第54話 敵地侵入

 俺は改めて姉の狡猾ぶりにドン引きする中、美桜は神妙な表情に変わり話を続けてきた。


「――あとね、真乙。お姉ちゃん、もうタイムリープできないから今回で必ず決着をつけるのよ」


「え? どうして……俺ごと遡及させたからか?」


「違うわ。そもそもタイムリープは、お姉ちゃんは女神アイリスから難関クエストを達成した褒美で特別に与えられた恩寵ギフトであり、『エクストラ』スキルだったの……ユニークスキルとは異なり使用には幾つかの制限と制約があったわ」


 美桜の話だと、タイムリープするルールは以下の通りらしい。



【タイムリープ:制約と制限】

①発動するための魔力蓄積量マナ・チャージに約10年~15年の歳月が要する。

遡及リープ可能な時代は異世界から帰還した時代と日付となる。

遡及リープを繰り返す度、記憶や知識は継承される。但し肉体は帰還した当時のままであり、獲得したレベルとスキルも変わらない。

遡及リープした後、元過ごした時代では能力者の存在が歴史上から抹消され、それまでの家族構成や因果律など全て自動修正される。

⑤同意すれば他の者も同時に遡及リープさせることは可能。その者も②③④の条件が適応される。

遡及リープできる頻度は5回までとする。

⑦この能力での悪用は認めない。また共に遡及リープする者以外に口外してはならない。制約に反した場合、『刻の罰』を受けて無窮の時間を彷徨うことになる。

⑧術者と共に遡及リープした者も同様⑦の制約に該当し、あるいは連帯責任で罰を負うことになる。



 思いの外、厳しいルールじゃね?

 まさか、俺まで『刻の罰』とやらを受けてしまうとは……。

 てか、これまで何度かポロってしまいそうだったんですけど。

 もっと早く重要な部分だけでも教えてほしかった。


「まぁ、お姉ちゃんとしては真乙を遡及リープさせた時点で勝ち組だけどね。だって大好きな弟と無窮の時間を彷徨うことになるのよ。永遠に一緒ってことだもの。その世界なら近親の壁も超えられる筈よ」


 やべぇよ、俺の姉ちゃん。

 溺愛通り越して、次第に言動がヤンデレっぽくなってんぞ。

 近親の壁って何? 深入りすると気まずいからスルーしとこ。


「そ、それよりも、⑤の制約でもうタイムリープできる回数を使い切ったってことか?」


「ええ、そうよ。だから今回で終わらせなければいけないわ……あと⑦は永続されているから、一生誰にも言ったら駄目よ。お姉ちゃんは別に構わないけどね」


「……いや、口が裂けても絶対に言わない。だから姉ちゃんも頼みますよ、いやマジで」


 寧ろ俺より美桜の方が怪しい……。

 信頼しているけど普段が普段だけに余計そう思えてしまう。

 

「勿論よ、まずは真乙が幸せになりなさい。それからお姉ちゃんも自分の幸せを探すからね」


「うん。ありがとう、姉ちゃん……それじゃ、みんなの所に行こう!」


 姉の思いに、つい涙腺が緩みかけてしまう。

 何も知らない俺のために何十年も一人で戦い頑張ってくれた。

 この恩はいつか必ず返したい。

 

 そして、ここからは俺の戦いだ。


 ――渡瀬なんかに杏奈を渡さない!

 彼女は俺が絶対に守り切ってみせる!


 話を終え、美桜は香帆に連絡した。

 彼女達は既に渡瀬の潜伏場所を突き止めており、俺達が来るまで待機しているらしい。

 

「――レイヤは自宅にいるそうよ。フレイア達が近づいていることはバレてないようだけど、真乙達に悪魔デーモンスライムは斃されたことは気づいている筈だわ。急ぎましょう!」


 俺は首肯しスマホのGPSを辿って、仲間達が待機している場所へと向かう。



 数分後。

 塀の角に佇む、由莉亜達と合流した。

 彼女達が覗き込む先に、鉄格子の柵に囲まれた大きな一軒家が見られる。


「やっほ~、美桜にマオッチぃ~。あそこがラスボスの家だよ~ん」


 香帆が手招きしながら呼んでいる。

 片手にスマホを持ち、住宅の画像を撮っていた。


「そっ。間違いなく、あそこにレイヤがいるのね?」


「はいなのです、勇者ミオ様! メルの《導きの探索者ダウジングシーカー》は既に対象者の体と繋がっている状態なのです! あの家にレイヤが潜伏していることは間違いありません!」


 幼い容姿の小人妖精族リトルフ姿のメルは、指先に巻き付けた魔糸を引っ張り断言した。

 盗賊シーフなだけあり目立つ格好の割には、周囲に溶け込んでいる。

 美桜も評価するほどの相当な実力者だけあり、《隠密》スキルがカンストしているのだろう。


 メルの説明に、ガンさんに背負われたヤッスが首を傾げている。


「しかし、チッパイ殿。その糸が渡瀬と繋がっているのなら、奴にこちら側の追跡が見破られている可能性もありますぞ?」


「誰がチッパイなのですか!? この変態魔法士ソーサラーッ! ご安心なのです! この魔糸は追跡対象者には認識できないのです! 現に体の一部に巻き付いた状態で、こうして一切動いてないのが証拠なのです!」


「……確かにメルの《導きの探索者ダウジングシーカー》はユニークスキルだけあり絶対ですわ。ですが何か引っ掛かりますの……そう思いません、ミオさん?」


「ええ、流石ねフレイア……私もそう感じていたわ。テイムした悪魔デーモンを斃されているのに、ああしていつまでも自宅で身を隠すかしら? 私がレイヤなら追跡を恐れて、とっくの前に伊能市から出て身を隠すわ」


「確かにわざとらしすぎるね~。けどメルッチのユニークスキルだと、レイヤがあの家の中にいるのは確定なんでしょ? てことは、レイヤ本人があたしらを待ち構えていることもなくね?」


「香帆の言うことも一理ありね。正直、罠の可能性が高いわ……本当なら『零課』を待つのが無難だけど、フレイア、ゼファーには連絡しているの?」


「ええ既に連絡済みですわ。もうじき駆けつけると思いますが……ミオさん、如何いたしましょう?」


「どうでもいい相手ならゼファーに任せるけど、レイヤには個人的に因縁もあるし、私は乗り込むわ。貴女達はどうする?」


「あたしは美桜について行くよん。背中を守る相棒パートナーとして一蓮托生だからねぇ。フレイアはどうすんの?」


「メルの力が必要であれば主として付き添わないわけにはいきませんわ。その代わりミオさん、これで貸し二つですからね!」


「……わかっているわ。今後、困ったことがあったら言って頂戴(面倒くさ……)。悪いけど、ガンさんとヤッスくんはここで待機して頂戴。相手は闇堕ちしたとはいえ、勇者と呼ばれた“帰還者”よ。とても今のキミ達の手に負える存在じゃないわ」


「わかりました。些か不本意ではありますが、我がマスターがそう仰るのであれば……はい」


「喜んで了解したよ、美桜さん。ぶっちゃけると動けないヤッスを抱えていて良かったと思っている。先程から、もう怖くて仕方なくて、今にも失禁してしまいそうで……もしついて来いと言われたらどうしようか迷っていたんだ」


 か弱そうな美少女達が勇敢に乗り込むと言うのに、一番強そうなガンさんが逃げ出したいほど怯えているという謎の構図。

 ガンさんも純粋で自分の気持ちに正直なのは良いところなんだけどね。


「真乙はどうする? 見たところ、まだ戦えそうだけど?」


「愚問だな、姉ちゃん。行くに決まっているだろ! 渡瀬だけは一発殴ってやらないと気がすまない!」


 渡瀬の野郎ッ! 

 杏奈だけじゃなく、秋月や他のクラスメイトにまで虐めを強要して精神的に追い込んでいたんだ!

 まだ真意は判明してなくてもそれは事実だ! 断じて許すわけにはいかない!


「わかったわ。お姉ちゃんとして本来なら止めるべきだけど、真乙の防御力VITは十分に目を惹くところはあるわ。ついて来なさい」


 姉であり主でもある美桜からの許しをもらい、俺もついて行くことになった。



 俺達は家を囲む鉄格子の柵を飛び越えると、メルの盗賊シーフスキルで意図も簡単に正面玄関のドア鍵を解錠する。

 仕方ないこととはいえ、他人の家に勝手に入り込むことに少しだけ抵抗感があった。


 玄関内に異常は見られず、靴など綺麗に整理されている。

 人の気配はなく、特に《索敵》スキルも反応していない。


 俺が周囲を見渡す中、美桜達は靴を履いたまま土足で室内に入っていく。


「おい、姉ちゃん達。まさか他所の家に土足で入るつもりか?」


「当たり前じゃない。ここはもろ敵地よ。いちいちマナーなんて守っていられないわ」


「真乙様って礼儀正しいのですわぁ。わたくし感動いたしましたの」


「やーい、マオッチの几帳面」


 美桜に指摘され、由莉亜に感動され、香帆にイジられてしまう。

 悪かったな几帳面で……日本人だから仕方ないだろ?

 それに謙遜こそがサラリーマンの美徳なんだよ(元30歳社畜論)。


 俺も靴のまま多少の罪悪感を抱えて居間へと入った。

 やはり誰もいない。

 だがメルの魔糸は真っすぐピーンと張られたまま、どこかと繋がっている。



 う、ううぅ~……。



 不意に呻き声が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る