第63話 守るべき決意

「……けど、わからないよ。玲矢くん、どうしてわたしにそこまで?」


「玲矢に指示された俺らも、よくわからないけど……きっと幸城と仲良さそうにしていることが気に入らなかったんじゃないかと勝手に思っている」


 杏奈の疑問に大野が答えている。


「そうだとしても酷すぎるよ……悪戯じゃすまないことくらい、玲矢くんだってわかっている筈なのに……音羽や大野くん達だって、そこまで従うわけがないのに……」


「違うんだ、野咲。俺や佑馬も……音羽に言われるまで、その気になっていたんだ」


 工藤が思いつめた表情で言ってきた。


「え? 嘘……」


「いやガチの話だ。なんていうか……上手く説明できないけど、そうしなければならないという意志を刷り込まれてしまうような……非現実的だけど、とにかく玲矢には他人を洗脳させてしまう不思議な力を持っているんだ」


「まさか……いくらなんでも、そんな話、信じられないよ」


「杏奈、傑の言っていることは本当よ。さっき説明した通り、渡瀬は中学三年の三学期頃から落ち着いたように見せていたけど、実際は暴力が減っただけよ。その力で私達を隠れ蓑にして、杏奈と幸城を追い詰めようとしていた……証拠のメールだって残っているわ」


「わ、わたしだけじゃなく、真乙くんも!?」


 杏奈は秋月から提示されたスマホのメール内容を一瞥し、不安そうに俺の顔を見つめている。

 俺は正直に頷き事実だと認めた。


「秋月が勇気を出して告白してくれなかったら、俺も気づかず今頃どうなっていたかわからなかったと思う……だから彼女達と手を組んで、こうして立ち会うことにしたんだ。これからは、みんなで杏奈を守るためにね」


 先日、『零課』のゼファーから杏奈を護衛対象にすると言っていたけど、渡瀬にまんまと逃げられてしまった経過といい、どうも後手に回っている気がしてならない。

 ならば杏奈から信頼を得られ、こうして傍にいる俺の方が守ることに関しては適していると思った。


 俺なら自分の身も十分すぎるほど守れるからな。

 寧ろ「どうなっていたかわからなかった」と危惧したのは、秋月達に対してのことだ。

 何も知らない状況なら、俺の気性上きっと杏奈を虐める糞共と判断して取り返しのつかない報復をしていたかもしれない。

 そういう意味では安堵しているし、先手を打ってくれた秋月の勇気に敬意すら抱いている。


「……それで真乙くん達が傍にいてくれていたんだね? ありがとう……でも、わたし……まだ信じられないというか、なんだか割り切れなくて……だって可笑しくなる前までは玲矢くん、ごく普通の男子で優しい幼馴染だったんだよぉ。どうしてあんな風になっちゃったんだろう?」


 杏奈は見限れず困惑するのも無理はない。

 渡瀬だって不遇の人生を歩み、心の奥底で『闇』を抱えていたとはいえ、中三の一学期までは普通の学生として過ごしてきたんだ。

 異世界に転移し、そこでも色々な連中に裏切られたことで『闇』が膨張し弾けてしまった。

 

 それは現実世界に帰還してからも反映し、今のサイコパスな人格へと変貌を遂げてしまったと思われる。

 “帰還者”となった渡瀬は当初こそ荒れていたが、疎遠だった両親を見つけ出して捕縛し、あの地下修練場で人面ワームへと魔改造させたことで気持ちを落ち着かせたのかもしれない。

 

 ――幼少期、自分を虐待した両親に対して復讐を成し遂げることで。


 それから闇勇者として本来の使命である、「邪神メニーラ復活の生贄」で杏奈を選び実行しようと目論んでいる。

 タイムリミットは12月24日のクリスマス・イヴ――なんとしてでも阻止しなければならない。


 俺は杏奈の傍により、そっと彼女の手を握り締めた。


「ま、真乙くん?」


「大丈夫だ。何があっても杏奈は俺が守る……必ず守るから」


「うん、ありがと……信頼しているよ」


 杏奈も色白の頬を桜色に染め、俺の瞳を見つめて優しく微笑んでくれる。

 繋がれた手を華奢できめ細やかな指で、ぎゅっと強く握り返してくれた。

 彼女は心から俺のことを信頼してくれている。

 この温もりを失わないためにもやるしかない。そのためにタイムリープしてきたんだ。


「ちょっと幸城ッ! 何、当たり前のように杏奈の手を握ってんの!? そういのは誰もいない所でやってよね! 杏奈もよ!」


 秋月に厳しく指摘され、凄く大胆なことをしていることに初めて気づいた。

 俺は慌てて手を放し、「ご、ごめん……」と杏奈に謝る。

 彼女は「ううん、いいの。真乙くんだから」と天使のような笑顔を向けてくれる。


 とりあえず、杏奈に渡瀬の悪行を説明し周知させることはできた。


 友人達による突然の告白と幼馴染の異常な正体に、ずっと一緒に過ごしてきた彼女としては、わだかまりがあるのは当然のことだ。

 しかしたとえ受け入れ難くても狙われている以上、杏奈は真実を知る必要がある。

 今後、渡瀬から何かしらの接触があるとして、彼女に警戒心を抱かせることで迂闊に近づかせないために……あるいはワンクッション置いて、俺に相談してくれれば対応しやすい筈だ。

 そういった意味でも、杏奈に告げたことは非常に大きな収穫でもあった。



 こうして話を終えて、俺達は解散することにした。

 正直に打ち明けてくれた大野と工藤は、「じゃあ、俺ら部活があるから……」と教室から出て行く。

 その後ろ姿に違和感を覚えてしまう。

どこか切なそうで損失感が漂っていたからだ。

 てっきり全てを話したことで、すっきりしただろうと思ったけど。


「――ユッキ。今後、あの二人に注意した方がいい。ずっと観察していたけど、何か施されている可能性がある」


 ガンさんが小声で耳打ちしてくる。


「やっぱりな……魅了系か洗脳系の魔法、あるいはユニークスキルか?」


「おそらく魔法ではないよ。大野くんも工藤くんも言っていることはまともだったからな。俺の経験上、ユニークスキルの可能性が高い。一見して普通に過ごしていても、何かの条件や仕掛けでスキルが作動してしまう『作動型』も考えられる」


「作動型のスキルか……渡瀬の爺さんといい、闇の勇者や悪魔調教師デビル・テイマーの職種とは異なる、奴の真っ黒く染まった精神から発現した能力なのは確かだな。幸い秋月は問題なさそうだ」


 何せ秋月のおかげで俺達は渡瀬に疑念を持ち、こうして杏奈に話す場を設けることができたからな。

 俺が渡瀬なら、そんな真似をさせる前に行動を抑制するよう手を打っている。

 きっと大野や工藤と異なり、秋月にはスキルを施すまでの条件が満たせなかったのかもしれない。


「ヤッスはどう思う?」

 

「……そうだな、ユッキ。あの陽キャ共の背中、煤けて見えると思わんかね? あの無様な有様を見られただけで立ち会った甲斐はあったというものだ、フフフ」


 やたら嬉しそうにヘイトを呟く、ヤッス。

 そういうことを聞いたんじゃないんだけどな……どれだけリア充達のこと嫌いなんだよ?


「……そっか。まぁアレだ、うん。俺達もそろそろ帰ろっか? そういうわけで、杏奈は家まで送って行くよ。秋月はどうする?」


「私は別の友達を待たせているから、その子達と帰るわ……てか安永、どうしてガンさんにおぶさっているの? 昨日もそうだけど随分と体が不自由そうね?」


 秋月は、ガンさんの背に跨るヤッスに不審な眼差しを向けている。

 まさかレベルアップのため、主である姉ちゃんから《強制試練ギアスアンロー》を施され、体が思うように動かせないとは言えないだろう。


 だがこの男は違った――。


「フン、これも偉大なるマスターが僕に与えてくれた試練だ。お前も無駄に交友ばかり広げてないで少しは自分を磨く鍛錬をすることだなぁ、ギリCカップ」


「誰がギリCカップよ! このぅド変態安永ァ、早く帰れぇぇぇ!」


 秋月はブチギレてしまい、頬を膨らませたまま教室から出て行った。

 まさしく犬猿の仲と言うべきか。圧倒的にヤッスが悪いけどな。

 

「やれやれだ。じゃあ杏奈、俺達も行こう」


「うん、真乙くん」


 学校を出てから間もなく歩くと。


「ユッキ、俺はヤッスと先に帰っている。お前は野咲さんを家まで送ってほしい……ユッキなら俺達といるより、一人の方が彼女を守りやすいだろう。何かあったら連絡してくれ」


「わかったよ、ガンさん。あとでね」


 ガンさんは頷き、軽々とヤッスを背負ったまま足早に去って行った。


 ひょっとして俺に気を遣ってくれたのか?

 あるいはビビり根性で、動けないヤッスを抱えた状態で悪魔デーモンと遭遇したくなかっただけなのかは不明だ。


 けど思わぬ形で二人きりになってしまった。

 しかも杏奈と下校するなんて、以前の俺なら想像すらできないことだ。


 やばい……急に緊張してきたんですけど。

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