。つい最近、友達関係になったところで、春乃さんが期待するような間柄には至ってませんけど」


「そ、そう……期待の斜め上を行く返答ね。いやに堂々としているし、ひょっとして真乙くんって恋愛マスター?」


「まさか、これまで誰とも付き合ったことなんてないですよ。ただ誤魔化す理由もないし、正直に答えているだけです」


 いやこれガチ。前周でも交際歴なしの童貞だったからね。

 つーか恋愛マスターって何?


「以前に会った、『玲矢』って子も年齢の割には落ち着いてたし……最近の男子ってこうなのかなぁ?」


「玲矢? 渡瀬のことですか?」


「ええ、そうよ。でも誤解しないでね、真乙くんのように杏奈がこの部屋に連れてきたとかじゃないから。中学の卒業式に出席した際、杏奈の保護者としてたまたま会って紹介されただけよ。養護施設時代からの幼馴染で兄のような子だって感じでね。イケメンで物静かな印象だったわ」


「そ、そうですか……」


 別にこの部屋に連れてきたからって別にどうだってわけじゃないけど、少しだけホッとした気持ちなのは確かだな。

 似たような境遇でお互い支え合って過ごしてきたのは事実だし、そこで嫉妬するのは何か違うと思うし仕方ないと割り切るべきだ。

だけど渡瀬の本性を知ってしまった俺としては、正直受け入れ難い部分もある。


 渡瀬はそんな幼馴染を……杏奈を裏切ったのだから――。


「特に最近のあの子、とても楽しそうに真乙くんのことを話しているのよ。あんな明るい表情かお、しばらく見てなかったから……つい私もキミに興味を持ってね。こうして話せて良かったわ……どうか杏奈のことお願いね」


「はい、勿論です」


 どうやら春乃さん的に、俺のことを気に入ってくれたようだ。

 それだけでも大収穫だと思いたい。


 にしても杏奈が俺のこと、そんな風に話してくれているとは……。


 やべっ、超嬉し(照れ)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る