第56話 悪魔改造融合

「にしても、ここはどこだ? 雰囲気的に小ダンジョンみたいな所に思えるけど?」


「はい、マオたん様。ここは調教師テイマー用にギルドが設置した、テイムしたモンスターを育成する修練場なのです。レイヤは、そのお爺さんを発見させたと同時に床が抜けて、この場所に誘導させるようトラップ風に仕組んだ嫌がらせなのです! 本当にムカつくサイコパスなのです!」


 なるほど修練場か。

 確かに異世界と違い、テイムしたモンスターを迂闊に外に出すわけにはいかないよな。

 鍛えて成長させるためにも、こういった場所は必要不可欠だ。

 どうやら調教師テイマーの“帰還者”は、ギルド登録することで設置することが認められるらしい。


 また高レベルである盗賊シーフメルと暗殺者アサシン香帆がカンストした技能スキル、《看破》や《索敵》スキルが反応しなかったのも、この場所に自体に危険性がないため誘われるまで気づけなかったようだ。


 つーか、メルよ……俺のことマオたん様と呼ぶのはやめてくれ。


 そう思っていた時だ。

 不意に《索敵》スキルが反応した。

 奥の暗闇から何かが蠢き、こちらへと近づいてくる。

 ずるずる引きずる音と共に、巨大な何かがうねるようなシルエットが浮かぶ。


 俺達は身構え臨戦態勢に入る。


「――モンスターよ。ワーム系が2匹……けど見たことがないタイプね」


 美桜が落ち着いた口調で呟き、鞘から聖剣を抜く。

 俺と違って《索敵》と《鑑定眼》がカンストしているから、多少暗くても見極められるようだ。


 ちなみにワームとは「蠕虫ぜんちゅう」系のモンスターで、巨大ミミズに先端の部より複数の牙が生えたグロテスクな姿をしている。

 集団性であり、『奈落アビス』では「中界層」と「下界層」に出没する強力なモンスターだ。


 しかし、歴戦の勇者である美桜ですら見たことがないタイプとは……?

 

【我の命に応じよ――召喚、光の精霊リグフトッ!】


 香帆がエルフ語で呪文を唱える。

 その掌から光の粒子が放出させ、周囲を明るく照らした。


 束の間、奥側から2匹のモンスターが姿を見せる。

 美桜の言う通り、血液色した巨大ミミズの姿をしていた。

 しかし先端の部分は牙ではなく人面――つまり人の顔だ。


 中年風の男女に見え頭髪が生えている。

 2匹とも酷く歪ませた顔つきであった。

 まるで誰かに憤怒しているようで、あるいは驚愕と戦慄を交えた表情にも見える。


 そのワーム達の口から「うーっ、うーっ」と呻き声のような鳴き声が聞こえた。


「おそらくは、レイヤが造りだしたオリジナル! 人間と《悪魔改造融合デモン・フュージョン》させたワームですわ!」


 フレイアが嫌悪感を剥き出しに言い放つ。


「――流石は『氷帝の魔女』、実に聡明で博識だ」


 突如、俺の抱えらえた爺さんが喋り始める。

 しかも年寄りの声とは思えない、透き通った若々しい声質だ。

 その響きから『渡瀬 玲矢』を彷彿させた。


「こいつ、いきなり何を言ってやがる!? まさかお前、渡瀬なのか!?」


 俺は動揺し、抱える爺さんを放り投げようとする。


「駄目よ、真乙! その人はレイヤじゃないわ! 奴のスキルで喋らされているのよ!」


「そ、そうなのか?」


 美穂に引き止められ、俺は投げずにゆっくりと下し石畳の上に寝かせる。

 爺さんは起き上がろうとせず、ギロッと視線だけをこちらに向けていた。


「その通りだよ、幸城君。大切な祖父なんだ、粗末にしないでくれよ」


 腹話術の人形のように寝そべったまま唇だけを動かしている。


「何が粗末にしないでくれよだ! 渡瀬、お前こそ自分を育ててくれた爺さんに散々なことしやがってぇ! いったい何が目的なんだ!?」


「粗方のことは、その魔女フレイアとキミのお姉さんから聞いているだろ? 一番の目的は、杏奈を異世界に導くことだ。その為には召喚条件である強い念、特に『負の念』を植え付ける必要があった」


「負の念だと? そうか、その為に秋月達に杏奈を虐めさせるよう仕向けたんだな? 渡瀬、お前は幼馴染というポジを利用して、杏奈からつかず離れず傍観して機が熟すのを待とうと計画した……12月24日クリスマス・イヴを目処にして……」


「? まさかそこまで知られているとは意外だったよ、幸城君。キミ、案外頭がキレるんだね……てっきり防御力VITバカだと思っていたけど少し驚いたよ」


「ふざけるなよ! 杏奈を邪神の『生贄』になんかさせない! 彼女は俺が守る!」


「生贄か……それはあくまで『杏奈』次第かな? 本当なら『負の念』さえ持つ女子なら誰でもいいんだ」


「どういう意味だ?」


「幸城君にそこまで説明する義理はないよ。それより、さっきからボクの幼馴染を気安く呼び捨てで呼ぶのはやめてくれないか?」


「フン! 所詮は自分の欲求を満たすための利用目的だろ!? だが渡瀬、お前が最低の糞サイコパス野郎で良かったよ……俺も気兼ねなく、堂々とお前から杏奈を奪えるからな!」


「……好き勝手言ってくれる。まぁいい、今回は幸城君の勝ちだ。敗因はボクがキミの力を過小評価し侮りすぎたところにある。まるで未来を見透かされたように先回りばかりしやがって……」


 渡瀬の口調が変わっていく。

 穏やかな優男的口調から荒々しいトーンへと。


「渡瀬……お前の過去は聞いている。現実世界だけじゃなく、異世界でもろくな目に遭ってないことも……同情するべき部分もある。だから自首してくれ! 『零課』には極刑にしないよう、俺も頼んでやるから!」


「幸城君は優しいねぇ……けど、どうでもいいんだ、そんなこと。杏奈さえ異世界に導けば、オレ・ ・の目的は完遂する。最初からこの腐った現実世界に未練など微塵もない」


「なんだって……どうして杏奈に執着する!? 生贄以外で何をするつもりだ!?」


「答える義理はないと言っているだろ? それよりいいのか? 背後のモンスター、オレの指示で襲わないよう待機させているが、そろそろ歯止めが利かなくなるぞ。元々、堪え性のないクズ共だからな」


「お前が造ったオリジナルのワームか? こいつらなんなんだ? 何故、人間の顔をしている?」


「――あいつらはオレの両親だ。幼いオレを虐待し、死ぬ寸前まで追い詰めた外道どもだ。オレが施設に預けられた時、既に離婚し離れ離れで暮らしていたようだけどな。中三の二学期頃、探し出してここに閉じ込めておいた。『奈落アビス』でテイムした2匹のワームと一緒にね……一日で下半身を食われてしまったから、《悪魔改造融合デモン・フュージョン》で融合させ生き長らえさせたんだ。そう簡単に死なれてしまったら親不孝だろ?」


 渡瀬が補足する話によると、悪魔調教師デビル・テイマーは通常のモンスターもテイムできるらしい。

 テイムに成功したモンスターは自分の《アイテムボックス》に収納が可能であり、戦闘時など好きな時に呼び出せるそうだ。


 以前、中ダンジョンで遭遇したグレートゴブリンも、渡瀬が『奈落アビス』ダンジョンでテイムし放ったモンスターであった。

 本来の調教師テイマーは、テイムしたモンスターをギルドで登録しなければならない義務があるが、渡瀬はカンストした《隠蔽》スキルを駆使して悪魔デーモンと同様にバレないよう捕獲していたようだ。


 探索するダンジョンに放った理由は、やはり杏奈に近づこうとする俺のことが目障りだったと話している。。


 その時から随分と警戒されたものだ。

 だがどちらにせよ。


「――狂ってやがる! 渡瀬、お前はとっくの前から人として犯してはいけないラインを超えちまっていたんだな!」


「“帰還者”でもない半端者が知ったような口を叩くなよ。どの道、そのワームを斃さない限り、ここからは出られないよう施錠ロック魔法を施してある。既にそいつら・ ・ ・ ・は自我すら残っていない家畜モンスターだが、ご覧の通り人間の部分も残している。良い子ちゃん揃いのキミ達に現実世界で人を殺せるのか? ええ?」


「渡瀬ぇ!」


「真乙、来るわよ! 戦いに集中しなさい!


 人面ワームを牽制している美桜の言葉に、俺は瞬時に意識を切り替える。

 爺さんから離れ、仲間達の前衛に立った。


 途端、2匹のワームが体をうねらせて突進してくる。

 体当たりを仕掛けるつもりだ。


「――《無双の盾イージス》!」


 掌から魔法陣の『盾』を出現させ広範囲に展開させ、2匹の攻撃を同時に防いだ。

 ユニークスキルの効果により衝突の反動もなく、如何に巨体から繰り出された猛撃だろうと一歩も引き下がることなく防御した。

 

 ――が、何やら体の変化を感じてしまう。


 上手く説明できないが、俺の防御力VIT能力値アビリティが一瞬下がったような錯覚に陥ってしまった。


「マオッチ、そいつら結構ヤバいスキル持ってるよ! 気を付けてぇ!」


 香帆が叫んだ時、2匹の人面ワームの口が大きく開けられている。

 今にも高出力の魔力が放射されようとしていた。

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