第60話 英傑達の思惑

 ここは俺がガンさんの冤罪を晴らさなければならないぞ。


「あのぅ、ゼファーさん。その厳つい大男、俺の同級生で友達の『岩堀 王聡』という名で、異世界じゃ『ガルシュルド』と呼ばれた転生者です。見た目は強面ですけど、透き通った少年の心を持つ極めて無害な奴なので釈放してくれませんか?」


『ガルシュルド? 聞いたことがある名だ。記憶だと「勇者殺しブレイヴキラー」と呼ばれた狂戦士バーサーカーか?』


「そうよ。その件で9年間も引き籠って、真乙のおかげで復帰したところなの。今は私が立ち上げたパーティの一員だからね。保護した眷属の子と一緒にギルド登録する予定よ」


『なるほど、彼も【聖刻の盾】のメンバーだったのか。ミオの仲間なら先にそう言えばいいのに……わかった、部下に指示し早急に解放しよう』


 ゼファーは理解を示し《アイテムボックス》からスマホを取り出した。

兜越しで普通に部下へと指示を出している。

 もろ中世風の鎧姿なので、スマホでやり取りする姿はどこかシュールに見えた。


「貴方もいい加減、そのオリハルコンの鎧を脱いだら如何ですの? もう敵は殲滅したのではありません?」


 オリハルコンの鎧だって? ゼファーが身に纏う漆黒の鎧がか!?

 伝説の金属とか言われる、よくファンタジーで聞く名前だ。

 美桜の『アダマンタイト』より希少で硬質と言われている。


『まだ怒っているのか、フレイア……しつこい魔女だ。職務上、いたずらに俺の姿を晒すわけにはいかない――そうか……レイヤの消息は掴めなかったか』


「まんまと逃げられたってわけ?」


 美桜が率直に尋ねた。

 俺なら恐縮して聞けないけどな。


『ああ、恥ずかしながらだ。しかし闇堕ちした勇者とはいえ、調教師テイマーが単独で追跡から逃げ切ることは不可能……きっと逃走を手助けし匿った協力者がいる。そかしレイヤには仲間と呼べる者はいなかった筈――おそらく別災厄周期シーズンの“帰還者”か? ガルシュルドのようなワケありで、ギルド登録にされてない者の可能性が高い』


「ゼファーさん。渡瀬は12月24日のクリスマスイブまで身を隠すような言い方をしていました。それまでの間、伊能市から離れるかもしれません」


『どうやら真乙君も、ミオからある程度の事情を聞いているようだな? 邪神メネーラを再降臨させるための「生贄」を異世界へ導くことがレイヤの目的らしい……現実世界の交友関係からして幼馴染である「野咲 杏奈」という娘が標的か』


「はい、ですが杏奈は俺が守ります。勿論、パーティの仲間達や『零課』の協力も不可欠ではありますが……」


『わかっているさ。公安警察にも面子がある。野咲という娘の護衛と闇勇者レイヤの捜索及び逮捕に全力を尽くすつもりだ。寧ろ俺の方からキミ達の協力を仰ぎたいと思っている。真乙君、よろしく頼む』


「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 理解力のあるゼファーの人柄なのか。

 飼いならされた犬のように、つい従順な姿勢で返答してしまう。

 元社畜として、なんか良き上司というか、頼れる先輩を得た気分だ。


「……気を付けなさい、真乙。あいつ紳士ぶっているけど、本当に人使い荒い男だからね」


「真乙様のお人柄を利用し、無理難題を吹っ掛けてくる可能性大ですわ!」


「マオッチ、ゼファーに何か頼まれたら必ず条件を出すこと。無償じゃ絶対に駄目だからねぇ」


「とくに弱味を握られたら最悪なのです! マオたん様、どうか気を付けてください!」


 何だろう、みんなやたらゼファーを警戒している。

 この人、味方でいいんだよね?


 一方で、ゼファーはフルフェイスの兜越しで呆れたような溜息を吐いた。


『やれやれだな。とりあえず、横たわっているレイヤの祖父は「零課」で保護する。レイヤの逃走先や仲間の情報を引き出せるかもしれん。何かわかったらミオに連絡する……あと腐魔女、じゃないフレイアお前にもな。時折、俺も「キカンシャ・フォーラム」に顔出すこともあるだろう……だからあまり悪さするなよ』


「わかったわ、ゼファー」


「とっとと消えなさい、ですわ」


 ゼファーは頷いた瞬間、視界が真っ暗になる。

 以前にも体験した感覚だ。

 すぐに視界が晴れると、いつの間にかゼファーの姿はなく、同時に爺さんの姿も消えていた。

 

「あの時と同じ現象だ……ゼファーさんのスキルなのか?」


「ゼファーは『闇』を操るわ。伊達に異世界じゃ魔王の右腕ポジじゃなかったからね」


「おそらく戦闘力は魔王以上ですわ。おまけに慎重で狡猾な性格、より質が悪いですの」


 美桜が俺に説明してくれた後、フレイアが何気に愚痴を漏らしている。

 その背後でメルが小声で「狡猾さならフレイア様とミオ様も負けてないのです……」と呟いていた。

 香帆はニヤついた顔で「どっちもどっちしょ~?」と流している。


 このメンバーは同じ災厄周期シーズンで活躍した“帰還者”であり勇者達だ。

 特にゼファーは最初こそ敵側だったが、戦っていくうちに現実世界の記憶が蘇り味方として共に戦い抜いた間柄だとか。


 よくわからないけど、奇妙なバランスで成り立った絆というか繋がりがあるようだ。



「――ユッキ、俺の濡れ衣を晴らしてくれてありがとう! やっぱり持つべき者は親友だなぁ!」


 装備を解き外に出た途端、半ベソ状態のガンさんに抱擁された。

 どうやら俺がゼファーに説明したことが、捕縛した部下達を通して知らされたようだ。


「無事で何よりだよ。ガンさんが連行されたって聞いた時は焦ったけどね」


「ああ『零課』の連中、ガチでおっかなくて融通が利かないんだ! いくら学生証を見せても偽造を疑われるし、動けないヤッスを背負っていたら高校生を人質にした渡瀬の仲間だと決めつけられ強引に拘束されてしまった……まったく、ああいう疑心暗鬼の大人達にはなりたくないよ!」


 いや、26歳のガンさんも十分に大人だからね。

 そのヤッスは塀を背もたれにして地面に座り込んでいる。

 《強制試練ギアスアンロー》で自由に体が動かせない以外は元気そうだ。


「ヤッス、大丈夫か?」


「ああ、僕なら問題ない。何故か被害者扱いされ丁重に保護してくれたからね……特に『宮脇』って名乗ったロングヘアーの女性は素敵だったね。バスト88のEカップ、黒スーツから浮き出た曲線が実に美しかったなぁ」


 ヤッスは「おっぱいソムリエ」ぶりを発揮し、夕暮れの空を見つめながら物思い耽る。

 いっそガンさんじゃなく、こいつを捕まえた方が良かったんじゃないかと思えてきた。

 

 にしても宮脇という女性か……聞き覚えのない苗字だ。

 きっとゼファーと同じ『零課』の公務員で彼の部下なのだろう。


「では真乙様、わたくし達はこれで失礼いたしますわ」


 フレイアも軍服姿から純白のセーラー服に戻っている。

 俺に向けて丁寧に頭を下げてくれた。


 そんなフレイアの隣で中学生くらいの小柄な女子が立っている。

 幼さのある可愛らしい顔立ちで、彼女と同じようにお辞儀をしていた。

 毛先が跳ね上がった黒髪を後ろで束ねているところから、現実世界のメルなのか?


「マオたん様、またお会いいたしましょうなのです!」


「ああ、色々とサンキュなメル。フレ、いや由莉亜さんも本当にありがとう」


「フレイアでよろしいですわ。これからも、どうかよろしくお願いいたします。あと一度『白雪学園』に遊びに来てくださいませ。久住さんも会いたがっておりますわ」


「え? うん……わかったよ。学園祭とかあれば覗きに行こうかな」


 何もないのに他校に行くわけにもいかないから、イベントに合わせて赴くのがベストだろう。

 一人じゃアレだから仲間達を誘ってね……できれば杏奈も。


 フレイアは俺の返答に気を良くしたのか、ニコッと爽やかに微笑む。


「それでは時期が来ましたらお誘いいたしますわ。恐縮ですが、ご連絡先を教えて頂いてもよろしいですか?」


「うん勿論。メール交換しよう。これからもよろしくね、フレイアさん」


「はい、真乙様! とても嬉しいですわ!」


 こうして『氷帝の魔女』と呼ばれるフレイアと仲良くなった。

 周囲から色々言われているけど、年上なのに凄く謙虚で育ちも良くて綺麗な女子だ。


 こんな女子からファンとして推されているなんて……つい勘違いしてしまう。


「相変わらずあざといわね、フレイア……味方であるうちは頼もしいけど。香帆、今後もお願いね」


「あいよ~。あたしもフレイアは嫌いじゃないけど、マオッチに関しては別だねぇ……あれって、本丸を落とすには外堀を埋めよって感じぃ? 相変わらずの策士だねぇ」


 去って行くフレイア達の背後で、女子高生姿に戻った美桜と香帆が何やら小声で話し込んでいる。

 

 よく聞こえないが、フレイアには気を付けろ的な内容のようだ。

 ゼファーといい、嘗て共に戦い災厄周期シーズンを乗り越えたとは思えない。


 不仲まではいかないが、お互い腹に一物あるようだ……。

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