第58話 カウンターとオーバーキル

「ちょい、メルッチ! やめてよぉ!」


「はわぁああぁぁぁぁ――!!!」


 突如、仲間からの不意打ちに、香帆は『死神大鎌デスサイズ』で辛うじて防いだ。


 これも人面ワームが発した《咆哮》スキルの影響で間違いない。

 メルは抵抗力レジストの低いため、全に錯乱状態に陥ってしまった。

 さらに《虐待Lv.8》の効力により、俺達全員の防御力VITは80ほど低下しているのも要因だろう。

 おかげでメルは敵味方の分別がついておらず、まるで狂戦士バーサーカーの如く視界に入る者から襲っているようだ。

 

 対して、男顔の人面ワームは一定の距離を置いた状況で大口を開けている。

 再びユニークスキル発動のため、口腔内で魔力を蓄積しているのか?

 奴は《逮捕歴Lv.9》の効果で魔力MPが90回復された状態だ。

 つまりもう一撃、《悪逆無動の爆風砲アトゥロシティー・ブラストLv.10》の放射が可能であった。


 これ以上、好き勝手させるか!


【――我を導く情熱となり燃焼せよ、《点火加速イグナイトアクセル》ッ!】


 俺は魔法を発動させ、移動速度を向上させる。

 全力で疾走し、メルと香帆の間に割って入った。

 短剣ダガーの斬撃をシンプルに左腕の黒鋼の手甲メタルガントレットを差し出して受け止める。

 ぶつかり合う金属音が鼓膜を刺し、激しい火花を散らす。


「マオッチ!?」


「俺なら大丈夫だ! そう簡単に物理攻撃でダメージを受けることはない! それより香帆さん、これを――」


 俺は右腕で腰元に収めているブロードソードこと『雷光剣』を抜き、香帆に手渡した。

 この剣は魔力付与により攻撃した際、雷撃効果により相手を麻痺させることがある。


「まさか、この剣でメルッチを攻撃しろって言うの?」


「そうだ! 30%の確率だけど相手を痺れさせる効果がある! 香帆さんなら急所を外して峰打ちとかできるだろ!?」


「……わかった、使ってみるよん!」


「頼む! 俺はあのワームと決着をつけてくる!」


 俺は押しのけようとする短剣ダガーの刃を強引に振り払い、一時的にメルと距離を置く。

 再度 《点火加速イグナイトアクセル》で高速移動を施し、その場から離れた。


 今にも攻撃を仕掛けようとする、人面ワームの前に立ち塞ぐ。

 実際、奴の魔力蓄積は既に終わっていた。



 ォォォオオオオオオオオオオ――ッ!!!



 醜悪な形相から雄叫びと共に放出される魔力エネルギー。

大ダメージを与える貫通性を持つ、《悪逆無動の爆風砲アトゥロシティー・ブラスト》だ。


「――《無双の盾イージス》!」


 両腕を翳し、掌から魔法陣の『盾』を現出させ巨大な花弁のように咲かせた。

 放射された魔力が激しく叩きつけられ轟音が鳴り響く。

 無敵の盾により高出力エネルギーは完全に弾かれ、粒子状まで分散され消滅した。


 そして、俺の体に貫通攻撃が襲い掛かる。

 

 っと、思われたが。


 俺はニヤッと唇を吊り上げた。


「――《パワーゲージ》発動ッ! 食らえ、カウンター!」


 新たに獲得したスキルを発動する。


 《パワーゲージ》とは1日に1度だけ、相手から受けた全ての攻撃を吸収し蓄積させ、自分の攻撃として敵にダメージを与えるカウンタースキルだ。

 スキルを発動した際、最後に自分が受けたダメージは「0」となる。

たとえ全てノーダメージで防いだとしても、受けた攻撃は常に吸収され自分のパワーへと変換して任意で撃ち返すことができる。

 さらにレベル上昇と共にカウンターの威力が+20補正されるおまけ付きだ。


 人面ワームが放った《悪逆無動の爆風砲アトゥロシティー・ブラスト》の通常攻撃力は500で、補正の貫通攻撃力は300である。

 したがって合計820の攻撃を与えることになるだろう。


 即ち、自ら招いたオーバーキルだ。


「ギィォォオオオオオオオ――………」


 男顔の人面ワームの巨体は肥大化され瞬く間に破裂した。

 飛び散った残骸ごと霧状となり消滅されていく。

 最後、『魔核石コア』だけが残り石畳に転がる。


 俺は勝ったと思うと同時に複雑な心境を抱いていた。


 渡瀬の話だと、こいつは実の父親と融合させた魔改造ワーム。

 既に自我がないにせよ、人間であったのは間違いない。

 実の子を虐待し狂わせた、助けるに値しない自業自得な人間にせよ手に掛けてしまった罪悪感が過ってしまう。


「マオッチ、やったね~! はい、『雷光剣』返すわ~あんがとねぇ!」


 香帆が駆けつけ、貸した剣を返してくれる。


「……ああ、香帆さん。メルはどうしたの?」


「うん、峰打ちで痺れさせているよん。マオッチがワーム斃したことで、《咆哮》のスキル効果が消えているんじゃないかなぁ?」


 明るく言う彼女の背後で、メルが仰向けで横たわっていた。

 小さな体を痙攣させながら「し、痺れるのですぅ……」と呻いている。

 体は動かせないが無事なことに変わりないようだ。


「そうだ! 姉ちゃん達は!?」


「美桜? ああ、あの子なら心配ないしょ。フレイアもいるし、ある意味最強コンビだよぉ」


 香帆の言うことも十分に理解できるが、やっぱり心配だった。

 なんだかんだ俺も姉ちゃんのことが大切だからだ。

 そう思い駆けつけようとする。

 

 しかし……杞憂だったようだ。


 フレイアが凍氷魔法で、女顔の人面ワームの半分を氷漬けにして動きを封じていた。

 すかさず美桜が聖剣を振るい、グロテスクな肉体を斬り裂いている。


 斬撃を受けた箇所から鮮血が吹き出され、攻撃した聖剣や身に纏う鎧などに浴びせられた。

 通常なら《溶解液攻撃ソリューション》の効果で溶かされる筈だが、何故か健在であり損傷らしき箇所は見られない。

 いくら超硬質金属の『アダマンタイト』製とはいえ、無傷なのは奇妙だと思い始める。


「――マイッチ、気づいた? あれが美桜のユニークスキルだよぉ」


「姉ちゃんのスキル? 『刻の勇者タイムブレイヴ』と呼ばれるくらいだから時間操作とか?」


「そっ、《時間反逆タイムリベリオン》。美桜は触れたモノの時間を止めたり、早めたり巻き戻すことができる。自分の体や身に纏う装備も同様だよぉ」


「要するに敵の溶解攻撃に対しても姉ちゃん自身と装備の時間を止めるか、あるいは巻き戻すことで影響を一切受けることはないってことか?」


「まぁね。他にも時間をスキップさせたり罠を仕掛けたりと、色々やれて用途が広くてエグすぎるスキルだよぉ」


「すげぇ……対人戦じゃ無敵じゃないか?」


「まぁ弱点もなくはないよ……でもあそこまで極めるのに、美桜もヤバいくらいの苦労を重ねたけどねぇ」


 香帆の話だと、異世界に転生したばかりの美桜は数秒だけ敵の動きを止めることしかできず、周囲から「無能勇者」のレッテルを貼られていたようだ。

 それでも自分のスキルを調べ使用していくうちに実は様々な効力を持つことに気づき、スキルを進化させて今に至っているらしい。


「美桜さん、いつまで遊んでらっしゃるの? そろそろ終わりにして下さいます? それとも、わたくしがやりましょうか?」


 フレイアにせかされ、美桜は溜息を吐きながら人面ワームが苦し紛れに吐く粘着糸や毒液を華麗に躱している。


「……ふぅ、相変わらずせっかちな女ね。時間を巻き戻して元の人間に戻せるか調べてみたけど、やっぱり無理だとわかったわ。《悪魔改造融合デモン・フュージョン》ってのは、例えるなら錬成術と呪術を掛け合わせたような秘術のようね。禁忌魔法には変わりないけど……わたしじゃどうにもならないわ」


「あら? 貴女ってそんな情が深く感傷的な方でしたかしら? 仲間の勇者達が身を挺して犠牲になっても、涙一つ見せなかったじゃありません?」


「フン! 私が涙なんて流すわけないじゃない……それに生かそうとしたのはレイヤの情報を得るためよ!」


 美桜は言い切ると聖剣を構えた。

 その体から鮮烈で圧倒的な魔力の質量が漲り剣身へと注がれていく。


「――《因果律の時間撃破コーザル・タイムブレイク》!」


 聖剣から放たれる眩い一閃が、人面ワームの巨体を斬り裂いた。

 直後、両断された醜悪な肉体は枯れ木のようにやせ細り塵となって消滅する。

 俺が斃した時と異なり『魔核石コア』すら残っていない。


 何か奇妙な違和感を覚えた。


「マオッチ。今、美桜が繰り出した技は、敵の時間を超加速して因果律を破壊する激ヤバの技だよぉ」


「……因果律? 香帆さん、それってどういうこと?」


「因果律ってのは原因と結果の結び目みたいな『時間』だよぉ。そこが破壊されるということは全てなかったことになり、存在が『無』なるってことだよ~ん」


 だよ~んって……軽く言っちゃってるけど、もろとんでもない技じゃん!

 敵の存在を『無』する技だと?

 だから『魔核石コア』が残ってなかったのか……。


 これこそ、まさしくオーバーキルだ。

 

 やっぱり俺の姉ちゃんは超ヤバかった。

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