第62話 天使への暴露話
「……例の『零課』が根回ししたんじゃないのか?」
ヤッスが憶測を立てる。
あり得る話か……現に渡瀬の祖父は『零課』に保護されているからな。
きっと生徒達と周囲に不審に思われないための隠蔽工作だ。
特に渡瀬が異世界の“帰還者”であることを知られてはいけない。
「野咲は何か知っているのか? 渡瀬と幼馴染だろ?」
クラスの男子が杏奈に言及している。
最も身近にいる存在だけに問われることは仕方ない。
「わ、わからないよ……玲矢くん、まるっきり連絡つかないし、メール送っても既読されてないから」
杏奈も酷く困惑していた。
今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。
俺は杏奈をフォローするため、割って入ろうと踏み出した時、『秋月 音羽』が近づいてきた。
「――幸城は何か知っているの?」
そう小声で尋ねてくる。
「なんだよ、秋月? 知っているって何が?」
「渡瀬のこと……だって昨日の今日でしょ? あれから、あいつが接触してきて何かあったんじゃないの?」
随分と勘のいい女子だ。
実際、秋月から相談を受けた後に襲われているからな。
不審に思っても不思議じゃないか。
けど正直に言うわけにもいかない。
「まさか。向こうから仕掛けてこない限り、俺から何かすることはないよ……それより、今日の放課後の件、どうする?」
放課後の件とは、被害者であるリア充達が杏奈を呼び出し、渡瀬に脅されて「虐めを強要」されていることを告白する話だ。
俺も一緒に立ち合うことになっている。
「勿論、杏奈に何もかも説明して暴露してやるわ。
「わかっている。あんな危険な奴、幼馴染とはいえ杏奈も警戒心を持った方がいいからな……真実を知るべきだ」
渡瀬という男は、俺達だけでなく『零課』から逃げ切るほど用意周到な奴だ。
今後は優しい杏奈の気持ちを利用して接触するに違いない。
彼女を邪神メニーラ復活の『生贄』としている以上尚更だろう。
無論、そこまでは説明できないけど……。
「おいCカップ、話はユッキから聞いてるぞ。お前ら腐れリア充どもは自業自得のざまぁとして、野咲さんに罪がないのも事実。不本意だが親友のため、僕も協力しようではないか」
「誰がCカップよ! このド変態安永ぁ! いつも女子のおっぱいばっかり追いかけて、そんな変態男の協力なんていらないわ! 幸城ッ、どうしてこんなバカと仲が良いのよ!?」
秋月はブチギレ出した。何故か俺にまで当たり散らしている。
けど今のは明らかにヤッスが悪い。
「秋月、どうか落ち着いてくれ。ヤッスも言い過ぎだぞ……あっ、そういや二人って小学から知り合いなんだってな?」
「ああ、黒歴史だがその通りだ。まぁ小学生まで趣味が合う話のわかる女子だったが、中学二年の頃から色気づいたのか、今じゃすっかり疎遠だよ」
「フン! おっぱいとアニメにしか興味がなくいつまでも成長しない、あんたの問題でしょ!?」
ん? 二人の口振りからして、秋月ってひょっとして元オタクか厨二病なのか?
彼女は中学生になり心の成長と共に、そういうのを卒業してリア充達とつるむようになった。
対してヤッスはずっとそのままで、二人の距離は空く一方で今の険悪な関係に収まる。
そんな感じか?
どちらにせよヤッスが一方的に嫌っていることに変わりないけど。
だが俺も厨二病までいかないけどオタクだし、リアルな恋に生きようとする点では卒業した秋月の気持ちも理解できる。
「そうだとしてもだ。俺達で揉めてどうする? 今は共同する仲間として協力し合わなければならないんじゃないか? ヤッスもこんなんだけど、俺よりも鋭い観察眼を持っているし頭もキレる。親友として保証できるぞ」
「……幸城がそこまで言うなら、ね。けど安永に対して親友だなんて……あんたも変わってるわ」
「『ヤッスもこんなん』ってワードがいやに引っかかるが……まぁいいだろう。ユッキと野咲さんのため一時休戦だ」
とりあえず二人の間を取り繕うことができた。
これも《統率Lv.7》スキルのおかげだな。
「……あのぅ、秋月さん。俺も参加していいかな?」
ガンさんは控え目な口調で挙手する。
しかし秋月は「え?」と戸惑い始めた。
「い、岩堀さん、君、先輩……ねぇ幸城、この人なんて呼べばいい?」
どうやらガンさんの取り扱い方がわからないらしい。
実年齢も10歳も離れているし、見た目からして強面で厳ついので無理もないだろう。
精神年齢は俺の方が年上だけどな(30歳の元社畜)。
「俺達はガンさんと呼んでいる。とても優しくて気の良い人だから敬語は不要だ。けどガラス細工のように繊細な心の持ち主だから、イジたりディスるのは禁止な」
「わかったわ。ガンさん、どうかよろしくね」
「ああこちらこそ。あと補足すると、俺って褒められて伸びるタイプだから、そこも忘れないでほしい。豚もおだてりゃ木に登るぞ的な?」
ガンさん、それって16歳の女子に向けて補足するべき説明じゃないと思う。
逆に年下の子達に気を遣わせないでほしいと言ってやりたい。
それから秋月が、杏奈に言及してくる男子に「幼馴染だからって何でもかんでも知っているわけないでしょ?」割って入り事を納めている。
あのぅその役目、俺がやりたかったんですけど……。
そして放課後。
秋月から「話がある」と伝えられ、杏奈は教室に残っていた。
現在、杏奈の傍には、俺とヤッスとガンさんの三人が待機している。
「……どうして真乙くん達もいるの?」
「実は俺達も秋月から色々と相談を受けてね……秋月、とても杏奈のこと大事にしているから、ちゃんと彼女の話を聞いてほしいんだ」
「うん、わかったぁ。音羽のことは信じているよ……けど不思議。真乙くんと音羽って接点なさそうだったのに……」
「え? いやぁ……なんて言うか、俺も杏奈と仲良くなって繋がりを持ったと言うか……秋月から話を聞けばわかるよ」
俺の方から「渡瀬対策で意気投合した」とはまだ言えない。
それに杏奈も秋月のこと、大切な親友として信頼している。
俺が過ごした時代じゃ、その秋月に裏切られ虐めを受けてしまうんだ。
渡瀬に操られる形でな……さぞ、杏奈もショックだったろう。
それこそ心に『負の念』が芽生えてしまうほどに。
あの時、何もできず杏奈の気持ちを知ることができなかった。
だからこれは俺にとっての贖罪でもあるんだ。
二度と同じ過ちを繰り返さないためにも――。
ガラッと扉が開かれる。
最初に秋月が教室に入り、大野と工藤が後に続いてきた。
「ごめんね、杏奈……待たせて」
「うん、いいよ。けど大野くんと工藤くんまでどうして? 二人共、いつもと様子が違うけど……?」
杏奈が指摘した通り、大野と工藤は普段の余裕ぶっていた陽キャの表情じゃなく、やたら神妙な表情を浮かべている。
俺も学年カースト上位と呼ばれていた、ある意味では雲のような存在だと思っていた二人だけに、つい哀れみを感じてしまう。
それだけ渡瀬に脅され追い詰められていたんだと思った。
「私が佑馬と傑に頼んで来てもらったの、幸城達にも立ち会うようお願いしてね。今まで隠していたことを全て打ち明けてもらうために……だから杏奈、まずは話を聞いてあげて」
「うん、わかった」
杏奈は素直に頷くと、大野と工藤は「じゃあ……」と呟き彼女と向き合うよう椅子をセッテングして座った。
それから中学三年から渡瀬に受けた仕打ちを全て話した。
杏奈が知っていることから知らなかったことまで――。
また渡瀬が密かに幼馴染を虐めるよう強要していたことも。
さらに秋月も加わることで絵空事ではない、より信憑性を増した事実となる。
杏奈も最初こそ信じられなさそうに動揺し、その大きな瞳を見開いて聞き入っていた。
しかし彼女なりに思い当たる節もあるようで、少しずつ理解を見せ始めていく。
「――正直、信じられない……ううん、信じたくないよ。けど大野くんと工藤くん、それに音羽も……嘘をつくような人じゃないのも知っている。それに玲矢くんの気性も理解しているつもりだし、多分そうなんじゃないかなぁって……思う部分もあったから」
杏奈の幼馴染を信じたい気持ちと、聡明な見解による感想。
彼女の話によると、渡瀬は荒れていた中学三年の三学期頃から落ち着いたように見せていたが、気に入らないことがあったりすると杏奈の前でも所々で本性をチラつかせていたと言う。
「特に最近じゃ、真乙くんのこと厳しく問い詰めるようになったわ……先週、真乙くんと一緒に勉強した時もそう……これまでなかった怖い剣幕で……だから音羽達の説明にも辻褄が合うというか」
「杏奈は俺についてどんな説明をしたんだ?」
「大切なお友達だってことだけだよ……いくら幼馴染だからって、何でもかんでも説明する義務はないし、玲矢くんだって隠し事が多いからね」
まだ友達ポジなのは仕方ないとして、杏奈に大切と思ってくれていることが嬉しくてテンションが上がってしまう、俺。
それに渡瀬とは、あくまで幼馴染として割り切っているようで安心した。
しかし、そんな彼女の姿勢が原因で、渡瀬は秋月達に虐めを強要させたんだな……。
最低のサイコ野郎だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます