第59話 漆黒の鎧騎士

 結局、躊躇どころか容赦すら見せず人面ワームを斃した、美桜とフレイア。

 俺なんて斃した後、割と葛藤したのになぁ。

 あの感傷的な時間を返してほしいよ、まったく。


「真乙は優しすぎるのよ。レイヤなんかの口車に乗っちゃ駄目よ」


「その通りですわ、真乙様。彼はわたくし達を『良い子ちゃん揃い』と称していましたが、“帰還者”であり冒険者である以上、『三大極悪勇者』の噂くらいは耳にしている筈……はっきり言って嫌味ですわ」


 戦闘を終えた、美桜とフレイアが近づいてくる。

 まるで俺の心を読んだようなことを言ってきた。

 呆気にとられるあまり、つい顔に出てしまったのだろうか?


 それに二人とも疲れを一切見せていない。

 流石は現役の勇者様だ。

 ところで『三大極悪勇者』って何?


「……フレイア様ぁ、動けないのですぅ。どうか助けてほしいのです」


 メルは『雷光剣』の効果で、まだ体が痺れており麻痺状態だ。


「ごめんねぇ、メルッチ。不可抗力だよぉ」


香帆リエンさんは一切悪くありませんわ。メル、これをお飲みなさい」


 フレイアは《アイテムボックス》から回復薬ポーションを取り出し、メルを抱えて丁寧に飲ませている。

 悪評の割には面倒の良い綺麗なお姉さんだと思った。


「――思いの外やるじゃないか、幸城君」


 突如、渡瀬に意識を植え付けられた祖父が言葉を発する。

 依然として仰向けの姿勢で寝そべった状態だ。何か動く気配はない。

 てか、すっかり爺さんの存在を忘れていた……。


「渡瀬、お前はこれで満足なのか? 自分の親をモンスターと融合させて俺達に襲わせるなんて……いくらなんでも正気の沙汰じゃないぞ」


「別にどうだっていい存在さ。だが時間稼ぎにはなってくれた……二人共、どうしょうもないクズ親だったが、最後の最後で初めて親らしいことしてくれた。そんな感想かな?」


「ふざけるな! お前、どこにいるんだ!? 姿を見せろ!」


「素直に教えるわけないだろ? 幸城君のせいで、すっかり色々な奴らからマークされてしまったしね。オレはしばらく身を隠す……来るべき日・ ・ ・ ・ ・のために」


「来るべき日だと……まさかクリスマスイブか!? 杏奈を狙うために――」


 俺の問いに、爺さんは上を向いたまま「フッ」と唇だけが吊り上がる。


「……それまで杏奈をキミに預けてやるよ。どうかオレの幼馴染を大切にしておいてくれ」


 渡瀬はそう言うと黙り込み、「ぐぅーっ」と爺さんから寝息だけが聞こえてきた。


「どうやらレイヤのスキルが解除されたようね。どういう能力なのか全貌はわからないけど、ああして他人に自分の意識を植え付けて操れるのは厄介だわ……ある意味、四六時中こちらの行動が筒抜けになるってことだからね」


「そうだな、姉ちゃん……クソォ、俺はもっと強くならなきゃいけない! 杏奈を守れる『盾』にならないと!」


「まだ猶予はあるわ。それまでみんなで頑張りましょう。真乙は一人じゃない、みんなで支えて合ってこそパーティであり、強固な『盾役タンク』よ」


 美桜の言葉に、俺は無言で頷いた。

 スキル強化を果たせたけど、同時に大きな課題を残してしまった気分だ。


 間もなくして、メルが復活する。

 そして「2匹の人面ワームを斃す」という条件を果たし、俺達は天井から注がれた光の柱に包まれ忌まわしき『修練場』から脱出した。



「……な、何だよ、これ?」


 戻った途端、俺は驚愕する。

 屋内が酷く荒らされていたからだ。

 和室の襖と壁が陥没し、リビングの方もドアから家具類、調度品に至るまで壊され散乱していた。


「誰がこんな真似を……まさか渡瀬の仕業か?」


 俺は周囲を窺いながら一歩踏み出すと、何か硬い石のような物を踏んでしまう。

 菫青色アイオライトに輝く『魔核石コア』だ。

 それは1個だけでなく、そこら中の床に幾つも転がっていた。


「レイヤがテイムしたモンスターかしら? お姉ちゃん達が脱出した時用に放った、最後のトラップって感じに見えるわ。既に誰かが斃してくれたようだけど……」


 美桜の言葉に、俺は眉を寄せる。

 だとしたら、やはり渡瀬は家のどこかに潜んでいたのか?

 俺達を地下修練場に誘い込み、家中にモンスターを放ち逃走した可能性がある。


 しかし、いったい誰が斃してくれたんだ?

 手際からして、ガンさんだろうか?

 けどあのチキンハートにそこまでの度胸があるとは思えない。狂戦士バーサーカーに変身すれば別だけど。

 ヤッスは自由に動けないだろうし……。


 俺が憶測を立てる中、誰かが壊されたドアをこじ開けリビングに入ってきた。

 そのあまりにも異質な姿に反射的に身構える。


 ――全身に漆黒の甲冑を纏う、黒騎士。


 その鎧は、一見すると刺々しく無骨なデザインだ。

 重厚そうな鎧だが、体にフィットするよう調整されており、すらりとスタイルが良く動きやすそうな装い。

 特にフルフェイスの兜、その頭頂部から深紅色の羽根飾りブルームが獅子の鬣の如く、伸ばされ宙を漂うように浮いて目立っている。


 そして最も脅威を抱くのは、鎧の隙間から湧き溢れる魔力だ。

 なんとも形容し難い禍々しく発せられる威圧感プレッシャー

 あからさまな闇、「負の念」に満ち溢れた邪悪な魔力であり、周囲の空間が歪んで見えた。

 

 レベル差からか、俺の《鑑定眼》ではエラーが表示され何もわからない。

 こいつ、まさか魔王なのか……?


 背中から冷たい汗が流れ落ちる。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように戦慄して動けない。


 黒騎士がゆっくりと近づいてくる。


 やばい……今、攻撃されたら確実にやられる。

 俺の防御力VITをもっても、こいつには勝てない。


 クソォッ、どうする!?


「――あら、ゼファーじゃない?」


 美桜が平然とした口調で、黒騎士の名を呼んだ。


 ゼ、ゼファー?

 あれ? それってよく耳にする特殊公安警察『零課』の……。


『しばらくだな、ミオ。いや、この世界で対面するのは初めてかな?』


 鋼鉄の仮面から若い男の声が響く。

 落ち着きのある知的そうな感じ……この声、聞き覚えがあるぞ。

 

「まぁ、こうして直接会うのはね……貴方からのメールはしょっちゅう来るけど」


『その分、色々と融通を利かせているつもりだがな。そこにいるのは真乙君だね? 「名倉 大介」の件以来か。キミこそ、こうして会うのは初めてだ』


「は、はい……その節は。あとギルドのインディさんにも色々とお世話になっています」


『ああ、しかし高校に進学してから、あまりギルドに訪れていないそうじゃないか? あいつ寂しがっていたぞ』


「……すみません。友達のレベリングに付き合っていまして……夏休み頃までには顔を出しますので……はい」


 やばい、すっかり緊張しちまっているぞ。

 このゼファーって黒騎士、ギルド担当の受付嬢であるインディさんにとって直属の上司らしいからな。

 それに相当おっかない人物だと聞いている。


「ゼファー、随分と来るのが遅いんじゃあるません? 公安も一般の警察とそう変わりないのではありませんの? 税金泥棒でしょうか?」


『腐れ魔女……お前もいたのか?』


「はぁ? 協力して差し上げているのにその態度……その鎧ごと凍結させましょうか?」


 フレイアは瞳を見開き、キッとゼファーを睨む。

 華奢な体から、冷たい凍気のような魔力が溢れ渦を巻いている。


『いちいちキレるな。今回の協力には感謝している……それにだ。お前の方こそ、色々やらかしている不始末を俺の配慮で穏便にしているんだぞ。そこは忘れるなよ』


「チッ、人の足元ばかり見て……わかっていますわ!」


 フレイアの苛立つ声と共に彼女の魔力が消失した。

 なんかやたら険悪な感じだ。


「ちょい、世間話は後にしてよねぇ! ひょっとしてゼファーがモンスター達を斃したのぅ?」


『そうだ、リエン。俺達『零課』が屋内に侵入したと同時にモンスターが出現した。おそらく、お前達以外の侵入者対策に設置されたトラップだろう。まぁ、どいつも低級の雑魚ばかりだったから、俺一人で十分だった』


「他の『零課』メンバーはぁ?」


『不審者二名の確保と、主犯レイヤの捜索に当たらせている。その年寄りも証人であり保護対象だ』


 ゼファーは、畳の上で寝ている渡瀬の祖父に向けて指を差した。


「不審者二名ってなんなの? レイヤに仲間がいたってわけ?」


『最初はそう思って身柄を取り押さえたが、どうやら違っていたようだ。挙動不審そうに家の前でうろついていたから、ついな……すまん、ミオ』


「どうして私に謝るのよ?」


『一人の痩せた片眼鏡の高校生はお前の眷属だそうじゃないか? もう一人いた大男は “帰還者”のようだがギルド登録されてなく、結構な大人の癖に何故か学生服を着ていた……おまけに怯えきって言動も支離滅裂だし明らかな不審者だ。現在、その大男だけ拘束し警視庁に連行している』


 あっ、間違いなくヤッスとガンさんだ。


 しかもガンさんだけ特殊公安警察に逮捕されてしまったらしい。

 基本びびりだから説明不足で怪しまれたのだろう。

 確かに見た目も厳ついから、高校生のコスプレをした変質者にも見える……。


 ガンさんやばくね?

 下手したら、このまま粛清されるんじゃないか?

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